5.胸騒ぎ
その日の夜からミーナは静かになった。
毎晩のように俺の部屋に来るのは相変わらずだが、今日は様子が違った。
いつもなら布団の中で待っているのに、ベッドの上でゴロゴロしながら本を読んでいる。
…そんなにエロ本がイイノデスカ。
大人しいと逆に調子が狂うな。
「おい、お前、体調悪いのか?」
「え?ピンピンしてますよ?」
「…そんなにエロ本が面白いのか?」
「それもよかったんですけど、ルイさんが他にもたくさんくれたんです」
そう言って、ミーナは読んでいる本を俺に見せてきた。
「どれどれ……って、これ、古代魔法の本じゃないか。興味あるのか?」
「え? いや、興味っていうか、普通に読んで……」
「読めるのか!? これ全文古代文字だぞ。先生でも読める人は少ないし、俺だって半分も理解できない。全部読めるのは校長先生くらいじゃないか? それに、この本に書かれてる魔法を使える人だって、この国にいるかどうかのレベルなんだぞ……」
ミーナの手が、ぴくっと動いた。
「……やだな~先生、冗談だよ! じょーだん!! 真面目なんだから~」
「でもそんなところも好きー!」といつものように言っているが、無理に明るく笑っているように見える。
さっきの間は、なんだ?
「……そっか。そうだよな……驚いた……」
「そうですよ~! じゃ、今日は帰るね」
バタン。
扉が閉まり、部屋が急に静かになった。
あいつが自分から帰ることなんて初めてだ。
胸騒ぎがする。
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「おばばが書いたあの本、読める人ほとんどいないんだって。古代文字なんか使わなければよかったのに」
「バカには読めないようにしているんじゃ。あんな本を何で読もうと思ったんだい?」
「……このままでいられるヒントが書いてあると思ったから」
ミーナは週末、久しぶりに育ての老婆の元へ帰っていた。彼女の声はかすかに震えている。
「そんなものはないよ。お前はもう運命を受け入れるしかないんじゃ」
おばばは静かに言い放つ。
その目は、すべてを知っている者の目だった。
「……今さら後悔しているのか?」
「違うよ……ただ、時間を延ばしたかっただけ」
ミーナは拳をぎゅっと握る。
おばばはしばらく彼女を見つめた後、ため息をついた。
「ミーナ、お前は何を選んでも、最後には後悔するんじゃよ」
「……もう行くね」
ミーナは踵を返し、足早に去っていく。
おばばはその背中を見送りながら、小さくつぶやいた。
「……もうすぐ、潮時じゃな」