10.光の少女
「う…」
「ユーリ先生!!? みなさん! ユーリ先生の意識が戻りましたよ!!」
ぼんやりと目を開けると、見慣れた天井が広がっていた。
……ここは、学校の医務室か……?
俺、生きていたのか……?
視界に映るのは、涙ぐむ先生方と2年1組と6年3組の生徒たち。
みんな俺を囲み、安堵と不安が入り混じった表情をしている。
体は辛うじて動かせる。…俺、助かったんだな…。
「ユーリ先生!!俺…俺のせいでごめんなさい…!!」
ナインとラウル先生が、一目散に俺のベッドに駆け寄ってくる。
ナイン…無事だったんだな……本当に良かった……。
「…無事で良かった…この怪我はお前のせいじゃないよ…私がドジったせいだ…気にするな」
「でも…!!」
「…ナイン。ユーリ先生がそう仰っているんだ。お前のせいじゃない」
ラウル先生が、鼻をすすりながらそう言った。
俺は微かに笑い、ゆっくりと周囲を見渡す。
…何か…違和感を感じる……。
「あの…ラウル先生。6年3組の生徒って、これで全員でしたっけ…?」
「ん?ユーリ先生、寝ぼけているんですか?6年3組29名、全員ですよ」
……そうか。確かに全員いる。
本当に…全員…か?
「先生…どうしたの…?泣いてるよ…?」
生徒に指摘されて自分の顔を触ると、涙がこぼれていた。
——おかしい。
全員無事で自分も助かったなら、俺は喜ぶべきなのに。
何かが足りない気がする。胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような…そんな気がしてならない。
そのとき、ふと、枕元に目をやった。
——そこに、一筋の黒い猫の毛が落ちていた。
俺は無意識にそれを指でつまむ。
……何故だろう。
たったそれだけのことなのに、喉が詰まりそうになった。
「ミーナ…?」
——誰だ?
何故俺は今、その名前を口にした?
なのに、答えは出てこない。
ただ、胸の奥にほんの一瞬だけ 「小さな温もり」 を感じた気がした。
それが何なのか、俺にはもう、わからなかった——。
**********
「……バカな猫だね。」
しゃがれた声が、静かな夜に響く。
老婆は、玄関先に横たわるボロボロの一匹の猫を見下ろしていた。
毛並みは薄れ、体はすでに半透明になりかけている。
「言ったじゃないか。存在が消えるって。」
杖をついたまま、老婆はため息をつく。
「……ま、最後の特別プレゼントとして、あの男にはあんたの過去を見せてやったよ。」
かつて人だった少女。
かつて恋をした少女。
かつて、ただひたすらに愛した少女。
「……そろそろ、肉体の限界だね。」
老婆の言葉に、猫は微かに瞬きをする。
苦しみも、痛みもない。
ただ、静かに——穏やかに、その時を迎えようとしている。
「……ふん。」
老婆は鼻を鳴らす。
「……まあでも、あんたは本当に後悔してなさそうだね。」
その瞬間——
猫の体は、完全に消えた。
次の瞬間、ふわりと——
小さな光の粒が、夜空へと舞い上がる。
消えていくのではなく、昇っていく。
まるで、彼女の想いが、誰かのもとへと届くように。
——どこまでも、どこまでも、高く。
老婆はしばし、それを見上げていたが、やがてゆっくりと背を向けた。
「……バカな猫だよ、まったく。」
そう呟く声は、どこか優しかった。




