1.宣戦布告!
「あたしには理解できないね。そんなことをしたって、一銭にもならないじゃないか」
老婆が呆れたように吐き捨てる。
少女は苦笑しながら、大きな荷物をよいしょと担ぎ上げた。
「人間嫌いだからって、そこまで言わなくてもいいでしょ? あたしには、価値があると思ったの!」
少女の声は軽やかだったが、その目には強い意志が宿っていた。
老婆は鼻を鳴らし、肩をすくめる。
「まったく、勝手にしなよ」
「うん! じゃ、行ってきまーす!」
少女は荷物を抱えたまま、勢いよく街へと駆け出した。
老婆はその後ろ姿を、じっと見つめる。
「……バカだね。後悔するに決まっている」
呟いた声は、誰にも届かなかった。
朝の光が、少女の走る道をやさしく照らしていた。
**********
ここはシュメル魔法学校。
全寮制で由緒正しい伝統校だ。
俺はこの学校の卒業生で、1年前に教師としてここに戻ってきた。
そして今日から初めて、生徒たちを受け持つことになる。1年3組、全30名だ。
職員室で教室に行く準備をしていると、懐かしい声が聞こえた。
「ユーリ先生、今日からよろしく頼むよ。同じ1年の担任として一緒に頑張っていこうじゃないか」
話しかけてきたのはラウル先生。俺が6年生の頃の担任だ。よく怒られたっけな……。
「ラウル先生に“先生”って呼ばれるの、なんだか変な感じです。でも、先生が隣のクラスの担任で安心しました。こちらこそ、よろしくお願いします」
「いやいや、君が教師になって戻ってきたのは本当に嬉しいよ。そうそう、3組にはミーナがいるんだったね。戦争孤児だと聞いているが……」
「はい。学校で事務員として働きながら授業を受けるそうです。育ての親がいるそうですが、金銭的な援助はしてくれないらしくて。しっかりサポートしていくつもりです」
そんなやり取りを終えて、いよいよ教室へ向かう。
「みんな席に着けー! 今日からこのクラスの担任のユーリだ。どうぞよろしく!」
「よろしくお願いします!」
うん。みんないい子そうだ。
窓際の端に座っている黒髪の子……あれがミーナか。青く澄んだ瞳に、真っ黒で美しいロングヘア。少し吊り目がちで、クールな雰囲気がある。
間違いなく、男子にはモテるだろうな。
「ではこれで最初のホームルームを終わりにする。明日から授業が始まるから、今日は早く寝るように!」
「ありがとうございました!」
ふー…緊張したけど、無事に終わってよかった……。
人気のない渡り廊下を歩きながら、ひと息ついていたその時だった。
「先生、本当にありがとうございました!」
突然声をかけられて振り返ると、そこにいたのはミーナだった。
「ん?事務員の件か?あれは私というより校長のご好意なんだが……まあ、入学できて本当によかったよ。何か困ったことがあったらすぐ言えよ」
「それも本当にありがたいのですが、別件です。先生は覚えてないと思いますが……私は、戦で村が焼かれたときに先生に助けていただきました。先生は命の恩人なんです!」
――え? まじで? 待て待て、今日初めて会った子のはずだぞ?
頭の中で過去の記憶を必死にたぐり寄せるが、どうにもピンとこない。
「覚えてないなら、それで大丈夫です!」
ミーナは微笑みながら続けた。
「私は先生に直接お礼を言いたくて、ずっと探していました。それで、この学校に入る様子を見かけたので、ここへの入学を決めたんです!」
「……覚えてないのは本当に申し訳ない。でも、私にお礼を言うためにここまでしてくれたなんて、ありがとうな」
理由はどうであれ、この学校に入学して俺の生徒になってくれたことは純粋に嬉しい。
この子を立派な魔法使いに育てないとな。
――そんなことを考えていた、その瞬間。
「それで……その時に一目ぼれしました! 先生、結婚しましょう!!」
……は?今、なんて言った?
け、結婚? ……結婚って、あの結婚のことか……??
「いや、待て待て待て!! おかしいだろ!? 第一、キミと私は教師と生徒で、しかもミーナはまだ14歳だろう!?」
「愛に年齢は関係ありません!!」
「いや、そういう問題か!? というか、両想いじゃないと結婚って無理じゃないか!!?」
「……わかりました。じゃあ先生に好きになってもらいますから!!」
「は!? いや、ちょっと!!?」
俺の制止を無視し、ミーナは満足そうな顔で走り去っていった。
――行っちゃったよ……。
何なんだよ、今のやり取りは……。
俺の教師生活、一体どうなるんだ……!?