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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第四章:薄っぺらい約束
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蘇る町*4

 翌朝。ランヴァルドが目を覚ますと、妙にきつかった。

 ……そういえば昨夜はネールを寝袋に入れて寝たんだったな、と思い出したランヴァルドは、ネールの様子を見る。

 昨日のことがあったので心配だったのだが、ネールはすやすやと眠っていた。これを見てひとまず、ランヴァルドはほっとする。

 そのまましばらくネールの黄金色の頭を眺めていると、もそ、とネールが動く。どうやら目を覚ましたらしい。

「おはよう、ネール」

 声を掛けると、ネールは、ぽや、とした顔でぼんやりランヴァルドを見つめ、しぱ、と目を瞬かせる。そのまましばらくぼんやりしていたネールだったが、ふと、ふや、と笑うと、またランヴァルドの胸のあたりにすりすりとくっついて、寝袋の中へ潜っていこうとする。

「おいおい、そろそろ起きないと……ああくそ、もうあと5分だけだからな!」

 ランヴァルドはネールにそう言ってみたものの、果たして、ネールは聞いているのかいないのか。

 こうなってしまっては仕方がない。ランヴァルドは、『まあ、多少元気になったんならよかったけどな』と内心でため息を吐きつつ、ぽふ、とネールの頭を軽く撫でてやるのだった。

 ……そうして、ランヴァルドがネールを抱えて寝袋を出るのは、5分後ではなく、10分後になってしまったのだった。




 なんとか身支度を整えて外に出れば、兵士達が既に朝食の準備をしていた。

 だが、彼らは特に文句を言うでもなく、むしろ少々ほっとしたように、『ネールさん、昨夜は眠れてましたか』『ああ、ネールちゃん、ちょっと元気になったみたいだ……』などと、口々に言ってくるのである。

 ……そんな彼らの心配と思いやりに包まれたネールは、きょとん、とした後……にこ、と笑って見せていた。するとまた兵士達が喜ぶのだから、まあ……得である。かわいいということは、つくづく、得なのだ!


 朝食とその後片づけを終えたら、早速、もう少々村の様子を見て回る。

 そうしている内に、村の外れの方で魔物の気配があったのでそれを追いかけて、逃げていくそいつを狩って、解体して、それからもう少し山の方に踏み入って、そこで魔物を見つけては狩って、解体する暇が無いのでそれを村へ運んで、また魔物を見つけて狩って……と繰り返すことになってしまった。

 結局、村の周辺一帯をざっと見て回って魔物を駆除してしまったことになるだろうか。昼過ぎになって村に戻ってきた頃には、解体しなければならない魔物の死体が村の広場に積み上げられているような状態であった。恐らく、この村の裏手の山の魔物は全て狩り尽くした。何せ、ネールがこんなにも自慢げなので……。

 そうして昼過ぎからは兵士達が魔物の解体作業に当たってくれることになった。そしてランヴァルドはというと……。


「んー……まあ、ここら辺は確かに丁度いいんだよな。ハイゼル領にはぼちぼち近いし、真っ直ぐ南に抜ける街道さえ確保しちまえば交易の拠点になり得る。幸い、ここから南部に向かう方にかけては山があるが、ネールが掘れるだろうから……」

 ぶつぶつと呟きつつ、王城の資料室から写して持ってきた地図を睨み、少々書き込んではまた呟き……。そうしている内に、足元にネールがやってきて不思議そうにランヴァルドを見上げたり、手元を覗き込んだり、ランヴァルドの周りをくるくると回ってみたりし始める。

 ランヴァルドはそんなネールを時々手慰みに撫でてやったり、羽ペンの先でちょっとつついてやったりしながらまた考えて……『よし』と頷いた。

「なあ、ネール。お前、どんな家がいい?」

 ……そしてネールは、ぽかん、としてしまった!




「国王陛下と約束したわけだからな。このジレネロストを取り戻す、と。……つまり、人が行き交う、以前同様の……いや、以前よりずっと栄えた交易路としてのジレネロストを取り戻さなきゃ、商人として名折れって訳だ」

 ランヴァルドの説明も、ネールには分かっているのかいないのか。ぽや、とした様子で半分ほど頷いて、またネールは首を傾げている。

「で、だ。ネール。地図を見ろ。いいか?ここから西へ進めばエルバ。北西に向かえばカルカウッドだ。で、真っ直ぐ南東へ行ったら、もう南部の方へ続く街道に繋がるな?ついでに、南西に向かえば王都がある。ちなみに北東へ行ったら行ったで、まあ、北部の街道に出ることになるか。まあ、間に山もあるが……お前なら掘れるだろ?」

 ネールはぽかんとしているが、『掘れるだろ?』のところでは、慌ててうんうんと頷いた。掘れるらしい。よし。

「そういう訳で、ネール。お前にはこれからも魔物狩り以上に働いてもらうことになるが……古代遺跡に横穴を開けたお前ならできるはずだ。そうした暁には、この廃村はまた立派な村に……いや、交易で栄える町になるってわけだ!」

 ランヴァルドが語れば、ネールは相変わらずぽかんとしていたが……それでも、ランヴァルドの言わんとするところは少しずつ、分かってきたらしい。

「だから、ネール。大きな町になるこの場所に、最初に建てるのはお前のお家にしよう。それから宿と倉庫も、だな。商店が増えれば民家も増えていくだろうが、それは追々、ってことで……」

 ネールの瞳が輝く。

 失ったものを取り戻すことはできないが、これから新しく生まれるものはあるのだ。

「屋根の色は?苺みたいな赤か?それともアカシアの花みたいな黄色か?」

 ランヴァルドが改めてもう一度聞けば、ネールはおずおずと、しかし期待と喜びを滲ませながら、ランヴァルドを指差した。

「……ん?俺?」

 どういうことだ、とランヴァルドがネール語の解読に頭を使っていると、ネールも流石にこれでは伝わらない、と思ったらしい。慌てて、ネール自身の目を指差し、それから、ランヴァルドをまた指差す。

「目、か?……ああ、俺の?俺の目みたいな色か?つまり、藍色?」

 ランヴァルドがなんとか答えを出すと、ネールは『その通り!』とばかり、嬉しそうに頷いた。

 成程、どうやらネールは藍色が好きなようである。幼い少女の好きな色としては少々渋い気もするが……まあ、ネールは一般的な少女とは色々と違うのだろう。

「成程な。確かにお前は藍玉の色、好きだもんな、ネール。よし。ならお前のお家の屋根の色は藍色にしよう。さあ、楽しくなってきたぞ、ネール!」

 いよいよネールの表情に明るさが戻ってきたことで、ランヴァルドは安堵した。

 ……昨夜のあの調子を引きずられたら、やりづらくて敵わない。だからランヴァルドは、ネールが喪った両親や故郷のことを思い出す暇を、これからの町づくりの作業で埋めてしまうことにした。

 ランヴァルドの『楽しくなってきたぞ!』という言葉に引きずられてか、ネールはにこにこと普段の調子で笑うようになった。無理をしていないとは言えないが、まあ、そこまで無理をしている風でもない。

 ……この調子でやっていかなければならない。何せネールにはまだまだ、働いてもらわなければならないのだ。

 ランヴァルドは内心でため息を吐きつつ、ネールに『じゃあ、広場にはお前の名前でもある菩提樹を植えよう』などと話して聞かせてやるのだった。




 ランヴァルドが紙の上に記した計画は、まあ、然程整ったものでもない。

 ……だが、ひとまずの優先順位は付けられた状態にはなっただろうか。

 記されたものは、復興計画というよりは、開拓の計画に近い。それもそのはず、ネールの力を使って、あちこち山を切り開くような計画すら立っているのだから!

 とはいえ、これが実現されればすさまじい利益を生むことは間違いない。……今まで国の流通を妨げていた山と魔物を取り払ってしまえば、このジレネロストは間違いなく優秀な交易路になる。

 土地に染み付いた魔力はまだ抜けきらないだろうが、それにしても、ある程度は抑えが効くようにはなるだろう。例えば、カルカウッドの魔獣の森のように。

 そこまで大人しくさせられれば、後は冒険者を誘致する為の材料として魔物を利用できる。多少、命の危険があったとしてもここで稼ぎたいという者はそれなりに多いだろう。そして、冒険者が魔物の素材を持ち帰ってきたら、それを買い取り、流通させる商人達も集まってくることになり……交易路が機能し始めるはずだ。




 と、いうことで、翌日からも魔物狩りは続く。

 まずはジレネロストの西部……特に、この廃村がある北西部を主として、魔物を徹底的に駆除していった。おかげで、今やすっかり魔物の気配は失せている。魔力の気配は未だあったとしても、その程度だ。人が出入りするようになったこともあり、魔物が生まれにくくなっているのだろう。

 ……そんな日々を送る間、定期的に王城へ報告に戻ることはあっても、概ねはジレネロストに泊まり込む日々が続いた。


 そうして2週間程、働き詰めただろうか。

 ドラクスローガ辺りと比べれば大分暖かいとはいえ、冬の盛りのジレネロストは、雪が降り積もるようになる。こうなってしまうといよいよ、動きにくくなってはくるのだが……。

「お前の家を建て始めないとな」

 ランヴァルドはさっさと、計画の第一歩……ネールの家を立て始めることに決めた。つまり……。


「ということで、集まってもらった人達だ。ネール。これからお前がお世話になる方々だから、よく覚えておくように」

 ……いよいよ、この滅びたジレネロストに、人の手が本格的に入っていくのだった。




 ジレネロストのこの廃村は、山を越えずともハイゼル領エルバや王都の方との行き来はしやすい。よってランヴァルドは、早速ハイゼル領内や王都で掛け合って……建設を得意とする人員を確保してきたのであった。

 彼らは、『ジレネロストから魔物が消えた』という話を信じ切っている訳ではない。だがそれでも集まった……要は、命知らず共である。

 だが、それでも高額報酬に釣られて、或いは、『ジレネロストを復興させたいので』という高尚な理由で、彼らはここに集まった。ありがたい限りだ。

 ……尚、彼らを雇用するための金は、ある程度王城から出ている。ランヴァルドの懐が全く痛まない訳でもないが、それでも大半は自分の金でもない金で人を雇って使える、という訳である。

 まあ、こんな調子のランヴァルドであるので、明日からはイサクとアンネリエが視察に来ることになっている。要は、ランヴァルドが正しく金を使っているかの監視ということだろう。

 だが、悪徳商人といえどもランヴァルドはかなり大人しくしている。キッチリと帳簿を付けて、清く正しく会計しているため……そして清くも正しくもできない部分については、私財で何とかしているため、イサクもアンネリエも、文句は付けられまい。

 尤も、私財を投じていようとも、ランヴァルドは黒字なのだが。……何せ、ネールが次から次へと魔物を狩ってはその素材を売ることができているので。




 その日の内から、ネールの家の建設が始まった。

 資材はある程度、王都やハイゼルから運んでくることになった。現地調達してもいいのだが……それをやるとなると、木材をきちんと乾燥させたり、それを製材したりする手間と時間が掛かる。そう考えると、やはり他所から運んできてしまった方が早いのである。

 ネールはそわそわそわそわ、ずっと作業の様子を見ていた。ネールの周りだけ春が来たのではないか、と思われるほどのほわほわした雰囲気なものだから、家の土台を作り始めた人々も、『可愛い子だなあ』『この子のお家だっていうんなら、頑張らないとなあ』と上機嫌である。……可愛いと、得!


 そうしてネールがそわそわうきうき、楽しそうにしている横で、ランヴァルドはまた帳簿を付ける作業を進めていく。

 ……尚、ランヴァルドが今居る場所は、天幕の中だ。流石に、ここに数か月は住み着くことになるだろうということで、もう、簡易的な住居として天幕の準備をしてしまったのである。

 厚いフェルトと毛皮で作られた天幕の家は、まあ、多少狭いがそれなりに暖かく、居心地がいい。

 ……と、そんな調子でランヴァルドが過ごしていると。

「ん?どうした、ネール」

 ぱたぱたぱた、とネールが駆けてきて、慌てたようにランヴァルドの服の裾を引く。そして外を指差すものだから、ランヴァルドはすぐ帳簿を片付けて、外へ出る。何かあったのか、と、少々緊張しながら。


 ……だが。

「あー、すみません。こっちに来ると、魔物の毛皮を安く売って頂けると聞いたのですが……」

 そこに居たのは、なんと……商人であった!




 見れば、来ている商人は1人ではない。護衛らしい者達も居るが……恐らくは、『儲け話が危険なジレネロストにあるらしいので、金を出し合って護衛を雇いつつ、数名まとめてやってきた商人』なのだろう。

 ……ランヴァルドは、胸の奥から湧きあがるような喜びに、高笑いしたいような気分になってくる。

「ええ、幾らかご用意できますよ。お安くしときますんで、沢山買っていってください。……ジレネロスト復活の第一歩を踏み出した記念ってことでね!」

 早速愛想良く笑いながら、ランヴァルドは倉庫代わりにしている天幕の方へ、商人達を案内していく。

 ランヴァルドも、思っていなかった。まさか、誘致するまでもなく商人が訪れるようになるとは!

 このジレネロストで、売り買いが行われる日が、こんなにも早く訪れるとは!


 ……ジレネロストは、今、復活した。ランヴァルドはそう、確信したのであった。


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― 新着の感想 ―
ぶっちゃけ初期も初期はかなり利用している感があったけど、古代遺跡が絡み始めたあたりからはネールにも見劣りしないぐらいに仕事して、何より故郷という見返りまで返してるんだからあんまり気にしなくても良いのに…
ネールちゃんが変わった子だから藍色が好きなんじゃなくて、あなたの眼が藍色だから好きなんだよ!鈍い!
ネールちゃんのお家の屋根の色はランヴァルドさんの目の色。そういう事をするって事はつまり…二人はとっても仲良し!って周囲から思われそうですわぁ。
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