蘇る町*2
「え?ああ……確かにお話していませんでしたか」
翌日。ネールを連れて王城へ向かい、そこでアンネリエに聞いてみたところ、アンネリエは気まずそうな笑みを浮かべた。
「確かに、私はジレネロストの出身です。なので今回も担当に入っている、といいますか……」
成程、どうやら、イサクとアンネリエがランヴァルドとネールと王城の橋渡し役をやっている理由の1つに、アンネリエがジレネロスト出身だから、ということがありそうである。まあ、それ以上にドラクスローガでのやり取りがあったから引き続き、という理由だろうとは思われるのだが……。
「そういうことなら、ジレネロストの資料を調べるまでもなくあなたに直接聞けばよかったかもしれないな」
「私も全てを知っているわけではありませんので。……一介の領民には、あの時何が起きていたのかなんて、知りようもありませんでしたから。私も、ジレネロストに住んでいたから知ったことよりも、後から王城で知ったことの方が多いくらいです」
アンネリエの言葉を注意深く聞きつつ、ランヴァルドは『まあそうですよね』と頷いてみせる。
……というのも、アンネリエはジレネロスト領主などでは無かったにせよ、ジレネロストの貴族であった可能性は高い。何せ、国王の使者として働くイサクの補佐をしているのだ。ただの平民であったと考えるよりは、元々、貴族の子女であったと考える方が妥当である。
そして……貴族であってもジレネロストの古代遺跡のことなど知らないことは十分にあり得るが、逆に、『知っていた』可能性も十分にあり得る。
アンネリエが何を考えているのかは分からない。何も知らず、特に何も考えていないのかもしれないが……警戒しておいた方がいいか、と、ランヴァルドはひっそり思うのだった。
「で、そんなアンネリエさんにお伺いしたいんですが……この絵の場所をご存じありませんか?」
まあ、アンネリエの素性についてはさておき、彼女がネールの故郷の情報を出してくれることを期待して、ランヴァルドはネールが描いた絵を見せる。
尚、この間ネールは『私が描きました』とばかり、少々もじもじしながらも堂々としていた。
「ええと……これは一体」
「ネールの家の窓から見た風景だそうです」
ランヴァルドは『こんなんじゃ分かる訳が無いよな……』と思いつつ、一応、そこらへんにあった藁を掴む程度の気持ちで聞いてみる。
「ネールが住んでいた村だか町だかは、山と森の近くで、それに加えて川が流れていたそうです。川には石の橋が架かっていたとか」
「成程……ええと」
やはり、アンネリエは困っている様子であった。それはそうである。いくらジレネロスト出身と言えども、この程度の情報で何か分かる訳がないのだから。
「すみません、思い当たるものが無くて……」
「いや、当然です。情報が少なすぎますからね」
申し訳なさそうなアンネリエに苦笑を返しつつ、ランヴァルドも少々申し訳ない気分になる。無茶なことを言った、とは思っているので。
「お力になれず、申し訳ありません。ネールさんの故郷……見つかるといいのですが」
アンネリエは気づかわしげにネールを見る。尤も、ネールはきょとんとしているばかりで、特に何かを気にしている様子でもないのだが。
そしてランヴァルドも、大して気にしていない。『もし分かったら儲けものだな』と思った程度だ。……何せ、『どうせいつかは見つかる』のだ。
「ええ、必ず見つかりますよ。何せこれから、ジレネロスト中の魔物を屠って回るんですからね」
……どのみち、休暇明けにはジレネロスト中を巡ることになる。そうすれば嫌でも諸々、見つかることだろう。間違いなく。
そうして休暇明け。兵士達は休んで体力を取り戻したり、怪我を治療してきたりして、すっかり元気とやる気に満ち溢れた状態である。
そしてランヴァルドとネールもまた、同様であった。
「あー、今日からはいよいよ、ジレネロスト中を移動しながら魔物狩りをしていくことになる。当然、危険も伴うが……同時に、ジレネロスト復活のために大きく前進することにもなる訳だ」
ランヴァルドが兵士達に向けて出発前の挨拶を行えば、兵士達は嬉しそうに頷き……同時に、ネールが誰よりも嬉しそうににこにこしている。
ネールにとっては、ようやく自分の故郷を取り戻せる日が見えてきた、といったところである。それが余程嬉しいのだろう。今日は朝からずっとこの調子だ。
「そして何より、金になる。金にする。それは約束する。……ということで、また力を貸してほしい」
……ランヴァルドにとっては、まあ、儲け話である。なので当然、ランヴァルドは元気いっぱいなのであった。
特に……最初から、大きな儲け話が1つ、あるのだ。
「また、今回は王城から更に多くの人員をお借りしている。彼らは遺跡で倒したドラゴンの解体と運搬を担う人々だ。……ってことで、最初は2つ目の遺跡に向かうところからだな」
ネールが倒したあの巨大なドラゴンの死体は、その大半をあのまま遺跡の中に置いてきている。その前に倒した普通の大きさのドラゴンも、遺跡の前に。
だがあれらをあのまま放置して腐らせるのはあまりにも勿体ない。かといって、あの巨体を解体して売り捌くとなると……また値崩れの心配が始まってしまう。
尤も、値崩れを心配するのはランヴァルドではなく国王側である。というのも、ランヴァルドの手元には今、ドラゴン素材の在庫が無い。また、今回倒してきたドラゴンについても、ジレネロストの時同様、王城で買い上げてもらう、ということになっている。
……まあ、買い上げの理由は、『ランヴァルドが下手にこれを市場に流してしまったら、ドラクスローガで買い上げたドラゴン素材の価値が落ちるから』である。ランヴァルドとしては満面の笑みになるしかない。先んじて、ドラクスローガの分を売っておいてよかった!
「道中の魔物はネールが倒すが、倒した後の魔物は一旦荷馬車に積んで、まとまったところで処理する予定だ。魔物の資源は無駄にできないからな。少しでも、ジレネロストの復興資金に充てたい」
ランヴァルドは尤もらしく殊勝なことを言ってみせるが、まあ、下心は然程無い。
というのも……ジレネロストを復興させるのは、ランヴァルドにとっても利のある話だからである。
ジレネロストを見事、『国王陛下にとっても利のある土地』にできたのなら、その功績は間違いなく称えられるだろう。
そして……魔物を倒して平和をもたらすのはネールだが、『人を呼び、町を作り、経済を回す』のはランヴァルドの仕事になるはず。
そう。そうなればなし崩しに、ランヴァルド自身の功績が手に入り……ついでに、莫大な資金を生み出す可能性を秘めた町をも手にすることができるのである!
「……じゃあ出発だ。今回も、どうぞよろしく」
兵士達の返事を聞きながら、ランヴァルドは『そこそこ良い見てくれ』の笑みを浮かべて見せた。
……実に、楽しみである。
今回も、ハイゼルに寄ってからジレネロストに入った。ここまで何度もジレネロストとの間を行き来していれば、嫌でも噂になる。
それも……『国の紋章を刻んだ鎧を身に纏った兵士が沢山ジレネロストに入っている』となれば、人々はすぐ、『ああ、ジレネロストを復興させようとしているんだな』と気づく。
ここ数週間で魔物の素材を売り捌いていることもあり、既に耳の早い商人達がハイゼル領エルバの町の中でそわそわしているのが見て分かった。彼らは安く魔物の素材を買いたいのだろう。そのためにわざわざ、者によっては遠くから遥々やってきた、という訳だ。
……ならば、その期待に応えなくてはなるまい。
何せ、ランヴァルドもそうだが……人間というものは、自分に利益をもたらす存在に対して、好意的になる。
これから生まれ変わるジレネロストおよび、そのジレネロストを仕切ることになるであろうランヴァルドにも、良い印象を持っておいてもらえれば今後の商売がやりやすいのだ。
ジレネロストに入って、まずは2つ目の方の古代遺跡へ向かう。
遺跡の入り口で死んでいるドラゴンを見て、王城から新たに駆り出した兵士達が驚きの声を上げた。ランヴァルドは、『これをネールがやったんですよ』と彼らに宣伝しつつ、彼らが今後、ネールの味方になってくれるように誘導していく。
その後は彼らがドラゴンを解体していくのを手伝いつつ、人間の気配に寄ってきたと思しき魔物をネールが狩るのを見守り、ついでにそちらの解体作業も進めていくことにした。
ある程度まで作業が進んだら、それ以降のドラゴンと遺跡奥の巨大ドラゴンの解体についてはもう、それぞれ新しく派遣された王城の兵士達に任せてしまうことにした。
そうしておいて、元々同行してくれていた兵士達とネールを連れたランヴァルドは、近隣の魔物を狩り尽くすべく、徐々に移動を始めるのだ。
「よし。じゃあ今日のところはここらへんにしておこう」
そうして夕暮れ時。ランヴァルドは1つ目の遺跡付近で本日の終業を宣言した。
ドラゴンの死体がある2つ目の遺跡からここ、1つ目の遺跡のあたりまで、一通り魔物を狩り尽くして歩いてきたところであるが、やはり、魔物の数は減ったような気がする。
少なくとも、ひっきりなしに襲い掛かってくるようなことは無い。そして魔物としても、こちらの姿を見て『うわ、やめとこ』とばかりに逃げていくものがいくらか見られるようになってきたので……まあ、ネールが連日戦い続けていた甲斐はあった、というところだろうか。
「野営は……今日は村の方に出てみるか。遺跡の中じゃなくてもそろそろいけるだろ」
魔物は大分減ったしこちらを避けるようになった、ということで、本日の野営場所は1つ目の遺跡の近くの村跡地に決める。
村の跡地や町の跡地で野営しておけば、そのあたりに魔物が寄り付かなくなる。そして、魔物が寄り付かないようになってくれれば、いずれ村や町が復興した時に役立つ、ということである。
「えーと、確か遺跡の裏の山裾の方に村が1つあったはずなんだが……」
ということで、ランヴァルドは皆を先導して進んでいく。王城で見た地図には、1つ目の遺跡の付近に村があることが記されていた。尤も、その村も滅んで久しいのだろうが……ひとまず、朽ち切っていない家屋でもあれば儲けものである。
……と、ランヴァルドがそんなことを考えていると。
「ん?どうした、ネール」
ふと、ネールがランヴァルドの前に出た。なんだか、不思議そうな顔をしている。
「……ネール?」
ネールは何かに呼ばれるかのように、すい、と前に進み出て……そこで、きょろきょろ、と辺りを見回して、それから、じっ、と『それ』を見ている。
「どうした?あの石材の山が気になるか?あれは多分、元々は橋だったんだと思うが……」
川の中にできている、石材の山。それを見ていたネールは何か、焦燥に駆られるように、ぴょん、と跳んで、器用に川を渡っていく。
「お、おい、ネール!」
ランヴァルドも慌てて後を追う。川面から出ている石材を飛び石にして進んでいき、ネールを追いかけ……。
ネールは、驚きとも喜びとも、或いは悲しみともつかない顔で、じっ、とその村の跡を眺めていた。
……その様子を見ていれば、ランヴァルドにもなんとなく、分かる。
「ネール……もしかして、ここがお前の故郷か?」
尋ねてみれば、ネールは静かに、こくん、と頷くのだった。