蘇る町*1
ランヴァルド達は王都へ帰る。
だがその時にはしっかりと『凱旋』することを忘れない。
ハイゼル領エルバを通ってから王都へ向かうのは、その方がより多くの人にドラゴンの首を見せつけることができるからだ。
「ははは。ちょっとばかり気分がいい」
荷馬車に積み込んだドラゴンの首は、当然ながら人々の注目を集める。『あれは?まさかドラゴンの首か?』『一体どこで狩ったっていうんだ?まさかジレネロストか?』と、人々が囁き合う声が聞こえてくる。
それらの視線と声とを浴びながら、ランヴァルドは堂々としていた。
「ここでドラゴン以外の皮や牙は売っていこう。多少値崩れしてもいい。できるだけ『ジレネロスト復活』の噂を流したいからな」
そしてそんなことを囁いては笑う。大丈夫だ。どうせこちらの囁きなど、往来の人々には聞こえてはいない。ただ堂々と歩く姿だけ、見せつけてやればいい。
「また売り上げは山分けにしよう。いいな?」
ランヴァルドが王城の兵士達に声を掛ければ、兵士達は嬉しそうに頷いた。……彼らは大切な人員である。金払いの良い客であれば、彼らが齎す恩恵を最大限に受け取ることができるだろう。ということで、ランヴァルドは投資と思って存分に金をバラ撒く所存なのである。
ハイゼル領内では既に、魔物の素材が値崩れしかけている。
それでもランヴァルドがここで魔物の素材を売っていけば、『それほどまでにジレネロストで魔物が狩られているのか』と人々が知ることになるだろう。
人々……特に、商人が。
ランヴァルドのような旅商人は、町から町へと商品を運ぶ人々であるが……それ以上に、情報を運ぶ。
旅商人というものは、情報が命綱だ。どの町で何が足りず、あちらでは何が余っていて……という情報を確かに仕入れられなければ、効率よく稼ぐことはできない。だからこそランヴァルド含め、旅商人達は皆、訪れた先で情報を仕入れ、その情報ごと、商品を各地で売り歩くのだ。
『値崩れ』は、そんな旅商人達を寄せ集めるのにピッタリである。ランヴァルドだってそうだ。『ハイゼルで魔物の皮が値崩れしているらしい!』と聞いたなら、即座にハイゼルへ向かって、相場よりずっと安くなった魔物の皮を買い付けていたことだろう。
そしてそこで、『どうもジレネロストで狩られたものらしいぞ』と噂を聞いたなら……『ジレネロスト復活』も視野に入れ、それも含めて、情報を流すはずだ。
そう。商人達に情報を運ばせて、より広く、より多くの人々に知らせるのだ。
『ドラゴン殺しの英雄ネール』の存在と、『ジレネロスト復活』の兆しを。
「ああ、お帰りなさい!いやはや、城下でも噂にはなっていましたが、この大きさのドラゴンとは!本当にこんなものが存在するなんて、驚きだ!」
王城へ到着したランヴァルド達を出迎えてくれたのは、ドラクスローガに使者としてやってきた時からすっかりランヴァルドの担当のようになってしまっているイサクと補佐官のアンネリエである。この2人には今後も世話になることだろう。少なくともランヴァルドはそう決め込んでいる。
「おお……巨大なドラゴンの首だ。なんてことだ……ドラクスローガで見たものより、数倍は大きい!」
「ええ。こいつは大物ですよ。商人として各地を歩いてきましたが、これ以上に大きなドラゴンなんて、噂にすら聞いたことは無かったのでね」
そもそもドラゴンの実物を見たどころか噂を聞いたことすら、ドラクスローガでのアレが初めてであったランヴァルドであるが、しれっと涼しい顔でイサクに話して聞かせる。付けられる箔は全て付けるぞ、という信念を持って。
「こんな大きさのドラゴンの首すら、ネールさんは一太刀で落とせてしまうのですね……すごいわ」
「ええ。今回は少し危ないこともありましたが、ネールはよくやってくれました。……な、ネール」
ネールの方を向いてやれば、ネールは嬉しそうにこくこくと頷いた。ランヴァルドはそれにまたにっこり笑い返してやってから、イサクに早速、報告を行う。
そう。今回、ドラゴンはあくまでも看板でしかない。中身は『古代遺跡についての報告』なのだ。
ということで、ランヴァルドは早速、ジレネロストでの出来事を報告した。
古代遺跡を見てきたこと。そこで魔力が吹き荒れていたため、なんとか古代魔法の装置を操作して止めたこと。
……続いて、もう1つ古代遺跡がある可能性が示唆されたため、そこを探しに行ったこと。そこで1体ドラゴンを倒したと思ったら、最奥にもう1体、ありえない程の大きなドラゴンが居た、ということ。
それから、ジレネロストで行われていた研究について、いくらか持ち帰ってきた資料をそのまま提出する。『動物に魔力を浴びせて魔物に変える』という研究の資料は、まあ、何かの役に立つかもしれないので。
……そうした報告を行いながら、ランヴァルドはネールについては報告しなかった。つまり、『巨大ドラゴンの攻撃を受けたものの、その直後、魔力を浴びて回復していた』という部分には一切触れなかったのである。
王城の兵士達も、あの時のネールは見ていないようであった。ならば、ランヴァルドが見ていなくてもおかしくはない。報告しなくても、不義理にはあたらないだろう。そして……報告する利が、こちらにあるとも思えない内容だ。ランヴァルドはこのまま、ネールについては口を噤む所存である。
そうして一通りの報告を終えたところで、イサクとアンネリエはそれぞれに眉根を寄せた。
「成程……もう1つの遺跡、ですか。ううむ、そんなものは王城の資料には無いのですがな」
「ええ。ジレネロストからの報告には、『魔力が出てくる装置が見つかった』として1つ目の遺跡の存在が記されていましたが、魔力の源泉であるという、その2つ目の遺跡については触れられていません。……源泉の存在を国に隠していた、ということなら、ジレネロスト領主の罪は重いですね」
「まあ、研究員が秘匿していたのかもしれませんがね。それにしても、部下の躾がなっていないとは言えるか」
「ええ。そのように思いますよ。全く……叩くと埃が出てくるなあ、ああ、嫌だなあ……」
イサクもアンネリエも、色々と思うところがあるらしい。ランヴァルドはランヴァルドで、また違う方面から『嫌だなあ』と思うことはあるが。
「ま、まあ、これでジレネロストの魔物が無尽蔵に湧き出てこなくなる、と見てよいのではありませんかな?」
「ええ。恐らくは。なのでここからはいよいよ、ネールの故郷を取り戻す戦いが始まりそうです」
一方で、ジレネロスト奪還は確実に一歩前進した。まだまだジレネロスト内には魔物が多く居るわけだが、無尽蔵に吹き出てくる魔力が止まったのだから、まあ、魔物の数には限りが生じたことだろう。
「そういうことで、また休憩を挟んだらすぐ、ジレネロストへ戻ります。……仕留めた魔物の素材は、ハイゼルか、或いは南部で売り捌いてしまうつもりですが、よいですか?」
「ええ、まあ。国王陛下としても、『交通の要所でもあるジレネロストが奪還できるのであれば、その他には糸目は付けるべきではない』と仰っておいででして。まあ、魔物の素材が出回れば、その分ジレネロストが『交通の要所』に戻る日も近くなるでしょうからね」
どうやら、国王陛下も含めて、王城の皆は物分かりが大変良いようである。ありがたい限りだ。
特に、『人が行き来しない土地には価値が無い』ということを分かってくれている以上、ランヴァルドが口を出す必要は無いだろう。今後、ランヴァルドが行うあれこれは全て、ジレネロストに人が行き交うようになるために役立つことなのだから。
「ありがとうございます。商人の腕にかけて、確実に『ジレネロスト復活』の噂を国中に流してみせましょう。こういうのはお上がやるより、商人がやる方が効果的ですからね」
「ええ、ええ。国王陛下もそのように仰っておいででしたよ。よろしくお願いします」
どうやら、国王陛下は話の分かるお人であるらしい。ランヴァルドは『こいつはありがたい』とにんまり笑う。
無論、これは国王側にとっても利のある話だ。ジレネロストが死んだ土地になっているよりは、以前のように人々の往来に沸いた方が国益に繋がる。ましてや、魔物が巣食っていた土地を人間の手で奪還できたともなれば、冷夏に苦しむ各地にも明るい報せとして受け入れられることだろう。
……そして、その分の見返りは頂けそうである。あの国王相手なら、商売もやりやすい。
「お任せください。この冬の間に、ジレネロストは新たな歴史を刻み始めることでしょう」
ランヴァルドは笑って、次に打つべき手を考える。……そして。
「つきましては、幾らか『経費』を申請したいのですが」
……そうして、ランヴァルドは兵士達のために一週間の休暇をとった。
ランヴァルドが多少治したとはいえ、ドラゴンの尾にやられた者達が何人も居たのだ。彼らには王城のちゃんとした術師によって治療を受ける必要があったし、何より、休息が必要だった。
尤も、彼ら自身は『早く稼ぎたい!』と、非常に積極的な様子であったが。……王城の兵士であるのにジレネロスト行きを志望したような面々だ。いつ死んでもいいような身寄りのない者か、はたまた『危険手当』の類を必要とする者、そして……ネール同様、ジレネロスト出身の者か。概ね、そのいずれかなのである。
そう。幸い、兵士達の中には、『ジレネロスト出身です』という者が何人か居た。
彼らはそれ故に、ジレネロストを取り戻すという作戦に手を挙げたらしい。『ネレイア・リンド』という小さな少女の能力を目の当たりにする前であったというのに、それでも。
それだけの熱意のある者達であるので、ランヴァルドとしてもありがたい。やる気がある労働者というものは、よいものだ。それに……。
「ちょっと聞きたいんだが、いいか。ジレネロストの小さな村についてなんだ」
ランヴァルドは、休暇中ではあるものの、兵士の1人と約束して酒場で落ち合っていた。
……彼は、ジレネロスト出身の兵士であるらしい。
ランヴァルドはいよいよ、ネールの故郷の村を探してやることにしたのである。
ランヴァルドがネールからなんとか聞き出した情報は、実に少ない。
『森と山が近くにあった』ということ。『父が狩りをするのによく付いていっていた』ということ。そして、『お祭りはやっていたけれど詳しいことはよく分からない』『近くに川が流れていて、石の橋が架かっていたと思う』というような、何の手掛かりにもならないようなことだ。
……ついでに、『村は焼けてしまってもう無い』ということも、聞いた。どうやら、ネールが声を出せなくなったのはその時の火事が原因であったようだ。大方、炎を吸い込んで、喉が焼けてしまったのだろう。
だが、『近くに森と山があって、川には石の橋が架かっている村。焼けてしまってもう無い。』というだけの情報で、一体どのように情報を絞ればいいのか、ランヴァルドはまるで見当が付かないのである!何せ、ネールは自分が住んでいた村の名前すら、憶えていないらしいので!
更に、ネールは一応、『自分の家の窓から見えた町の風景』を思い出して描いてくれたのだが、それだけでどの町だどの村だ、などと分かるはずが無い!
いくら情報が命の旅商人とはいえ、流石に、麻くずよりも軽いような情報の切れ端から何かを読み取るということは難しいのだ!
そこで、ランヴァルドはジレネロスト出身の兵士の力を借りることにした。彼なら何か知っているのではないだろうか、と思って。
「小さな村、ですか?」
「ああ。この絵の風景があるところだ……いや、どのくらいの規模の町だか村だか、それすら分からないんだ。ネールはあんまりよく覚えていないらしくてな。うん。この絵だけで見つかるとも思えないんだが……」
一応、ランヴァルドはネールが描いた絵を出してみるが、兵士は困り果てた顔をしてしまった。ランヴァルドも『そりゃそうだよな』と思うので、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「ええー……いや、これだけだと、なんとも。うーん……すみません、俺にできるのは精々、覚えている限りの村の名前を列挙するくらいです。風景はもう、大分記憶から薄れてて……」
「ああ、村の名前を片っ端から見せたら、ネールも何か思い出すかもしれないな……うん……」
ネールにはジレネロストの地図を既に見せている。だが、地図にある限りの町の名前を見せても首を傾げているばかりであったので、ネールは地図にも載っていないような小さな集落に住んでいたのか……はたまた、やはり自分が住んでいた場所の名前を知らないのか。どちらにせよ、情報が足りない!
「ネールはどうも、一人で歩いてハイゼルのカルカウッドに逃れていたらしい。それを考えると、ジレネロスト北西部のどこかか、とは思うんだが……」
ネールがハイゼル領カルカウッド近くの魔獣の森に居たことを考えると、山をいくつも越えていったとは思い難いので、まあ、概ねジレネロストの西の方だろう、とは思われるのだが……それすら、ネールに対しては定かではない。何せ、ランヴァルドと出会った時でさえ、既に魔物をぽんぽん屠れる腕前があったのだから。
「ああ、俺、南部寄りのところに居たんで……それだと分からないですね」
兵士も『お手上げ』というような顔をしている。ランヴァルドもまあ、駄目で元々だったしな、と諦め……。
だが。
「あっ、でもジレネロストの西の方のどこか、ってことなら、もしかしたら、アンネリエさんが何か分かるかも」
その兵士は、そんなことを言い出したのである。
「……アンネリエ?」
あまりにも急に名前が出てきたので、ランヴァルドはぽかんとする。
「ああ、ご存じないですか?王城で勤務している女性文官なんですが」
「い、いや、知ってるさ。イサク殿の補佐官だろ?」
別人の話か、とも思ったのだが、やはりどうも、ランヴァルドが知るアンネリエの話であるらしい。
だが、ランヴァルドは今まで、アンネリエがジレネロストについて詳しいなどとは聞いたことが無いのだ。彼女はランヴァルドが資料を調べる際も、ランヴァルドが調べるままに調べさせてくれていたように思う。
……だが。
「そうですそうです。あの人、ジレネロストの北の方の出身なんですよ」
どうやら。
あの補佐官殿は……どうも、騙し合いがそれなりに上手い性質であるらしい。