調査*6
……結局、その日、ランヴァルド達はジレネロストで野営することになった。
嗚呼、正気の沙汰ではない。間違いなく、正気の沙汰ではない!
この魔物が闊歩するジレネロストで野営など、本来は、絶対にすべきではないのだが……。
「……遺跡の端っこっていうのは、確かに野営に丁度いいな」
ランヴァルドは遺跡を利用して安全な野営場所を作り出していた。
そう。古代遺跡の端の方、魔力が比較的薄く、かつ行き止まりになっている通路の端で、野営することにしたのである。
これならば、魔物が襲ってくるにしても一方方向から。そして、見張りが気づいてネールを起こせば十分に間に合うだろうし……何より、遺跡の中は天井も壁もあって、ネールが戦いやすい場所なのだ。実に丁度いいのである。
「さて、ネール。お前は休める時に休めるだけ休め。お前が皆の命綱なんだからな」
……ということで、ランヴァルドは笑顔でネールを寝かしつける。見張りは王城の兵士達が無理なくやってくれるとのことなので、その言葉に甘えて、こちらはさっさと休むことにした。
何せネールは命綱。このジレネロストの魔物相手に、こちらの損害を一切出さずに戦えるネールが寝不足では、安全にジレネロストを探索することなどできないのだから。
「欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ。お前が休める環境にするのが第一なんだから」
ということで、ランヴァルドはネールにそう言ってやる。今日はとにかくネールの体調と精神を整えてやるべきなので。
……だが。
ネールは輝かんばかりの笑顔になると、てくてくとやってきて、ランヴァルドの寝袋にもそもそと入り始めた。
「……ん?おい、おいおいおい、ネール。おい、どうしたんだ?こっちがいいのか?なら交換してもいいぞ」
一応、ネールの寝袋はネールの寝袋でちゃんと用意してある。だがどうも、ネールはランヴァルドの寝袋の方がいいらしい。
……と思ったのだが、それもどうやら違うようで、ネールはランヴァルドの服の裾を、もそ、と引っ張って、じっとランヴァルドを見上げてくる。
ここまでされれば、ランヴァルドもネールの意図するところが分かった。
今までも度々あったことだが、ネールはやはり、ランヴァルドで暖を取ろうとしているらしい!
「……ネール。こういうのは良くないんだぞ。前も言ったがな、本来、家族でもない間柄の、特に異性の大人と一緒に寝るのはな、良くない」
ランヴァルドはまたも、ネールにそう言い含めることになった。ネールは少しばかり不満げな顔をしている。『欲しいものがあったら遠慮なく、って言ったのに……』という顔である!嗚呼!
ランヴァルドはしばらく、ネールの海色の目を見つめていた。だが、ネールの目はまるでぶれることなく、ランヴァルドを見上げている。そしてネールの手は相変わらず、ランヴァルドの服の裾を離すことが無い。
なので……ランヴァルドは、折れた。
「だから、今日だけだぞ。本当に、今日だけだからな!」
深々とため息を吐いてランヴァルドがそう言えば、ネールはまた輝くような笑顔になったのだった!
「ったく。お前は本当に寒がりだな……」
寝袋の中、ネールがもそもそしながら居心地のいい体勢を探しているのを見て、ランヴァルドはため息を吐いた。
……狭い。寝袋は元々然程余裕がある大きさではないので、そこにネールが入ると、狭い。おまけにネールはもそもそ動く。落ち着かない。そして狭い。
だが……ネールはやがて、にこにこと幸せそうな顔でランヴァルドの胸にくっつき、そのまますやすや眠り始めてしまった。ネールはこれが落ち着くらしい。
ランヴァルドは眠るネールのつむじを見ながら、『やはり育て方を間違えた』と深く反省する。
だが、仕方がない。ネールが快眠できるというのならば、それに越したことはないのだ。ネールが戦えなくなったらいよいよ、ランヴァルドも、王城の兵士達も命が危ないのだ。皆の命の安全と、ネールの妙な癖とを天秤にかけることはできないのである。嗚呼……。
ランヴァルドもいつの間にか寝ていた。なんだかんだ、ランヴァルドも度々ネールが寝床に潜り込んでくることに慣れつつある。そしてやはり、この寒い冬の野営において、自分の寝床に温く柔らかい生き物が一匹潜り込んでいると少々、快適ではあるのだ。良くないが。良くないとは思うのだが!
……そういうわけで、ランヴァルドもネールも、ぐっすりぬくぬくと眠って、随分元気になった。
魔力酔いで大分消耗した体力も、それなりに回復している。これなら今日も元気に動けそうだ。
ランヴァルドは見張りをしていた兵士に声をかけ、礼を言いつつ報告を受ける。まあ、『異常なし!』というだけのものではあったが。
そうしている内に、『寝床がなんだか寒くなった!』と気づいたらしいネールがもそもそ起きてきたので、ランヴァルドは朝食の準備をすることにする。
兵士達も居るので、朝食は火を使ったものにすることにした。
ステンティールでウルリカ達がやっていたように、鍋を火にかけ、スープを煮る。
干し肉や干し野菜、そして押し麦を加えたもので、半ば粥のようなものであった。
ランヴァルドとネールの2人だけならこんな手間はかけないのだが、兵士達も居て人数も多い。ならば、こうした手間を掛けるのも悪くはない。
鍋の中でスープがくつくつと煮え、ふわりと良い香りと湯気が漂うようになると、兵士達も皆起き出してくる。そうして煮えたスープを口にすれば、冷えた体が温まって、活力が湧いてくるというものなのだ。
ネールもこの朝食がお気に召したらしく、ずっとご機嫌であった。……元気なことである!
朝食の片付けを手早く終えたら、早速、移動する。
向かう先は『もう1つの古代遺跡』である。王城の『閲覧禁止』の資料にすら無かった情報であるので、ランヴァルドとしては何が出てくるやら、楽しみなような、怖いような、そんなところであるが……。
「ここからもう少し東らしいが……ネール。何か遺跡の気配があったら教えてくれ。いいな?」
実は、もう1つあるという古代遺跡の正確な位置は分かっていない。資料の中にある情報の断片を統合して、なんとか『大体東の方。半日は掛からない距離』という程度にまで絞り込んだというだけなので。
……まあ、こちらにはネールが居る。ネールは山のドラゴンの気配も分かるような生き物なので、きっと古代遺跡のことも見つけてくれることだろう。
ランヴァルドはそう期待して、ネールを伴い、出発するのだった。
そうして歩き出して小一時間で、ネールは『こっち』と少しばかり方向を変えた。それからまた小一時間で、『こっち』とまた方向を変える。
……どうやら、ネールに感じ取れる何かに向かって歩いているらしい。ランヴァルドはそれが何か分からないまま、ただネールに従って歩くだけだ。
こんな調子であるので、王城の兵士達も若干、不安気である。目的地がよく分からないままに歩いているのだから……それでいて、歩いている間、どこからいつ魔物が襲い掛かってくるか分からないのだから、中々に気が抜けないのである。不安は当然だろう。
「ネール。近づいているんだな?近付いてはいるんだよな?」
ランヴァルドも少々心配になったので尋ねてみるが、ネールは力強く、こくん、と頷く。『ならまあいいが……』とランヴァルドはネールに付いて歩いていく。
……そうして更に2時間程度歩いたところで。
「……何か居るな」
ランヴァルドにも、『それ』の存在が分かった。
『それ』は、洞穴めいたところに体を半分ほど隠し、もう半分は空から降り注ぐ陽光に照らされて、そしてそのまますやすやと眠っている。よくよく見れば、洞穴には柱の残骸のようなものが見えているし、壁材の欠片のようなものも見えている。ということは、あの奥が遺跡だろうか。
だが遺跡はともかく、『それ』は間違いなく問題である。……問題である、はず、である。
「あれは……ドラゴンか」
ランヴァルドは『またか』という気持ちで、ぼんやりとドラゴンを眺めていた。
……そして少し考えた後、こちらを見ていたネールを見て、頷いた。
「ネール。やっちまえ」
そうしてネールはランヴァルドの命令通り、『やっちまえ』した。
……ドラゴンは目覚めた1秒後には死んでいた。ドラゴンの首をナイフの一振りだけで落としてしまったのだから、見ていた兵士達からはどよめきの声が上がる。
ネールは笑顔で『やったよ!』というように手を振っているが、それに手を振り返す余裕があるのはランヴァルドだけである。
「マグナス殿は……驚かれないのですか」
「……最早ドラゴン殺しじゃ驚かなくなっている自分に驚いているところだ」
兵士の1人となんとも気の抜けたやり取りをしながら、ランヴァルドはネールの元へと向かってやった。ネールは胸を張ってにこにこしていたので、『えらいぞ』と頭を撫でておいてやった。
……ドラゴン殺しはそれ1つだけで叙勲ものの偉業であるはずなのだが、ネールにとっては大したことでもない。
つくづく、ランヴァルドは本当に……とんでもない化け物を拾ったものである。
さて。
ドラゴンを仕留めてしまった以上、解体作業が待っている。
とはいえ、このままここで解体している訳にもいかない。兵士達にとっては『貴重なドラゴンの死体!』というところなのだろうが、ランヴァルドからしてみれば『……値崩れ!』である。つい最近ドラゴン3体分を売ったランヴァルドとしては、さっさと遺跡の中を探してしまいたい。
「今日の野営場所はこの遺跡の中になるかもしれない。ドラゴンが居たってことは、遺跡の中からもっととんでもないのが出てこないとも限らない。ドラゴンは置いておくとして、一旦、遺跡の中を探そう」
結局、『値崩れ……』の部分はそっと隠しつつ、ランヴァルドはそれらしいことを言って兵士達を誘導することにした。兵士達はドラゴンを見ながら後ろ髪を引かれるような様子であったが、命の方が大切と見えて、ランヴァルドに従ってくれるのだった。
遺跡の中を探そうにも、遺跡の入り口は半ばで土砂に埋もれていた。なのでネールが横穴を開けた。
……ランヴァルドの為に身に付けたらしいこの『横穴開け』であるが、ナイフでドラゴンの首を落とすが如く、しかしその力を一点に集中させるのではなく、ある程度範囲を広げて使っているらしいことが分かった。
まあ、つまり……ネールはどうやら、魔法を応用することができるようになってきた、ようだ。
「すごいな、ネール。この調子だ」
折角なので褒めてみると、ネールはなんとも嬉しそうに頷いていた。……自分がどれだけとんでもないことをやっているか、自覚は無いのだろう。ランヴァルドは『これはいよいよ、俺がしっかり御しておかないとな……』と決意を新たにした。
さて。
こうして遺跡に侵入できるようになったため、ランヴァルド達は探索を始める。
遺跡の中は荒れ放題であったが、何か情報が得られるかもしれない、と望みを掛けつつ進んでいく。
「檻、と、動物の死骸……これに魔力を与えて魔物になるかどうか実験してた、ってところか?」
見つかるものは、1つ目の遺跡とは大分異なる。
こちらでは、実際に魔物を生み出すための研究が成されていたようである。生き物の死骸や、それらを閉じ込めていたのであろう檻、その残骸……そういったものがそこかしこに見られた。
1つ目の遺跡にはこのような痕跡が見られなかったので、やはり、2つの遺跡はそれぞれ別の用途で運用していた、ということだろうか。
もう少し調べてみればこちらでも資料の類が見つかるだろう。ランヴァルドは早速、あちこち確認していく。
そうして、小一時間探索した頃。
「ああ……ここにも古代魔法の産物が……」
部屋の扉を開けたランヴァルドは顔を顰めた。
……そこには、またドラゴンが居た。
ただし、大きい。具体的には、ネールが先程倒したばかりのドラゴンの、およそ、5倍くらい。