調査*5
ランヴァルドが目を覚ますと、そこは森の中であった。
「外、か……」
太陽の光が木々の葉の間からちらちらと零れてランヴァルドに降り注ぐ。冬の風は冷たいが、魔力が吹き荒れるのを体験してきたランヴァルドには、この冬の風すら穏やかなものに感じられる。
体調は、大分良くなっていた。未だ、緩い吐き気と酷い消耗はあるものの、それだけだ。というのも……この森の中、魔力が大分、弱まっているように感じられる。
「……ま、働いた甲斐はあったな」
魔力が吹き出し続ける古代魔法の装置などがあったら、それは無限に魔物が湧き出し続けるわけである。つくづく、恐ろしい装置であった。
……このジレネロストが山に囲まれた領地でなかったならば、ジレネロストの外に魔物がどんどん出ていって、近隣も全て滅んでいたかもしれない。それだけの魔力が、あの古代遺跡にはあったのだ。
「あの遺跡については色々と調べなきゃならないだろうが……まあ、それは後だな」
ランヴァルドはぼやきつつ、苦笑する。何せ……ネールがランヴァルドに気付いて、ぱたぱたと駆け寄ってくるところだったので。
ネールは最初に『ぴい!』と口笛を吹いた。ランヴァルドが起きたことを王城の兵士達に伝えたらしい。……兵士達もいい迷惑だろうが、かわいいネールのやることである。口笛を聞いた兵士達が集まってきてくれた。
尚、ネールはランヴァルドの周りをくるくる回り終えると、ランヴァルドの横に座り込んで、只々心配そうにしている。
「よかった。当分、目を覚まされないのではないかと」
「幸い、悪運だけは強くてね」
兵士達は目覚めたランヴァルドを見て、安堵している様子であった。中には、ネールに『よかったなあ』と声をかけている者もいる。……ネールがあまりに心配そうだったせいで、兵士達にも心配が移ってしまっていたようである。
「……あんたらには苦労を掛けたな。人間1人、縦穴から出すのは大変だっただろ」
何はともあれ、ランヴァルドは兵士達に礼を言う。何せ、あの地下遺跡から屋外までランヴァルドを運ぶのは骨の折れる仕事であったはず。縄梯子を伝って縦穴を降りた記憶は新しい。あそこをランヴァルドを連れて上った、となると、それはそれは大変だったはずだ。
……と、ランヴァルドは、思ったのだが。
「いえ……その、ネールさんがやってくださいまして」
「……は?」
兵士達が苦笑しているのを見て、ランヴァルドは素っ頓狂な声を上げる。ネールがやった、とは。
「これです」
「……おお」
そして、ランヴァルドは兵士に案内されて、『それ』を見た。
「……ネール。お前……お前、随分と、こう……思い切ったな」
ネールは神妙な顔で頷いている。『思い切りました』ということだろうか。
そこには、横穴が見えた。トンネルのようであったが、よくよく見れば、古代遺跡の壁材のようなものが見える。
どうやら、ネールはランヴァルドをあの遺跡から早く出すために、遺跡の通路をぶち抜いて、なだらかな横穴を作ってくれたらしい。
……怖い!
ネールはどうやら、また新しく魔法の使い方を覚えたらしい。『横穴をぶち抜く』というとんでもない破壊行動に出たネールを前に、王城の兵士達も若干、及び腰であった。
……英雄と化け物は紙一重である。ネールには力の使い方をもう少し考えるように教えてやった方がいいかもしれないが……ひとまず、ランヴァルドはネールを褒め称え、礼を言った。自分が助かったことは確かなので。
その上で、『もうちょっとおしとやかに』と言っておいた。……改善される見込みは無いだろうが。まあ、気休めとして。気休めとして、だ。
ついでに、王城の兵士達に『ネールを躾ける意思はあります』と表明しておくために……。
ネールの躾はさておき、ランヴァルドは体調が大分マシになっていることもあり、もう一度遺跡へ潜ることにした。
ネールも、そして王城の兵士達も心配してくれたが、ここで夜を明かすことにするのは気が引ける。そして……。
「この段階で国王陛下に報告するのもな」
……魔力が溢れ出る古代遺跡の存在を報告してしまえば、王にここの存在が知れ渡る。
その前にランヴァルドが遺跡を調べるならば、今が最後の機会だろう。少しでも儲け話の気配を逃さないため、ランヴァルドは多少無理をしてでも遺跡に戻ることを決意したのである。
ということで、ネールがぶち抜いたという横穴を通って遺跡へ戻る。……横穴は然程深くない。ネールは丁度いい箇所を見つけてぶち抜いたようだ。もしかしたらここは、元々の出入り口として設計された箇所に近いのかもしれない。
そんな遺跡の中を探索していけば……ランヴァルドはやはり、『ああ、魔力が幾分減ったな』と感じ取る。ネールにはまるで分かっていないのだろうが、ランヴァルドの、少々敏感に過ぎる肌感覚からしてみれば、『このまま放っておけば魔力も大分薄れるだろ』といったところである。
先程、ランヴァルドが魔力酔いと戦いながら制御盤と格闘していた例の部屋も、同様であった。
……ここは流石に、染み付いた魔力の濃さが尋常ではないのだろう。長く留まっては居られそうにないが、それでも先程よりはずっとマシであるので、ランヴァルドは中に入り、そしてネールを呼ぶ。
「ネール。ちょっと来てくれ」
呼ばれたネールは、嬉しそうにぱたぱたと駆け寄ってきた。それを見て『何をそんなに嬉しそうにしているんだか』と思いつつ、ランヴァルドは天井を示した。
「ここ、ハイゼルと比べて雰囲気はどうだ?何かありそうなかんじはあるか?」
ネールは魔力酔いとは無縁のようだが、それはそれとして、ドラクスローガでは山の中にドラゴンが居るかどうかが分かっていた。どういう仕組みかは分からないが、そんなネールならば何か分かることもあるかもしれない、と思って尋ねてみると……ネールは、床に溜まった埃の上に、そっと文字を書いていく。
『あったかい』
「ああ、まあ、そうだな……」
至極当然なことを書いてくれたので、ランヴァルドとしては少々肩透かしを食らった気分である。冷気が出ていないのだから、当然、暖かいのだが。それはそうなのだが。
『つめたいまほう ない』
「ん?冷たい魔法……そういう仕組みが無い、ってことか?」
更に続いたネールの主張に尋ね返してみるのだが、ネール自身もよく分からないらしく、首を傾げて困った顔をしている。
「……ってことは、形こそ似ているが、ハイゼルのアレとは違うものなのかもな」
まあ、ネールの感想は分かった。ランヴァルドはそれを参考に、もう少々装置を調べてみることにする。
当然のことだが、装置は既に人の手で粗方調べられているようであった。ジレネロストに当時居た研究員らがここら一帯を一通り調べているはずなので、恐らくそれだろう。
ついでにやはり、いくらか改造されたような跡もあった。……ジレネロストの研究員が、元々あったこの古代魔法の産物を利用して、何かの研究を……恐らくは、『人工的に魔物を生み出す研究』を進めていたのだろうとは思われる。
まあ、つまり、今こうしてランヴァルドがここを調べても、本来この装置に備わっていた機構が分かるとは限らない。既にジレネロストの人々の手が加えられた後なのだろうから。
だがそれを踏まえた上で、一応、ランヴァルドは装置に刻まれた古代文字を解読していき……。
「……魔力濾過装置、で合ってるか?くそ、答え合わせはできそうにないしな……」
ぼやきつつ、なんとかかんとか、この装置が本来何であったかの情報の欠片を手にすることができた。
『魔力濾過装置』。それが、この装置の正体であるらしい。
「魔力を濾過する、っていうのは……魔力に混じった不純物を濾し取るものなのか、それとも、魔力自体を不純物として濾し取るものなのか……全く分からないんだが、これは一体何なんだ全く……」
ランヴァルドはげんなりしつつ、装置を見上げる。
……壁一面に張り巡らされたパイプも、それらを動かす制御盤も、仕組みも用途もよく分からないままではある。
だが1つ言えることがあるとすると……。
「ここの装置は……いや、ハイゼルのアレは、冷気を出すためのものじゃなかった、のかもな」
……ハイゼルの地下遺跡にあったあの装置。あれももしかしたら、冷気を吹き出すための装置ではなかったのかもしれない。
何せランヴァルドは1つ、『元々そうした機能は備えていなかったらしい』古代魔法の産物をステンティールで見ている。
あのゴーレムは本来、氷を纏って戦うようなものではなかったらしい。ならばもしかすると……。
「ハイゼルもステンティールと同じように、『何者か』が装置に手を加えていた、ってことか……?」
……なんともきな臭い話になりそうだ。ランヴァルドは頭を抱えた。
さて。
ジレネロストの古代遺跡がなんともきな臭い、という点は、見逃すことができない。
何せ、このジレネロストはその内、『リンド領』とでも名を改められて、ネールの所領になるはずなのだから。……そしてその一部を割譲してもらって、ランヴァルドの領地にしたいところである。
その予定地が『きな臭い』のだから、放っておくわけにはいくまい。
ということで、もう少々、遺跡の中を探索した。
兵士達にも手伝ってもらって、それこそ本当にネズミ一匹見逃さないような態勢で、あちこちを調べ回ったのである。
……その結果、それなりに資料が手に入った。それこそ、王城の『閲覧禁止』の書棚にあったものよりも余程詳しい資料が。
「ネール。結論から言うと、ここの遺跡以外にも遺跡があるらしい」
……そうしてランヴァルドは、ネール相手に資料の説明をしてやることになる。
ネールの他にも、王城の兵士達もそれとなくランヴァルドの説明を聞いているのだが、それは見て見ぬふりをしてやることにする。彼らにもランヴァルドが知ったことをある程度は知る権利があるだろう。権利があろうとも知らせたくないことは知らせないつもりのランヴァルドではあるが。
「どうも、そっちの遺跡とこっちの遺跡を色々くっつけて何かやろうとしていたらしいな。その結果、装置が暴走して魔物が湧き出すことになっちまったんだろうが……だとすると、もう1つの遺跡とやらを放っておくことはできそうにないな」
ぺら、と紙の資料を捲りながら、ランヴァルドはネールにそう説明してやる。ネールは神妙な顔で、ふんふん、と頷いていた。
……この施設の中には、紙の資料が残っていた。その多くは床に散らばっていたり、放棄された机の上にあったりしたものである。まとまっているでもないメモ書きのようなものが多く、内容を理解するのに少々時間を要した。
資料から読み取れることは主に2つ。
1つは、ここではやはり、魔物を人工的に生み出す研究がされていた、ということ。
が、その結果は芳しくなかったらしい。基本的には、『生き物が魔力に触れた時、魔物になる』という理屈なのだが、強すぎる魔力を浴びた生き物は、魔物になる前に死んでしまう事が多いようだ。
ランヴァルドが魔力酔いを起こすのもそうだが、生き物にとって魔力とは、適量を過ぎれば毒にしかならないのである。
資料には、『ネズミよりウサギ、ウサギより羆の方が成功率が高い傾向にあるが母数が少なすぎる』というようなことが記してあったが、そこ止まりだった。要は、この研究は結局実用化できなかった、ということなのだろう。
そしてもう1つ、資料から読み取れる情報は……『もう1つ研究所がある』ということであった。
「もう1つ研究所がある、なんて話は王城の資料には無かったからな……。ま、そっちも当たってから国王陛下に報告、だな」
隠されていたのか、発見されなかったのか……いずれにせよ、それが怪しい。間違いなく。
「ここにあるのが『魔力濾過装置』だとすると、向こうにあるのは『魔力発生装置』とかか?……ハイゼルにも似たようなものがあったら嫌だな……」
今はまだ分からないことだらけである。そして分からないことの向こうにあるのは、どうも、きな臭い何かでありそうな気配がする。
……ランヴァルドはため息を吐くと、魔力酔いの体に鞭打って、資料に記されている情報から『もう1つの遺跡』の位置を読み解きにかかるのであった。