調査*4
「ってことだ、ネール。どうやらジレネロストにも古代遺跡があるらしい」
そうしてランヴァルドは、『そろそろお夕食を』と戻ってきたアンネリエとネール相手に資料の内容を話して聞かせた。
「それも、中途半端に人の手が入っている可能性が高いからな。まず間違いなく厄介な……おい、なんで嬉しそうなんだ、ネール。遠足に行くのとは訳が違うんだぞ」
……ネールは何故か満面の笑みでランヴァルドの服の裾を掴んでいる。嬉しそうである。古代遺跡には何一つとしていい思い出が無いだろうと思うのだが。それともネールにとっては良い思い出なのだろうか。氷漬けになりそうになったり、ゴーレムと岩石竜に挟まれたりしたことが?
ネールのにこにこ笑顔の理由は考えないこととして、ランヴァルドは改めて話を続ける。
「土地の魔力が急に増えたのも、古代遺跡が原因かもしれない。闇雲に魔物を狩り続けるよりは、古代遺跡を調査してみた方がいいかもしれないな」
ランヴァルドの説明を分かっているのかいないのか、ネールはこくこくと頷く。心配である。
「そういう訳で、明日は1日休むとして……明後日に出発だ。ジレネロストの古代遺跡を探すぞ」
何はともあれ、今後の方針が決まった。
ジレネロストを取り戻すために、まずは古代遺跡を探す。
幸い、資料には古代遺跡の位置についても記してあるものがあった。後は王城にある地図と照らし合わせていけばまあ、なんとかなるだろう。
1日の休日を経て、ランヴァルドとネール、そして貸し出されている兵士達はジレネロストへと出発した。
兵士達には『まあとりあえず古代遺跡を探す』とだけ伝えてある。……例の資料の詳細について彼らに話すことは禁じられているのだ。元々が閲覧禁止の資料だったのだから、内容をべらべら喋られては困る、ということらしい。
だが、そんな説明にもなっていないような説明を受けただけの兵士達はまた健気についてくる。……王城で雇われているだけのことはある。こうした、『理屈がよく分からない遠征』の類にも彼らは慣れているのだろう。
「えーと、恐らくこのあたりなんだが……ああ、アレか?」
ということで、夕方。ランヴァルド達はなんとかかんとか、ジレネロスト北西部に到着していた。
……今までここに王城の調査が入らなかった理由はよく分かる。
何せ、ここまでの道中……魔物がとにかく、多かった!
魔物だらけの中へ斬り込むようにしてなんとかここまでやってきたが、これは並大抵の兵力では成し得ないことであろう。ランヴァルドは、つくづくネールが居てよかった、と思う。
……さて、このあたりにも滅んだ村が1つあるようだが、目的はそこではなく古代遺跡である。資料にあった情報を参考にしつつ探していけば……なんとかかんとか、入り口のようなものが見える。
「……これに入るってのも正気の沙汰じゃないな……」
が、入り口とはいえ、それは……ただの縦穴である!
「深いな。明かりを入れてみて……ああ、駄目だ。暗すぎて底が見えない!」
どうやらこの穴、元々ちゃんと『入り口』として作られたものではなく、比較的最近……つまり、ジレネロストで魔術の研究をするにあたって、地下の古代遺跡を採掘する目的で掘られた縦穴であるようだ。
正しい入り口はまたどこかにあるのだろう。尤も、資料にはそれは記されておらず、また、既にその入り口が長い年月と土砂崩れなどによって埋まっている可能性もあるが。
「底は見えないが……魔力の気配は大分濃いな」
ランヴァルドは顔を顰めながら穴を覗き込む。……魔力が濃い今のジレネロストに居ながらにして、それでも尚、『魔力が濃い』と思わされる縦穴だ。
大方、当時研究を行っていた者達もこの魔力を目印にここに縦穴を掘り抜いたのだろうが……これは大物が眠っていそうだ、とランヴァルドはため息を吐いた。ついでに、魔力酔いが酷くなりそうだな、とも。
そうして縄梯子を下ろして、なんとか縦穴の底へと降りていった。するとそこは、石材で作られた壁と天井と床……長く延びる通路の途中であるらしかった。
魔物を生み出しているかもしれない古代遺跡、ということもあり兵士達は大分腰が引けていたが、ランヴァルドは全く怯えない。古代遺跡には既に2度、ドラクスローガのアレも含めれば3度も踏み入っているのだ。今更怯えることなど無い。
ネールはより一層、そうだった。元々怖いものなど無いように振る舞い戦うネールのことだ。全く問題なく、どんどん古代遺跡を進んでいった。
……そして、古代遺跡には何も無い。
「静かだな。魔物が居るようには思えない」
ランヴァルド達の足音以外、何も聞こえない。魔力の気配は只々濃いものの、魔物が出てくる様子も無い。
……ついでに、通路を進んでいっても、めぼしい物は何も無かった。『何か丁度いいものがあったら持ち帰って売り捌いてやったんだが』とランヴァルドは内心で舌打ちするが、そもそもここにはジレネロストの当時の研究員が立ち入っているはずである。めぼしい物があっても、既に持ち去られた後なのだろう。
だからこそ、せめて魔物でも出てくれれば、と思うのだが……それすらも叶わないらしい。何も無い、誰も居ない、只々静まり返った通路を一行はどんどん進んでいくが、進んでも進んでも、空しいばかりである。
……だが、そうして進んでいけば、金になりそうなものは見当たらなくとも別のものが見つかるようになる。
ここでかつてジレネロストの者達が研究を行っていたらしい、その痕跡を確認することはできたのだ。
床に散らばった紙。割れた玻璃瓶の欠片。何かの液体の染み。
玻璃で作られた棺のようなものや、魔石を用いた何かの装置だったのであろうもの。壁掛けの照明らしいもの……そして。
「……少し明かりが見える、ような……うっ」
通路を進んでいたランヴァルドはその場に蹲った。唐突に襲ってきた凄まじい眩暈に耐えかねたのである。
見れば、ランヴァルドの他にも何人かの兵士が同じような状態になっていた。ランヴァルドが一番酷そうではあるが……。
一方のネールは、全くの無事である。少々憎らしいことに!そして無事なネールは、心配そうにランヴァルドの周りをくるくる回っている。本人には魔力酔いが無い分、何故ランヴァルドが急に体調を崩したのかが分からないのだろう。
「大丈夫だ。ただの魔力酔いで……いや、でも、ずっとこのままだと流石に、まずいかもな……」
ランヴァルドはかなり魔力に弱い方だろう。魔力の量が少ないということは、魔力の許容量もまた、少ないということなのである。
……このまま魔力に晒され続けたら、最悪の場合、死にかねない。ランヴァルドはため息を深々と吐いて、なんとか立ち上がった。眩暈は酷い。吐き気もある。だがそれ以上に、『さっさとカタを付けて帰りたい』という強い意思によって体を動かすのだ。
「よし、行くぞネール。……ああ、あんたらは少し休んでからでもいい。だが、魔物には気を付けてくれ」
意を決したランヴァルドは、心配そうなネールを伴って、また歩き出した。兵士達にも一声かけていくが、兵士達も根性がある者揃いと見えて、全員立ち上がり、なんとかランヴァルドに付いてくる。……まあ、ランヴァルドよりも魔力が少ない者が居ないだけかもしれないが。
そうして進んでいけば、より一層、魔力は濃くなる。そして仄かに明るくなってきて……。
「おいおい、こいつは……ハイゼルの遺跡に、そっくりじゃないか」
……いつか見たような、パイプが壁面を覆う奇妙な空間がそこにあった。
ランヴァルドは唖然としながら、その遺跡を確認していく。
ハイゼルと概ね、同じだ。壁面には太いパイプが何本も這っていて、そして、制御盤と思しき装置が中央にある。いくらか改造されたような箇所がみられるのは、ジレネロストの研究員が何かしたからなのだろう。
……そして。
「冷気じゃなく、魔力が放出されてる、ってことか……!?」
ハイゼルの時同様、ここからも冷気が吹き出していたらたまったものではなかった。だが……厄介であることには変わりがない。
何せ、パイプからは冷気ではなく……魔力を多分に含む風が、吹き出しているのだから!
「まあ、一回止めたことはあるが……!ああくそ!」
ランヴァルドは自棄になりながら、制御盤へと向かっていく。ハイゼルでやったのと同じ要領で済むのなら、きっと、この魔力の風を止めることはできるだろう。
「おい!あんたらは部屋から出てろ!魔力酔いで最悪、死ぬぞ!これは俺が片付ける!」
兵士達を無為に潰すわけにはいかない。ランヴァルドが声を掛ければ、兵士達は躊躇いながらも部屋から出ていった。……この部屋から出ていれば、多少は魔力酔いもマシになるだろう。
……最悪の場合、ランヴァルドの後始末を彼らには頼まなくてはならない。まだまだくたばるつもりはないランヴァルドではあるが、この古代魔法の装置をどうにかした後、無事でいられる自信も無かった。
「ネール、お前は……」
そして、ランヴァルドは、ちら、とネールを見た。ネールは只々心配そうにランヴァルドを見て、おろおろしている。魔力酔いは無いようだ。
……ならば、とランヴァルドは折れた。
「……辛くないなら、傍に居てくれ」
そうしてランヴァルドはひたすら、古代魔法と向き合う羽目になった。
『一生の内に一度あれば十分だ!いや、一度だってこんな目に遭わない方がいいに決まってる!』と内心で嘆きながらではあったが、体の方は嘆く余裕も無い。
何せ、魔力は容赦なくランヴァルドに襲い掛かってくる。体の芯を揺らされるような不快感。頭を殴られ続けているかのような頭痛に、吐き気と眩暈も酷い。
そんな有様なので、古代文字を読むのも一苦労である。……つくづく、ハイゼルで一度やっていてよかった。ハイゼルの古代遺跡での経験が無ければ、今回は駄目だったかもしれない。
一方、ネールはそんなランヴァルドを見て、只々おろおろしていた。何かしたいが何もできない、という焦燥感からか、意味もなく金色に光ったりまた光るのをやめたりしていた。……こんな有様のランヴァルドを見せるのは、彼女にとって酷だったかもしれない。ネールも避難させてやるべきだっただろうか。
……だが、ネールには居てもらわなければ困るのだ。
「よし、ここも外した。なら、後は……ネール!手を貸せ!」
ランヴァルドは、凄まじい速度で読み解き終えた制御盤をいくらか操作すると、最後に、ネールを呼ぶ。そして……。
「ネール。ここに手を置いて魔力を流せ」
……そう。この制御盤を最後に動かすのに、ランヴァルドの魔力では足りない可能性が高い。
ここでネールが必要だったのである!
ランヴァルドの指示に、ネールは戸惑った様子であったが、それでもすぐに決意したらしく、ランヴァルドの指示通り、制御盤に手を置いて、何やら集中し始めた。
『魔力を流す』という行為自体、今までのネールには難しいことだっただろう。何せ、ネールは魔力こそ多いものの、それを自覚して制御することができていなかったのだから。
だが……ドラクスローガでの一連の戦いを経て、ネールは魔力の制御ができるようになったようだ。そして、そのネールならば……ランヴァルドが組み上げた『止まれ』という命令を、魔力に乗せて古代遺跡へ伝えることができるのである。
魔力の風が、止まる。
装置が稼働を止めて、静まり返っていく。
「……止まっ、たか……ははは」
それを見て、ランヴァルドは笑みを浮かべながらその場に崩れ落ちた。
ネールがすぐランヴァルドに飛びついてくるが、それに構ってやる余裕も無く、ランヴァルドは目を閉じた。
魔力の風は止まっても、今までに浴びていた魔力がすぐに抜けるわけでもない。相変わらず、頭痛も吐き気も眩暈も、あまりにも酷い。今まで立って、更には古代魔法と向き合えていたということは、奇跡のようなものだった。
……ネールが、『ぴい!』と口笛を吹いて兵士達を呼ぶ様子を確認して、ランヴァルドはいよいよ意識を手放す。
ランヴァルドは意識を手放しつつも、少しばかり、笑顔であった。まあ……体調は只々酷いが、達成感は、あったので。