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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
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魔獣の森*3

 

 そうして翌日。

「ん……」

 ランヴァルドがぼんやりと目覚めると途端に、ふささ、と隣のベッドの毛布が動き、ネールが毛布を被って丸くなった。

 ……何故、自分が起きた途端に丸くなるのか。その答えはまあ、考えるまでも無く、『ネールは先に起きてランヴァルドを見ていたから』なのだろう。そして、昨日の言いつけを守ってネールは『見ていなかったふり』をしたに違いない。これは一体、何なのか。そして、これをどうしたものか……。

「……おはよう」

 仕方なく、ランヴァルドは隣のベッドの毛布の塊をゆさゆさとやってやる。すると、もそもそ、と毛布の塊から金髪の頭が覗いて、やがて、海色の瞳が、ぱち、と現れた。

 そして、おずおずと差し出された金貨を受け取って、ランヴァルドはネールの頭を撫でてやる。

「今日はいよいよ収穫物を売る日だ。気合入れていくぞ」

 そして最後に、ぽんぽん、と軽くネールの頭を叩くと、ネールは嬉しそうに頷いて、ベッドから飛び出してくるのだった。




 身支度を整え、朝食を摂り……そうして二人は、昨日利用した表通りの買取の店ではなく、裏通りの、例のぼったくりの店へと向かった。

 ……今までネールからぼったくっていたであろう例の店をわざわざ選ぶのには理由がある。が、それは決して、『ネールから搾取していた分を取り返すのだ』というような義憤に基づくものではない。

 単に、稼げそうだから。相手の足元を見て、自分に得な取引を持ち掛けられそうだから。そういう理由である。


「よお。やってるか」

「なっ……て、てめえ、一昨日の……!」

 ランヴァルドが悠々と店内に入ってすぐ、店主はランヴァルドを睨みつけてくる。だが、その後ろからネールがひょこ、と顔を出したのを見て、少しばかり焦燥を強めもした。

 ……当然、焦るだろう。彼は焦っている。それは間違いない。ランヴァルドはそう踏んだからこそ、ここへ来た。

「おいおい、そんなに睨むなよ。俺はあんたを助けるためにここへこいつを連れてきたっていうのに!」

 ランヴァルドは少々大仰な仕草でそう言ってやってから、店主を見て、にや、と笑う。

「……魔獣の森のブツ、欲しいだろ?」

 店主はランヴァルドを睨み、様子を窺うだけだ。『欲しい』とは言わない。当然だ。信頼できない相手に自分の弱味を見せたい商人など居ない。

「そりゃ、そうだろうな。欲しいだろうな。何せ、今まで毎日のように魔獣の森のブツをこいつから買い上げてたくらいだ」

「……何が言いたい?」

「別に?ただ、『毎日のように』魔獣の森のブツを買い上げて、だってのにそれをダブつかせてねえってことは……ま、『そういう』販路をお持ちなんだろうなあ、と思ったってだけさ」

 だが、この店主は間違いなく、取引に乗る。乗らなければならない事情がある。

「そいつはさぞかし良い取引相手なんだろうな?え?」

 ……この店主は、ネールから安く買い叩いた高級な品々を、間違いなく、不正な販路で捌いていたのだろうから。




 ランヴァルドはこの店主について全てのことが分かる訳ではないが、ある程度、推測できることはある。

 それは、『恐らく、ネールから買い叩いたものを裏稼業の者に対して売り捌いていたのだろうな』ということ。それも、そこそこに大きな組織の者達だろう、ということだ。

 ネールがランヴァルドと会う前、どのくらいの頻度で魔獣の森の素材を売っていたのかは分からない。だが、そう低い頻度ではあるまい。

 そしてこの店は、そんな高頻度で高級品を手に入れて、それを値崩れさせずに売り捌いていたのだ。当然、カルカウッドの外に安定した販路があることになる。それも、高級品をぽんぽん売り捌ける相手だ。貴族か王族か、はたまたそれに近い財力を持つ者との繋がりがあるような、そんな相手だろう。

 そして……そう考えれば、まあ、裏の連中だろうな、と容易に想像できた。

 何せ、この店は『王家御用達』でもなければ『優良店』でもない。つまり、公的には売り上げを知られておらず、税を納めていない可能性が高い。まあ、そうだろう。ネールのような幼い少女が背嚢もどきを背負って足繁く通っていたところで、最高級の毛皮や魔石がこの店に流れ込んでいるだなんて誰にも思われない!

 つまり、売り上げを一緒に隠してくれるような『共犯者』相手に高級品を卸すことにすれば、ハイゼル領主に納めるべき税を随分と減らすことができるだろう、ということである。そして恐らく、この店はそれをやっている。


 ……この時点で、脱税の通報をしてやっても、まあ、いい。だが。

「な?あんたも、突然魔獣の森の素材が手に入らなくなっちまったら困るだろう?取引先だって困るはずだ。何なら、今まで通りに供給できなくなったお前は取引先に見限られて、通報されちまうかもな。だから……ま、『人助け』と思って、持ってきてやったんだ。感謝してもらいたいね」

 ランヴァルドは、悪徳商人だ。悪いことをして稼いでいる奴が居たならば……通報なんてしない。ただ、そこに自分も乗っかって、甘い汁を吸えるだけ吸う。

「……で、その分、当然、俺にも見返りがあるって期待していいよな?当然、脱税については黙っててやるからさ」

 悪徳商人、極まれり。ランヴァルドがにやりと笑えば、店主は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。




 ……そうしてランヴァルドがにやにやしながら店主の決断を待ったところ、ほんの一分程度で店主は決断してくれた。

 まあ、つまり、ランヴァルドが甘い汁を吸うことに同意してくれたのである。ものすごく嫌々と。ものすごく渋々と。

 ランヴァルドは『いいね、賢い奴は嫌いじゃないぜ』と笑みを漏らしつつ、ネールを促して、カウンターの上に背嚢の中身を出させた。

 ネールは、彼女の肩ほどの高さにあるカウンターの上に、よいしょよいしょ、と頑張って背嚢の中身を並べていく。

「……おいおい、こりゃ、いつにも増して……ヤベえな」

 ……が、品が並んでいくにつれ、店主の目の色が変わる。ネールは新たにちゃんとした背嚢を手に入れて、ランヴァルドの指導の下で持ち帰る品を選んできた。当然、今までとは量も質も各段に上がったのだ。

「金剛羆の皮か……」

「ああ。状態も悪くないだろう?傷も少ない」

 皮というものは、状態によって価値が大きく変わる。当然、魔物を仕留める際に手数が増えれば、その分、皮自体に傷がついて値が落ちていくわけだ。だから大抵の場合、皮を目当てに狩りをする者は、弓を使う。矢の一撃だけで仕留めようとするのだ。そうすれば矢が突き刺さった小さな穴が空いただけの、傷の少ない毛皮が手に入る。

 ……が、ネールは得物がナイフ二本であるにもかかわらず、恐ろしいほどに傷の少ない毛皮を手に入れてくる。

 というのもネールの戦い方は暗殺者のそれであるからだ。死角から一気に相手の懐へ潜り込み、喉に一撃。硬く分厚いはずの毛皮を鋭く斬り裂いて、そのまま魔物を仕留めてしまう。……こうしてほとんど一撃で仕留めてしまうから、ネールが狩った魔物の皮は傷がほとんど無いのである。


「……毎度のことだが、こいつはどうやってこんな毛皮を手に入れてる?まさか、こいつ自身が狩るわけじゃ、ねえだろ?」

「さあて。そいつは秘密ってことにしておこうかな」

 店主は疑うような、そして怯えるような目でネールをちらりと見たが、ネールはきょとんとしている。……幼い少女がこんなに美しく金剛羆を倒せるとしたら、そいつは化け物だ。そう思われるのも、無理はない。ランヴァルドにもその気持ちは理解できる。ランヴァルドだって、ネールに対して同じような恐怖を感じないでもない。

「で、まだあんのか?おいおい……なんだこりゃあ」

「そんな顔するなよ。沢山あった方がいいだろ?」

 カウンターの上にはまだまだ品が並ぶ。

 金剛羆の皮に始まって、大樹蛇の毒と牙、雷鳴猪の肉……他にも数点の毛皮。毛皮の中には、ネールが昨日まで背嚢もどきとして使っていた氷雪虎の毛皮も並べてある。それはあまり状態が良くないが、それでも売れることは売れるだろう。そして、ドラゴンもどきの皮や鱗までもが並べば、いよいよ店主も慄くという訳だ。

 更に、熱病の特効薬として知られる『泉スミレ』は小さな花束ができるほどにあるし、あらゆる傷を治すと知られる『竜舌草』も質の良い大きな葉を並べてある。挙句、黄金林檎がころころと並んで、その隣には、最高品質の魔石まで。

 ……こうして、恐ろしいほどの品々がたっぷりと、カウンターの上に並んでしまった。店主はあんぐりと口を開けて、このあり得ない光景を見ている。

 本来ならば、これだけ一度に売ったら値崩れする。だから、値崩れを防ぐためにも肉や皮はともかく、鱗や牙など放っておいても腐ったり傷んだりしないものは取っておいて、また別の店、別の町で売り捌くのが普通だろう。

 どんなに希少な品であっても、一気に売ってしまえばその価値を大きく減じることになる。特に、このカルカウッドは魔獣の森の一番近くの町であることもあり、元々、供給は他の町より多いのだから。

 ……だが、この店は素晴らしいことに、裏の販路を持つ悪徳店だ!

 この店に売り捌くなら、値崩れも然程気にしなくていい。そもそも、ネールがこの店で何を売っていたか知っているランヴァルドは、店主の弱味を握っているようなものなのだ。

 足元見放題。多少の嫌な条件なら全て呑ませてしまえる立場にある。


「さて。これら全部、幾らで買う?」

 店主が懸命に計算を始めたのを見ながら、ランヴァルドも同時に自分の頭の中で相場と需要と供給を合わせて『大体こんなもんか』と値段をつけていく。勿論、この店が脱税している、ということも加味しての値段だが。

「……そうだな」

 店主は、ちら、とネールを見てから、その後ろにずっと立っているランヴァルドを、ちら、と見て、また品物を見る。その表情は、苦い。

 それはそうだろう。ネールだけなら幾らでも騙せた。だが、今、ネールの後ろにはランヴァルドが居る。店主の後ろ暗いところを大体推察できる程度に賢く、その上でその後ろ暗さに乗っかってがめつく分け前を要求してくる程度に厚かましいランヴァルドが居るのである!




「……全部で金貨九枚と銀貨七枚。どうだ」

 結局、店主は多少の緊張感を滲ませながら、そう提案してきた。

「うーん……そうだな」

 だが、ここで素直に『はいそれで』と言うランヴァルドではない。悪徳商人は金を毟り取ることにかけては執念が凄まじいのである。

「なら、これも足して、金貨十枚でどうだ」

 ランヴァルドは懐から魔石を一粒出して、そっと添えた。小粒ながら上質な魔石だ。これ一つで銀貨一枚の価値には十分能うだろう。

 そして、魔石の需要はこのカルカウッドでは少々高い。というのも、ランヴァルドもそうだが、魔法を使える者が魔石の魔力を使えば、より高度な魔法を使用することだってできるのだ。魔獣の森へ潜る冒険者達の中には、癒しの魔法であったり、炎を生み出す魔法であったり、そういった魔法を使う者も居る。言ってしまえば、戦いがあるところでは魔石の値が上がるのだ。

「……仕方ねえな、くそ、持ってけ!」

「よーし。交渉成立だな」

 結局、店主が少しばかりおまけしてくれる形になっただろうか。まあ、店主は弱みを握られているのでどうしようもない。そしてその判断は、正しい。

 ……ランヴァルドと敵対しても良いことなど無い。ランヴァルドは、そこらの人達を食い物にしようとすることはあまり無いが、悪事を働く者は容赦なく食い物にして、金を巻き上げる。更に、敵対してくる奴からは更に容赦なく金を巻き上げる。

『悪徳商人』は賢しく、そして決して善良ではない。ランヴァルドを相手にするのであれば、何はともあれ、ランヴァルドと手を組む立場で居た方がいいのである。




「大分儲かったな」

 店を出て、ランヴァルドは上機嫌である。金貨十枚。これは大きい。

 もし、表通りの買取の店を利用していたならば、得られた金貨はどんなに多くても七枚かそこらだっただろう。そう考えると、脱税店様様である。

「じゃ、お前の取り分だ。仲介料はこっちで貰っておくぞ」

 ランヴァルドの交渉で買値が上がったことも踏まえて、ランヴァルドは金貨五枚を貰っておく。ネールは金貨五枚を手に入れて、にこにこと嬉しそうに頷いた。半分もランヴァルドに持っていかれていることについては、まるで気にならないらしい。健気なことである。

「どうする?今日の午後も軽く森に潜ってもいいが……」

 ランヴァルドがそう提案してみると、ネールは少し首を傾げつつ、考えるそぶりを見せた。……そして、こくこく、と笑顔で頷く。どうやら、稼ぐ気合は十分であるらしい。なんとも働き者の雇用主である。

 ……この分だと、あの悪徳店の店主が泣きついてくるのもそう遠くなさそうである。


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― 新着の感想 ―
儲かりまっか?
ランヴァルドさん達はお金を貰えて、悪徳店は貴重な素材が手に入る。まさにwin-winの関係ですね!
「そこらの人」はあまり食い物にしないのでは?!
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