調査*2
ということで、その日も夕方にはジレネロストを出て、ハイゼル領の町、エルバへと戻った。
ハイゼルから王都までは南に少し、といったところなので、明日は王都へ一度戻る。
「少し資料を当たってみた方がいいな。当時のジレネロストについての報告くらいは探せば見つかるだろ。イサクさんかアンネリエさんあたりに聞けば案内してもらえるだろうし……」
イサク、というのは、ドラクスローガに来ていた使者の代表の名である。彼はすっかりランヴァルドのことを気に入ってくれているようで、王都に来てからも何かとあれこれ世話を焼いてくれている。ランヴァルドの世話は本来、彼の仕事ではなかったはずなのだが……彼自身がそれを引き受けてくれたらしい。
また、アンネリエはイサクの補佐官だ。彼女もまた優秀な人なのだが、こちらはネールをお気に入りのようで、ネールと行き会う度ににこにこと笑顔になってくれる。こちらも頼めば資料を探す手伝いくらいはしてくれるだろう。
アンネリエ、と名を聞いたネールが、にこ、と笑う。……ネールは既に王城内でそれなりの地位を築き上げている。主に、『かわいい!』という点において。
……疑うということを妙に知らず、人見知りするが懐けば懐っこく、そして可愛らしい生き物。そんなネールは王城内では珍しいものだから、まあ、文官からメイドから、あらゆる人に可愛がられつつあるのである!
これでいて並の人間では太刀打ちできないような力を持っているというのだから、人は見た目によらないものである。
……恐らく、王城内の人間達も、ネールの金剣勲章のことやドラゴン殺しの話は知っていても、実感に結び付いていないのではないだろうか。だからこそネールは、恐れられることなく、ただ可愛がられているのだ。
「ネール。お前も手伝えよ。人を動かすのは俺も得意だと自負してるが、お前はお前でまた別のやり方で人を動かせる性質らしいからな……」
ランヴァルドがネールにそう言えば、ネールは分かっているのかいないのか、首を傾げつつも嬉しそうにこくこくと頷くのだった。
王都へ到着したのは、ハイゼル領エルバを出た翌々日のことであった。ジレネロストから王都までは2日半、といったところである。
ランヴァルドは慣れたものだが、王城の兵士達は、皮を剥いだり運んだりといった作業に疲れ切っている者も居る。……また、いつ魔物に襲われて死ぬか分からないジレネロストに滞在する、ということ自体が彼らの緊張および疲労の原因となっていたのだろうが。
ランヴァルドとしても、ジレネロストについての資料を探す時間が欲しい。兵士達には『出発は3日後の予定だ。しっかり休んでほしい』と告げ、ついでに『ジレネロストの魔物の皮を売った金の分け前だ』と金を握らせて解散させた。
……王城から給金が出ているはずの彼らには、本来別途金銭を与える必要は無い。だがここで金を与えておけば、彼らはジレネロスト行きの仕事について、『悪くない仕事』だと思ってくれることだろう。
彼らが怠けず働いてくれれば、魔物の皮を剥ぐ作業が捗り、売り物が増え、結果、儲かる。そうでなくとも、こちらを裏切る可能性を下げる方法の1つが『金払いの良い雇い主であること』なのだ。最近、マティアスの部下によって一度裏切られているランヴァルドとしては、しっかり金をばら撒いておきたい。
……そして実際、金を兵士達に与えたのは有効だったようである。
兵士達は驚きつつもこれを喜び、2日の休暇をこの金でのんびりと過ごすことに決めたらしい。
ランヴァルドが彼らの仕事ぶりに感謝の言葉を述べ、ついでにネールがにこにこと笑顔で彼らに手を振って見送れば、彼らは実に上機嫌になってくれた。
大方、酒場かそこらへ行くのだろうが、そこでランヴァルドやネールの良い噂を流してくれれば万々歳である。良い噂が流れている地域でのやりやすさについては、ドラクスローガで既に体験済みだ。今回もそうなるといいのだが。
兵士達を見送ったランヴァルドは、ネールを連れて王城へ向かい、ネールの胸に飾られた金剣勲章を見せて門をするりと抜け、そしてイサクとアンネリエを探す。
果たして、2人はイサクの執務室に居た。アンネリエについては知らないが、イサクはそれなりに地位のある貴族の出らしく、こうして王城内に執務室を構えているのである。居所が分かりやすくて大変良い。
「おや、お二人とも、お戻りでしたか」
ランヴァルドとネールが執務室に入ると、イサクは表情を綻ばせて出迎えてくれた。傍に控えていたアンネリエも、笑ってネールに小さく手を振る。ネールも手を振り返してにこにこしているものだから、つくづく人に懐くのが上手い。
「はい。ジレネロストの様子を見てきたのですが……ありゃ、愚直に魔物退治していたら埒が明かないな、と。一度資料を見せてもらいに戻ってきました。そのついでに報告を」
ランヴァルドがそう告げると、『ああ、やっぱり』というようにイサクは頷いた。
……ジレネロストは今までただ放置されていたわけではない。何度か、王家からの派兵があったし、それ以前には、当時のジレネロスト領主が魔物をなんとかすべく奮闘していた。
だが、それらは全て無駄であったのだ。あまりにも魔物が多く……そして、強すぎた。だからこそ、ジレネロストは『旧』ジレネロストとなり、今も尚、魔物の巣窟のままなのである。
「あそこの魔物はとにかく強いと聞きますのでね……どれくらいやりましたか」
「20……いや、40はやりましたかね。ハイゼルで捌いてきた毛皮は10程度、今持って戻ってきたのは10くらい。だが、毛皮の価値が低い魔物はそもそも、途中から捌くのをやめてしまったので……」
「40!?えっ!?」
さて。倒した魔物の数を報告すると、イサクの後ろでアンネリエが慄く。
「この1週間……いや、移動を考えると、ジレネロストに居たのは2日程度ですか……?」
「寝泊まりはハイゼル領エルバだったので、まあ、実労働時間でいけば1日未満です。……まあ、ネールはドラゴン殺しくらいは簡単に成し得るものですから」
ただ殺すだけなら、ネールはもっと多くの魔物を殺せただろう。ただランヴァルドが『これは殺しても殺しても土地の奪還に繋がらないな』と判断した上で、更に『俺達の目の届かないところで殺されても、皮や牙を採れないな……』と考えてネールに狩りの手を緩めさせたせいで、この数に留まっているというだけだ。
「それだけの数を仕留めても、まだ魔物が出てくる、ということですか。いやはや……それは何か、ありますなあ……」
イサクは目を細めて眉根を寄せる。……彼は国王の使者として各地を飛び回っている立場であるらしいので、各地の『魔力が多い土地』についてもいくらか知見があるようである。そこらのボンクラと話をするような煩雑さが無いので、ランヴァルドとしてはありがたい。
「ええ。どう考えてもおかしい。土地の魔力が急激に増えたというのならば、その原因が何だったのかは知りたい」
「成程。そこで、『資料』を、ということですか。成程……そういうことなら、勿論です」
イサクは快く頷いてくれ……そして。
「ジレネロストの資料は、その一部が閲覧禁止の扱いとされているはずですが、まあ、竜殺しの英雄ネールのため、ということならば許可は下りるでしょうな」
「えっ」
……何やら、不穏なことを口に出した。
「閲覧禁止、ですか」
そんな話は聞いたことが無かった。
当然、ランヴァルドは今まで長らく旅商人をやっていたのだ。王城に上がるような用事も無ければ、ジレネロストについて真剣に調べようとしたことも無い。
だが……一応、旅商人として恥じないくらいには情報を仕入れ、その上でそれなりに上手く立ち回ってきたのである。当然、交易の要所であるジレネロストについては並大抵の者よりは詳しく知っているし、そう自負してもいた。
だが『閲覧禁止』などとは聞いたことが無い。
ランヴァルドが知らない『閲覧禁止』の資料がある、ということは、つまり……『後ろ暗いことがあり、それ自体を隠したい場合』にあたるのではないだろうか。
「ああ、はい。まあ、閲覧禁止にされている資料が存在する、ということ自体があまり口外されないことではありますな。何せ……うーん」
イサクは少々迷うようにしていたが、やがて、『まあ、そのジレネロストを人の手に取り戻そうという英雄には話すべきでしょうな』と頷いて、いよいよそれを口にする。
「……どうも、ジレネロストの災害は人為的なものだったのではないか、という話が聞こえてきておりましてな」
「ありえない」
咄嗟にランヴァルドはそう口に出していた。
……ジレネロストが滅んだのは、魔物が急に湧き出てきたから。
そして魔物が急に湧き出てきたのは……急激にその土地の魔力が増えたからである。
だから、『ありえない』のだ。
「ええ、でしょうな。私も聞きかじった程度ですが、まあ、ありえないだろう、とは思っております。何せ、土地全てが飲み込まれるほどの量の魔力です。そんなものが一体、どこから湧き出てきたというのか。ましてや、それを操ることなど……」
イサクもそう言って頷く。
だが。
「……古代人の技術でも無い限りは不可能でしょう」
……ランヴァルドは、ぎくり、とさせられる。
何せ、ランヴァルドの隣には、古代人かもしれない少女が1人、居るのだから。
ついでに……もう1つ2つ、心当たりが、無いでもないのだ。
「だが古代人ならそれができたのかもしれない。或いは、その技術を再現しようとする者が居たのなら」
「そう、ですね……。古代人が遺した遺跡のようなものがあり、そこの機構が暴走した、というようなことは十分に考えられる」
ランヴァルドがそう言えば、イサクもアンネリエも、きょとん、と目を瞬かせる。
「おや?その手のことにお詳しいのですか?」
「ええ、まあ。旅商人としてやっていく中で、古代遺跡からの出土品を扱うこともまあ、ありましたのでね」
知識の出所は適当にはぐらかすが……まあ、ランヴァルドはここ最近だけでも2件は、古代遺跡の暴走の類を目の当たりにしているのである。
ハイゼルと、ステンティール。
あの2か所ではそれぞれ、古代遺跡が暴走した。……それぞれ、仕組みも碌に分からないまま起動しようとした愚かな人間が居たのが原因だが。
だが……どうにも、それだけではなかったようにも思うのだ。
特に、ステンティール。あのゴーレムが、氷で何度も体を蘇らせていたあの様子。あれはどうにも、異質だった。マティアスがうっかりやった、というには、あまりにも……『出来すぎていた』ように思う。
それに、ステンティールではそもそも、岩石竜の封印を解いた何者かが居ることは間違いないのである。そのあたりも含めて考えると……どうにも、不穏であった。
……だが、話は不穏なだけでは終わらない。
「まあ、古代遺跡の類が原因なのかどうかは分かりませんが……お分かりですね?古代遺跡の類を管理しているのは、貴族です」
「ええ、そうですね」
イサクの言葉に、ランヴァルドは深く頷く。
「……つまり、下手に公表するとこの国の貴族全員の汚点となりかねないような……或いはもっと酷い事柄が、資料に残っているのでしょう」
更に、ため息交じりに続いた話にも深く頷いて……ランヴァルドは、思うのだ。
『まあつまり、ジレネロストが滅んだのは、ジレネロストの貴族が何かやらかしたから、って可能性が高いんだよな』と。
……そして、ランヴァルドはこれから、そんな資料を調べることになるわけである。
が、正直なところ……実に、楽しみである!
「……うん?あの、マグナス殿?どうされましたかな?」
「ああ、いえ、何でも」
他人の不幸は、蜜の味。誰かの不祥事は、誰かの儲け話。
ランヴァルドはそういう類の人間である!




