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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第三章:偽りの竜と偽りの英雄
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英雄を作るということ*4

 

 王城に到着したランヴァルドは、ネールが『ほやあ』と感嘆のため息を吐き出しながら王城を見上げる様子を楽しく眺めていた。

 ……旧ジレネロスト領に居たらしいネールの様子を聞く限り、こんなに大きな建物を見るのは初めてなのだろう。

「そういえばお前、初めてハイゼオーサに行った時もこんな調子だったな……」

 ネールがこくこくと頷きつつも頬を紅潮させて王城を見つめているものだから、ランヴァルドは笑うしかない。

「ま、多分その内、お前にとってもこの城は珍しいもんじゃなくなるぞ。その内な」




 王城の中は中で、やはり豪華絢爛である。ネールは一歩歩くごとに目を輝かせている始末だ。……英雄らしからぬ挙動だが、まあ、これはこれでいい。

 英雄らしくはないが、子供らしくはある。そして、今まででも散々分かっている通り、『可愛いということは得』であるので……今も、案内役の兵士がネールを見ては微笑まし気にしていたり、すれ違った使用人が『あらかわいい』とにっこりしたり……ネールは王城の中でも十分にやっていけそうである。

 ランヴァルドとネールは案内されて、応接室に通された。小さめの部屋ではあったが、調度品や何やら、凄まじい価値の代物で飾られているのでランヴァルドとしても少々落ち着かない。主に、『ここからここまでで、金貨100枚かそこらは飛ぶ……』というように考えてしまうせいで。

 一方のネールは、単純に慣れない高貴な場所とこれからの出来事に緊張しているらしく、部屋の中をきょろきょろと見ている一方で体を固くしている。ランヴァルドは時々、ネールに『そんなに緊張しなくていいんだぞ』と声をかけてやりつつ、そのまま応接室で待つ。

 その内やってきた者と大まかにこの後の流れを確認し、諸々の打ち合わせを行ったら、また待つことになり……そして。

「ああ、お待たせしました。準備が整いましたので、こちらへ」

 使者がランヴァルドとネールを呼びに来た。

 ……いよいよ、叙勲である。




「面を上げよ」

 国王の、凛として威厳のある声に顔を上げれば、ネールも顔を上げるところだった。背筋を伸ばし、緊張に頬を紅潮させつつも真っ直ぐ国王を見上げるネールは、堂々として凛々しく、そして可愛らしい。

 ステンティールで一通りこのあたりを学んでおいて本当に良かった。ネールが緊張しているのはそれとして、まあ、中々に見栄えがいい。ランヴァルドは『本当にステンティールでのあれこれは美味しかったな』と内心で笑う。

 ……此度行われることになった突然の叙勲式には、多くの人々が見物にやってきていた。無論、一般に公開されているものではないのだが……城の学者や官吏達が参列しているのをはじめとして、通りがかった風を装った使用人がこっそり覗き見ていたり、漏れ聞こえる声だけでも耳にしようとしていたり。

 それほどまでに、ネールの叙勲式は注目されていた。それもそうだろう。こんなに幼い少女がドラゴンを倒したというのだから。

「ネレイア・リンド。此度のドラクスローガにおけるドラゴン討伐、まことに大義であった。貴殿の功績を称え、金剣勲章を与える」

 国王が朗々と文言を読み上げ、そして……ネールに勲章を与える。

 金細工の剣を象った勲章だ。白刃勲章より更に上位の……それこそ、歴史に名を刻む偉人に与えられてきたような、そんな勲章である。

 国王は手ずからネールの胸に勲章を飾ってやって、それを見て静かに頷いた。国王が何か促せば、ネールは観衆を振り返って一礼した。ステンティールの時よりも洗練されたように見える所作は、間違いなくこの場に居る多くの者に良い印象を与えただろう。

 少なくとも、今のネールを『浮浪児』と馬鹿にするものは居まい。ネールはもう、立派な英雄なのだから。


 ランヴァルド含む観衆が拍手し、歓声を上げる中、ネールは嬉しそうに胸の勲章を見つめていた。

 ……そんなネールに、国王は厳しくも優しく語り掛ける。

「……貴殿はこのように幼い身でありながら、この場に居る誰よりも強いのであろうな。貴殿がその気になったならば、この場の誰をも殺せよう。だからこそ……その力、正しく使うがよいぞ」


 ネールは力強く頷いた。その嬉しそうな、かつ無邪気な様子に人々はまた拍手を強めていたが……ランヴァルドは国王の言葉に、思う。

 もし、ランヴァルドがネールを魔獣の森から連れ出していなかったなら、ネールは今、どうなっていただろうか、と。

 ……否。ネールを『連れ出してしまったから』今、こうなっているのだな、と。そう、思うのだ。


 初めてネールを見た時の、あの茫然とした感覚をランヴァルドは忘れない。

 人間離れした戦いぶり。恐れというものを知らない狩人の、あまりにも素早く、あまりにも容赦のない戦いぶりを見て、ランヴァルドは確かに恐怖した。

 ……それでもランヴァルドがネールを連れ出したのは、恐ろしくも強いこの生き物に、利用する価値を見出したからだ。そして実際、その価値はあった。あったが……。

 忘れてはならない。

 ランヴァルドはネールの力を、忘れてはならない。『正しく使わせる』ように、しなければ。

 さもなくばネールは間違いなく、迫害されるだろう。英雄ではなく、化け物として。

 ……化け物を英雄に仕立て上げたランヴァルドには、ネールを英雄のままでいさせる責務がある。

 英雄を作り上げるということは、こういうことなのだ。




 さて。

 ランヴァルドが何処か寒気のようなものを感じている間も、そんなランヴァルドを置き去りにするかのように叙勲式は進んでいく。

「さて、ネレイア・リンドよ。折角だ。此度の働きに対して褒美をとらせよう」

 国王は微笑みを湛えてネールを見つめると、ネールにそっと問いかける。

「何か、望むものはあるか」

 ネールはこれに、固まっていた。喋れないのだから当然である。

 ちら、とネールがランヴァルドの方を見た。困っているようだ。だがランヴァルドも困っている。

 ……こんな話が出るなどとは、打ち合わせに無かった!


 国王は一体何を考えている、と、ランヴァルドは瞬時に考え始める。

 この場で、この観衆の中で、何故急に。

 ……ランヴァルドが『どう出るべきか』と考えている間にネールはまた、ちら、とランヴァルドを見た。だが、ランヴァルドもここで指示を出すわけにもいかない。どうしたものか、と困っているのは、ネールよりランヴァルドなのだ!


 そうしてネールは……ふと、意を決したように国王へと視線を戻す。そして、口を開いた。

『ジレネロスト』と。ネールの口が動く。声こそ出ないが、口の形は確かにそうであった。




「……ほう?」

 同時にネールの指が、ネールの掌に文字を書く。これもまた、『ジレネロスト』と。

 ……そんな様子を見ていた警備の兵達は、ネールが何をしているのかと警戒していたし、周囲の観客達もひそひそと何か囁き合ったり、ざわめいたりしている。だが国王はそんな中でも真剣にネールの手を見つめ、口を見つめて……そして、ほう、と頷いた。

「成程。ジレネロスト、か?」

 途端、ネールは、ぱっ、と顔を輝かせ、うんうん、と何度も頷く。お淑やかな所作ではないが、国王はこれを無礼には思わなかったらしい。が。

「ジレネロスト……を、所領に、と?うむ……それは中々に大きく出たものだが……そもそもあの地は、およそ領地としては向かぬ土地であろう」

 ……どうやら、国王は真剣に『旧ジレネロスト領をネールに割譲するか否か』を迷っているらしい!


 ランヴァルドは焦る。流石にここで所領を丸ごとぽんと貰えるとは思っていない。そして、『貰うべきだ』とも思っていない!

 ここでぽっと出の少女が所領を……それも、面積がそれなりにあり、山間の交易路であったジレネロストを手に入れるとなれば、流石に黙っていない者達が大勢湧いて出てくるはずである。

 魔物だらけの、およそ人間が住むには不向きとしか言いようがない土地であろうとも、『所領』を得るということはそういうことなのだ。

 だからこそ、国王は迷っているのだろう。

 ここでネールに叙勲を、としたのは恐らく……国としても、『英雄』を求める事情があるのだ。民衆の心を惹きつける明るい話題として、幼くも美しい少女の叙勲は正にぴったりだろう。恐らく、国王の狙いもそこだ。

 ついでに、ネールは『ドラゴン殺し』の英雄だ。ネールの名を知らしめれば、同時にネールの功績も知られるところとなる。……魔物が活性化している、という各地では、ネールの存在が希望になるだろう。

 同時に、国は魔物を退治した者に対して報酬をきちんと出す、という印象付けもできる。これは一般の民衆への呼びかけ以上に、各地の領主へ釘を刺す意味合いの方が大きいだろうが……まあ、そういう訳で、国王にとってネールの存在は中々『丁度いい』のだろう。

 だから国王はネールに『旧ジレネロスト領』という、大きすぎるほどの褒賞を出すことをもまた、考えているのだ。……だがそれでは、ネールが妬みに晒されることは間違いない!


「陛下。ネレイアの声として私が発言することをお許しください」

 だからランヴァルドが進み出て、国王の前に片膝をつき一礼する。それなりに見栄えのする所作にできただろうか。

 ネールのみに向いていた視線が、ランヴァルドに突き刺さる。だがランヴァルドは緊張しつつもあくまで堂々と、それでいて不遜なところなど見えないように振る舞った。

「許す」

「寛大なお心に感謝致します」

 ひとまず国王の許可を得たランヴァルドは、顔を上げたところで国王と目が合う。青灰色の理知的な目は、深く皺の刻まれた顔の中で少々楽し気にランヴァルドを見ていた。

「ネレイアはジレネロスト領そのものを望んでいるのではありません。彼女は……ジレネロストでの平穏を望んでいるのです」


「ほう」

 ランヴァルドが話し始めれば、国王は楽し気に目を細めた。……何を考えているのか分からない相手ではあるが……ならばランヴァルドもまた、国王を楽しませるまで。

「彼女はかつて、ジレネロストに暮らしていました。両親と共に。しかし……魔物の襲撃によって、彼女の故郷は消えました。彼女の両親も、また……」

 このあたりはネールからまだ詳しく聞けていない。よって、これが真実かなど分からない。だがネールが寂しそうに小さく頷くのを見て、観衆はただ、ネールへの憐憫や同情だけを感じたことだろう。

「ネレイアが望んでいるのは、かつての平穏な暮らしだけです。ただ再び、あの場所で暮らせたら、と彼女はそう願っているだけなのです」

 更にランヴァルドがそう続ければ、ネールは『そうだそうだ』とばかり、強く頷いた。……どうやらネールはランヴァルドに合わせるつもりらしい。否、或いは、本当にネールがそう望んでいるのか。

「平穏な、か。しかしあの地は魔の手に落ちた。3年前のあの日以来、魔物の闊歩する土地と化したきりであるぞ」

 国王は分かり切ったことを確認してくる。……そうだ。ジレネロストは、所領としては限りなく価値の低い土地。魔物だらけで治めるどころか、人間が住むことすらできないような土地なのだ。だからこそ、『ネールへの褒美として、ジレネロストを』という案を真剣に考えたのだろうが……。

 だからこそ、ランヴァルドは挑戦的な策を弄することができる。

「ええ、承知の上です。……そこで、陛下。褒美を、ということでしたらどうか、ネレイアに『戦え』とご命令ください」


 会場がざわめく。そのざわめきの中、ランヴァルドとネール、そして国王だけが堂々としていた。

「ネレイアは自分の故郷を取り戻すため、ジレネロストの魔物を一掃します。そして……ジレネロストを人間の手に取り戻した暁には、ネレイアがそこに暮らし、かつての暮らしを偲ぶことを……どうか、お許しいただきたいのです」




『所領を賜りたい』とは、言わない。だが実質はそうだ。

 それでも印象は大分異なるだろう。少なくとも、この条件であれば……『ドラゴン殺しの武功を立てた上で、更に魔物だらけの事故物件を綺麗に清掃してやるから、その代わりにその土地の一部を寄こせ』という条件であれば、周囲からもそうは妬まれまい。

 何せ……ジレネロストの魔物退治など、やりたい者はそうは居ない。できる者は、更に少ない。恐らく、所領を手にするだけなら、より簡単で安上がりな方法がいくらでもあるはずだ。

 ……だがそれでも、ランヴァルドはこう申し出る。

 皆が嫌がる仕事を買って出るのだから、印象は良いはず。それはそのままネールの評判へと繋がり……まあ、今後の投資にもなるだろう。

 それでいて、ジレネロストを一部でもいずれ頂くならば、その口実として『ジレネロストを取り戻した』という肩書きは最高のものになる。ジレネロストの魔物を退治し、滅びた村や町を再建していくのなら……なし崩しに『領地』を手に入れることにもなるだろう。

 そして、これを実行するために必要な武力のために、兵士を雇ったり、武具を買いつけたりする必要は無い。

 ……そう。ネールを使えば、魔物退治はタダ同然なのである!


「ふむ……覚悟の上か」

 国王が問えば、ランヴァルドではなくネールが頷いて答える。それを見て国王は満足気に笑った。

「ならば望み通りに。……竜殺しの英雄ネレイア・リンドよ。ジレネロストの魔を祓え。そしてかつての平穏を再び築き上げるがよい。……ジレネロストへの立ち入りと、開拓の権利を与えよう」




 こうして、次の行き先が決まった。

 次の行き先は、旧ジレネロスト領。かつてのネールの故郷であり、現在は魔物の巣窟と化した、いわくつきの土地である。そんな場所へ向かうのだから、『死地へ赴く』と表現してもいいだろう。

 だがネールもランヴァルドも、表情は明るい。

 ……2人のそれぞれ少しずつ異なる望みは、それぞれジレネロストにあるのだから。

3章終了です。4章開始は1月24日(金)を予定しております。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です 次回も楽しみにしております
お疲れ様でございます。 第4章も楽しみに待っております。
ランヴァルドが名案を思いつくと大体上手く行かないのがお約束になってきてる今、どんな難局が待っているのか、今からドキドキしますねえ 旧領主が所有権を主張するとか、ジレネロストに到着した途端にネールが力を…
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