英雄を作るということ*3
……そうして、翌日。
「マグナス・ランヴァルド殿。此度、例のドラゴン3体分は秘密裏に国で買い取ることになりました」
「ああ、それはよかった!」
ランヴァルドは使者の報告に喜ぶこととなった。……ネールに勲章を、と言い出した時点で、『ドラゴンを狩れるほどの猛者を手元に置いておきたい事情がありそうだ』と察せられたが……いよいよ、これはネールとランヴァルドを取り込みに掛かっているかもしれない。
好都合だ。ランヴァルドもさっさと国王に取り込まれて、金と土地、最終的にはいい地位を頂いてしまいたい。そのためならば、多少働くくらいなんてことは無い。
それに加えて、まあ……ネールも一緒に取り込まれておけば、後々『やっぱりドラゴンの鱗は単体では効力を発揮しなかった!』と発覚した後にも安全に動きやすい。その時点で既にネールが有用であることを証明できていれば、ネールやランヴァルドが罰せられる可能性は低くできるし、ついでに、『ネールが一緒に居れば鱗を活用できますよ』とより一層ネールを売り込むこともできる!
「炎の加護があるという鱗を無駄にはできませんからね。ついでにやはり……隠しておかねば、民衆に混乱が生じそうだ。特にこの、ドラクスローガにおいてのドラゴンですからね」
「ええ……彼らにとってドラゴンは特別な存在のようですから」
ランヴァルドは答えながらほくほくしている。これで市場の値崩れを防ぎつつ、普通であれば絶対に捌ききれないであろう量のドラゴン素材を売り捌いたことになる。
快挙だ。快挙である。こんなに大きなヤマを当てることができるとは!ランヴァルドは『やっぱりネールを拾ったのは正解だった!』と大いに喜ぶのであった!
「広場のドラゴンについてはドラクスローガへ寄付、という事でしたが……」
「はい。昨日、トールビョルン様にそう申し出て、受理されました」
ついでに、広場のドラゴン1体分については……流石に、金に換えるのは難しいと判断した。
こちらも国王が接収することは可能だろうが、それをやるとなると、ドラクスローガの民衆からの反発が酷いだろうから。
……何せ、ドラゴンは彼らドラクスローガの民にとって、ある種の象徴なのだ。それを国王が横から掻っ攫っていった、などとなれば、そこから反乱が起こりかねない。そして、そんな危険なことは国王だってやりたくないのである。
一方、では民衆に売ってはどうか、というところについては……既に山で最初に仕留めたドラゴン素材を売り捌いた後なので、民衆の財布事情がよろしくないと分かっている。そこへ下手に売ったら、いよいよ彼ら全員、冬を越せなくなるかもしれないのだ。ランヴァルドとしてはそれでも一向に構わないが……それで手に入る『端金』よりも、より長く使えそうな『縁』を手に入れることにしたのだ。
ということで、ランヴァルドはトールビョルン老にドラゴンを寄付してしまった。ランヴァルドが自力で解体するのは骨であることだし、トールビョルン老がドラゴン解体を民衆に任せれば、そこで雇用と金が発生することになり、彼らの生活の助けにもなる。
また……そうしてトールビョルン老がドラクスローガの実権を握るようになれば、ドラクスローガはより一層安定していくことだろう。ついでにトールビョルン老はランヴァルドに対してとても覚えが良くなっているので、今後何かあった時には積極的に助けてもらえる、と。そういう訳である。
「成程。流石、竜殺しの英雄ともなると気風がいい!」
「まあ、ネールはそういう奴なので」
ランヴァルドは苦笑してみせつつ、ネールに笑いかける。ネールは今回の決定にまるきり関わっていないのだが、ランヴァルドが笑顔だとネールも笑顔になってしまうらしい。にこにこしている。
……実に人のいいことである!
「さて。ではお支払いについては、流石に今ここで、というわけには参りません。地下のドラゴン3体を秘密裏に解体してから、ということになりますので、少々お時間を頂くかと」
「まあ、ある程度は待ちます。ドラゴン3体分を丸ごと買い取って頂けるなら、それくらいは飲みますとも」
そして最後に……一番大切な『現金』の話については、まあ、概ねランヴァルドが予想していた通りとなった。
今ここに使者達が大金を持ってきているとは思えない。よって、ドラゴン3体を買い取るという証文を交わした後も、実際の支払いまでしばらく時間を有するだろうとは思っていた。
後は、『なので支払いまでドラクスローガにて待機を』と言われるか、『王城へ一緒に』と言われるか、というところだが……。
「つきましては、是非一度、王城へ。ネレイア嬢への叙勲のこともございますので」
……後者だ。ランヴァルドは内心で笑う。これはいよいよ、都合がいい。王城に潜り込んで、そこでより大きな商機を見出すこともできるだろう。特に……『所領』を得るためにも、できるだけ早く国王陛下の目に留まっておきたかったのだ。
「成程。分かりました。こちらも一度、南の方へ戻らねばと思っていたところです。王城へ戻られる際、ご一緒させてください」
「それはありがたい!竜殺しの英雄ネレイア嬢が一緒ともなれば、道中、いかなる魔物に襲われても無事でしょうからな!」
まあ、ランヴァルドの思惑と国王側の思惑は、ある程度利害が一致しそうである。
……この国で何が起きているのかはよく分からないが、まあ、何かは起きているのだろう。
例えば、各地で魔物が活性化しているという話がいよいよ大規模になってきた、だとか。各地の古代遺跡が、一斉に不穏な動き方をしている、だとか……。
その日の夜も、ランヴァルドとネールは宴に巻き込まれていた。
領民達は、自分が実際に見たドラゴン殺しの光景に未だ、興奮状態にある。元々娯楽の少ない北部のことなので、その興奮ぶりは余計に凄まじい。
ランヴァルドがネールの話を語って聞かせてやれば、それだけで彼らは大いに盛り上がった。……今やすっかり、ランヴァルドとネールは皆の中心にある。特にネールは大層可愛がられており、いつの間にやら、与えた覚えのない襟巻きや耳当てでふかふかしていた。可愛いということはやはり、得であった。
……そして、ランヴァルドにとっては迷惑なことに、彼らは酒好きである。ランヴァルドも幾分、飲まされている。上手く『飲んだふり』だけで躱すことも多かったが……。
「ああ、マグナスの旦那!マグナスの旦那!」
そんな中、ランヴァルドへ差し伸べられた救いの手、もといエリクの呼ぶ声に、ランヴァルドはこれ幸いと酒の席を抜け出す。エリクは『抜け出してこなくても俺がそっちに行ったのに』というような顔をしていたが、ランヴァルドはこれ以上飲まされてはたまらないのである。
「どうした、エリク」
「どうしたもこうしたも!あんた、すごいな!あのドラゴン、トールビョルン様に寄付しちまったんだって!?」
「ああ。先のドラゴン討伐の後、いくらか素材をお買い上げいただいていたしな。それに、あれがあればドラクスローガの領全体が立ち直るための助けになるだろ」
今回、国がドラゴン3体を買い上げてくれたおかげで、ドラゴン素材の値崩れは然程大きくない。少なくとも、ドラクスローガ領外においては。
なのでこれから、トールビョルン老は『領主代理』として働く傍ら、他領にドラゴン素材を売り捌き、その資金で領内の貧民救済を行っていく予定らしい。まあ、真っ当な方策なので、ランヴァルドは『やっぱりあの人に任せちまって正解だったな』と思っている。少なくとも、領主ドグラスよりは数段、舵取りが上手そうだ。
「いやあ……やっぱり、英雄ともなると気前がいいなあ……。最初に俺達が助けてもらった時にも、ドラゴンの鱗やら皮やら、色々あんなに分けてもらって、大した人が居るもんだと思ったが……」
エリクは目を丸くしながらランヴァルドとネールとを代わる代わる見つめて、それから、笑って手を差し出す。
「ありがとう、マグナスの旦那。それに、ネールも。あんたらのおかげでドラクスローガの連中は助かった」
ランヴァルドとしては、ドラクスローガがどうなろうが知ったことではないのだが……まあ、今後、商売でここをまた利用しないとも限らない。その時に幾分やりやすくなっているならそれはそれでいい。
「それなら働いた甲斐があったってもんだ。よかったよ」
ランヴァルドは笑顔でエリクの手を握り返した。
……まあ、何より、今回の働きでドラゴン3体分は確実に儲けが出るのだ。元々稼いでいたドラゴン1体分の儲けもある。
これが、上機嫌にならないわけがないのである!
「なあ、これからあんたらはどうするんだ?まだしばらく、ドラクスローガに居るのか?」
エリクは酒のカップを片手に、楽し気にそう聞いてくる。だが、ランヴァルドは苦笑しながら首を横に振るしかない。
「いや。この後は使者団と一緒に王都へ行くことになりそうだ。で、王都で色々と仕事が終わったら……その後は、ネールの故郷を探そうかと思ってる」
ここへ留まる理由はもう、無い。ランヴァルドはいよいよ王都へ行くのだから。
それに加えて……ネールのことだ。
ネールについて、気になることはいくつかある。
『古代人』だというのならば、彼女の生まれを知っておいた方がいいだろう。ネールの故郷を調べれば、何か分かるかもしれない。
或いは……こちらはより厄介な可能性だが、もしネールが『古代人』ではないにもかかわらず金色の光を纏い、ドラゴンの鱗を使っていた場合。この時は……何故、ネールがそうなのかを知っておいた方がいいかもしれない。
ステンティールの地下遺跡でも、少し気になる様子を見せていたネールのことだ。何かある可能性もまた、ある。
ネールを今後も長く利用していきたいランヴァルドとしては、ネールについて知らないことを減らしておきたい。商売道具として爆弾を抱える気はないので。
「ってことで、ネール。道中、お前の故郷について知っている限りのことを教えてくれ。いいな?」
ネールがこくこくと嬉しそうに頷くのを見て、よし、とランヴァルドもまた、頷く。
だが……何か分かってほしいのだが、どこか、何も分からないでほしいような、そんな気もするのだ。不思議なことに。
そうして翌日。
ランヴァルドとネールは、ドラクスローガの領民達に惜しまれながら出発した。
国王の使者達の馬車と一緒に馬車を動かしていけば、野盗などに襲われる心配もなく王城まで向かえるというわけである。
そんな状況なので、ランヴァルドは特に周囲を警戒するでもなく、ネールとのやりとりに意識を集中することができた。
「……成程な。お前の故郷は、こっちよりは寒くなくて、山と山の間にあって、家の近くには森があった、と……そういうわけだな?」
ランヴァルドは、ネールにありったけ、彼女が覚えている故郷の情報を書かせた。ネール自身の拙い筆談は、それなりに上達してきており、まあ、なんとか『やまとやまのあいだ』『ここよりさむくない』『おうちのうら もり』といった情報だけは入手することができた。
……しかし。
「これだけだと絞り切れないぞ、ネール……」
山間の村落など、幾らでもある。ここより寒くない、ということは中部以南だろうが、それにしたって、一体どれほどの村落が対象になることやら。
「何か、有名な産業が何だったとか、祭りの時にはどういう服を着ていたとか、そういうのは無いのか」
なんとも言えない顔をしつつ、ランヴァルドは粘り強くネールに問う。幸い、ランヴァルドは旅商人だ。各地の情報は持っているし、ランヴァルド自身の知識と照らし合わせていけば、情報の断片から何かを読み取ることもできるかもしれない。
だがネールは、『かり』『おまつり あんまりよくみてない』という情報を困ったように差し出してくるばかりである。
「狩りで生計を立てていた、っていうことか?それはお前が居た町か村か、それ全体が……ってことは無いだろうな。北部じゃあるまいし。となると、お前の家の生業が狩人だった、っていうことだろう?」
集落全体の情報を寄こせ、とランヴァルドは再度問うのだが、ネールは困ったように首を傾げるばかりなのだ。自分が過ごしていた村や町全体の雰囲気をよく知らない、ということも無いだろうに。
……祭りをあまりよく見ていない、とは言っているので、収穫祭のようなものが存在していることは確かだろうが、それにしても、有益な情報とは言えない。収穫祭など、どの集落にもあるものだ。
「あー……じゃあ、輩出した偉人だとか、何か起きた事件だとか。そういうのは無いか」
ランヴァルドは麻くずを掴むような気持ちでまたネールに問うが……ネールは困った顔をしながら文字を書き……。
『まものいっぱいきた なくなっちゃった』
そう書いた。
「……お前の村……だか、町だかは、魔物の襲撃で滅びたのか」
ランヴァルドが問えば、ネールはこくん、と頷いた。
「じゃあ、お前はそれ以来、カルカウッド東の、魔獣の森に?」
更に問えば、ネールはまた、こくん、と頷く。
……両親と死に別れた、というようなことをランヴァルドはネールから聞いていたように思う。
だがまさか、その集落ごと滅びてしまったとは思っていなかった。
ネールが硬い表情でじっとしている。ランヴァルドはそれを見て何か、どうしようもなくやるせない気持ちになりながらも……結論を出す。
「……ネール。お前の故郷が分かったぞ。恐らく、『旧』ジレネロスト領だ」
……この国の中部には、南部と中部以北とを繋ぐ交易路があった。丁度よく山と山の間を抜ける道だったので、その途中にあった町はそれなりに栄えていた。
そのあたりが、『ジレネロスト』という領地であったのだ。
……ジレネロストは、3年ほど前、急に魔物が湧き出て以来……人が住めなくなった土地である。