英雄を作るということ*2
翌日からのランヴァルドは、大変に忙しくなった。
というのも、国王の使者が到着したからである。
ランヴァルドはネールと共に、一通り説明をすることになった。
ドラゴンが広場に現れたことやそれを倒したこと、その様子は多くの領民が見ていること……そして、領主は『ドラゴンにとって代わられていた』と主張していることなどを説明していけば、使者達は大いにざわめいた。
……エリク達が訴えた重税についても説明してやったのだが、そちらは最早そっちのけである。
領主の責任や焼けた広場の被害状況の確認で忙しい使者達は、最早、北部の寂れた農村の税がどうだとは言っていられないのである。『領民から搾取していた罪』より余程重い罪が領主にかけられるかもしれず……或いは、それすらも『領主に化けていたドラゴンがやったこと』なのかもしれないからだ!
事態は非常にややこしい。そして、事件の全貌を知っているのはランヴァルドとネールだけ。そしてランヴァルドは、自分の都合の良いように物事を上手く捻じ曲げて利用するので性質が悪い!
「あの、すみません」
さて。そんな性質の悪いランヴァルドは、使者団の中で最も地位が高いのであろう男と、最も優秀なのであろうその補佐官らしき女とを捕まえて、こっそり告げるのだ。
「実は、領民を混乱させ、また領民の損になりかねないので黙っていたのですが……実は、倒したドラゴンは1体のみではないのです」
「ん?どういうことだ」
案の定、地位の高い役人か何かなのであろうその男は不審げな顔をしたが……ランヴァルドが続けた言葉に、目を見開くことになる。
「あと3体、地下に居ます。こちらのネレイア・リンドが倒したものが、あと3体」
ランヴァルドはその使者1人と補佐官1人、そしてネールを連れて、例の地下通路の先……ドラゴンの死体3体分が安置されている空間へと向かった。
「こ、これは……!?」
「ドラゴンです。その祭壇がドラゴンの封印を行っていたようですが……」
そして使者と補佐官が唖然とするのを見て、『だよな』とランヴァルドも静かに頷く。
ドラゴン3体が、すぱりと首を落とされて死んでいるのだ。こんなことはあり得ない。普通なら。
「これを、この娘が?」
「ええ。ネレイアは最近、ステンティールでも竜の類を退治しております。実績はステンティールの領主アレクシス様と、この白刃勲章とが証明してくれるかと」
ランヴァルドがネールを示せば、ネールはにこにこしながら胸の白刃勲章を見せる。可愛らしい幼い少女がそれをやっているものだから、使者も補佐官も、只々驚くしかない。
「こ、これは驚きましたね……。しかし、これを何故、内密にしていたのですか?」
使者より早く現実に戻ってきたらしい補佐官がそう問いかけてくるのに、ランヴァルドは『よし、来た!』と内心で喜ぶ。喜びつつ、それを表には出さないように気を付け……神妙な顔で、答えた。
「民の損失になるので」
そしてランヴァルドの舌が動き始める。それはそれは滑らかに。何せ、ランヴァルドはこういった話が大の得意である。ましてや、金のためなら猶更だ。
「まず、このドラゴンの鱗についてですが……これを所持していた民は皆、あの広場での戦いの中でドラゴンの炎に巻かれても軽い火傷で済んでいます」
「え?」
「どうやら、ドラゴンの鱗を持っていれば、炎を防げるのではないか、と……そんな様子でした。その効果を多くの領民達が実際に見ています」
最初に、ランヴァルドはドラゴンの鱗について嘘を吐いた!
……ドラゴンの鱗は、炎を防ぐ。『ただし、ネールが近くに居て、何かした時だけ』。
だが、ランヴァルドは既に分かっているネールの部分を知らないふりで押し通す。大丈夫だ。ランヴァルドとて、最初に自分が炎を防いだ時には『この鱗のおかげか』と判断した。領主ドグラスが齎した情報を聞いていなければ、今もネールが関係しているなどとは思っていなかったはず。
「それが本当なら、凄まじい値打ちになるだろうな。炎を防げる鱗、とは……」
「ええ。それも、『ドラゴンが吐いた炎を』です。火を吹く魔物は南部にも居ると聞きますが、そちらの対策に欲しがる人も居ることでしょう」
ランヴァルドは、わざわざ商品の瑕疵など言わない。『そんな瑕疵があったなどとは知らなかった』で押し通す。
……そうすれば、ドラゴンの鱗の価値を高く誤認した者達が、より高く買い取ってくれるだろうから!
「なんと……そんな力が、このドラゴンの鱗に?」
「はい。広場が焼かれたのに、負傷者がこれほどまで少ないのは多くの人々が鱗を持っていたためかと。炎を浴びる直前、鱗が光り輝いたのを見た者も居ます」
ランヴァルドは聞いてもいない話をぺらぺらと語りつつ、使者と補佐官、2人を騙していく。
そして……一番大切な話をしなければならない。
「……広場で倒したドラゴンは、焼けた家や負傷者の為にも、このロドホルンへ寄付しようとネレイアは考えているようです。私も賛成しています。重税に苦しんでいた民のためにも、ドラゴンの素材を売って得られた金を使ってほしい。だが……ドラゴンの素材が一気に4体分も市場に溢れてしまったら値崩れする」
ランヴァルドは、このドラゴンの素材を値崩れさせたくない。『非常に効果の高いドラゴンの鱗』を宣伝しつつも、それを安く買い叩かせるようなことは絶対に許さない。
そして、もしどうしようもなかったなら……せめて別の利益を得られるようにしたいのだ。
「そうなれば、ドラクスローガの民を救うための金が得られなくなる。他のドラゴン素材を扱う業者にも致命的な打撃となるはずです。ただでさえ皆が冷夏に苦しんでいる時に、そんなことはできません」
ランヴァルドが切々と訴えれば、使者も補佐官も『それはそうだ』と頷く。……ドラゴン、という非常に貴重な生き物の死体が4つもある状況など前代未聞であろうから、この2人も慎重なのだろう。それもまた、ランヴァルドにとっては都合がいい。
「そこで相談なのですが……こちらのドラゴン素材、どうか、一部だけでも国王陛下に直々に買い取って頂くことはできませんか?できれば、秘密裏に」
そうして。
使者達は、『これは自分達の一存では決められない。大至急、国王へ連絡をとって指示を仰ぐので明日まで待っていてほしい』という旨をランヴァルドに伝えると、大慌てで連絡を始めた。
流石、国王の使者ともなると、古代魔法の産物を持たされているらしい。ランヴァルドはちらり、と見ただけだが、どうやら瞬時に連絡できる道具を使っているようだった。
小さなランプが光ったり消えたりしているのを見る限り、光を使った連絡か。まあ、詳しい仕組みはよく分からないが……。
さて。使者が王城へ連絡を行った後も、ランヴァルドは当然待たされることになる。国王であったとしても、ドラゴン3匹を買い取るかどうかについて即断即決はできまい。むしろ、明日には結論を出してくれるのだというのだから、かなり厚遇である。
ランヴァルドは、『どうか国王陛下が温情を示してくださいますように』と祈りつつ……ドラゴン3匹分の利益を想像して、口元を緩める。
そして……もし、『炎の加護は、鱗単体では効力を発揮できない。ネールの力が必要である』と発覚したら、その時はより一層美味しい。
その時、国王陛下は鱗を無駄にしないためにもネールを必要とすることになるのだから。
ランヴァルドとネール、そして使者と補佐官、皆で地下通路を出たら、使者達は仲間に連絡を行うべく、何やら動き始めた。あちらはあちらに任せるしかないので、ランヴァルドはランヴァルドで動くことになる。
ということで、まずは……。
「エリク、ありがとう。王都まで遠かっただろう。だがおかげで助かった」
ハンスと何か話していたエリクを見つけたので、駆け寄って早速、話を聞くことにする。
「いやあ、マグナスの旦那の役に立てたんならよかったよ。だが……えーと、俺達が居ない間に、ロドホルンは随分変わったな……?」
「ああ。ドラゴンがちょっと火を吹いたもんでな」
「……本当に、俺達が居ない間に色々あったんだなあ」
感嘆のため息を吐き出すエリクに苦笑を返しつつ、ランヴァルドは少しでも王城での情報を得るべく、エリクに早速、話を振る。
「で、王城はどうだった?どんな様子で書類は受理された?聞かせてくれ」
「いや、やっぱり王都はすごいな!俺は生まれてこの方、北部を出たことが無かったんだが……中央の方はあんなかんじなんだな。建物がとにかくもう、大きくて!」
……エリクからの情報は、最初はおのぼりさん特有の『都会の感想』になる。だがランヴァルドは嫌な顔をせずにそれを聞いた。……まあ、ランヴァルドも初めて王都を見た時、似たような感想を抱いたものなので。
「人も多いな。こっちとは違ったよ。それから出てくる酒も大分……その、弱い。弱いもんだから、何杯も飲まなきゃいけないな……」
「……まあ、北部が強いんだ。北部の酒が強いんだぞ、エリク」
エリクは少々、しゅんとして見える。『これは王都で酒の失敗の1つはやらかしているかもな……』と察したランヴァルドだったが、まあ、そこは深く聞かないことにする。
「で、ええと、王城での話だよな。ええと……最初に門番の人に事情を話して、マグナスの旦那から預かってた紙を預けたんだ。それでしばらくしたら城の中を案内してもらって、そこでさっきの……そっちに居た人。あの人とあの人が書類を受け取ってくれた」
エリクが『あの人』と指し示すのは、先程ランヴァルドが地下通路へ連れて行った使者と補佐官である。どうやら、彼らに直接話ができたらしい。
「どうも、ドラクスローガについては色々と話が来てたらしいな。俺達の暮らしについて色々聞いてくれて、すぐ動いてくれた」
「そうか……。ま、先に動いてる奴が居たなら、それは幸いだったな」
ランヴァルドが画策するより先に動いた集落もあったのだろう。或いは、トールビョルン老あたりが先に動いていた可能性もある。
そのトールビョルン老といえば、『領主ドグラスが色々と疑わしい今、ドラクスローガ領主代理に任命したい』というような話を使者達が持ちかけている様子であるので、ランヴァルドが概ね狙った通りの展開になりつつあるのだが……。
「ああ、それから、『ドラゴン殺し』についても聞かれたな」
「ん?」
ふと、ランヴァルドは自分達の話題が出てきたため我に返る。
「ネールのことさ!ドラゴンが出た話ももう王城に上ってたらしくてな。『ドラゴン被害の状況は』って聞かれたから、『もうドラゴンは倒されました』って説明したんだ」
エリクは屈託なく笑ってそう言うと、それからふと、思い出したように言った。
「……で、その使者の人達、マグナスの旦那に会いたいって言ってたんだぜ。もう会えたみたいだからよかったけど」
「え?」
ランヴァルドは虚を突かれて素っ頓狂な声を上げる。
……王城の使者がここへ来たらドラゴン4体に慄くことになろう、とは思っていたし、ここへ来るまではドラクスローガの重税について調べるつもりで来るはずだったので、最初から『ドラゴン殺し』の話が出ているとは思わなかった。
「失礼。少しよろしいでしょうか」
そこへ、先程の使者と補佐官がやってくる。ランヴァルドが困惑しながら迎え入れれば、彼らはにこやかにやってきて……ネールに笑いかけた。ネールはランヴァルドより困惑しているらしく、ランヴァルドの脚に、きゅ、としがみ付いてそっと後ろへ隠れようとしている。
「こちらの、ネレイア・リンド嬢がドラゴンを仕留めた、というのは本当のことのようですね。多くの証言が得られました」
「ええ。間違いなく」
仕方がないのでランヴァルドがネールの代わりに前へ出る。ネールもそんなランヴァルドを見て少し安心したのか、おず、と顔を出した。
そして。
「……既にステンティール領で叙勲されているようですが、やはり伝説のドラゴンを倒したという功績は大きく、華々しい。ここは是非、国王陛下からも勲章をという話が出ておりまして……」
そう話を持ち掛けられて、ランヴァルドはネールと顔を見合わせることになった。
どこかではこうなるだろうと思っていたが、ここまで早いとは。となると、これは……。
……王城では、既に何かが起きている可能性が高い。英雄を必要とするような、そんな何かが。