英雄を作るということ*1
さて。
そうしてランヴァルドとネールは地下空間を出た。
隠し扉を通って玉座の間へ戻れば、そこに詰め掛けていた領民達が歓声を上げて迎え入れてくれる。……が。ランヴァルドは血に塗れた領主ドグラスを気づかわし気に支えながら出てきたので、領民達はすぐに、不思議そうな顔になった。
「あー……皆、通してくれ。説明は後だ」
そんな彼らに有無を言わさず、ランヴァルドは険しい表情で領民達の中を抜けていく。
「隠し通路の先で『本物の』領主様を発見した。衰弱しておいでだ。手当てしないと命にかかわる。……誰か!使用人は居るか!」
そうして集まってきた使用人達に『領主様を頼む』と領主ドグラスを引き渡し、領主ドグラスが寝室へ連れていかれたのを見送って……さて。
「……さて、説明だな」
ランヴァルドは領民達を振り返り、そして、如何にも複雑そうな顔で言ってのけたのである。
「俺も本当のところは分からない。だが……領主様曰く、『自分は長いこと、地下に閉じ込められていた』ということだ」
領民達がざわめく。『どういうことだ?』と顔を見合わせる者も居る。そんな彼らを『ああ、もう少し詳しく説明する!』となだめつつ、ランヴァルドは法螺を吹き始める訳だ。
「領主様はもう随分と長いこと、地下に幽閉されていたらしい。そしてその間、領主様に化けて振る舞っていたのが……さっきネールが広場で倒した、あのドラゴンだ、ということだ。本当なのか、彼の嘘なのかは分からないがな」
ランヴァルドの言葉を聞いた領民は、またしてもざわめく。混乱が玉座の間を埋め尽くしていく中、ランヴァルドはそれでも冷静であった。
……そう。実に冷静だ。
今回、ランヴァルドは領主を直接庇うことはしない。あくまでも、領主に『こういう嘘を吐いたらどうだ』と提案して、その上で『俺は本当のことは分からないが領主はこう言っている。そしてそれについて、真実を正確に確かめることはできない』という線を貫き通すのだ。
ランヴァルド自身は、嘘を吐かない。あくまでも、領主が嘘を吐き、ランヴァルドはそれを疑いつつも受け入れるしかない、という姿勢を保ち続ける。それがランヴァルドと領主の合意の元で決まった筋書きであった。
「各地で起きていたドラゴンの出現があったが、あれも領主様に化けたドラゴンが他のドラゴンの封印を解いたものだったらしい。ドラゴン達は、このドラクスローガを滅ぼそうとしていたのかもしれないな」
酒場で吟遊詩人の真似事をしたことを思い出しながら、ランヴァルドは次々に話を進めていく。ネールも隣で『そのとおり』とばかり頷いているので、領民達は信じるしかない。
「それに気づいた領主様は先んじて対策を行おうとしていたが、それが間に合わず、眷属に捕らえられて地下へ幽閉されていたらしい。長らく、ドラゴンの封印があった場所だ。そこで……いや、多くを語るのは止そう。ただ、間に合ってよかった、とだけ言わせてほしい」
「お、おい、マグナスの旦那……一体どういうことだ?何が何だか、まるで分からねえ」
ランヴァルドの話に付いてこれなかった者の1人、ハンスがおろおろと前へ進み出てくる。これはランヴァルドにとってはありがたい。『分からない』と言う者があれば、より分かりやすく、諸々を削り落とした一言で締めくくることもできるので。
「あー……まあ、領主様の言葉を信じるならば、『領民を飢えに苦しませていたのは領主様に化けていたドラゴンだ』ってことになるがな。俺としては、そのあたりは疑わしいように思う」
ハンスにそう返せば、ハンスは『やっぱりよく分からねえ』というような顔をしている。まあそうだろう。ここの領民達にはランヴァルドの言葉の裏どころか、表すら読み取るのが難しいらしいので。
「ま、一つ確かなことがあるとすれば、『悪しきドラゴンはネレイア・リンドの手によって倒された』ってことさ。それ以外のところについては、そう遠くなく国王陛下の使者が来て、色々とやってくれるだろうさ」
ランヴァルドが雑にまとめて笑顔を向けると、ハンスはよく分からないらしいながらも、ひとまず『これで解決』ということは理解してくれたらしい。
更に、『ネレイア・リンド』の名が皆に伝わる。最初のドラゴン殺しを成し得た小さな英雄のことは、既に皆が知っている。そしてこの場でネールが可愛らしくももじもじしている様子が、皆に見えているのだ。
「……ネール。よくやったな!」
ランヴァルドがネールの背を軽く叩いて微笑んでやれば、ネールもまた、ランヴァルドを見上げて笑顔で頷く。そしてそれを見ていた領民達は皆、わっ、と歓声を上げた。
……彼らには分かりやすい英雄譚を与えておくのが一番いい。ついでにそれが、『ドラゴンを倒す物語』であれば余計にいい。
こうしてランヴァルドは、領民達の間にネールの名声を轟かせ、ついでに領主ドグラスのことは有耶無耶にしたのだった。
……ひとまずこれで、領主ドグラスへの義理は果たした。
ということで、次は領主ドグラスからその分を返してもらう番である。
「ということで、領民への説明は終えましたよ」
「そ、そうか……」
領主ドグラスは『これくらいの偽装は必要だろ』というランヴァルドによって頭からぶっかけられていたドラゴンの血を清め、寝間着姿で寝台の上に沈んでいる。
見張りは付いているが、枷を嵌められて牢に転がされているわけではない。やってしまったことの割にはかなり良い待遇だと言えるだろう。
……その一方、領主ドグラスはなんとも居心地が悪そうである。何と言っても、ランヴァルドによって追い詰められ、だというのにランヴァルドによって生かされてしまったのだから。更に、本人はランヴァルドを殺そうとしていたのだから、余計に気まずいだろう。
だがランヴァルドは面の皮が厚い。自分を殺そうとしていた相手であっても、利用して、利益を貪ることができるのならば助けてやるのもやぶさかではないのだ。
「そう遠くなく、国王陛下からの使者がここへ来るでしょう。その時に改めて、事情の説明が必要になると思いますので、まあそこは上手くやってください。俺はこれ以上の庇い立てはできない」
「あ、ああ……」
領主ドグラスは、『気づいたらドラゴンに捕らえられていた。地下にいる間、地上のことを知る手立ては無かった。脱出を試みたがそれも叶わず、領民達がその間苦しむ羽目になってしまった』というような嘘を用意している。
国には疑われるだろうし、責任を問われることは間違いない。だが、ひとまず……『竜殺しの子孫が自らの失策を隠すため、領民への被害もかまわずドラゴンの封印を解いた』という悪評が流れる可能性は減った。
領主ドグラスもそれは分かっているのだろう。深く息を吐き、やつれた顔で深く頭を下げた。
「……先祖からの名誉を傷つけずに済むことに、感謝する」
……不服な点はあるのだろう。だが、自分が如何に下手を打ったか、という自覚はあるようだ。そして、自分が下手を打った割には、大切なものが守られたのだ、ということも。
「これを」
そして、領主ドグラスはその指から指輪を抜き取ると、ランヴァルドに手渡した。
「地下通路の祭壇に至る手前、右側だ」
「成程。確かに」
ランヴァルドは小さく笑って指輪を懐に収める。
……今、教えてもらった場所はドラクスローガの隠し財産の隠し場所。そして、受け取った指輪はそこへ至るための鍵だ。
ランヴァルドは『火事場泥棒』をしっかり果たしたのである!
「よいな?これを渡すからには、くれぐれも……」
「そちらこそ。裏切ったら竜殺しの名誉は地に落ちるということを忘れずに」
……領主ドグラスは、ランヴァルドに自分と祖先の名誉を握られている。
ランヴァルドは、このようなやり取りをしたこと自体を国王にでも漏らされる可能性があり、一方で、国王相手に『ドラクスローガの民には混乱を防ぐためあのように説明しましたが、実は全て領主ドグラスによるもので……』と漏らすことができる。
互いに互いの弱みを握り合っておけば、裏切られない。そして、互いに裏切れない関係……時に『信頼』と呼ぶそれを構築することは、商売の基本である。
つまり、まあ……悪徳商人の知恵であった。
ということで、ランヴァルドは早速、地下通路へ赴いた。領主ドグラスの言っていた通りに地下通路の壁を探せば、指輪を嵌め込む箇所がある。そこに指輪を嵌め、隠し通路の入り口同様に現れた扉を開けば、ごく狭い部屋があり、そこには壁一面に棚が設置され、その棚には財宝が……。
「……ドラゴン素材だな」
……その部屋にあったのは、ドラゴンの鱗や牙であった。
ドラクスローガの財宝、ということで予想が付かないでもなかったが……どこまでも、予想を悪い意味で裏切ってくれる領である!
「この場面ではあまりにもありがたみが……値崩れ……いや、まあ、歴史的な、貴重な品であることは間違いないしな……ありがたく幾らか頂いていくことにしよう……」
ランヴァルドは少々しょげつつも、それらをキッチリ頂いていく。同時に、ドラゴンの素材の他にもいくらかの金貨や宝石類も置いてあったので、それらも幾らか頂いていくことにする。壺や絵画はかさばる上に値打ちの高くないものばかりだったので全て置いていく。
そして、証書や権利書の類も簡単に確認して、適当に持っていくことにした。こちらも儲けとしてはあまり期待できないが、誰かの借金の証書や帳簿の写しなどは何かで使うこともできるだろう。確認は後回しになるが、構わない。どうせ、時間は余ることになるだろう。
「……しけてんなあ」
そうしてある程度物色したところで、ランヴァルドはため息を吐いた。
……まあ、領主が生きようが死のうが、どうでもいい。そんなどうでもいいものを助けただけで手に入った収入だ。そう文句は言えない。
「ネール。もし気に入ったものがあれば持って行っていいぞ」
ついでにネールにもそう声をかけてみれば、ネールは真剣に隠し財産を吟味し始めた。なんとも健気なことである。
……そうして、ランヴァルドが『ま、頂くのはこんなもんか』と物色を終えたところで、ネールは何かを持っててくてくやってきた。
「ああ、それを持っていくのか」
ネールが持ってきたのは暗い青の宝石である。それなりに質が良いことは確かだろうが、まあ、あくまでも『それなり』なのでランヴァルドが目もくれなかった代物である。
「それがいいのか」
一応、確認してみるが、ネールはこれがいいらしい。
「……お前の目の色なら、こっちの方が似合うと思うぞ」
一応、ネールの瞳の如き鮮やかな海色の宝石もあったのでそちらも勧めてみるが、ネールはやはり、それがいいらしい。
ランヴァルドは『なんだって、こんなかわいい色でもない宝石を……?』と不思議に思ったが、にこにこと嬉しそうなネールに何か言うのも野暮だろう。そういえば、ステンティールでもネールは好んでこんな色の石のブローチを身に付けていたように思う。となるとやはり、これがネールの好きな色なのだろう。
……ということで、ランヴァルドは『宝石はどこかで加工してもらうといいかもな』と助言するに留めた。
そしてネールは只々、暗い青……藍色と言っても良いような色の宝石を眺めて、にこにこ嬉しそうであった!
さて。
そうして火事場泥棒を終えたランヴァルドは……このまま休みたかったのだが、そうもいかない。
そう。盛大な宴に巻き込まれたのである。
……広場でネールが倒したドラゴンは勝手に解体されており、その肉が供されていた。
ランヴァルドとしては『おいおいおい、仕留めた奴の許可も無く解体して勝手に食い始めるってのはどうなんだ!?』と思うが、そこは北部の町のことである。諦めるしかない。
まあ、ランヴァルドは民衆の覚えが良くなるように飲み食いして見せつつ、その一方、あまり酒を飲まされないように工夫して立ち回る羽目になった。
リュートを弾いている間は酒を飲まなくて済むので、できる限り楽器を演奏していたり。それが通用しなくなりそうな時には、ネールを気遣うふりをしてその場を離れたり。他の誰かが演奏を始めれば、それに合わせてネールと一緒に踊ってみせたり。
……上手にネールを利用しつつ、ランヴァルドはなんとか、この宴を乗り越えていく。
真夜中になっても熱冷めやらぬ宴の様子に辟易しつつ、適当なところで『ネールが眠たいみたいだから』と言い訳して、領主の館へと逃げ帰る。
ランヴァルドはそこの客間を勝手に使うことに決め込んで、祭りに浮かれている使用人を選んでその旨を伝えた。どうせ祭りの興奮と酒とでランヴァルドのことなど忘れているだろうが、その方が好都合である。
「はあ……疲れた」
ランヴァルドは客間で大きく伸びをする。今すぐベッドに倒れ込みたい気分だ。
また、ネールも同じようにとろんとした目をしている。眠いらしい。それはそうだろう。ネールは本当によく働いた。ドラゴンを今日だけで4体も倒したのだ。疲れていない訳が無いのである。
それでも一応、一通り身支度してから眠りたいランヴァルドは暖炉に大きな鉄鍋を掛け、湯を沸かし始める。幸い、タライは客間を出て勝手にあちこち探せば適当なものがあったのでそれを借りることにした。
湯が湧いたら、ネールと交代で身を清め、それぞれ楽な恰好に着替える。
……そしてランヴァルドがベッドに入ると、ネールはさも当然とばかり、ランヴァルドのベッドにもそもそ潜り込んできた。
「おい、ネール。この部屋はそんなに寒くないだろ。自分のベッドで寝なさい」
ランヴァルドはネールを抱えてベッドを出ると、隣のベッドにネールを突っ込んで、自分は自分のベッドへ帰る。……ネールはなんとなく不服気であったが、ランヴァルドはそんなネールを無視して寝ることにする。
……が、寝る前にランヴァルドは1つ、思い出したことを告げておくことにした。
「……なあ、ネール。国王の使者がここに来たら諸々事情の説明をして、上手くいけば叙勲できて、それから国王陛下にお目通りすることだってできるかもしれないが……それらが上手くいっても行かなくても、行きたい場所がある」
ベッドの中から隣のベッドの方を向いてネールにそう告げれば、隣のベッドの中、ネールは目を瞬かせて、不思議そうに見つめ返してくる。
「お前の生まれ故郷に行ってみたい」
……ランヴァルドがそう言った途端、ネールの目が見開かれ、そして、その目が輝く。まるで、夢見ていたことが叶った時のように。
「お前が古代人かはさておき、お前のことは知っておかなきゃならないだろうからな」
ランヴァルドが説明してやれば、ネールは『その通り!』とばかり、こくこくと元気に頷いた。眠気など吹き飛んだ様子である。……明日、起きてから話すべきだったかもしれない。ちゃんと寝付けばいいが!
「とにかく、明日以降、国王陛下の使者が来たらそっちの対応が優先になるんだからな。その時はキッチリ、『竜殺しの英雄ネール』を務めてもらわなきゃ困るからな?」
念のため、と言ってみるが、ネールは興奮気味にこくこく頷いている。心配である。とても心配である!
「……ま、とにかく今日はもう寝るぞ。ほら、おやすみ」
ランヴァルドはさっさとランプの灯を吹き消してしまうが、ネールはやはり、隣のベッドでそわそわしている様子である。やはり、話をする時を間違えただろうか、と思うランヴァルドであったが……やがて、ネールの寝息が聞こえてくるようになった。
やはり、ネールも疲れていたのだろう。英雄とは言えども、まだ子供だ。
幸せそうに眠るネールを眺めてから、ランヴァルドもまた、眠気の中に意識を投じていくのであった。




