嘘から出す真*6
「は?」
ランヴァルドはぽかん、としてからネールを見る。
ネールもまた、ぽかん、としていた。
「ネール、お前……古代人なのか?」
ランヴァルドはネールに問う。ネールは、こて、と首を傾げつつ困った顔をしている。成程。
「……分からないんだな?」
ランヴァルドも困り果てつつ問えば、ネールはこれに、こくん、と頷いた。
まあ、だろうなあ、とランヴァルドは天井を仰ぐ。
……何やら厄介なことになった気がする。
ひとまず、得られる情報は全て得なければならない。ランヴァルドは領主ドグラスを拘束したまま、話を聞くことにする。
「で、何だってネールが古代人だと?」
「ドラクスローガには伝承がある。『我らが再び降り立つ時、竜の鱗は赤く輝く』と。これは、この地をドラクドダーレの一族が治めるより前からこの地に伝わるものらしいが……」
「つまり、古代人の伝承、ってことか」
ランヴァルドが『一体何の話が始まるんだかな』と嫌な予感ばかり覚えている中、領主ドグラスは頑張って思い出しては喋ってくれているらしく、途切れ途切れに話を続ける。
「ああ。当時聞いたという話をもう少しばかり詳しく記した書物があったらしいな。こんなものは無駄だ、と先代が捨てたようだが」
『捨てちまったのかよ……』とランヴァルドは嘆く。これだから。これだから北部の脳筋共は!
「……まあ、そういう訳だ。古代人の生き残りが居たのか、と……」
そして唐突に終わったらしい話に、ランヴァルドは頭を抱える。
情報があまりにも少ない!
領主ドグラスは『情報を出したのだから何らかの益があって然るべき』という顔をしていたので、ランヴァルドは領主ドグラスを無視することに決めた。
「あー……ネール。お前、古代人の生き残り、ってことは無い、んだよな……?」
代わりにネールに再度問いかけてみるが、ネールはやはり、こて、と首を傾げるばかりである。ネール自身も少し不安なのか、落ち着かなげな様子である。
「えーと、そもそもお前、古代人を知らないのか。ああ、だろうな。うん……じゃあ、ちょっと話してやるから」
分からないものの話をされても困るだろう、とランヴァルドが適当に座って話し始めると、ネールは少々嬉しそうな顔をしてランヴァルドの隣にちょこんと座った。
「まず、古代遺跡のことは分かるな?あの、魔法仕掛けのとんでもない代物だ。ハイゼルでも見たし、ステンティールにも似たようなのがあっただろ」
ネールが知っているところから話し始めてやれば、ネールは頷く。同時に、そのどちらでも大層寒かったことを思い出したのか、ぷる、と身を震わせた。……ランヴァルドは領主ドグラスが落としたのであろう毛皮の外套を見つけたので、それを拾ってきてネールのひざ掛けにすることにした。ネールは喜んだ。
「古代人ってのは、今よりずっと魔法を使ってた連中だ。今でこそ、魔法を使える人間はそう多くないが……古代人達は皆が皆、当たり前に魔法を使っていたらしい。全員、今よりずっと多くの魔力を持っていたわけだ」
ランヴァルドは話しながら、ふと、『俺も古代人並みに魔力があったらな』と少しばかり思う。ほんの、少しだけだが。
「……その点、ネール。お前は魔力の量が多い。そういう意味では、古代人に似てると言えなくもないんだろうな」
そしてネールはネールで、自分に似た性質を持っていたという古代人の話には何か思うところがあるらしい。少し首を傾げつつも真剣に聞いている。
「お前が金色の光できらきらする時があるだろう。あれも、もしかしたら古代人は皆やってたことなのかもしれない。俺から見りゃ、仕組みも分からなければ魔力も足りないで、まるきり意味が分からん技術なんだが……ああ、そんな寂しそうな顔をするなって」
ネールの十八番となってしまった魔法も、ランヴァルドの見立てでは圧倒的な魔力量によって成し得ているものである。あの金色の光は身体強化の魔法の最上位にあたるものなのだろうが……ランヴァルドはあんな魔法を他で見たことが無いし、聞いたことすら無かったのだ。
便利であるから放ってあるが、不思議な話ではある。ネールがたまたま、とんでもない魔力を持って生まれてしまったが故にこうなった、という説明はつくのだが……『何故、ネールがとんでもない魔力を持っているのか』については相変わらず謎のままである。
「まあとにかく、ドラゴンの鱗が炎の力を発揮したのも、お前が居たから、ってことなのかもしれない。だからお前が古代人なんじゃないか、ってあの領主様は疑ってた訳だ。ここまではいいな?」
ランヴァルドがそう説明すると、ネールはこくこくと頷いた。不安そうな顔ではあるが、ひとまず話の流れは分かった、ということらしい。
そして。
「で、だ。ネール。ここまではまあいいんだ。お前が何者であろうが知ったこっちゃない。俺はお前が金貨1枚を出し続ける限りは雇われ続けるつもりでいるし、お前がいいならずっとそうし続けてくれれば嬉しいしな。古代人であったとしても関係無いさ。……おいこら、くっつくな。ネール。ネール、おい」
ランヴァルドがそう言った途端、ネールはランヴァルドに飛びついてきてしまった!折角かけてやったひざ掛けも跳ねのけて、ランヴァルドにきゅうきゅう抱き着いて、陽だまりの如き笑顔でにこにこ笑っているのである!
……余程不安だったのだろうか。ランヴァルドが雇われるということにそれほど安心感を得られるところに疑問を抱かないでもないが、まあ、その不安が解消できたというのなら何よりである。
ランヴァルドとしては、ネールが古代人であろうとも関係なく、今後も是非、利用させてもらいたいところなので……懐かれるのは、まあ、都合がいい。少々、居心地の悪い心地もするが。
「……で、だ。ネール。ああもうそのままでいいから聞け。いいな?うん、よし……」
ネールに言い聞かせれば、ネールはランヴァルドにくっついたまま、顔を上げてこくこくと頷いた。そのやる気と活力に満ち溢れた顔を見ていると、何とも言えない気持ちにさせられるが、そんな気持ちは無視して……ランヴァルドはネールに大変なことを告げなければならない。
「……ここで大事なのは、『もしかしたら、ドラゴンの鱗はネールが居たから炎の加護を発揮したのかもしれない』ってことだ」
ぽかん、としているネール相手に、ランヴァルドは益々苦くなっていく表情でよく話して聞かせる。
「だが、外で今も騒いでるんだろうあの領民達は、間違いなく、そんなことは知らない訳だ。単にドラゴンの鱗の効果だと思ってるだろうな。俺もそう思ってた」
……今回、広場でドラゴンと戦ったのは最高の脚本だったと言わざるを得ない。
何せ、多くの観客が居た。ネールの英雄譚の証人が、あれほどの数居たのである。これはとても都合がいい!
更に、ドラゴンの鱗を多くの領民が持っていたおかげで、怪我人も少なく、この『英雄譚』により一層の箔が付く。
そして……それら英雄譚の中で、『ドラゴンの鱗の効果』が多くの者に確認された、というのが大きい。
持っているだけでドラゴンの炎を防いでくれる鱗だ。当然、とてつもない価値である。それを多くの者の証言と共に売り出せるというのは、商機以外の何物でもない。
が。
「……ということで、これはここだけの内緒、ってことにするしかない。いいな?ネール」
ネールは首を傾げつつ、うんうん、と頷く。分かっていないが納得はしている顔である。健気なことだ。
「ドラゴンの鱗を『持っているだけで炎から身を守ってくれた』っていう謳い文句で、王家に売りつけるぞ」
ということで。
ランヴァルドは領主ドグラスに近付く。しっかり拘束された領主ドグラスはランヴァルドに警戒を示したが……さて。
「ってことだ。あんたにはここで死んでもらった方が都合がいいな」
ランヴァルドはそう、領主ドグラスを見下ろす。途端、領主ドグラスは目を見開いて震えあがった。
「ま……待て!ここで殺すつもりか!?」
「いいや?勿論、あんたを生かした方が都合がいい、って状況になるなら、それに越したことはない。ネールに殺しなんざさせたくないしな。だが、協力してくれる保証が何処にもない以上、ここで殺しておいたほうが賢明だ、ってことになる」
領主ドグラスは憎悪の籠った眼でランヴァルドを睨み続ける。『殺せるならこいつを今ここで殺してやりたい』とでも思っているのだろう。
だが、彼にはそれができない。
「……あんたの助命嘆願ができるような筋書きを考えたい。或いはそれが叶わなくとも、あんたの名誉とドラクスローガの祖先の恥を隠すくらいはできるようにしたい。協力してくれ」
……領主ドグラスが何より大切にしてきたもの。『ドラクスローガの竜殺しの英雄譚』を汚さないために、彼はきっと協力してくれることだろう。
何せ彼は、短慮で野蛮な誇り高き北部人なので。
+
ネールはランヴァルドが領主と話しているのを眺めつつ、ドラゴンの死体から鱗を毟り取っていた。
形が綺麗で、色が濃くて、透き通って綺麗なもの。特に、喉や目元の鱗がいい。……そうランヴァルドが教えてくれたので、ネールは健気に鱗を集めている。
……集めながら、ネールはドラゴン達との戦いのことを思い出す。
最初のドラゴンは森の中で戦った。森はネールのための戦場だ。雪が積もっていたけれど、それでも十分戦いやすかった。
次のドラゴンは、さっき町の広場で戦った。……広くて足場のない場所、それでいて天井が無くて相手は飛べる、となると、とても厄介だ。ネールはまた1つ、賢くなった。
そして今、足がかりになる柱がある場所でドラゴン3体と戦った。ここも戦いやすかったし、特に手間取らなかった。途中でランヴァルドが何かしてくれて、天井が塞がったのもよかった。やっぱりランヴァルドは、ネールがしてほしいことを全部分かってるみたいだ!
……だが、その後に言われたことが、今も気になっている。
『自分は古代人なのだろうか?』と。
ネールは自分のことを思い出す。ネールは今より小さい頃、小さな村に住んでいた。そこで父と母と一緒に暮らしていたのだが……父と母が『古代人』だったとは思わない。
ということは、ネールは古代人ではないのではないだろうか。それとも、ネールが知らないだけで、実は父も母も、何かを隠していたのだろうか。そもそも、古代人って昔の人のことではないだろうか。となると、ご先祖様は皆古代人だったのだろうし、その子孫である人々は皆、古代人の生き残り……?
それも違うと思う、とネールは頭を振る。そんな話、ネールは両親から聞いたことが無いのだ。父が狩りをするのについていった時も。母が食事を作っているのを見つめていた時も。沢山話をしたし、色々なことを聞いたけれど……『古代人』の話なんて、聞いたことが無い。
……薄れかけているかつての温かい記憶を手繰りながら、ネールは考える。
自分は一体、何者なんだろう、と。
……ネールは最近、自分が当たり前にやっていることが、もしかすると魔法と呼ばれるものなんじゃないかと思い始めている。
鳥のように高く跳ぶことも、小さなナイフでドラゴンの首を落とすことも、もしかしたら魔法によるものなんじゃないか、と思うのだ。
でも、それはおかしなことだと思う。ネールはランヴァルドのように高貴な生まれではないし、魔法のお勉強をしたことも無いのだから。
だが……どうも、ステンティールで初めて金色の光を操ってから、『魔力』というものが分かるようになってきている気がする。
特に、さっき、広場のドラゴンと戦った時……ネールは、ネールを庇うように抱えてドラゴンの炎を背で受け止めようとしたランヴァルドを見て、咄嗟に『魔力』を使ったような、そんな気がするのだ。
自分の力が自分から解き放たれていくのを感じたし、それによってドラゴンの鱗が皆を守ってくれたのだとしたら……あれはやっぱり、ネールが使った魔法、だったのだろうか。
ネールが考えながら鱗を採取していたところ、ランヴァルドは何やら、領主と話を付けたらしい。笑顔で居るところを見ると、ランヴァルドの思い通りに事が進んだのだろう。
ネールはそれを喜ばしく思いつつ……ふと、ランヴァルドが前言っていたことも思い出す。
ランヴァルドは言っていた。『所領を貰って、お前のお家を建てよう』と。ついでに、北部の方は駄目だとも言っていた。それはネールにも分かる。このあたりはとても寒いから!ネールは寒いのはちょっぴり苦手である!
……そんなネールは、欲しい土地に1つ、心当たりがある。
かつて、自分が住んでいた土地。大好きな父母と一緒に過ごしていたあの家。
もう、燃えてしまって何も残っていないあそこに、もう一度、自分のお家ができたら。村の皆が、戻って来てくれたら……どんなにか嬉しいだろう、と。ネールは淡く夢見ているのだ。
……そして、あの土地へ戻ることができたら、自分が何者なのか分かるかもしれない、とも。