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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第三章:偽りの竜と偽りの英雄
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嘘から出す真*3

「いやいやいや……なんだって、こんな所にドラゴンが」

 見上げる空には、ドラゴンが居る。

 大きく翼を広げ、咆哮を上げ……領主邸の上空をぐるりと旋回するように飛んでいる。

 ……あまりにも唐突な登場だった。『湧いて出た』と考えるしかない程に。

「あり得ないよな……」

 民衆が悲鳴を上げ、逃げ惑う。そんな民衆を、ドラゴンはぎろりと睥睨すると……火を吹いた。




 ごう、と音を立てて激しい炎が町を焼く。

 広場に出ていた屋台が、枯れた植え込みが、次々に燃えていく。

 ドラゴンはその様子を満足そうに上空から見下ろし……だが、次の瞬間、慄いたことだろう。

 ……人間が悉く、生き残っているのだから。


 人々は、そう酷くない火傷を負った者は居ても、燃え上がったり燃え尽きたりしたような者が居ない。

 広場のあちこちで、自分達が助かったことを不思議がる声が聞こえているのだが……ランヴァルドには、この原因が分かっている。

「……慈善事業でもやっちまったような気分だ、全く」

 これだろうな、と思いながら、ランヴァルドは自分の懐に入れておいたドラゴンの鱗を確かめる。

 ……案の定、ドラゴンの鱗はその1枚がぼろぼろになっていた。

 ドラゴンの鱗は決して燃えない。それと同時に……火に対する加護をもたらしてくれるらしかった。ランヴァルドも知らないことだったし、他の者達も碌に知らなかっただろうが。

 ランヴァルドが売りに売ったドラゴンの鱗が、ここに居る人々を守ったらしい。ランヴァルドは、『こうなるって分かってりゃ、もっと高値で売ったんだが!』と嘆きつつ……ネールの様子を見る。

「さて……ネール。いけるか?」

 ランヴァルドは、自分の体と外套とで包んで火から逃れさせたネールに問いかける。するとネールは、こくり、と勇ましく頷いて、ぱっと駆け出して行った。

 ……ネールが行ったのだから、まあ、ドラゴンは大丈夫だろう。

 ならば……ランヴァルドが行うべきは、こちらだ。

「皆!町の北側へ逃げろ!トールビョルン様のお屋敷の方へ!早く!」

 ランヴァルドは、広場に残っていた人々を誘導していく。被害者は少ない方がいいし、人が少ない方がネールも動きやすい。そして何より、老貴族トールビョルンの屋敷には、ある程度武装した集団が用意してあるはず。

 ……ドラゴン相手に並の武装では意味が無いが、火の粉から身を守る程度のことはできるはずだ。時間稼ぎさえしてくれれば、その間にネールがドラゴンを仕留められる。

 だから、今のランヴァルドの役割は……この戦闘が終わった後で、人々からの賞賛を得られるように下地を整えておくこと。

 この場の者達にランヴァルドとネールの存在を強く認識させ……同時に、彼らを生存させることだ。




 ランヴァルドが民衆の避難を誘導している間に、ネールが早速動き出す。

 ……たった1人、小さな女の子がナイフ二振りを握りしめてドラゴンに対峙している。

 見方によっては悲劇的だ。だが……今のネールを見た者は皆、『伝説の一幕を見ているようだ』と思うだろう。

 ネールは淡く、金色の光に包まれる。豊穣の麦畑のような、柔らかな陽光のような……冬の北部に存在しない色の光が、ネールを神秘的に彩っている。

 そして……次の瞬間、ネールは石畳の地面を蹴って、大きく跳躍していた。


 ネールは広場の奥にあった騎士像……恐らく初代ドラクスローガ領主を象ったものなのであろうそれに飛び乗る。ランヴァルドの身の丈を遥かに超える石像の上から、続いて民家の屋根の上へ。

 あり得ない程の跳躍力だが、この程度ならランヴァルドは何度も見てきた。ただ、他の民衆らにはあまりにも現実離れした光景に見えただろうことは想像に難くない。

 さて、そうしてある程度の高さを稼いだネールは……ドラゴンが丁度旋回してきたところを狙って、跳び上がる。

 ネールが纏った金色の光はナイフの刃を伝播していき、その刃渡りは長剣のそれにも等しくなる。そして、ネールは上空のドラゴンに向けて、光の刃を振りかざし……。

「……ネール!届いてないぞ!」

 ……届いていない!ネール渾身の跳躍であったが、上空のドラゴンには、遠く及ばないのであった!




 ネールは、むっ、とした顔でドラゴンを見上げる。……一方のドラゴンには、ネールが見えているのだろうか。地上の有象無象の1つだと思われているのかもしれない。

 それほどにまで、ドラゴンとネールとの間には距離がある。そして、距離はそのまま、相手の強さでもあるのだ。

 高所を飛び回り、一方的に火を吹いて攻撃していれば、ドラゴンが負ける道理はない。そして、ネールが勝てる算段は立たない。そういう訳である。

 無論、ネールもここで終わるつもりは無いらしい。

 ならばとばかり、ネールは領主の城の方へと駆け出した。……この辺りで一番高い建物はアレなのだ。

 ネールは城の壁を蹴りながら登っていき、やがて、尖塔の屋根瓦に足を乗せるようになる。そしてそこから更に上へ、上へ……塔の上、ドラクスローガの旗標にまで登っていく。

 さて、ここまで登れば流石のドラゴンもネールの存在に気づいたらしい。ネール目掛けて、炎を吐かんとし始める。

「ネール!」

 ランヴァルドは叫んだが……そんなものは不要だった。ネールはずっとドラゴンを見ていたし、それに、ドラゴンよりもすばしっこい。

 ネールは細い細い旗の支柱のてっぺんから、跳んだ。

 不安定な足場などまるでものともせず、高く、高く。それこそ、人間にはおよそあり得ない高さにまで。

 流石のドラゴンも、これには驚かされただろう。まさか人間がこの高さにまで迫りくるなどとは、思ってもみなかったに違いない。

 だがネールはそれをやる。そして、金色の光を纏ったナイフを振りかざし……今度こそ、ドラゴンへと迫る。


「よし!よくやったぞ、ネール!」

 人々が歓声を上げる中、夜空にぱっと鮮血が舞う。

 ネールの刃はドラゴンの脚をすぱりと斬り落としていた。




 どさり、と、斬り落とされたドラゴンの脚が広場に落ちる。一瞬遅れて、びしゃり、とドラゴンの血も落ちてきて広場が濡れた。

 ……ドラゴンの脚が、切断された。

 人々がそう認識するとほぼ同時、ようやくドラゴンの悲鳴が空に響き渡る。それこそ、ドラクスローガを越えて、他領にまで届かんばかりに。

 ドラゴンは激怒していた。人間風情に傷をつけられたということに怒り狂っていたのである。

 ドラゴンの怒りはまた地上の人間達を襲う。炎が吹き荒れ、いよいよ広場周辺の家屋にまで、その火が広がりつつあった。

 ……そして、そんな中、ネールはぴょこぴょこと跳ねては再び空のドラゴンに迫るべく、城の尖塔を登っていた。

 だが。

「ネール!そこを離れろ!」

 ランヴァルドが叫んで、ネールがそれに気づいて動いた直後。……ドラゴンの尾の一振りが、領主の城の尖塔を叩き壊していたのである。


 ネールは咄嗟にその場を離れ、なんとか無傷で居るようだ。だが……これで大分、戦況が厳しくなった。何せ、ネールが上空へ迫る手段が失われてしまったのだから。

 ……一方のドラゴンは相変わらず、上空を旋回しているばかり。これではとどめを刺すにも刺せない。

 ドラゴンの脚を落としたので、多少はドラゴンも弱るだろう。だが、ドラゴンが飛べなくなるまでにどれほどの被害が地上に出るだろうか。或いは、このまま逃げられてドラゴンを見失うようなことは避けたいのだが……。

「……逃げ回る相手は、引きずりおろすしかないな」

 ランヴァルドは意を決すると、早速動き出した。


「ちょっとそれ貸してくれ!」

 ランヴァルドはそこらに居た人の背から弓を奪い取る。奪い取ってから少し確認してみるが、それなりに大きな、良い弓だった。これなら矢もよく飛ぶことだろう。……弓を引くのに、とんでもない力が必要そうではあるが。

「お、おい!マグナスの旦那!あんたまさか、ドラゴンを射るつもりか!?」

 まだ逃げていなかったらしいハンスが驚愕しながらランヴァルドを見つめてきたが、ランヴァルドは既に矢を番え、弓を引いている。

「そりゃあな……。ドラゴンにネールの手が届かないなら、ドラゴンをこっちに呼び寄せるしかない。となりゃあ、方法は2つだ。翼でも射貫いて射落とすか……」

 ……ランヴァルドは弓を引き絞りつつ、『ああくそ、俺が扱うにはちょいと大きすぎるな』と内心で悪態をつく。

 戦士でもないランヴァルドには、この弓は少々強すぎる。弓を支える手が震えるほどの力がかかって、狙いもまともに定まらない。

 だが、これでいい。

「……囮を用意するか、どっちかだ」

 ランヴァルドは初めから、ドラゴンを射落とせるなどとは思っていない。

 ただ、ドラゴンの興味をこちらに惹きつけられれば……自分が囮として機能しさえすれば、それでよいのだ。




 ランヴァルドが矢を放つ。

 矢は思っていたよりはマシな飛び方をした。狙い通りに翼を射抜ければよかったのだが、流石にそれは叶わない。

 だが、ドラゴンは飛んできた矢を一応は脅威と見做してくれたらしい。ふわ、と旋回してこちらを向いた時、その燃えるように輝く目が、ぎろりとランヴァルドを睨む。

「……はは、光栄だよ。俺如きを見つめてくれるなんてな」

 嫌な跳ね方をする心臓を黙らせるように嘯いて、ランヴァルドは2本目の矢を番え、放つ。今度はもう少し狙いがぶれた。ドラゴンが嘲笑うように吠える。

 ……だが。

 続いて3本目の矢を放つ直前、別の方向から矢が飛ぶ。

 ドラゴンはランヴァルドに集中していたあまり、その矢に気づくのが遅れた。その矢を躱すために、少々不格好な姿勢で宙に留まることになる。

 ……そしてその瞬間、ランヴァルドが放った矢がドラゴンに迫るのだ。

 そうしてドラゴンの翼の被膜に穴が開いた。




 ドラゴンの怒りの咆哮が響く。荒れ狂う炎が地上を焼き焦がしていく。

 だが、竜の鱗の加護に守られた人間達を思うように焼けず、ドラゴンは益々怒り狂っていく。

「マグナスの旦那!あいつ、こっちに来るぞ!」

 弓を手にしたハンスが駆け寄ってくる。どうやら、先程の矢はハンスが放ったものであったらしい。

 ……が、ハンスは流石にこの状況で2撃目を放つ気にはなれないらしかった。それはそうだ。ドラゴンは今、地上目掛けてその巨体で迫りくるところなのだから!

「ああ、俺は大丈夫だ。あんたは逃げろ」

 だがランヴァルドは動じない。……否、心臓は高鳴り、嫌な汗が首筋を伝うが、それでも、この場を離れない。

 ……いよいよドラゴンが目の前に迫る。ランヴァルドの目の前に降り立ったドラゴンは、その牙でランヴァルドを噛み潰そうとばかり、大きく口を開いた。

「ネールがしくじる訳がない」


 その瞬間、ドラゴンの横から飛んできた金色の光が、ドラゴンの首をすぱりと斬り落としていたのである。




 ドラゴンは断末魔を上げることすらできずに死んだ。

 どしゃり、とその巨体が広場の石畳に伏す。

 ……ぱちぱちと火が燃え盛る音だけが響き、ただ、静かだった。


 が、静かだったのも、ほんの一瞬だ。

 次の瞬間には、わっ、と歓声が上がったのである。伝説の竜殺しをその目で目撃した民衆は、口々にネールを讃え始めた。

 ネールはランヴァルドの周りをくるくる回って怪我が無いかどうか確認していたところだったのだが、その歓声にびっくりし、ランヴァルドの腰のあたりに、きゅ、と遠慮がちにくっついてしまった。

 ……ドラゴンの首を一太刀で落とせるような戦士も、こうしてみると人見知りの少女だ。

 ランヴァルドは緊張が解け、力の抜けた体でなんとかその場に座り込むと、改めてネールを抱きしめた。

「ああ、お前ならやれると思ってたよ!よくやったな、ネール!」

 ネールは、きょとん、としていた。だが、ランヴァルドに抱きしめられ、人々の歓声を浴び……そうしてようやく、自分が成し遂げたものの大きさを実感できたらしい。

 ネールはランヴァルドの腕の中で、ふや、と笑みを浮かべて喜ぶのであった。




 そうして一頻り、ドラゴン殺しの興奮に広場が盛り上がったところで……。

「さて……じゃ、ドラゴンの解体はあんたらに任せるとして、こっちはこっちで仕事を片付けてくるとしよう。さ、行くぞ、ネール」

 ランヴァルドはネールを連れて立ち上がる。

「ん?マグナスの旦那、どこ行くんだよ」

 ハンスは不思議そうにしていたが……ランヴァルドは行かねばならない。

「『何故』ドラゴンがここに来たのかを知る必要がある。だろ?」

 ランヴァルドが向かう先は、領主の城だ。

 ……きっと、あそこに何かがある。

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召喚した!?
何も加工しなくても鱗一枚で、ドラゴンの襲撃を防げる強度の龍鱗の加護が生じるの…? 魔法ある世界なら何があってもおかしくはないのだろうけれども、突然出てきた設定かつ理外感あって少しだけネガティブ寄りな…
そのドラゴンが領主だったりは…しないか。なんかあまりにもなタイミングだったんで。
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