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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
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魔獣の森*2

 ランヴァルドは剣を抜き、すぐさま襲い掛かってきたそれに向けて、防御の構えを取った。

 ……過去に学んだ通り。基本を忠実に押さえた型だ。それでいて、その基本を何百何千と繰り返してきたことによって生まれる滑らかさがある。

 ランヴァルドは落ち着いて、突進してきた小型の魔物……雷鳴猪の幼体を受け流す。ひとまず、魔物の幼体の攻撃を一度避けるぐらいなら、ランヴァルドにも何とかなるのだ。

 そして、二撃目が来ることは、無い。採取作業を中断したネールが宙を舞い、空からナイフを振り下ろして雷鳴猪を仕留めていたからである。


「本当にバカみたいに魔物が出てきやがるんだな……」

 やれやれ、とランヴァルドは剣を確認した。雷鳴猪を刃の輝きで威嚇し、その攻撃を受け流すために使っただけなので、血は付着していない。ならばこのまま剣を鞘に納めていいだろう。

 すると、その一連の動作の間にネールが駆け寄ってきていた。駆け寄ってきたネールは心配そうな顔でランヴァルドの周りをくるくると回っている。

「ああ、別に怪我は無い。そんな顔するな」

 大方そういうことだろう、と踏んで言葉をかけてやれば、ネールは申し訳なさそうに、こく、と頷いた。……どうやら推測通り、ランヴァルドの怪我を心配してくるくるしていたらしい。実に善良なこったな、とランヴァルドは少々、複雑な気分になる。

 すると、ネールはランヴァルドの剣を指差して、不思議そうに首を傾げてみせた。こちらも概ね、意図を推測してランヴァルドは話して聞かせてやることにする。

「剣か?まあ、基本くらいはできる。一応、帯剣してる以上はな。あと、弓も多少は使える。こっちも嗜む程度、だが」

 ランヴァルドがそう言えば、ネールは納得したように、ふんふん、と頷いた。ついでに、少々その目が輝いて見えたので釘は刺しておく。

「……おい。期待はするなよ?俺は別に、強くはないからな。訓練をマトモに積んでいないような素人相手ならいざ知らず、戦うことを生業としている奴らに勝てる程は強くない。魔物なんて以ての外だ。今のだって、まっすぐ突っ込んでくる魔物でなかったら、怪我は免れなかっただろうな。それに加えて言えば、二回目の攻撃を防げるかどうかは時の運、ってところだ」


 そう。ランヴァルドは残念ながら、然程強くない。

 真っ当に教育と訓練を積み上げ、教養として剣術と弓術を身に着けた、という程度のものでしかない。ランヴァルドには武術の才は、無かった。……勉学の才も、然程。

 だからランヴァルドは……悪徳商人になったのだ。

 ……思い出しかけた記憶に蓋をして、ランヴァルドは剣を納めた。




「ところでお前の得物はナイフ二本か」

 ランヴァルドは、ついでにネールの戦い方についても聞いておくことにする。ネールはこくこく、と頷いて、ナイフを見せてくれた。

 ……ナイフは二本とも、異なる意匠のものである。刃は勿論、柄の長さもバラバラだ。粗雑な造りをしているところを見るに、安物だろう。また、随分と古びている。石で研いで手入れしているのだろうが、刃は大分、すり減っている様子だった。

「……このナイフは拾ったものか?」

 そういうことだろうな、と薄々察しつつランヴァルドが尋ねれば、ネールはこくんと頷いた。

 ……この森で拾えるナイフや短剣の類、と言えば……この森で稼ぐことを夢見てやってきて、そして不運にもこの森で命を落とした誰かの遺品が転がっていたもの、ということなのだろう。納得である。

「お前の手にちゃんと合っているものを選んだ方がいいかもしれないな」

 ランヴァルドがそう言うと、ネールは不思議そうに首を傾げつつ、こく、と頷いた。『そういうものなのか』と一応納得した、らしい。……自分の手に合う武器を使ったことが無いから、『これが手に合っているかどうか』もよく分からないのだろう。いよいよ、少々不憫に思えてきた。

「お前の戦い方なら、武器は在り合わせでもなんとかなるのかもしれないけれどな。まあ、折を見て色々試してみてもいいだろう」

 ……ネールの戦い方は、手練れの暗殺者めいた風変わりなものである。少なくとも、ランヴァルドが今までに読んできたどの教科書にも載っていないようなものだ。

 身軽に動き回って、敵の死角にするりと潜り込んで、そして、容赦なく急所狙いの一撃を繰り出す。そんな戦い方は、恐らく敵からしてみれば、『ふっ、と姿が掻き消えたと思ったらいきなり喉を斬り裂かれていた』というように感じられるだろう。想像してみるとなんとも恐ろしい。

 更に、ネールは恐らく、無意識に魔法を使っている。稀有な例だが、教養も何も無い者が魔法を使うことも、例が無い訳ではない。それらの多くは、ネールのように『無意識』な使用である。

 ネールは魔法によって身体能力をあり得ない程に高め、ナイフの切っ先を制御して、そうしてあの、鋭すぎるまでの一撃を繰り出しているのだ。

「お前の戦い方は、誰かに習ったのか?」

 一応聞いてみるが、ネールは首を傾げ、うん、と頷き……しかしその後すぐ、ふるふる、と首を横に振った。よく分からないが、基礎は教わったがその後は我流、といったところだろうか。ランヴァルドはため息を吐く。

 魔獣の森で生きていくためにあの戦い方を身に着け、そして実践し続けているのだとすると……このネールという少女は、戦うための天賦の才を持つ者であるらしい。

 それこそ……伝説の英雄のような、と言ってもいいかもしれない。




 それからも、ランヴァルドとネールによる採集は続く。

 ランヴァルドはネールに、より高値で売れる薬草を教えてやり、魔石の採掘の仕方を教えてやり、魔物の素材の採取を教えてやり……ひたすらにネールの先生役をやっていた。

 その一方で、ランヴァルド自身が働かなければならないことは、然程多くなかった。本当に、ただネールに知識を与え、実践させ、助言を与え、そうして上手くいったら褒めてやる……といったことを延々とやっていただけである。

 それだけなのだが、いつの間にやらランヴァルドの背嚢も、随分と膨れ上がっていた。

 ……というのも、ランヴァルドが想定していた以上の効率で、様々な素材が集まってしまったからである。

 本来ならば冒険者達が数人がかりで十分も二十分も、下手すれば半刻程度は戦い続け、そうしてようやく倒すのであろう魔物は、ネールの手にかかればほんの一瞬で死んでいった。ついでに、ネールはこの森で長いことやっているのか、皮を剥いだり牙を抜いたりする作業が極めて早い。ランヴァルド自身も器用なものだから、そうした作業が早い。おかげで、魔物の素材が集まること集まること!

 更に、命知らずな冒険者であっても踏み込まない程の深い深い森の奥には、珍しく高価な品が、それこそ溢れかえるように在ったのである。

 無造作に拾い上げた小石は上等な魔石であったし、当たり前のように生えている花は希少な薬草であった。そして、襲い掛かってくる魔物は、それこそ伝説にも名を残すような、そんな大物揃いである。

 ……中には、ドラゴンもどきすら、居た。ごく小型で牛程度の大きさでしかなく、かつ純粋な魔力のみから生まれたドラゴンではなく、恐らくトカゲが魔力の影響で魔獣となった『もどき』の類だったのだろうが……それでも、鱗は硬くて皮は強靭で、そして爪と牙は恐ろしく鋭い。だがそんなドラゴンもどきすら、ネールはあっさりと仕留めてしまえるのだ!

 なので……素材が集まらない訳は無かった。

「おい、ネール!そろそろこっちの鞄もパンパンだ!戻るぞ!」

 そうしてネールの背嚢は勿論、ランヴァルドの背嚢もパンパンに膨れた状態になって、ようやく、ランヴァルドは魔獣の森を引き上げることにした。

 ……ランヴァルドはネールの先生役であるが、同時に、荷運び役にもならざるを得ないらしい。




 帰り道、ネールは上機嫌であった。

 パンパンに膨れた背嚢を嬉しそうに背負い直し、ランヴァルドを見上げ、そうして元気に歩く。

 ……こんな少女が、魔物をいとも簡単に屠っていくのだから、少々の寒気を覚えないでもない。ランヴァルドはネールを見ていて、『この少女には恐怖というものがないのだろうか』と思った。

 ネールはあっさりと魔物の懐へ飛び込んでいくが、それで仕留め損なったなら、まず間違いなく助からない。だというのにあの戦い方だ。

 躊躇無く、遠慮も無い。命を奪われる恐怖も、奪う恐怖も、何も無い。……そんな風に、ネールは戦う。

 普通の人間には、まずできない戦い方だ。あの技術、技量もそうだが、何よりも、あの戦い方を選んで実行できる精神が、あまりに異質なのだ。

 ……ネールというらしいこの少女は一体、何者なのだろうか。やはり、魔物が人間に化けているだけなのでは。

 考えかけて、ランヴァルドは頭を振った。考えても意味が無い。今、商売の元手となる金銭すら失ったランヴァルドが再び金貨五百枚を稼ぐには、ネールの能力を利用するのが手っ取り早いのだから。今更、その方針を変えるつもりは無い。

「買取の店に行くのは明日にしよう。今日のところはまず、宿で採集物の確認だ」

 ランヴァルドがそう言えば、ネールはこくこく、と頷いて、上機嫌でランヴァルドの後をついてくる。

 ……ネールの正体も、意図も、よく分からない。だが、ひとまず彼女が好意的であることは間違いないだろう。

 ランヴァルドはそう思い直して、カルカウッドへの道を急ぐのだった。




 カルカウッドに到着したのは夕暮れ時であった。大体、一刻半から二刻程度、魔獣の森にいたことになるだろうか。

 ……逆に言えば、たったそれだけの時間でこれだけの収穫があった、ということである。

「こいつはとんでもねえな……」

 今日も同じ宿で同じ部屋を取り、部屋の床の上に収穫物を並べて……ランヴァルドは途方に暮れるような気分になってきた。

 床の上に並べてあるものは、とにかく、とんでもない。

 まず、大樹蛇の毒が小瓶に三本。牙が二本。大樹蛇の毒は調合によって薬にも使えるものなので、それなりに高値で売れるだろう。

 それから、雷鳴猪の幼体の牙。そして、毛皮と肉。……雷鳴猪の肉は、旨味が強く人気がある。特に、まだそう大きくなっていない個体のものであるので、肉が柔らかい。余計に高値で売れるだろう。

 他にも数体分の魔物の皮や牙、鱗といった品が並ぶ。昨日ランヴァルドが襲われたものと同種、金剛羆の素材もここに含まれている。本来、金剛羆はそうそう倒せる魔物ではないのだが、これだ。

 更に、ドラゴンもどきの鱗と皮、そして牙と爪と肉、と続く。もどきであろうが、ドラゴンの品などそうそう手に入るものではないはずなのだが、それがあっさりとここに並んでいる。ランヴァルドはいっそ、眩暈すらしてきそうな気分であった。

 ……更に、これだけではない。拾ってきた魔石各種や薬草の類。月明かりのように輝く蝶の羽。それから、奥地でのみ採れる貴重な果物……黄金林檎に水晶葡萄。そんな品も、集められている。

 特に果物は中々いい。何せ、貴族ですら常食できない類の貴重な貴重な食べ物だ。売るべき場所に売れば、一つ一房だけでも金貨の値が付く。

 だが。


「お、おいおい!まさかこれを食う気か!?」

 ネールは、にこにこしながら水晶葡萄を一粒摘まみ取ろうと手を伸ばしたのである!

 慌ててランヴァルドは止めに入った。するとネールはびっくりした顔で動きを止め、なんともしょんぼりしてしまった。

 ……恐らくネールは、水晶葡萄がどのくらいの値で売れるものなのか知らないのだ。彼女にとってこれは、蜂蜜入りの温かなミルクと大して変わらないに違いない。要は、『ただの美味しい食べ物』なのだ。これを採取してきたのも、売ろうと思って採取したわけではなく、単純に食料として採取しただけなのだろう。

 であるからして、ランヴァルドはネールに水晶葡萄の正しい価値を教えてやる必要がある。そしてできれば、水晶葡萄を適切な価格で売り捌いて、それを元手に、商売を立て直し……。

 だが……どうにも、躊躇われた。流石に。

「……いや、よくよく考えてみりゃ、カルカウッドで高級果物の需要がそれほどあるとも思えんな……。黄金林檎ならまだしも、水晶葡萄は日持ちするもんじゃあねえし……そもそも、高級品を一気に一つの町で売り捌いたら値崩れがとんでもねえことになるしな……」

 ランヴァルドは自分自身に言い訳するようにぶつぶつとそう呟くと……。

「……しょうがねえ。食うか。あ、こっちの林檎は駄目だ。黄金林檎は日持ちするから売った方がいい。だから葡萄の方だけだぞ。ほら」

 結局、水晶葡萄の一粒をもぎ取って、ネールの口に押し込んだのだった。




 ……そうしてネールは、にこにこと大変な上機嫌になった。

 貴族ですら常食できない貴重な貴重な果物をおやつに食べているという感覚は無いだろう。だが、水晶葡萄をおやつに食べられるのも彼女の特権である。ネールの強さがあれば、確かにこれをおやつにもできよう。

 ランヴァルドはネールの小さな口がもむもむと動くのを眺めつつ金貨に思いを馳せていたのだが、ふと、そんなランヴァルドの目の前に、美しく紫水晶めいて透き通った葡萄の一粒が、ずい、と差し出される。

 ネールはそれはそれは嬉しそうに目を輝かせて、ふわふわと幸せそうな笑顔で水晶葡萄を差し出してくるものだから、ランヴァルドもいよいよ金貨のことは頭の片隅へそっと追いやって、差し出されたそれを口にすることにした。

「あー、くそ、やっぱうめえな、これ……」

 ごく柔らかな皮を食い破れば、即座に濃厚な甘さと清涼感のある瑞々しさが弾ける。ふわり、と漂う涼やかな香りも非常にいい。まるで宝石のような見た目は飾りものとしても優秀だが、やはりこれは、食べてこそのものだ。

 ランヴァルドは『まあ、こういうことがあってもいいか』と諦めて、深々とため息を吐き、続けてまたネールが差し出してくる葡萄を食べてしまうことにした。

 ……食べねば、やっていられないので!


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高価なものには手をつけさせないとは! よっ! 悪徳商人! 冷静にその土地の相場と品の日持ちの長さを判断するとは! さすが悪徳商人! 目の前の少女に高級おやつを与えるべく自分への言い訳を咄嗟に用意す…
大樹蛇……だ……でぁいじ、じゅじゃ……だいじゅじゃ!
背嚢にこれでもかと素材を詰め込んで帰ってると、よからぬ輩に目をつけられないか心配ですねぇ。ランヴァルドさんが攫われてしまうかも!
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