2匹目*6
ランヴァルドには『治める側』としての知識と経験がある。
よって、領主側の目線で考えて『どうやられたら困るか』は分かる。
後は、それを実行する手腕と、それを実行するにあたって全く良心が咎めない程度の面の皮の厚ささえあれば、不正に被害者ヅラして領主を叩く材料を生み出せる、というわけである。
「え、えええ……いいのかぁ?それ……」
「安心しろ。どうせさしたる問題にはならないさ」
ランヴァルドは涼しい顔で、『じゃああれとこれと……そっちも』と捏造が必要な個所を洗い出していく。
「さしたる問題には、って……」
「他にも領主の不正の証拠……いや、疑い程度でもいいな。そこらへんを適当に捏造してやればいいんだ」
……ランヴァルドが洗い出す『捏造』は、数が多い。
まあ、つまり、そういうことである。
翌日。
ランヴァルドは元気に、捏造し終えた書類を揃えてエリクに渡した。
「いいか?エリク。あんたはこれを持って、南へ行け。他の村の連中の伝手があるなら、そいつらも一緒に行った方がいいな。乗合の馬車があるだろうから、それで王都まで行って、後は文官っぽい奴にこれを一式渡せばいい。運賃は貸してやるから」
「は、はあ!?どういうことだぁ!?」
「あんたはひとまず、『領主が重税を課してくることの証拠』と『領主が国王陛下に対して脱税している疑いについての報告』、ついでに『ドラゴン狩りの功労者を殺して口封じしようとしたことの噂話』なんかを王都に持っていってくれればいいんだ」
ランヴァルドは清々しいまでの笑顔であるが、エリクは只々、目を白黒させているばかりである。当然である。
「ど、どういうことだ!?なんだ!?あのクソ領主、脱税を……!?」
「まあ、してたらいいな。してなくても関係ない。あんたが持っていくのは証拠じゃなくて『疑いの報告』だ。それだけじゃ証拠にはならないが、国王陛下が動く理由にはなる」
要は、限りなく黒に近いがまだ灰色、といった線のギリギリを狙った策である。
村の税収については書類の捏造を行っているが、それだって『まあ、妥当と言える』という程度の範囲内なので、そうは疑われまい。なんなら、ランヴァルドが新たに作成した書類に合わせて、畑を1枚2枚、潰してもらえればそれでいい。
どうせ畑の状況が分かるのは春になってからのことだ。そして北部の冬は長い。……ならば、それまでの間に全て、決着が付いていればいいのである。
「国王陛下を動かす、ってのは……?」
「ああ。まさか陛下が直々に出てこられることは無いだろうが、使いの1人でも寄こしてくれりゃあ、それでいい。ただ『目撃者』が居てくれた方が都合がいいんだよ」
更に首を傾げるエリクに、ランヴァルドはにやりと笑いかける。
「悪しき領主を倒し、民衆が勝利した。……その状態になったドラクスローガを見たら、国王陛下だってそれを良しと言うしか無いだろう。ちゃんと調べるの、面倒だろうしな。それに、ドラクスローガの領民を粛清し始めたら、いよいよ北部全体に火が付きかねない。国王陛下は賢明なお方だ。北部独立の契機を与えないためにも、ドラクスローガの民をしっかり庇護してくださるさ」
……あまりにもあけっぴろげな言い分に、エリクもハンスも、ぽかん、としている。だが、ランヴァルドはもう、止まる気が無い。
国王の性格も、北部の歴史も、全て分かった上で『いける』と踏んだ。
革命など起こそうものなら、首謀者が首を刎ねられて終わる可能性もある。だが……近頃、良い噂の無い北部のことだ。国王としては、ここは1つ『見せしめ』として、領主ドグラスを潰す方を選ぶだろう。
何せ、北部領主は国王への忠誠心の薄い者も多い。ドラクスローガもその類である。
「ということで、あんたらが王都で用事を済ませて戻り始める頃には、もうドラクスローガはある程度片付いてるだろうな。ああ、安心しろ。あの領主にはしっかり自滅してもらう。その策はあるんだ」
ランヴァルドはいっそわくわくとした気持ちでこれから先のことを考える。
……ランヴァルドはやはり、悪徳商人である。善行を積むより、こちらの方がわくわくする性質なので。
さて。
そうしてエリク他数人を王都へ行かせたランヴァルドはというと……ハンス達を二手に分けた。
片方には、ドラクスローガ中のあちらこちらを巡らせて、他の村への伝令役をさせる。そしてハンスを含むもう一方は、ロドホルン近郊に連れて戻り……ロドホルン近郊の酒場へ、配置した。
そして何をさせたかといえば……。
「そうだ!ドラゴンだ!ドラゴンを見たんだよ!本当だ!北東の山の方で……」
……居もしないドラゴンの噂を流させたのであった。
ドラゴンの噂が出れば出るほど、領主はそちらに手を割かざるを得ない。そして、領主が手薄になればなる程、ランヴァルドは動きやすくなる。
ランヴァルドは早速、ロドホルン郊外にある大き目の屋敷へと赴くことにした。
……そこは、ヴァルカーレ家の屋敷。現領主とは数代前に血が分かれた、遠縁の傍系の家だ。つまり、まあ、貴族の家である。
「お時間を頂き、ありがとうございます。本日はドラゴン殺しの血を引く御方に相応しい品をお持ちいたしました。どうぞ、是非ご覧になって頂きたく……」
さて。ここはロドホルン郊外にある貴族の家。
ここへ『旅商人』として潜り込んだランヴァルドは、残り僅かなドラゴン素材の在庫を出し、売りつけにかかる。
……貴族の家を直接訪問して、このように商品を売りつける手法はそれなりに効果的だ。貴族にしか売れないような高級品を売り捌く機会を得ることができるし、上手く取り入ればそのままお抱えになれるかもしれない。
貴族は金持ちだ。よって、ランヴァルドとしては大切にしたい商売相手である。
「ほうほう。確かに本物のようだな。それも、かなり上等なものだ」
「ええ。伝説のドラゴンの皮ですので。トールビョルン様に相応しい品かと」
今、ランヴァルドの手元に残してあるのは僅かな角と鱗と皮、といった程度であったが、それら全てが最上のものだ。一番品質の良い部分をとっておいたのだから、当然である。
「ふむ……よし。ならばこれら全て、頂いておこう」
「ありがとうございます」
そうしてランヴァルドは見事、ここの老貴族、トールビョルン・ヴィト・ヴァルカーレにドラゴン素材を売りつけることに成功した。
やはり、貴族相手であるので金勘定が緩い。老いているので、余計に緩い。ボロ儲けである!
……だが、今回の主目的はドラゴン素材の販売ではない。
「しかし……噂には聞いていたが、本当にドラゴン殺しが現れたのだな」
「ええ。こちらのネレイアがやりました」
「ほう……ほう!?ま、まことか!?いやいや、冗談であろう!?」
「いいえ。確かに彼女こそが、ドラゴン殺しの英雄ですよ。ステンティールで白刃勲章を賜ってすぐ、このドラクスローガに来てドラゴンを討ち取ったのです」
ランヴァルドは笑ってネールを見せつけてやり、ネールはネールで、少しもじもじしながらもにこにこと、品も愛想もいい佇まいでいる。中々悪くない。
「そうか、そうか……いや、驚いたな。ドラゴン殺しの英雄は美しい上に女だと聞いていたのだが、まさか……うーむ、こんなおチビちゃんだったとはな……。だが確かに、居住まいに隙が無い。確かな手練れであるようだ」
貴族の目から見て、ネールの居住まいはどうなのだろうか。……ネールもそれなりに見えるのか、はてさて、ここの貴族の見る目が無いだけなのかは、ランヴァルドにも今一つ分からないことである。
「どうぞ、今後もネレイア・リンドのことをお見知りおきください」
「いや、分かった。確かにその名、この老いた脳と、この鱗を掲げる額縁に刻もうではないか。ほっほっほ……」
そう。ランヴァルドの目的の1つは、こうしてネールを宣伝すること。ネールがドラゴン殺しの英雄であることをしっかりと確認させて、ネールの価値を引き上げること。
そして……。
「しかし、ネレイアも2匹目のドラゴンまでは討ち取れませんでした」
ランヴァルドはそう言ってため息を吐いてみせる。すると、『2匹目?』と老貴族トールビョルンが訝しむので、ランヴァルドは『ああ、ご興味がおありなら……』と如何にもそれらしく話し始める。
「どうも、南の山にドラゴンが出たと噂になっていたのでね。ならばと思って近くの山をいくつか、探してみたのですが……生憎、ドラゴンは見当たりませんでしたよ。賊はいくらでも見つかったのですがね」
「ああ……賊か。うむ、そうだな。最近はとみに多いと聞く。嘆かわしいことだ」
トールビョルンは『賊』と聞いて、少々表情を曇らせる。貴族連中にとって、賊の存在は只々嘆かわしいだけだろう。税も納めず、領内の治安を悪化させ、流通を滞らせ……最終的には、領の発展を妨げる存在になるのだから。
「賊の1人が話していました。……この冷夏の影響で農作物の実りが悪く、税を納めることができそうにないのだ、と。だから賊になるしかなかった、と……」
だからこそ、領主の立場であるならば、賊が居たならば徹底的に対策を行わなければならない。
賊にならずとも領民が生きていけるようにし……その上で賊が居たならば、徹底的に排除し、そして、適切に裁かねばならない。
賊が生まれる環境を許してはならず、そして、賊を許してもいけない。領主であるならば、そうしなければならない。……それは、この老貴族にもよく分かっていることだろう。
「そして、この地、ドラクスローガを愛している、とも」
「そうか……」
ましてや、この地元愛の強いドラクスローガでのことだ。利益より名誉が重んじられるような、肩肘張った荒くれ者達のための領がドラクスローガなのだ。
……だから、この老貴族はもう、気づいているはず。
「……御親類にあらせられるのでしょうから、あまり言うのも申し訳ないように思うのですが……ドグラス様は何かに焦っていらっしゃるのでしょうか。ドラゴン殺しを報告した際にも、その……」
「ああ、構わん、構わん。儂もな、ドグラスのことは危ぶんでおるのでな」
ランヴァルドは、表では只々深刻そうな顔をしておきながら、内心でにやりと笑った。
……やはり、この老貴族は動かせる。
「儂からも忠言はしておるのだ。このままでは冬を越えられぬ領民が増えるぞ、と。だがあやつは『いい考えがある』などと言って、それきりよ。何もしておらんように見える」
「そうでしたか……いい考え、というのは」
「分からんな。まあ、そんなもの、ある訳がないのだ。ただ、儂のような老いぼれに忠告されたのが気に食わなかったがために、その場凌ぎの嘘を吐いたとしか思えん」
ふう、とため息を吐いたトールビョルンを前に、ランヴァルドはまた困惑の表情を作って見せた。
「……私は商人です。このドラクスローガに必要なものを売るのが私の使命です。ですが、今、人々に必要なものは、食料なのか、それとも……武具なのか。測りかねています」
ランヴァルドがそう漏らせば、老貴族は、ぱちり、と目を瞬いて、それから静かに頷いた。
「ふむ。お主、中々聡明なようだな。……そうだな。確かに、そうかもしれぬ。このドラクスローガも、いよいよ大きな転換点にある、ということか……」
トールビョルンは元々、ある程度は分かっていたのだろう。そして今、ランヴァルドの言葉にそっと後押しされて、その認識を強めた。
「……いよいよ、覚悟は決めておかねばなるまいなあ」
……このドラクスローガがひっくり返るかもしれない、と。そう、認識させたのである。
これが、ランヴァルドの訪問販売の最大の目的であった。
ランヴァルドはそれからも、領主ほどではないにせよそれなりに資産や権威を持つ貴族の家に訪問販売を行い、ドラゴン素材の在庫は綺麗サッパリ売り切った。
それと同時に、ロドホルンを離れて地方……特に寒さと不作の厳しい北の方へ赴いた際には、細々したものを売り、売りながら買い物客相手に話しかけ、『そろそろ賊が一致団結して立ち上がろうとしている』といった話を広めていったのである。
……そうして、エリク達を王都へ送り出して、1週間。
たったそれだけの間に、ランヴァルドはドラクスローガ領内の3つの町と4つの貴族を訪れ、そして、方々で噂を振りまき、人々をその気にさせていった。
革命は世論から生まれる。
そして世論は、操作することができるのだ。
一方、領主ドグラスはこれに乗り遅れた。何故ならば……彼は、居もしないドラゴンの噂に振り回されて、そちらへの対応に追われていたからである!




