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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第三章:偽りの竜と偽りの英雄
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2匹目*4

 さて。

 エリクも来てくれたことで、ランヴァルドとネールがここの山賊達に襲われる心配は限りなく低くなった。

 エリクもハンスも裏切る、という可能性はあったが……多少の危険を冒してこそ、儲けは大きくなるというものである。


「へえ。結構ちゃんとしてるんだな」

 そういうわけで、ランヴァルドは堂々と、躊躇なく山賊達の集落に踏み入った。

「まあな。狩人の知恵だ。長い間、冬の森で詰めてなきゃいけないこともあるからよ」

 ランヴァルドとネールが案内された先には、粗末ながら雪風を凌げるように作られた小さな小屋がいくつか建っている。

 ランヴァルドも、この小屋が狩人のものであることは知っている。雪に覆われる森の中で数日過ごさねばならない時には、枝葉や毛皮を使って、小さなテントのようなものを拵えるのだ。簡易的ではあるが、それなりにちゃんとした住処ができるというわけである。


 そして当然ながら、小屋の周りには獲物を捌いたり、はたまた誰か旅人を襲って手に入れたのであろう金品を分けあったりしている山賊達の姿があった。

 彼らの目は当然、闖入者へと向く。ランヴァルドは視線を全身に浴びて居心地の悪い思いを少々味わいつつも、あくまでも堂々としていることにした。少々不遜なくらいで丁度いい。特に、山賊になるような連中相手にはそれがいいのだ。

 ……それに何より、こちらにはエリクが居る。

「え、エリク?エリクじゃないか!」

「なんだよ、お前もこっちに来たのか?」

 山賊達はやはり全員、同郷の者達であるようだ。エリクを見て警戒心を解いたのか、笑顔で駆け寄ってくる。

「ああ……まあ、色々あって、さっき来たところなんだ。それで、こちらはマグナスの旦那とネールだ。ええと、この2人は俺の命の恩人で……俺以外にも、村の皆がこの方に助けられたんだ。皆、生きてる」

 エリクが他の山賊にそう説明すると、山賊達は探るような目でランヴァルドとネールを遠慮なく見てくる。

「こっちがドラゴン狩りをしようとしたところで丁度、エリク達がドラゴンに襲われているところに出くわしてね。ドラゴンを狩るついでに治療を少々やった、ってだけだ。後はドラゴンの解体を手伝ってもらって、こっちも助かった」

 ランヴァルドは笑顔で親し気にエリクの肩を叩く。……他の山賊達に向けて、暗に『こっちはドラゴンを殺せる程度には強いんだから下手に手を出そうとはしてくれるなよ?』という牽制をしているのだが、山賊達にこの意図は伝わっているのだろうか。

 ネールも隣で『そうだそうだ』とばかりに胸を張るのだが……かわいいネールが凄んで見せたところで、全く怖くないのであった!だがひとまず、『なんだか小さくて可愛いのが居る……』という風に、彼らの警戒を解き、興味を引くことには成功したようである。やはりかわいいのは得なのであった。


「あー……ハンス。少し、話がしたいんだ」

 さて。そうしてひとまず山賊達に襲い掛かられる心配がなくなったところで、エリクが遠慮がちに弟に呼び掛けた。

「その、もしよかったらマグナスの旦那も一緒に。……相談したいことが、あるんだ」

「相談?」

 ハンスはきょとんとしていたし、ランヴァルドはきょとんとしつつ、なんとなく『儲け話じゃねえ匂いがする……』と厭な予感を覚えていた!




 それからハンスが小屋の1つに案内してくれた。どうやら、ハンスが住んでいる小屋がこれらしい。

 入ってみると、まあ、決して清潔ではないが、そこまで酷く汚れている訳でもない、という程度の空間がそこにあった。

 室内で獲物の肉を捌いた時のものか何か、粗末な草編みの敷物には血の染みが残っているし、小屋の中で小さな焚火を熾している都合でどうにも煙い。

 だがそれでも、雪の中、それもこれから夜になりゆく屋外に居るよりは余程マシなので、小屋の中に入って座ることにする。

 ランヴァルドはこういった場面にも多少慣れているので落ち着いていられるが、ネールは少々落ち着かな気に、きょろきょろと小屋の中を見回している。……落ち着かない、というよりは、物珍しい、のかもしれないが。


 さて。

「ハンス。悪いことは言わないから、すぐこの山を出た方がいい」

 開口一番、エリクはそう言った。

「……村に戻ろう。幸い、マグナスの旦那のおかげで、ドラゴン殺しの分け前がある。それを皆で分け合えば、この冬はなんとかやりくりできるはずだ」

 真剣な目でハンスを見つめて、エリクはどこか焦燥を滲ませる。

「……このままここに居たら、領主が直々に討伐隊を派遣してくることになる。今、俺達で時間を稼いじゃ居るが、それだっていつまで持つか分からねえんだ」

「はあ?おいおい、兄貴。そいつはどういう……」

 ハンスは困惑した様子であったが……やがて、はっ、としてランヴァルドの方を見る。

「……おい、マグナス、って言ったな?てめえ、まさか、あのクソ領主が出した討伐隊ってやつなんじゃあねえだろうな!?」

「止せ、ハンス!」

 更に、ハンスが掴みかかってくるものだから、ランヴァルドは咄嗟に『ネール、動くな』と指示する羽目になる。……もし、ランヴァルドがネールの前に手を出して止めていなかったなら、今、ネールのナイフがハンスの喉を貫いていただろう。

「お前、山賊狩りに来たんだろ?……兄貴の恩人なのは確かなんだろうが、俺達を……」

 胸倉を掴まれたまま、ランヴァルドはそれでも表面上は余裕を絶やさない。

 ここで舐められるわけにはいかない。精々、余裕たっぷりに笑ってみせるしかない。

「……まあ、間違っちゃいないさ」

 言わないことには話が進まないな、と覚悟を決めて告げれば、やはりハンスは気色ばんだ。まあ、自分達を退治しようとしている者が目の前にいるのだから、警戒しない訳が無い。

「こっちはドラゴン殺しの英雄だが、領主様は何故だか、褒賞を出し惜しみしておいでなようでな。ならここで一つ功績を打ち立てて、キッチリ耳揃えて払うもん払ってもらいたいと思ってたところなんだよ。だから……『2匹目のドラゴン』を狙って山に入ったんだが、おかしなことにそっちはまるで見つからなかったんだ」ランヴァルドが説明すれば、何故かエリクが、びくり、と身を竦ませた。

 ……この理由はまあ、大凡察しが付くが。

「なら仕方ない、もう片方……山賊狩りの方で功績を上げるしかねえ、って考えたわけだ。だがな、勘違いしないでもらおうか。俺だって、エリクの弟を躊躇いなく殺せるほど割り切れちゃあいない。できることなら、殺しなんざやりたくないさ」

 ランヴァルドとしては、これもまた本心である。ランヴァルドは、ここにいる山賊達を……特に、エリクの弟であるハンスを、殺したくはない。

 ……『情があるから』というよりは、『折角手に入れた縁をここで潰したら投資した甲斐が無い!』という理由が強いが。


「そこで提案なんだが、あんた達、ドラクスローガから出ていかないか?俺としては、『あの山の山賊は全員退治しました』ってことで報告できりゃあそれでいいい。あんた達がドラクスローガから出てくれるなら、それ以上追う理由は無くなるんだが……」

 ランヴァルドが提案すれば、エリクも『それがいい』とばかりに頷く。

 見逃す代わりに、目の届かないところまで行ってくれればそれでいい。山賊達としても、『兄や自分と同郷の連中の命の恩人』とはやり合いたくないだろう。落としどころはこのあたりに思える。

 ……だが。

「……あんなクソ領主の言うことを聞くために、愛する故郷から出ていけ、って?」

 ハンスは、ぎろり、とこちらを睨みつけてくる。

「そうかよ。分かった。あんたがあのクソ領主の手先だっていうなら……兄貴の命の恩人だろうと、関係ねえ」

 更に、ハンスは小屋の中に置いてあった肉切り包丁らしいものを掴んで、構えた。

「俺達はここで、あんたらを殺す」




「ハンス!」

 エリクが悲鳴を上げ、ハンスの腕を押さえようとする。だがランヴァルドはそんなエリクを制した。

「おいおいおい、ハンス。落ち着けって。お互いやり合うのは気が咎めるってことで話し合おうとしてるんだ。だろ?一旦座れよ」

 片膝立ちになって身構えるハンス相手に、ランヴァルドはあくまでも落ち着いて見えるように振る舞う。

 錆の浮かぶ肉切り包丁を前にして心臓は嫌な跳ね方をしているが、ここで怯えて見せたら交渉も何も無い。……それに何より、ランヴァルドが怯えたら、その時点でネールが動きかねない。そうなればそれこそいよいよ、交渉どころではない!

 実際、ランヴァルドが咄嗟にネールの前へ手を出して止めなければ、ネールはそのまま動いていたかもしれない。ちらり、と見たネールの手は、ナイフの柄をしかと握っているのだから。

「いいか?俺はまだ、どう動くか決めてない。ひとまず領主様の言うことを聞こうと思っていたが、あんたの話次第じゃ、それも変わるかもしれないな」

 ハンスの目に緊張と怯えを見出して、ランヴァルドは笑う。

 大丈夫だ。包丁の刃がぎらつく前でだって、ランヴァルドは笑ってみせることができる。

 ……そして何より、北部人の焚き付け方は、よく知っているのだ。

「俺がどう動くか……どっちに着くかは、あんた次第だ。さあ、俺を口説き落としてみせろ。俺にだって一応は、北の血が流れてるんだからな」




「俺は……俺と兄貴は、この山の北の小さな村に住んでた。ビットタンドっていう、本当に小さな、何も無い村さ」

 ……そうしてハンスは、包丁を握ったまま話し始めた。信用よりは疑いが強く、疑い以上に怯えが強いのだろう。だがまあ、話してくれるだけマシである。

 だがネールもナイフから手を放さず、その海色の目でじろりと鋭くハンスを見つめている。……ハンスの怯えの大半は、ネールが原因のような気もする。が、まあ、ネールを止める気はない。本当にいざとなったら交渉が決裂しようが何だろうが、ハンスを殺してこちらの身を守るのが優先されるのだから。

「俺も兄貴も狩人だ。俺は狩りをするより、釣りをする方が得意だったけどな。小さい頃から親父に連れられて2人で山に入っては、親父と兄貴が鹿を仕留めてくるのを、俺は渓流釣りしながら待ってた。それでなんとか親子3人、食っていけてたんだ。親父が死んでからも、兄弟2人、それなりにやってた」

 ハンスが話すのは、北部の山間部にありがちな一家の様子だ。そうした者達のことは、ランヴァルドもよく知っている。かつて、父と共に訪れた領内の小さな村でも、聞いたような暮らしをしている者達が多かったのだから。

「だが……今年の夏は、いやに冷たい夏だった。あんたも知ってるだろ」

「ああ、知ってる。そのせいで畑の実りは随分悪かったらしいな」

「随分悪かった、だって?ああ、南の方じゃその程度だったのかもしれねえがな。だがうちの村じゃ、もっと酷いもんだ。畑一枚、丸ごと何にもならないようなことだってザラにあった。畑で生きてた奴らは、冬を越せねえってなった」

 ハンスは苦しそうにそう言うと、視線を落とした。

「……俺と兄貴だけなら、食っていけたかもしれねえ。獣も数が減ってはいたが、獲物が全く居ないってこた、無いからな。税として納める毛皮だって、なんとか調達できる。2人分ならな。だけどよ……2人だけ、なんて、できねえだろ。そんなことは」

「ああ。分かるよ」

 ……良くも悪くも、小さな村の生活は助け合いによって成立している。

 ハンスとエリクにしても、狩りで手に入れた獲物を畑で採れた麦や野菜と交換するようなことはしていたのだろうし、それをやっていた以上、畑の実りが悲惨だったとしても、自分達だけ狩りで生き延びようとはできまい。

「だから秋の初め頃、領主様に嘆願書ってのを出したんだ。実りが悪いってのに税もそのままじゃ、いよいよこの村の者は死ぬしかねえ、ってな。だが……」

 ハンスはいよいよ表情を歪めて、吐き捨てるように言った。

「あの野郎からの返事は無かったんだよ!何も!」




「結局何もしやがらねえ!うち以外にも飢える村がいくつもあるってのに!何度手紙を出したって、返事の1つも寄こしやしなかったんだ!だってのに、税の督促だけは送ってきやがる!挙句の果て、今度は『賊になったから殺す』だと!?ふざけるな!そう仕向けたのはあいつだっていうのに!」

 ハンスの悲鳴にも似た声は、きっと幾度となく繰り返して彼の喉から発せられたものなのだろう。

 或いは、彼のみならず……他の賊や、エリク達からも発せられたものだったのかもしれない。

「だったら、何もかも奪うしかねえだろうが!なあ!こっちだって死ぬくらいなら殺してやるって、それくらいの気にはなる!」

「そうだな。まあ、事情は大体分かった。成程な……」

 ランヴァルドは頭を抱えつつ、考える。

 ……ランヴァルドとしては領主の事情も、分からないでもない。

 領主としては、本当にいよいよ余裕が無いのだろう。ランヴァルド達への褒賞を出し惜しみする程度には困窮している様子であったことだし、手が回っていないのは確実である。

 そして、どうしようもないのなら『助けてやることはできない』などと返事を出すわけにもいくまい。返事を出さないのも1つの返事なのだ。

 だが、税の云々については、『下手すぎる』としか言いようがない。民衆の怒りを買って暴動を起こしたい訳でもあるまいに、やり方が下手なのだ。

 上に立つ貴族であるならば、もっと上手くやってほしいものだ。……そう、『かつて』貴族であって、『これから』貴族になる予定のランヴァルドは思うのだ。

 ……そして何より、領主はランヴァルドへの報酬をケチっている。


 そして、ランヴァルドは悪徳商人である。




「……よし、ハンス。1つ聞かせてくれ」

 ランヴァルドは自分の発想に自分で驚きながらも、それを表情に出すことなくハンスに問う。

「あんた、『奪うしかねえ』って言ってたが、『誰から』奪うつもりなんだ?」

「は?そりゃ……」

 ハンスはきょとん、としていたが、やがて苦い表情でじっとりとランヴァルドを睨んだ。

「……できることなら、あのケチなクソ領主本人から奪ってやりてえよ。だが」

「ああ、成程な。その気持ちはよく分かる。見た限り、あの領主はそれなりに蓄えているもんは蓄えていそうだったからな。……だからこそ、俺もドラクスローガの北の方でそこまで困窮してるとは思ってなかったんだが……」

 ランヴァルドは領主邸の様子を思い出す。

 ……黒大理石の立派な城だった。調度品も中々良いものが揃っていた。そして何より、領主ドグラスはやつれても痩せてもおらず、ロドホルンの町はそれなりに余裕がある様子であった。

 つまり、ロドホルンと領主邸には、まだまだ蓄えがあり、余裕があるということだろう。

「……よし。ハンス。俺はな、商人なんだ。だから、より儲かる方に付くってのが当然のことなんだよ」

「はあ!?わ、分かってんのか?あのクソ領主は民のことなんざちっとも考えちゃいねえ!あいつのせいで、村がいくつも駄目になる!皆死ぬ!行き着く先は殺し合いだ!それでもあんたは向こうに付くってのか!?」

「いやいや、待て待て。俺はまだ、『領主様についた方が儲かる』、なんて言ってないぞ」


「革命だ。あの領主を引きずり下ろして……ついでに頂けるもんを頂こうじゃないか」


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― 新着の感想 ―
革命をした後どうするのか。立つ鳥跡を濁しまくるのか!貰う物貰ってスタコラサッサもありっちゃありなんですよねぇ。
えーーー。儲け話にはならなさそう…
革命…! ラ・ドラクスエーズとか歌わなきゃ…
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