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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第三章:偽りの竜と偽りの英雄
74/218

2匹目*3

「くそ!」

ランヴァルドは即座に判断し、自らの剣を抜いた。そして、雪を蹴立てて走り出す。

……ネールには、対応できない。彼女は『獲物を殺さない』やり方なんて、学んだことが無いからだ。

かといって、放置もできない。エリクは肉薄するネールに怯え、戸惑い、硬直しているがそれもあと数秒のことだろう。その後には再び弓に矢を番え始めるか、はたまた、同じように戸惑うネールを取り押さえ始めるか。

ならばランヴァルドが動くしかない。……この中で一番、戦いにも汚れ役にも慣れているのであろう者として。


ランヴァルドの接近に、エリクともうあと2人、賊らしい者が緊張する。弓を捨ててナイフを抜こうとした者も居る。だが、ランヴァルドはそれより先に剣を振り抜き……容赦なく、エリクを斬りつけていた。

ぱっ、と鮮血が雪に散る。エリクが喉で押し殺した悲鳴がくぐもって響く。……そして。

「武器を捨てろ!……こいつの命が惜しけりゃあな!」

ランヴァルドは走った勢いのままエリクに体当たりして自分より身長のある体躯をなんとか雪の上に蹴倒すと、その腹の上に跨って、エリクの首筋に剣を添えた。




「く……そ、ここまで、か……なんで、こんなとこに、山賊狩りが……」

「ああ、悪かったな。こっちも色々とあったんだ」

自分の下で呻くエリクの首に、改めて剣の刃を添える。

聞きたいことはある。何故ここに、とも、どうしてこんなことを、とも、色々と聞きたくはあったが……今はそれどころではない。

「ネール。俺の背中側に回れ。俺の背中側から襲撃されないか見張ってろ。もし、俺達に攻撃を仕掛けてくる奴が居たら……殺していいぞ」

ランヴァルドが素早く指示を出せば、戸惑っていたネールは、はっとしてすぐにランヴァルドの背中側に回った。しかとナイフを抜いて身構えている様子は実に頼もしい。

「よし……さて、お前ら、さっきのは聞こえたな?もう一度言うが、武器を捨てろ。こいつの命が惜しいならな」

ネールが身構えてから、ランヴァルドは改めて残りの賊2人に話しかける。

「弓も矢も、あと短剣も持ってるな?そっちの斜面に放り捨てろ。10数える間にやらなきゃ、こいつの首を落とす。いくぞ?10、9、8……」

数字を数えながら、ランヴァルドは震えそうになる手を律し、剣を強く握りしめる。……もし駄目なら、エリクの首は落とさなければならない。確実に。

「7、6、5……」

見ず知らずの有象無象ならまだしも、見知った顔の相手を殺すのは、やはり多少、気が咎める。

酒場で楽しそうにしていた様子も、ランヴァルドが渡した金に戸惑う様子も、思い出しそうになるそれら全てを封じ込めて、ランヴァルドは賊2人を睨み続けた。

……そして。

「4、3……よし、それでいい」

賊2人は、ランヴァルドの指示に従った。

弓を放り、矢筒を捨て、そしてベルトに吊るした手斧と短剣もそれぞれ、雪の斜面に放り捨てる。途端、それらは斜面をするりと滑り落ちて遠くへと消えていった。

「……手を頭の後ろに組んだ状態で座れ。そうしたらようやく、話ができる。よし、そうだ」

賊2人が指示に従って雪の上に座ったのを見て、ランヴァルドはようやく、詰めていた息を吐き出した。


「さて……エリク。あんたどうしてこんなところに居る?事情があるなら全部話してもらうからな?ん?」

そしてようやく、取り押さえているエリクに癒しの魔法を使うことができたのだった。

だが。


「エリ、ク……?あんた、なんで、その名前を知っていやがる……!?」

「……ん?」

エリク、と思って取り押さえていた人物の、険のある目を見て、ランヴァルドは違和感を覚える。

髪の色も瞳の色も体躯も、当然ながら顔立ちも実にそれらしい。だが……その表情や少々荒い喋り口調に、どうも、違和感があるのだ。

……そして。


「待ってくれ!待ってくれ!頼む!そいつを見逃してくれ!」

遠くから迫ってくるのは、雪を蹴立てる音と聞き覚えのある声。

……そうだろうなあ、と思いながらそちらを見れば、こちらに駆けてくる見知った姿……エリク・ノルドストレームの姿があるではないか!

「つまりあんたまさか……エリクの弟か?」

ランヴァルドは自分が取り押さえている男を見て、もう一度駆けてくるエリクを見て……思い出した。『そういやあいつは、弟が居るって言ってたなあ』と。




それからランヴァルドはひとまず、エリク……の弟らしい男の傷を治した。ランヴァルドが先程斬りつけた時の刀傷である。

……不意打ちしても体当たりで雪に倒すことが難しいと踏んだ。ついでに、ランヴァルドが容赦のなく人を殺せる人物だと思わせなければ脅しが通じない目算が高かった。だからこそ、初手で斬りつけたわけで、その選択を間違いだったとは思わないが……斬りつけられる痛みを知っているだけに、少々申し訳ないような気分には、なる。

「ああ、ありがとう、マグナスの旦那……ほら、お前も礼を」

「な、なんだってんだ……?おい、なんで、兄貴がここに……?それに、こいつは一体……?」

まあ、ランヴァルドが何を思っていようとも、この場の混乱ぶりにはまるで関係が無い。エリクは弟らしい男が死にかけていたことに動揺したまま、今も手足が震えている有様だし、エリクの弟であろう彼についても、斬りつけられてからの混乱に突然現れた兄の存在が加わり、より一層混乱している様子である。

「あー……で、一応聞くが、エリク。こいつはあんたの弟か?」

確認しないことには話が進まないので一応確認しておけば、エリクは何度も頷いた。

「あ、ああ。そうだ。こいつはハンス。俺の弟で……その……」

「領主様が討伐せよと仰っていた山賊その人、ってことだな」

ランヴァルドの言葉に、エリクはそっと目を逸らし、そして、癒しの魔法が効いてきたらしい弟の方……ハンスは、幾分血の気の戻った顔で、弱弱しくも笑みを浮かべてみせてきた。

「ああ、そうだ……。俺は山賊に成り下がった野郎で、兄貴はそれに関係がねえ、ってわけで……」

なんとか強がって見せようとしたのであろうハンスはそこまで話すと、咳き込んで言葉を途切れさせた。エリクはそんなハンスを心配そうに支えている。まあ、『関係ない』とは言い難い光景である。


「な、なあ、マグナスの旦那。頼む。あんたには世話になってばかりで申し訳ないが……どうか、こいつらのことは見逃してやってくれ」

「おい、兄貴!」

やがて、エリクがランヴァルドに懇願してきたのでランヴァルドとしては頭が痛くなってきた。

……だが、エリクの登場で概ね想像がつくようになった事情にも、まだ分からない箇所は沢山ある。まずはそれらを聞き取らないことには、交渉の余地すら無いだろう。

「おい、勘違いするなよ?俺はここには一応、山賊狩りに来てるんだ。一応は領主様から直々に命令を頂いてな。……ついでに、舐めない方がいい。こっちはドラゴン殺しができる腕は持ってるし、それに多分、人を殺した数はあんたらより俺の方が多い」

まずは、ランヴァルドはそう凄んでみせる。最初に脅して怯えさせて、萎縮したところで商談を持ち掛けた方がこちらの利益を押し通しやすいので。

「あんたらが俺達を裏切ろうとしたら、その時は容赦なく殺す。それは覚悟しておけ」

……悪徳商人をやっていれば、道中で賊に襲われて返り討ちにしたり、街中で襲われて返り討ちにしたりする他にも、諸々、人を殺すことになる場面がある。

そして見たところ、エリクの弟らしいこの男、人に剣を向けることには不慣れな様子であった。最初の弓矢の様子を見る限り、狩りは得意なのだろうが……少なくとも、ランヴァルドよりは余程善良で、それ故に人殺しに抵抗があるように見える。だからこそ、ランヴァルドの脅しにも意味があるというものだ。

「だから、こちらの質問には答えろ。そしてくれぐれも、俺とネールを殺して逃げようなんて考えるなよ?分かったな?」

改めて問えば、エリクとハンスは縮み上がって頷いた。

……さて、いよいよやりづらいが仕方ない。ランヴァルドは小さくため息を吐いた。




「まずは、ハンス。あんたの方から話を聞こうか」

エリクの方はある程度事情が分かっている。先に聞くなら弟の方だろう、とハンスに目を向ければ、ハンスは複雑そうな顔でランヴァルドを睨んできた。

「ああ?俺か……?山賊風情の話なんざ聞いて、何しようってんだ」

「お、おい、ハンス!」

ハンスの態度にエリクは慌てていたが、ランヴァルドはそれを押し留めて……改めて、剣の刃をハンスの首筋に宛がう。

「聞いてみなきゃ分からないんでね。とりあえず聞かせてもらう。命が惜しいなら是非答えてくれ」

特に表情を変えずそう声をかけてみれば、ハンスは少々怯えながらも、それを隠すように強い語調で話してくれた。

「どこも同じだ。今年は不作続きだ。うちの村も食うに困った。だから奪うしかねえっつう話になった。そんだけだ。想像くらいつくだろ?ああ?」

「成程な。まあ想像通りだ」

ハンスの怯え方を見ていても分かったことだが……元々賊紛いの生き方をしていたわけではなく、戦士ですらないのだろう。それなりに真っ当に生きていて、それで今回、決意をもって道を踏み外した、と。そういうわけである。

「他の賊仲間は同じ村の仲間か」

「ああそうだよ」

ハンスの後ろでは、まごまごした様子の賊が2人、どうしたものかと顔を見合わせている。

彼らが今もランヴァルドやネール、そして何より、エリクを襲わずにいるのは、全員顔見知りだからなのだろう。そして、顔見知りを殺せない程度には、全員、甘い。

「……ちなみに、エリク。あんたと一緒に居た連中も、そっちはそっちで村の仲間だったりするのか?」

「え、あ、ああ……よく分かったな」

「まあな」

思い返せば、全員訛り方や身に付けているものが似通っていた。同じ村から出てきて、ドラゴン狩りに一縷の望みを掛けた者達と賊になる者達、二つに分かれてしまった、ということらしい。

「……村の連中の大体半分が、賊に身を堕とすことを決めたんだ。このままじゃ到底生きていけねえ、ってな。だがそれでも反対してる奴は居てね……で、俺はこっち側で、兄貴はあっち側に残った。それだけの話さ」

ハンスはエリク達がドラゴン狩りをしていたことを知らないのだろう。

エリク達、烏合の討伐隊は『賊になるか、死ぬか』という2択で『死』を選んだ者達だったのだ。もしドラゴンを狩れたなら、一気に生活は潤う。そして、もしドラゴンを狩れなくとも……口減らしには、なる。どちらにせよ村を救うことはできる、というわけだ。

「なあエリク。あんた、相当な弟思いみたいだな」

「……たった1人残った家族だからな。ドラゴンにくらい、立ち向かうさ」

エリクはランヴァルドが察したことを察したらしく、気まずげに笑う。ハンスはエリクの側の事情を知らなかったらしく、『ドラゴン……!?』と青ざめていたが。




ということで、ハンスに説明してやるべく、エリク側で起きていたことをエリクに話させた。

山賊になってしまった弟達をなんとか引き戻そうと考えたエリク達は、一縷の望みをかけてドラゴン狩りに挑んだ、と。まあ、それからはランヴァルドも知るところである。

だが、ハンスにはかなり衝撃の強い話であったのだろう。自分の兄が死を選んでいたようなものなのだから。

「……もし兄貴がドラゴン狩りを決めるところに居合わせたなら、一発ぶん殴ってるところだ」

「ははは……今から殴っておくか?」

「いや、いい。生きて帰ってきたってんなら……ましてや、そもそもドラゴン狩りに出ようとしたのが、俺のせいでもあるってんだから……殴れねえよ」

ハンスは只々苦い顔をしていたが、エリクは多少、誇らしげである。『兄』であるだけのことはある、といったところだろうか。

「とにかく……おい。つまりあんた、兄貴の命の恩人、ってことだな?」

「まあ、そういうことになる。俺というよりは、こっちのネールだが」

ランヴァルドがネールを見せると、ネールは『どんなもんだい』とばかり、ひだまりのような笑顔で胸を張る。胸に輝く白刃勲章の意味が分かる者は生憎ここに居なかったらしいが、ひとまず『なんかかわいい小さいのが居る』とは思われたらしい。……この可愛くて小さいのがこの中の誰よりも強いのだが!

「まあそういうわけで、俺を殺してもらっちゃ困る。流石にもう、矢は射掛けてこないだろうな?」

「ああ……知ってたら最初からあんたらは狙わなかったさ」

ハンスはすっかり、しゅん、としてしまっている。山賊らしくない。

また、ハンス以外の賊2人も、『おお、エリク達の恩人か……』『なら、襲うわけにはいかねえな……』と、何やら勝手に納得している。

ランヴァルドは『こいつら山賊に向いてねえな……』としみじみ思った。


「じゃ、今晩のところは泊めてもらうぞ。この寒さの中、野営はしたくないんでね。俺はともかく、ネールが風邪をひきかねない」

「あ、ああ……狭いが、まあ、詰めればなんとかなるだろう。よし、こっちだ。ついてこい」

早速、山賊達の拠点へと案内してくれるらしいハンスの後を追いかけつつ、他の賊2人が『お嬢ちゃん、寒くねえか?』『雪で歩きにくいだろ。おぶってやろうか?』とネールに声を掛けに来るのを見て……ランヴァルドは『本当にこいつら、山賊に向いてねえな……』としみじみ思うのであった!


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まぁ、もう族として襲ってこないなら放らせた短剣とか手斧とかも見つかる分は回収させに行っても良いんじゃないかな…? 一応こんな所じゃそれなりに数の限られた資産だろうし…
あけましておめでとうございます。 ドラゴン狩に出て口減し…領主からすれば管理しきれない領民をドラゴンが勝手に掃除してくれる構図だとすれば、積極的にドラゴンを狩りに行かない理由もわかりますね。 とは…
明けましておめでとうございます! 冷夏やドラゴンは領主殿の所為とは言えませんが、もう少し何とか対処出来なかったのかしら。かと言って辞めさせた所で事態が解決する訳ではないし、そもそもランヴァルドさんが…
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