駆け引き*1
ランヴァルドが欲しいのは、金であり、同時に名誉でもある。
そして名誉というものは、少々手に入れるのが難しい。何せ、『事実』を認めさせることすら難しい場合もあるのだ。
今回の竜殺しについても、『ドラゴンは勝手に死んだのだ。お前達が殺したという証拠でもあるのか』とでも言われてしまえばそこまでである。更に悪い場合は、『ドラゴンは領主の討伐隊が討伐した。その手柄を横取りしようと目論む悪人には罰が必要だ』とでも言われかねない!
……まあ、流石にそのあたりは領主の良心に期待したいところだが、良心に期待することと対策を講じないことは全くの別である。
そう。対策だ。対策さえあれば、『名誉』を称えるよう、領主や……上手くいけば国王陛下にまで、働きかけることができるかもしれないのである。
「語り部……?そいつは一体、どういう……?」
烏合の討伐隊の中でも一応はまとめ役を担っているのだろう、と思われる若者が1人、不思議そうな顔を向けてくるのを見て、ランヴァルドは笑う。
「何、あんた達が見たことについて、噂を流してくれればいいさ。さもなきゃ、こんなに小さな子がドラゴンを倒したなんて信用してもらえないからな。下手すりゃ、あんた達がドラゴンの骨や肉を運んだことについても、不名誉なことを言われかねない」
……ランヴァルドが狙っているのは、領主でも国王でも操作することが難しいもの。そう。噂である。
「向こう一月、酒場で一杯やる時には必ずネールの話をしてほしい。そうでなくても多分、あんた達が如何にしてドラゴンの素材を手に入れたか、聞きたい奴らが寄ってくるだろうからな。そういう連中には是非、話を聞かせてやってくれ」
ドラゴンを殺したのは小さな女の子だ、と噂が流れれば、信じる信じないはさておき、領主もそれら全てを捩じ伏せることはできなくなる。もし捩じ伏せたとしても、領民から反感を買うのは間違いないからだ。そしてこのご時世、領民がただでさえ暴動を起こしかねないこの時に、わざわざそんな悪手は選ばないはずである。
そう。領主といえども……むしろ、領主であるからこそ、領民の間で『英雄』として祭り上げられた少女が居たならば、それを無碍にすることはできないのである。多少頭の回る領主であれば、むしろ『噂の少女』を利用しようとし始めるはず。そうなれば領主の方からこちらに声がかかることも考えられる。
……手順を誤ってはいけない。正に『ユニコーンを得たければまず乙女から探せ』というところだ。ランヴァルドがドラゴン殺しの件でドラクスローガの領主に取り入るためにはまず、領民に祭り上げられるべきなのである!
「そういうわけで、どうだ?こちらとしては、解体と語り部と、引き受けてもらえるとありがたいんだが……」
ランヴァルドが烏合の討伐隊の面々を見回すと、彼らは顔を見合わせたり、ひそひそと話したりして……やがて。
「なあ、皆!俺はこの人の話に乗ろうと思う。どうだ?」
彼らの中で1人、若者が声を上げた。
……まとめ役をやっているのであろう男だ。彼が声を上げてすぐ、『まあ、お前がそう言うなら……』『そうだよな。助けてもらった恩を仇で返すような真似はしたくねえ』といった声が上がり始める。
そして全員が、『やる!』と声を揃えるようになるまで、然程時間はかからなかった。これにはランヴァルドも表情を綻ばせる。
「そうか、助かるよ!ありがとう。……俺はランヴァルド・マグナス。旅商人だ。こっちはネレイア。訳あって拾った子でね。まあ、さっき見ての通りの強さなもんで、何度も助けられてる。よろしく」
ランヴァルドが自己紹介およびネールの紹介をすると、ネールはランヴァルドを見上げて、にこ、と笑った。……嬉しいらしい。
そして、こちらが名乗ったところで、烏合の討伐隊の者達は目配せし合い……先程、最初に声を上げた若者がのっそりと前に進み出てきた。
「えーと、俺はエリク・ノルドストレーム。まあ……見ての通りだ。元々は狩人をやってたんだが、ただそれだけで討伐隊の長にされちまったってだけのもんでね。……助けてもらったことも、分け前を気前よくくれるってことにも、感謝してる。ありがとう。ま、その……よろしく」
差し出された手を握ると、ごつごつとした分厚い手が何とも北部人らしかった。
……烏合の討伐隊のエリクは、枯れ草のような褪せた色の金髪と琥珀色の瞳を持っている、まあ、典型的な北部人らしい見目だ。身長はランヴァルドより高い。身長が高い北部人の中でも、やや高い方だろうか。がっしりとした体形も、狩人として生計を立てている者として納得のいくものだ。
だが……まあ、この面子でドラゴン討伐を企てたあたりからも分かる通り、あまり頭が良さそうには見えない。人が良さそうには見えるが。
「えーと、それで俺達は何をすればいい?俺達は全員、家畜や獲物を捌くっくらいのことはできるが、ドラゴンなんてやったことがないんでな……どうすりゃいいか、教えてもらえると助かるんだが」
「ああ、まあ、基本的には他の獲物と変わらないさ。ただ、腹側の皮と背中側の皮は分けた方がいい。だから、腹にナイフを入れるのは横からが望ましいが……いや、でもこれだけの大きさだからな。そんなに気にしなくてもいい。どうせこの人数でも全部は運びきれないだろうからな」
早速、働くつもりらしいエリクに『まあ、このあたりからナイフを入れて……』と見せてやれば、ふんふん、と頷いて、彼はすぐに動き始めた。
流石に狩人をやっているというだけあって、手際は良かった。……まあ『ドラゴンを捌くのは不慣れ』という申告通り、戸惑いながらの様子ではあったが。
ドラゴンに限らず、人間より遥かに大きな獲物を捌くこと自体、不慣れなのだろう。エリクに限らず、他もそうだ。……それはそうだ。普通に生活していれば、自分より大きな獲物など、そうそう出くわさない。精々が牛や馬までだ。魔物を狩ることを生業とする冒険者でもない限り、こんなものは捌かないのが普通だ。
まあ、つまり……エリク達は、『普通の』人々なのだ。ドラゴンはおろか、魔物すら碌に狩ったことのないような、そういう。
そんな『普通の』農民や狩人達が集まって、ドラゴンを倒そうとした。できやしないと分かっていただろうに、それでも一縷の望みをかけて……そしてその賭けの代価として自分達の命を差し出すような真似をして、ここへやってきていた。
……北部はやはり、酷く困窮しているようだ。
さて。
ランヴァルドは『ドラゴンをある程度、運べる分をなんとか捌くだけでも半日は使うだろうな』と予想していたのだが、人手が増えたことによって……そして何より、彼らが実によく働いてくれたおかげで、予想より大分早く仕事を終えることができた。
「マグナスの旦那!あんた達の分はこんなもんでいいか?もう少し皮を剥いでくるか?」
「いや、ここらが限界だな。ありがとう。本当に助かったよ」
ランヴァルドは持てる分だけのドラゴンの素材を既に手に入れて、ほくほくしている。
ドラゴンの首は必要なので持つとして……ドラゴンの牙と爪の質の良いもの。そして持てるだけの皮だ。
ちなみにネールは、小さくとも形が良く美しい牙をいくらかと、やはり美しい鱗をいくらか、そして小さ目に切り分けた皮を一抱え背嚢に詰めて、ご満悦である。ドラゴンの鱗は丈夫で軽く、そして美しい素材だ。今回のドラゴンは見事な赤褐色の鱗であったのだが、陽に透かすと燃えるような赤色に見える。ネールはこれが中々気に入ったと見えて、度々それを眺めては益々にこにこしているのだ。
「後はそっちで運べるだけ包んでくれ。約束した通り、運んでくれた分の半分はあんたらの取り分にしていいから、好きなだけ解体してくれ」
「ははは、太っ腹だな!よし、そういうことならもう一丁、頑張るとするかな」
エリクは人の好い笑みを浮かべると、またドラゴンの皮を剥ぐべく、ドラゴンの死体の方へと向かっていった。
ランヴァルドはネールと一緒に休憩しつつ、彼らの作業を見守る。……見張り目的ではない。鱗の一枚や二枚、余分に持ち逃げされたところで構いやしないと思っている。では何のために見ているのかといえば、観察のためだ。
エリク達はよく働いている。活気があり、快活だ。エリクは特にそう見えるが、まあ、人のいい連中なのだろう。この分なら裏切るような真似はしないだろう、と思われた。
……まあ、このご時世において、賊に堕ちるでもなく、ドラゴン殺しに一縷の望みをかけるような連中だ。善人揃いであることは間違いない。或いは、すこぶる頭が悪いか。はたまた、両方か。
「……ロドホルンに着いたら、一杯奢ってやるとするかな」
あの分なら、幾らでも利用できる。人が良い上に頭が悪い連中は幾らでも好きに操れるのだ。
ランヴァルドはにやりと笑いつつ、彼らが歓声を上げつつドラゴンを解体していく様子を眺めるのだった。
真昼を少しばかり過ぎた頃、一行は出発した。『宿場へ戻る方の道はやめておこう。俺達が通った後で落石があった。多分塞がっていて通れない』と説明して、ロドホルン側へ抜ける別の道を案内させている。
エリクは狩人の仕事でこのあたりもよく狩場にしているらしく、山道に詳しかった。……後続の冒険者達の邪魔をすべく岩を切り崩して塞いできた道をどう戻るか、と悩んでいたところだったので非常に助かった。
「それにしても、普段魔物も碌に出ないような山に、よくもまあドラゴンがやってきたもんだよなあ」
だが、それ故に山をよく知るエリクから、そんな言葉が出てくるとなるとランヴァルドは『おや』と思う。
「このあたりに魔物が出ないって?本当にか?」
「ん?ああ。このあたりは鹿とか、野ウサギとか、そういうのばっかり出るもんでね。魔物なんざ出るようなら、俺はここで狩人をやってられなかっただろうな……」
エリクは何ということも無いように話すが、ランヴァルドは首を傾げるしかない。
というのも、この山は魔力が濃く感じられるのだ。それこそ、往路でネールが『魔力が多い場所だと魔法を使いやすい?』と尋ねてきたのもそれである。
……ランヴァルドの肌に感じられる魔力は、今も尚、濃い。少々ひりつくような感覚を確かめて、ランヴァルドは『これで魔物が出ないのか』と疑いを強める。
「魔力は多いみたいだがな」
「そういうもんかい?俺達にはそういうの、分かんねえからなあ……うーん、でも、薬草の類とかも特に変わったものは無いし。ほら、魔力が多いといい薬草が生えるって言うし。そういうの全部、ドラゴンに吸い取られてるんじゃあないかね」
「ドラゴンが、か……」
……ドラゴンが他所からこの山へやってきたせいで急激に魔力が濃くなった、とは考えられないことも無い。だが……どうにも、引っかかるものがある。
ランヴァルドは周囲を警戒しながら、山道を進むことにしたのだった。結局、特に何も起こらなかったが……。
ロドホルンに到着した一行を出迎えたのは、人々のざわめきであった。
それもそのはず。先頭を堂々と歩くランヴァルドとエリクが担いでいるものはドラゴンの首だ。
ドラゴンの首を見た人々は、『ドラゴンを倒したのか!?』『あの一団が?嘘だろ?』と囁き合いつつ、その視線はランヴァルド達へと注がれる。
ここはランヴァルドの出番だろう。内心で少々緊張しながらも、ランヴァルドはドラゴンの首をエリクに預けて前へ進み出る。
「皆、聞いてくれ!この通りドラゴンは俺達が仕留めた!」
人々のざわめきと注目を浴びながら、ランヴァルドは堂々と笑ってみせる。……ここでネールを出すのは早い。今、表に立つのはランヴァルドであるべきだ。
ここでネールを出したら、少々わざとらしく、押しつけがましく感じられるだろう。これからエリク達がネールの噂は広めてくれるはずだ。ならば、ここではネールを前面に押し出しすぎない方がいい。
「俺達はこれから領主様にドラゴンの首を献上しに行くが……ドラゴン殺しの英雄譚を聞きたいなら、是非、夜に酒場で聞いてくれ」
ランヴァルドはそう言うと、エリクに『行くぞ』と声を掛ける。ついでにネールにも声を掛ければ、ネールは、ててて、と小走りにランヴァルドの隣へやってきて、にこにこ嬉しそうに歩き始めた。
……ネールの胸に輝く白刃勲章に気づいた者は、おや、と思っただろう。そしてそうでなくとも、美しい少女が場違いにも紛れ込んでいる、とネールに注目する。
これでいい。人々は『英雄』の存在に、自分で気づくべきだ。誰かから押し付けられるのではなく、自ら見出すように仕向けてやれば……彼らはより一層、ネールの味方をしてくれるだろう。
そうしてランヴァルド達が領主の館の前へやってきた時には、既に伝令が走っていたらしい。
門の前には緊張と高揚に表情を引き締める門番達が居て、門の近くにはドラゴン殺しの噂を聞き付けた使用人達がそれとなくやってきていた。
「領主様にお会いしたい。……ドラゴンの首を献上しに来たと」
そうして整えられた舞台の上、役者にでもなったような気分で、ランヴァルドは堂々と門番に告げるのだった。