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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第三章:偽りの竜と偽りの英雄
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雪国の竜殺し*2

 ランヴァルドがネールを部屋に置いてホールへ戻ると、先程声を掛けてきた男達がちらりとランヴァルドを見た。そして、『ああ、チビを部屋に置いてきたんだな』というように察せられたらしい。

「よお、兄ちゃん。こっち座るか?」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 ランヴァルドは愛想よく返事をすると、声を掛けてきた男たちの隣の席に座る。それから、丁度通りがかったウェイトレス相手に『蜂蜜酒を熱い湯で割ったものを』と注文した。

「蜂蜜酒はそのままが一番美味いぜ」

「そうだな。俺もそう思うよ。だが明日は早めに出なきゃいけないんでね。残念ながら、これ一杯にしておく予定だ」

 早速、飲んだくれに苦笑いを返す羽目になりつつ、『滑り出しはまあ上々だ』と思うことにする。ひとまず、相手に興味を持たれればやりやすい。会話が成立しないことには、情報を引き出すも何も無いのだから。


 やがて、ランヴァルドの注文の品が届けられる。蜂蜜酒のお湯割りだが、案の定、かなり濃い。北部では大抵、こうなのだ。如何せん寒いので、その分酒を入れて体を温めようとする者が多いので。……まあ、そうでなくとも酒を愛する者が多いのだが。

 ランヴァルドは『早々に酔わないようにしなきゃな』と気を付けつつ、ちびり、とカップの中身に口を付けた。

「……兄ちゃん、南の方の出か?」

 隣の酔っぱらいは、ランヴァルドが蜂蜜酒を、それも一応は割ったものを、ちびちびとしか飲み進めないところを見て『こいつは北部人じゃない』と判断したらしい。まあ、そう思われることを狙ったので、ランヴァルドとしては『狙い通り』ということになる。

「いや、生粋の南部と言うにはもうちょっとばかり北の方かな。そちらはここらの出か?」

「ああ。俺は生粋の北生まれ北育ち。ドラクスローガの東の方の出だ」

「そうか。ということは、この寒さにも慣れてるんだろうな。俺は駄目だ。どうも、北部の方は寒すぎて」

 ランヴァルドが苦笑を見せれば、酔っ払いは『軟弱な奴だな』というような顔をしつつも、『自分は軟弱ではない』と彼の中で確認できたのだろう。多少、機嫌の良さそうな顔でもある。

「北生まれは皆こうだぜ。寒さにも酒にも強い!」

「あと、『ドラゴンにも』だろ?ドラクスローガは竜殺しの末裔だって聞いたことがあるが」

 少々おだててやりつつドラゴンの話題に舵を切れば、舵を切られたことに気づいた様子もなく、酔っ払いは笑う。

「そうだな。初代領主がドラゴンの首を獲ったのが、このドラクスローガの始まりだからな。今に残るドラクスローガの民も大抵は、ドラゴン討伐に関わった戦士達の末裔ってわけだ!俺の家にもその証拠があるんだ。当時討伐されたドラゴンの鱗が、今も残ってる」

 成程な、とランヴァルドは納得した。

 ……ドラクスローガの民が『家宝』としてドラゴンの鱗を持っているという話はよく聞くものだ。当時の領主がドラゴンの首を落とした際、自分の配下に配ったものだとも聞くが、その後に大蛇の類の鱗を『ドラゴンの鱗だ』と偽り『自分は初代領主様の仲間だった』と詐称する者も多かったとも聞く。

「そいつはすごい。ドラゴンか……本当に居るもんなら一度、お目にかかりたいもんだな」

 だがランヴァルドは只々感嘆だけを表情に出して隣の酔っぱらいを称える。

 そう。ドラゴンだ。本当に『お目にかかりたい』ものなのだが……。

「やめとけ、やめとけ。ドラゴンなら最近出たって話を聞くが、あんたじゃ死ぬぜ」

 案の定、酔っ払いは呵々として笑い、ランヴァルドにそう言ってきたのである。


「えっ、出たのか?どこに?この近くか?」

 ランヴァルドが慌ててそう尋ねてやれば、酔っぱらいはまた笑う。大方、『ドラゴンの実在に怯える軟弱者』にでも見えているのだろうが……。

「そう怖がらなくてもいい。安心しろ。山の向こうだって話だからな」

「山の向こう?ロドホルンの方か?そっちに行く予定だったんだが」

「いやいや、本当に山の中さ。山の麓沿いに街道を進む分には、ま、そうそうドラゴンなんざ見ないだろう」

 ランヴァルドは話を聞きつつ、頭の中に地図を出す。

 ……この町、スカーラから北へ進むと、ドラクスローガで最も栄える町、ロドホルンがある。そこに至るまでの間には山が3つほど連なっており、ロドホルンまでの道はそれら山の麓にぐるりと沿うようにして迂回する道なのだ。

 つまり、ドラゴンが出るのはそれらの山の内のいずれか、ということになるのだろう。となると、より深い谷がある方に出れば何か見つかるかもしれない。ランヴァルドは大まかに目的地を決めていく。


「ドラゴンが出たとなると……成程な、それで武具がよく売れる訳だ。流石はドラクスローガだな。ドラゴンを倒そうとする戦士が多い、ってことか」

 ついでにもう少し情報を、と思って話題を出してみれば、酔っ払いは首を横に振った。

「ドラゴン殺しを目論む奴らばっかりじゃあないだろうがな。何せこのあたりは賊がよく出るもんで……あんた、会わなかったのか?」

「まあ、道すがら1団体とは出くわしたがね……そんなもんだったよ。よくあることだ。ステンティールでは宿場から町に着くまでの間に三度も賊に襲われたことだし……まあ、ステンティールにはドラゴンは居なかったが」

 本当のことも嘘も交えつつ話して聞かせれば、酔っ払いは『へえ、南の方も治安が悪くなったもんだな』と、分かっているのかいないのかよく分からない言葉を漏らし、それから一気にカップの中身を煽った。濃い酒なのだろうに、随分な飲み方をするものだ、とランヴァルドは思う。

 一応、付き合いでランヴァルドもちびりと蜂蜜酒を口に含む。香りは良いが、味は然程良くない。まあ、酔えれば何でもいいような連中が飲む酒なのだろうから無理もないが。

「ま、ドラゴン討伐なら、近々領主様のところで討伐隊を組むって話だからなぁ。ドラゴンの命もそれまで、ってことよ!」

「それは頼もしい」

「だろ?ま……領主様のとこの討伐隊より先にドラゴンを殺して名声を、って考える連中が、我先に、って山へ向かってるところだけどな。誰が倒すか、見物だぜ、こりゃあよ」

 酔っ払いは笑いながら次の酒を注文している。随分とよく飲むものだ。一方のランヴァルドは蜂蜜酒をちびちび飲みつつ、『さて、どうしたものか』と考え始めている。

「……ってことで、あんたは山の心配はしなくてもいいだろうよ」

「そうだな……ありがたいよ」

 ランヴァルドは笑ってそう言うと、また考え始める。

 ……領主のところの討伐隊よりも、それを出し抜こうとする冒険者達よりも更に早く、ドラゴンを討ち取らねばならないようだ、と……。




 それからもランヴァルドは幾らか、酔っ払いの話を聞いてやった。

 北部の酔っ払いは、適当におだてて、酒の一杯でも奢ってやればそれだけで機嫌よく色々と喋ってくれる。

 それだけで情報が足りなければ、他の連中も巻き込めばいい。巻き込み方は簡単だ。……音楽である。

 宿の店主に『すまないが、楽器は何か無いか?リュートか何かがあったら貸してくれ。フルートでもいい。久しぶりに一曲やりたくなった』と申し出てみれば、『昔、客が置いていったものだが』とリュートを貸してくれた。

 後は、北部の伝統の曲をその場で演奏してやればいい。ランヴァルドが話していた酔っ払いのみならず、周囲の連中は皆、ランヴァルドに注目する。

 そして音楽が賑やかに鳴り響けば、それに合わせて歌い、踊り、余計に酒を飲む者達が増える。ランヴァルドの肩を叩き、『あんた中々いい腕だな!』と称える者も出てくる。

 ……そうすれば、ランヴァルドの番がやってくる。

 寄ってきた連中相手に色々と探りを入れていけば、『領主様直々に派兵する討伐隊』の情報も、『近くでドラゴン退治に向かった連中』の情報も、ある程度出てきた。その内、領主直属の討伐隊が出発する日取りなどまである程度推察できるようになってしまった。

 ランヴァルドがわざわざここへ来た甲斐はあっただろう。そのせいで、少々余分に酒を飲まされ、少々余分にリュートを演奏させられ、繰り返される誰かの武勇伝に相槌を打たされ、夜半まで彼らに付き合わされたが……まあ、情報を引き出すためだったので仕方がない。

 北部の、特に田舎の方は、まあ、こういう土地柄なのである。




 そうしてランヴァルドが宿の部屋へ戻ったのは、夜中も夜中、どちらかと言えば朝が近いような、そんな時刻であった。

 寝ているであろうネールを起こさないよう、そっと部屋に入ると……無駄であった。

「……悪いな。起こしたか」

 ネールは、ランヴァルドが部屋に入るや否や、ベッドからぴょこん、と飛び出してきて、ほっとした顔をするのである。どうやら、寝ずに待っていたらしい。或いは、眠れなかったのか。

「ほら、寒いだろ。ベッドに入ってろ」

 とはいえ、疲れた上に酔っているランヴァルドは、ネールに構ってやる気力も無い。残っている力を振り絞って、ネールを抱えあげてベッドに戻す。

 ……だが、どうも、ネールは寒いらしい。ベッドに入れてやっても、ネールは震えていた。

「寒いのか?もう少し薪、くべて……いや、もう無いのか」

 暖炉の薪は、既に熾になっている。薪なら、またホールへ降りれば店主から買うこともできるだろうが、そうなるとまた、あの酔っ払い達の中へ戻ることになる。夜通し飲んだくれる予定らしい彼らに付き合っていては体がもたない。

「……ならこれでいいか」

 疲労と酔い、そして面倒くささが合わさったランヴァルドは、『よくないよなあ』とは思いつつも、結局は……ネールを寝かせたベッドに、自分自身も潜り込むことにした。

 途端、ネールが、ぱっ、と表情を明るくしたのが薄暗い中でも分かった。きゅう、とランヴァルドにくっついてくる様子がなんともいじらしい。余程寒かったのだろう。悪いことをしたな、とランヴァルドは少々哀れに思う。

「じゃ、おやすみ……」

 ネールの背を軽くぽふぽふと叩いてやると、ネールはとろん、と目を閉じる。ランヴァルドもそれを見届けるや否や、意識を手放した。

 ……自覚以上に疲れていたのだろうし、自覚以上に酔っていたようだ。




 翌朝。

 ランヴァルドは自分の腕の中でネールがにこにこしているのを見つけた。

「……おはよう」

 ランヴァルドが挨拶してやると、ネールは嬉しそうに頷いた。

「あのな、ネール……いや、なんでもない……」

 ……ランヴァルドとしては、『人の寝顔をまじまじと観察するもんじゃない』と言いたかったのだが、昨夜、ネールのベッドに入ったのは自分自身である。文句も言えず、結局、ため息を吐くだけになった。


 朝から空いている商店を探して、食料品をいくらか買い込んだ。

 それから、薪もいくらか。……ドラゴン狩りに向かうとなれば、山の中だ。この冬の寒さの中ではあるが、野営せざるを得ないこともあるだろう。そしてそうなったとき、火が無いと致命的なのだが、今、山の木々は雪に覆われて湿っているのである。それでは中々火が付かない上に、燃やせば弾けて中々危ない。

 まあ、少なくとも山の麓の宿場までは馬車で物を運べる。ランヴァルドは『少し重いか……』とも思いつつ、念のため、と、様々なものを買い込んでいく。

 防寒具の類を買い足さなくていいのはありがたい。これらについては、ステンティールを発つ時、あの人の良い領主から貰ってきた。

『娘と瓜二つの可愛い少女に寒い思いはしてほしくない』と、旅に向く丈夫な、それでいて軽くて暖かい毛皮のコートを用立ててくれたのだ。更にそのおこぼれでランヴァルドにも防寒具の類が与えられたので、まあ、ぼろ儲けであった。

「さて、ネール。そろそろ出るぞ。道中は山から吹き下ろす風が強いから気を付けろ。それでいて賊は襲ってくるからな」

 ネールに声を掛けて、ランヴァルドは早速、馬を動かす。

 ……向かう先は、ロドホルンへと向かう街道沿いの宿場だ。

 そしてそのままロドホルンへは向かわず……山へ向かう予定である。

 そう。ランヴァルドは、もうさっさとドラゴンを仕留めてしまうつもりなのだ!


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― 新着の感想 ―
ネールの強さへの信頼がすごいな!!!!!!
「まじまじと見つめてくるネール」のスタンプが、ほしいです!!!! ランヴァルドの演奏は部屋にいたネールまで届いていただろうか…… 聴かせてあげたら大喜びしそうなのに……
章タイトルが不穏ですね…。 ネールに性教育してくれる娼婦さんの知り合いとか居ないんでしょうか。
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