舞踏*5
パーティーでは案の定、ネールが注目を集めていた。だが、ネール自身は口を利けないので、何か話しかけられればランヴァルドが代わりに答えることになる。
……これでいい。ランヴァルドは『英雄ネールの補佐官』としての地位を固めていく必要がある。ネールだけ持っていかれないように、『俺が居ないとこいつは役に立たないぞ』と周囲に認識させていくためにも、今からしっかりネールの面倒を見ているふりをしてやるのだ。
「ん?ネール、どうした?」
そんな中なので、ネールが遠慮がちにランヴァルドの袖を引けば、優しくネールに尋ねてやる。周囲に見せつけるため。周囲に見せつけるために!
「……ああ、踊りたいのか?いいぞ、踊っておいで」
ネールがランヴァルドの袖をくいくい引っ張りつつ、ダンスホールの方を示すものだから、ランヴァルドは許可を出してやった。折角なら有力者とでもダンスしてきて、お前の可愛らしさで篭絡してこい、という皮算用もある。
……が。
ネールはあくまでも、ランヴァルドの袖を離さない。
「……ん?まさか、俺と、か……?」
嫌な予感がして聞いてみれば、ネールは、こくん、と深く頷いたのだった!
ということで仕方なく、ランヴァルドはネールと一曲踊ってやる羽目になった。
……まあ、良いのだが。ネールの保護者としての立場を周囲に見せつけてやるためには、これも1つ有効な手立てではあるのだが。
だが……なんともやりづらくはある。
このような会場で踊るのは久しぶりだ。それこそ、自分が18になった時にパーティーが開かれて、そこで踊ったのが最後だっただろうか。
それでも体は覚えているものだ。付け焼刃とは思えないほど綺麗に踊るネールに見劣りしない程度には、ランヴァルドもまあ、踊れただろう。恐らくは。
……それに、ネールは終始、楽しそうに笑っていたので。まあ、これでご機嫌がとれるなら安いものだよな、と思うランヴァルドであった。
さて。踊り終わったらランヴァルドは早速動き出す。
パーティーに集まっている者達は、ステンティールの有力者。もしくは、有力者の立場を手に入れた悪党である。
悪党の処理はウルリカ達が着々と進めているようなのでそちらは置いておくとして……他の有力者達には顔を売っておいて損は無い。
特に、ネールに興味津々の彼らにネールを引き合わせてやる見返りに、ランヴァルドの顔を覚えて帰らせる、という戦法が十分に使えるのだ。この機会を利用しない手は無い。
ランヴァルドはネールを連れ回して会場中を歩き回り、あらゆる者達と歓談し、それなりに楽しく場を湧き立たせ……良い印象を持たせることに成功した。
そしてそれらが一通り終わったところで、いよいよ本日のメインディッシュとも言える歓談の場を整える時がやってきた。
「ハイゼル領主バルトサール様。少しお時間、よろしいだろうか。ご相談したいことがあるのだが……」
……ステンティール領主アレクシスが、そっと、もじもじと、ハイゼル領主バルトサールに近付いてきたのである。
さて、ここに一枚噛まないわけにはいかないランヴァルドは、嬉々としてそこへ近づいていき、案の定、『ああ、是非マグナス殿もご同席頂きたい』という言葉を賜り、領主2人の相談事に首を突っ込むことに成功したのであった!
……そうして。
「いやはや、ありがたい!まさか、私と悩みを同じくする領主が他にも居たとはなあ!」
「こちらとしてもありがたい。下手に北部に知られれば、攻め入る理由に利用されかねませんからな。誰にも相談できぬものと思っておりました」
領主アレクシスと領主バルトサールは、にこやかに『これからも協力し合おう』と手を取り合うことになった。
特に、ハイゼル領主バルトサールはそれはそれはほっとした表情である。……胃と頭を痛めていたところに、裏切る可能性が非常に低い味方が現れて心底ほっとしているのだろう。
「ああ、ああ、それにしても、マグナス殿のおかげだ。本当にありがとう」
ついでに、領主アレクシスはランヴァルドのこともすっかり気に入ってくれている様子である。領主バルトサールはランヴァルドを事実上ハイゼルから追放したようなものである以上、少々気まずそうにしているが……そんな領主バルトサールも、ランヴァルドの元へやってきて手を握った。
「……ハイゼルでは、本当に世話になった。そして、その恩に碌に報いることもできなかった私に、更なる救いの手を齎してくれた。本当に、感謝してもし切れない」
こうして感謝されるというのは悪い気分ではない。特に領主からなら猶更だ。
感謝はすぐには金にならないが、長期的に見れば悪くない。長く続く縁は、長く続く金蔓になるのだ。
「次にまたハイゼルへ立ち寄った際には、是非、顔を見せてほしい。精一杯もてなそう」
「ありがとうございます」
ランヴァルドは内心でにやりと笑いつつ、表では殊勝な微笑みを浮かべておく。
……本当に、今回も碌な目に遭わなかったが、今回の成果は上々だ。
領主2人からの覚えが良く、ネールは勲章を得ることができ……そして、商品や販路の確保が、今後、ハイゼルとステンティールではかなり簡単になる!
領主2人が『ところで本当にそっくりですな』『ああ!ネールちゃんかね!うん、うん、彼女は本当にうちのエヴェリーナにそっくりで……』とにこやかに話す横で、ランヴァルドは今後の計画を立てていく。
気分は明るい。これから間違いなく稼げると分かっているのだから!
やがて、領主バルトサールがパーティー会場へ戻っていった後、ランヴァルドとネールは、領主アレクシスに呼び止められて部屋に残っていた。
……そして。
「ランヴァルド・マグナス殿。我がステンティールに仕えてはくれないかな?」
開口一番、領主アレクシスはそんなことを申し出てきたのである。
「……へ?わ、私が、ですか?」
ランヴァルドは戸惑った。何せ突然のことだ。突然にすぎる!
だが、ランヴァルドが戸惑う様子にも穏やかににこにこしながら、領主アレクシスは続けた。
「ウルリカが言っていたよ。君は信用に足る人物だ、と。私も勿論そう思うが、ウルリカが言うなら余計に間違いないだろうね」
「彼女がそんなことを……」
……ウルリカはランヴァルドのことを何か勘違いしてしまったようであるが、その勘違いはここにまで波及したらしい。
いや、まあ、悪いことではない。ランヴァルドはそう、心の中で整理する。ウルリカはステンティールの暗部を担う者だ。そして領主アレクシスはステンティールの表を。……この2人からの覚えがいいというのならば、それは喜ばしいことなのだ。ただ、非常に気まずいというだけで!
「君がここに留まってくれるなら、ネールちゃんについてもうちで面倒を見よう。エヴェリーナには遊び相手が欲しいと思っていたのだ。どうだね?」
……そう。悪い話ではないのだ。
ランヴァルドにとってもそうだが、何より、きっと……ネールにとって。
ネールなら確かに、お嬢様の遊び相手になるだろう。口が利けないことについても、筆談をより覚えていけば、まあ、何とかなるはずだ。それに何より、彼女の腕があれば、十分に護衛として……今のウルリカのような、密偵と兼ねた護衛としてもやっていけるだろう。
そして、ネールは安定した、きちんとした、正しい……そんな居場所を得ることができる。
貴族の庇護の元で不自由なく暮らすことができるわけだ。教育を受ける機会も得られるだろう。彼女自身にとっては、まず間違いなく、これ以上無いほどのいい話である。
……だが、ランヴァルドは今後もネールを利用したい。ネールを『英雄』にして富と名声を築き上げるためには、ネールを連れていく必要がある。
大事な商売道具、もとい商売の相棒となるネールを、ここで手放したくはない。だが、ネールは……。
……どうしたもんか、とランヴァルドが困っていたところ、ネールが動いた。
ネールはステンティール領主を睨むように見つめながら、きゅ、とランヴァルドの腰に抱き着くようにして、ふるふる、と首を横に振った。
「お、おお……?駄目かね?」
続いてネールは、うんうん、と頷いた。そしてより一層、ランヴァルドに強くしがみ付く。まるで、『あげない!』というように。
「ネール……」
ランヴァルドは何と言っていいものか決めあぐねつつネールを見下ろす。するとネールは海色の目を、じっ、とランヴァルドへ向けつつ、不安そうな顔をしているのだ。
「……ネール。お前は旅の方が好きか?」
試しにそう聞いてみれば、ネールは申し訳なさそうに、こく、と頷いた。
「そうかぁ、うちに仕えるのは駄目かぁ……。マグナス殿。駄目かね?やっぱり駄目かね?」
「ええ。彼女が駄目だと言うのなら、駄目です。申し訳ありませんが……」
ランヴァルドは苦笑しつつ、領主アレクシスに深く頭を下げた。ネールもランヴァルドの真似をして、ぺこ、とお辞儀した。……その間もランヴァルドの服の裾を掴んだまま離さないが。
「……彼女はどうも、人助けの旅をしたいらしいので」
「うむ……そうだろうなあ。ハイゼルを救い、ステンティールをも救った英雄らを、うちが独り占めしてしまうというのは……国中の困っている人々に申し訳ないことだなあ」
領主アレクシスは何かに納得したように頷いていたが、ランヴァルドは『ネールを英雄として喧伝する前に英雄扱いされてしまった……』と少々気まずく思う。
「それに私もしがない旅商人です。商人には商人の、為すべきことがある」
だが、折角だ。相手はこちらをよく思ってくれていて、何故か、善人か何かだと思っている。ならばそれを利用しない手はない。
「北へ参ります。食料も武具も、足りないそうです。……苦しむ人々が居るのなら、彼らが欲するものを運ぶのが商人の役割ですから」
……ランヴァルドは、『ということで武具を安く融通してくれ』という真意を綺麗な嘘っぱちに包んで、領主アレクシスに投げつけるのであった!




