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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
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悪徳商人と野良の英雄*6

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 ネールは、ぱち、と目を覚ました。目を覚まして、咄嗟に混乱した。

 もし、ネールが声を出せたなら悲鳴を上げていたかもしれない。何せ、魔獣の森でもカルカウッドの外れでも、宿のホールの隅っこでもないところに自分が居たのだから!

 ……だが、咄嗟のびっくりをやり過ごして、ネールはようやく思い出す。

 昨日の、夢のような出来事を。


 ネールはずっと、一人で生きていた。その前は家族がいたが、村が焼けてしまったあの日から、ネールはずっと一人ぼっちである。

 だがそんなネールは昨日、不思議な青年と出会ったのだ。


 ……昨日、あの時、ネールは丁度、金剛羆を狙っていた。丁度いい獲物を見つけたネールは、いつものように……かつて父親に教えてもらったように、それでいて、父親が見たらきっと『こんなこと私は教えていない!』と怯えるのだろう手際で、一人ぼっちじゃなかった頃よりずっとずっと上手に、金剛羆を仕留めた。

 ネールは魔物を怖いとは思わない。間違えずにやれば、ちゃんと狩れる相手だ。ネールは、自分にはそれができることを分かっている。だから、魔物は怖くない。

 だが……そんなネールも、びっくりした。だって、ネールが倒した金剛羆の向こう側には、なんと、人が居たのだ!

 鴉の羽みたいな黒い髪。日に焼けた肌。そして、見開かれた目の中で、夜明け間際の空みたいな、藍色の瞳がよく見えた。

 綺麗な人だ、とネールは思った。それと同時に、自分が目の前に居たらこの人は怖がるだろうな、とも思った。

 ネールは時々、魔獣の森の中でも狩人らしい人達に出会うことがある。そんな彼らは、ネールを見ると……特に、ネールが狩りをしているところを見ると、ひどく怖がるのだ。

 ……昔、ネールは父親に言われたことがある。『お前は狩りが上手すぎる』と。あの時の父親は複雑そうな顔でネールの頭を撫でて、ただ、『人前で狩りはやらないように』とだけ言った。

 だが、ネールを拾ってくれた人……ランヴァルドというらしい青年は、ネールを見ても怖がらなかった。

 それどころか、ネールに話しかけてくれたし、綺麗な石を使って、なんと、魔法を使って見せてくれた。ネールは生まれて初めて魔法を見て、なんて綺麗で優しい力なんだろう、とびっくりした。

 ランヴァルドはその後、ネールの傷を優しい魔法で治してくれた。そしてネールと一緒に居てくれた。更には、これからもネールと一緒に居てくれるらしい!ランヴァルドは彼が使った魔法と同じように、綺麗で優しい人なのだ!


 ……他の人は皆、ネールのことが嫌いなようだ。少なくともこの町では歓迎されていない。宿の女主人や旅の修道女はネールに少し優しかったが、ネールが言葉を発せないと分かると、途端に話しかけるのをやめてしまう。けれどランヴァルドは、ネールが喋れなくともネールに話しかけてくれる。だからネールは、寂しくない。自分が居ないことにならないから、寂しくない。

 多分、ランヴァルドは頭がいいのだ。ネールはそう思う。だからネールが喋れなくても、ネールが言いたいことを分かってくれるのだろう。ランヴァルドがお店でネールを助けてくれた時も、ネールはとてもびっくりした。あんなに沢山言葉が出てくる人を、ネールは初めて見た。

 それに確か、頭がいい特別な人しか魔法を使えないのだ。ネールは母親からそう教わったことがある。そういう人は、大抵、高貴な生まれの方だ、とも。もしかしたらランヴァルドは頭がいい上に、高貴な人なのかもしれない。


 ……そんな高貴な人が、どうしてか、ネールを拾ってくれた。まるで御伽噺の王子様みたいな人が、だ。

 ネールはベッドに運び込まれて、毛布を掛けられて、優しく笑いかけられて……ああ、これは夢なんだ、と思った。きっと目が覚めたら自分は魔獣の森の、自分の巣穴の中に居るんだろう、と。

 ……だがそんなネールの思いを他所に、夜が明けて朝になってネールが目を覚ましても、未だネールは宿のベッドの中に居たし、隣のベッドには人一人分の膨らみがあった。

 それでもネールは少し不安になって、そっとベッドを抜け出して、ランヴァルドを起こさないように、そっと、そっと、気配を殺しながら隣のベッドを覗き込んだ。

 やっぱり、ランヴァルドはそこに居た。そこで眠っている。呼吸の度、緩やかに毛布が上下しているのを見て、ネールはようやく、自分以外の誰かが自分の傍に居ることを実感した。

 夢みたいだったのに、夢じゃなかった!

 ネールは興奮に頬を上気させて少しおろおろすると、すぐ思い出して、自分の荷物袋から金貨を一枚取り出す。

 ……朝、ランヴァルドが起きたら一番に、金貨を渡そう。そしてまた一日、雇われてもらいたい。傍に、居てほしい。

 ネールはそう意気込んで、金貨を手に、じっと、ベッドの中のランヴァルドを見つめ続けるのであった!


 +


 ……ランヴァルドは、窓の鎧戸の隙間から差し込む日の光を感じ取り、目を覚ました。

 そして、自分に向けられた視線と気配を感じてすぐ、ベッドの中に入れていた剣に手を掛ける。

 ……が。

 ランヴァルドの目の前にあったのは、海色の瞳。……そこに居たのは、ネールだった。ネールはなんとも幸せそうに、ほわほわした笑みを浮かべて、ランヴァルドを見つめていたのである。

 ランヴァルドはゆるゆるとため息を吐いて、剣から手を離した。

「……おはよう。心臓に悪いから、寝ているところを延々と見つめているのはやめてくれ」


 こういうところから教育してやらないといけないのか、とランヴァルドは朝から気が滅入ってきた。ネールは強く美しい少女だが、それはそれとして、やはり無知である。常識が無い。人間らしい生活をしていなかったのであろう弊害が見事によく出ている。

「……ん?」

 だが、ネールがそっと差し出してきたものを見て、ランヴァルドはきょとん、として、それから苦笑した。

「ああ、そういうことか」

 ネールが差し出してきたのは、金貨だ。ぴかぴかの、金貨。昨日、ランヴァルドが買取の店との間に入ってやって手に入れたものだ。それを1枚、ネールはランヴァルドへと差し出している。

「分かった。今日も一日、雇われてやろう。よろしくな」

 ランヴァルドはネールから金貨を受け取ると、笑って手を差し出す。ネールはすぐさまランヴァルドの手を両手で握ると、ふり、ふり、と上下に振ってにこにこするのだった。

 ……これだから、ランヴァルドはやはり、ネールを手放せそうにない。




 それから、簡単に身支度を整えた。

 とはいえ、荷物をほぼ全て失ったランヴァルドが整えられるものといったら、精々、髪程度なものである。

 北部では珍しいとよく言われていた黒髪を手櫛でざっと整えて、それから、ランヴァルドはネールを見た。

 ……ネールもランヴァルドを真似てか、手櫛で金髪を整えている。窓から差し込む朝陽に金髪が透けて輝く様子は、実りの季節を迎えた麦畑を想起させた。

 女の髪も美しければ売り物になる。……が、流石にネールの髪を売る気は無い。傷んだ金髪より金になるものは幾らでもある。今日のところはまず手始めに、昨日手に入れた鋼鉄鷲の尾羽と魔石で金を作るところから、ということになるだろう。


 ランヴァルドはネールを伴って、宿の1階に下りる。

 多くの宿がそうであるように、この宿も2階が宿で、1階が食堂および酒場、という構造をしている。

「ああ、おはよう。朝から早いね」

「早寝早起きが身についている性分なもんでね」

 宿の女主人は今朝も機嫌よく笑っている。何せランヴァルドは昨夜、この女主人に銀貨2枚以上の金を払っているのだ。上機嫌にもなるだろう。

「朝食が必要かしら?なら、昨夜の残り物とパンとチーズくらいなら出せるけれど、どうする?」

「ありがたい。頂こう」

 卓に着いて待っていると、やがて、温め直されたスープと焼き直したパン、そしてチーズが一切れずつ、ついてきた。ついでに、ネールの前にはミルクのカップが置かれる。ネールはこれに目を輝かせた。蜂蜜入りの温かなミルクはネールのお気に召したらしい。

「なあ。この辺りで信用のおける買取の店はどこだ?」

 食事のついでに女主人に聞けば、女主人は『それなら』と笑っていくつか店を教えてくれた。それはランヴァルドの記憶にある情報と概ね一致する。ランヴァルドは笑って礼を言って、頭の中で店を回る計画を立てる。

 ……金貨4枚という、それなりの額がランヴァルドの財布の中にある。全財産を失った翌日のことにしては、かなり幸先がいいと言えるだろう。

 だが勿論、これに甘んじることはしない。

 悪徳商人ランヴァルドは……立て直し、取り戻すために、動き出さなければならないのだ。

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ほぼ打算のみで近づいたはずなのにいつの間にかいないと我慢できない身体にされる展開、好き。
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ヒナの刷り込みみたい…。
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