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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第二章:替え玉令嬢
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舞踏*2

 それからランヴァルドは、ステンティール領主アレクシスを必死に誘導した。

 なんとかして、ハイゼル領主バルトサールと今回の問題を共有するようにと必死に誘導した。

 ここで誘導しきっておけば、ハイゼル領に対してランヴァルドが非常に協力的であることの証明になり、ランヴァルドの命が狙われにくくなるだろう。……要は、他の領地の醜聞をハイゼルに売るようなものなので。

 一方で、ステンティールにもそうは恨まれまい。実際、ハイゼルとステンティール、2つの領地でほぼ同時期に古代遺跡の異変が起きているのである。問題の解決ができるならばそれに越したことはあるまい。

 奇しくも、今年は冷夏であった。そして2つの古代遺跡は、凍てつくような氷の魔法が支配していたように思う。

 ……それらについて不安を煽り、ハイゼルとステンティール、2つの領地の結束を呼びかけることができれば、ハイゼルにもステンティールにも、まあそれなりに利のある話であろうと思われる。領主同士、不安なこともあろう。それを相談できる同じ境遇の相手が居るというだけでも、それなりに意味はある。

 そして……こうして2つの領地で遺跡の異変を認めることとなれば、ランヴァルドの白刃勲章は守られるはずである!

 そう!これが一番大切なのだ!

 最悪、ハイゼルで命を狙われ続けていてもいい。ステンティールでも似たようなことになっても、まあいい。

 だがそれは、勲章を貰えるならば、の話なのだ!

 今度こそ!今度こそ、ただ働きはしてなるものかと心に決めているランヴァルドは、それはそれは饒舌に、しかし舌先三寸をまるで感じさせない演技力で、ステンティール領主を篭絡しにかかるのであった!




 そうこうしている内に、ランヴァルドはふと、自分の集中力が落ちに落ちていることを感じ始めた。

 ……よくよく思い返せば、ランヴァルドは体力を消耗したまま遺跡に突入する羽目になり、そこでの傷を治療する余裕も無いままここまで来てしまっている。そろそろ体力の限界、ということだろう。

 ランヴァルドはその旨を領主アレクシスに伝えると、領主アレクシスはそんなランヴァルドをとても気遣ってくれ、ランヴァルドは部屋へ戻ることが許された。

 だが。

「ああ、そうだ、領主様。1つご相談が」

 ランヴァルドは思い出して、振り返る。領主アレクシスは『うん?』と首を傾げつつも穏やかな表情だ。

 ……そんな領主を見て、本当にいいのか、と自問しつつも、ランヴァルドは結局、口に出すことにするのだ。

「厚かましいようで大変恐縮なのですが……勲章の件について、ご相談させていただければと思います」




 さて。ランヴァルドは領主アレクシスの部屋を出た。

 さっさと何か腹に入れてさっさと寝た方がいい。そう判断したランヴァルドは、エヴェリーナの部屋の方に向かってゆっくりと、傷に障らないように歩いていく。

 一度自覚してしまうと、あちこち傷だらけの体が酷く痛む。……だが、今回は満身創痍になった甲斐はあった、というところだろう。

 体が痛む割に上機嫌でランヴァルドは廊下を歩いていく。石造りの建物故に、足元には絨毯が敷かれていてふわふわと足に心地いい。『これは何か食う前に寝た方がいいだろうか』とも思いつつ、ランヴァルドは廊下の角を曲がり……そこでふと、思い出す。

 ……そういえば、あの遺跡の中で、ネールに氷の手が伸びた時。

 あの時、何か、奇妙な魔法のような異なるような、そんなものの気配があった。あの直後に子ドラゴンがゴーレムの核となる魔石をぺろんと食べてしまったために全てが有耶無耶になってしまったが……。

 あの時、ネールは何か、感じ取ったかもしれない。ネールは知識こそ無く、また自覚も無いものの、魔法の使い手としてはランヴァルドより余程上だ。ランヴァルドには分からなかったものに、何か気づいた可能性がある。後で話してみるか、とランヴァルドは考える。


 だが、ネールの元へ戻る前にもう1つ、片付けるべき仕事があるようだ。

「ああ、奥様!こんな夜分に、どちらへ行かれるのですか?」

 ランヴァルドの視界の端、中庭の回廊を横切る姿を見つけて、ランヴァルドは大きな声で呼びかけた。

 ……マティアスを罰するならば、この領主夫人をもまた、罰する必要がある。

 そしてそれが領主夫人本人に分かっていないはずが無い。だからこそ彼女は……今晩中に逃げるか、領主に命乞いでもするか、はたまた自害するか……いずれかの選択を迫られているのだ。




 明日、処分が言い渡されることがほぼ確実であると思われるのに、その領主夫人が今、目立つ監視も無く出歩けているという状況は、まあ……領主アレクシスの温情なのだろうと思われる。本来ならば地下牢に入れられていてもいい状況なのだから。

 あの、人の良い領主のことだ。領主自身は『逃げてくれるならそれはそれでいい。できることなら処刑などしたくない』とでも思っているのだろう。むしろ、それを望んでいるからこそ今、このような状態にしてあるのだろうが……まあ、領主の周囲の者達が同じように思っている訳はない。

 ランヴァルドが家臣なら、逃げようとしたところを見つけ次第、殺すだろう。それがこのステンティール領のためだ。

「奥様。供の者も付けずにどうなさったのですか?」

 ランヴァルドがにこやかに近づいていけば、領主夫人は明らかに嫌そうな顔をした。そして嫌悪以上に、怯えが見て取れる。

「ああ、もしや、地下牢へ向かわれるところでしたか?」

 領主夫人が向かっていた方には、地下牢への階段がある。そして地下牢にはマティアスが居るというわけだ。大方、彼に会いに行こうとしていたのだろうと思われた。

「……あなたには関係の無いことです」

「いえいえ、実は私も地下牢へ向かうところだったんですよ。屋敷の中とはいえ、こんな夜分にご婦人1人に出歩かせるわけにはいきません。ご一緒させていただいても?」

 ランヴァルドがそう笑いかければ、領主夫人は露骨に嫌そうな顔を向けてきた。だが、先程ランヴァルドが大声を出したこともあり、物陰や部屋の中から使用人がこちらの様子をちらちらと伺っている様子も見て取れる。

「……それとも、奥様はまさか、屋敷の外へ出られるおつもりでしたか?」

 ランヴァルドは言外に『逃げるなよ?』と脅しをかける。

 ……どうせ、こちらから見て分からない位置に監視役が居るのだろうし、領主夫人が逃げようとしたところでどうなるかは想像がつくが……それでもランヴァルドは、『あんたは逃げるべきじゃないだろ』と思うので、領主夫人の前に立ちはだかる。

「外に出ることは、お勧めしませんよ。ついでに、地下牢へ行くこともね」

「……あなたには関係のないことだと言っているでしょう」

「おや。関係がないとしても忠告くらいはさせて頂かねば……後味の悪い思いはしたくありませんのでねえ」

 言外に『逃げたら殺されるぞ』と脅しつつ、ランヴァルドは尚もしつこく領主夫人の前に立ちはだかる。

 夜空に雲が流れ、月に丁度、雲がかかる。ふっ、と暗くなった中庭で、篝火の光に背後から照らされながら、ランヴァルドは領主夫人を追い詰める。

「……最初は運の無い商人を拾ってやっただけだったろうし、途中までは慣れない執政を手伝ってくれる優秀な家臣だったんだろうが、それにしたって、いい加減気づいていただろうに。どうして、奴を使い続けるような真似をなさったのです?」

 領主夫人は何も言わなかった。ただ、追い詰められた獣のような目で、ランヴァルドを見上げていた。

「まあ……愚かさに理由など、ありはしないでしょうが。だがそれでも……実の娘の命までもが狙われたというのに、どうしてあなたはそれを止めなかったのですか。事が大きくなりすぎていてあなたの手に余ったとしても、告発することはできたはずだ」

 領主夫人は、何も言わない。

「『ステンティールの血』が残るなら誰でもよかった、と?むしろ、領主様も……そして誰より、エヴェリーナお嬢様が死んだ方がよかったとお考えだったので?」

 やはり沈黙だけがそこにあって、しかし、領主夫人の目は、動揺故か、揺らいでいた。


 直後、領主夫人は怯えるようにランヴァルドから去ると、領主夫人の部屋であろう方に向かって足早に進んでいった。

 ……まあ、マティアスのところへ行かないというのなら、それはそれでいい。マティアスが領主夫人相手に悪あがきする余地が失われたのだから、ランヴァルドの仕事はひとまず果たした、というところだろう。

 後は……できることなら、自害していてもらいたいものだと思う。

 自害してくれたなら、まあ、表向きは『領主夫人の不幸な事故』として処理できる。このまま領主夫人が生きていたら、明日には公的に『領民を、そして夫と娘を裏切った罪人』として発表する羽目になり、そして追々は……処刑することになるだろう。

 ならば、自死してもらった方がいいに決まっている。特に、領主本人と、エヴェリーナにとっては。




 ランヴァルドはさっさと部屋へ戻った。部屋のドアを開ければすぐさまネールが駆け寄ってきて、くるくるとランヴァルドの周りを回る。心配しているらしい。

「ああ、大丈夫だ。領主様への報告も終わったし、ま、概ねは俺にとっていい方向に進んでる」

 ネールにざっくりとそう伝えれば、ネールはなんとも嬉しそうにこくこくと頷いた。

「後は、明日のパーティーでついでにマティアスの処分を発表して……マティアスが今までやらかしてた分、近隣諸侯との連携を強めるために色々と領主様は忙しくなるだろうが、俺とお前の仕事はほぼ無いな。もう、お前もダンスが上手にできるかどうかを気にする必要は無いし、そもそも出席する必要も……」

 だが、明日の話をしていたら、ネールは『そんなあ』というような顔をしてしまった!

 ……実際のところ、もう、ネールはパーティーに出る必要が無いのだ。何せ、マティアスは捕らえた。エヴェリーナをすり替えていたことについては……秘密裏に『そんなことは無かった』としておいた方が厄介が無いことではあろうが、まあ、今更多少知れたところでどうということは無いはず。

「……パーティー、出たいのか?」

 だが……ネールはどうも、パーティーに出たいらしい。

 ちょっとばかり、ダンスのステップをその場で踏んで見せてくれている様子を見る限り、まあ大方、『折角練習したのに!』というところなのだろうな、とランヴァルドは理解した。

「まあ……そうだな。ウルリカも忙しいだろうが、戻ってきたら聞いてみよう。よくよく考えてみりゃあ、もしかすると、俺達の叙勲式も一緒にやってもらえるのかもしれないことだし……」

 まあ、踊ってくれるなら、それに越したことは無い。その方が見栄えがいいことは間違いないのだし……何より、『叙勲式』もあることだし。




 翌朝。

「あー……ああ、夢か……」

 少しばかり夢見が悪かったのは、領主夫人のせいだろう。ランヴァルドは冷たい汗を額から流しつつ悪態を吐き、ベッドから出る。

 窓の外を見れば、少々寝過ごしたことが分かった。夢見が悪かったことは悪かったのだが、体が疲れていたことも確かなのだろう。碌でもない。

 ベッドから出てみれば、まだ体のあちこちが痛んだ。癒しの魔法を使って治せる限り治せば大分マシになったので、ランヴァルドは身支度を整え、隣の部屋へと向かう。つまり、ネールが居る部屋だ。

「ネール、起きてるか?」

 こんこん、とドアを叩けば、すぐにガチャリとドアが開いて、見知ったメイドの顔が覗く。

「おはようございます、マグナスさん」

「あ、ああ、おはようございます。……ネールは?」

「お支度中ですが、もうすぐ終わります。どうぞ」

 部屋に招き入れられたのでそのまま入れば、ネールが随分と綺麗になっていた。やはり、ドレスを着せて宝石で飾り、髪を結ってやればそれでネールは十分、貴族令嬢らしい見た目になってしまうのである。大したものだ。

「良くお休みになれましたか?」

「ええ、まあ……」

 ウルリカ相手にまさか『夢見が悪くて』などと言うのも躊躇われ、適当に濁して答えた。ウルリカは何か感づいたのかもしれないが、ランヴァルドが言わない以上何も言わないことに決めてくれたらしい。それ以上特に何も聞かれなかったのをいいことに、ランヴァルドも何も喋らない。

「マグナスさんの服もご用意しておりますが……もうお着換えになりますか?」

「あー……」

 ついでに別の話題になったのをいいことに、ランヴァルドはウルリカから視線を逸らしついでにちらりと時計を見て、それから少し考える。

 ……パーティーに出席するのはまあするとして、その前にやっておきたいこともある。

「いや。その前に地下牢へ行ってきます」

「地下牢へ?」

「ええ。マティアスの野郎に聞きたいことがあるので」


 ランヴァルドがそう言えば、ウルリカは不思議そうに首を傾げた。

「彼が古代遺跡を知った経緯や彼と手を組んでいた相手などについては、既に吐かせております。必要な情報がございましたら私からお伝えできますが」

「仕事が早い。実に素晴らしい。後で色々と教えてください。……だが、こればっかりは多分、あなたもまだマティアスに聞いていないだろうから」

 苦笑交じりに、ランヴァルドは視線を床に落とす。

 馬鹿らしい、とは思う。未練がましい、と言えるのかもしれない。だがどうにも……ランヴァルドはまだ、マティアスに対して思うところがあるらしい。

「……『古代遺跡のゴーレムを自分ならば制御できるんじゃないかと思ったのか』とでも、聞いてみようと思いましてね」

 ……マティアスはきっと、『貴族になり損ねた』ものであったから。


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― 新着の感想 ―
ついにランヴァルドさんが勲章を貰えるのか!?それともまた何だかんだで貰い損ねるのか!個人的には、貰えなくて悪態をつく悪徳商人さんを見たい!
うーーーん、二つの領主をくっつけると逆に警戒されてまた勲章が遠のきそうな予感。
実の母に命を狙われたという点では、ランヴァルドはエヴェリーナと同じなんですよね。奥方を許せない感情は強いのでしょう。 マティアスは貴族の庶子かそれとも魔力を持っていても貴族になれなかった男か。 そのへ…
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