地下にて*6
ゴーレムの手は砕け、次いで、ネールは即座にゴーレムの前腕までもを砕きにかかった。
ゴーレムはネールを叩き潰さんともう片方の手を振り回したが、その手もまた、ネールによって砕かれる。
……ありえない光景である。
何がどうして、あのような小さな少女がさして大きくもないナイフで、あのように頑丈で巨大なゴーレムの体を砕くことができているのか。
だが、ありえない光景を説明するものが1つだけある。
「あいつ、また何かよく分からん魔法を……」
……ネールが無意識に使っているのであろう、身体強化の類の魔法。あれが、とてつもなく強化されている。……恐らく、ネールには魔法を使っている感覚など無いのだろうが!
新たに何かの魔法に目覚めたネールは、獅子奮迅の活躍を見せた。
ネールは壁を蹴り、天井を走り、的確にゴーレムの関節を狙っていった。そして関節にナイフで斬り込むと、その瞬間だけ、ナイフが黄金色の光によって大きくその刃渡りを伸ばし……ずばり、とゴーレムの関節を切断しにかかるのである。
が、未だ、ネールはこの新たな魔法に不慣れであるらしい。ゴーレムの手足は、すぱ、と滑らかな断面を以てして切断されることもあれば、先程の手のように、バラバラに割れ砕けることもあった。
……ランヴァルドはこの光景を、唖然として見ていることしかできなかった。
かくも自由に戦う者が、御伽噺以外にあるとは。これではまるで……伝説の勇者様のようではないか。
「……城でのダンスより、こっちの方が綺麗に踊れてるぜ、ネール」
まるで宙で舞うように戦うネールを見上げて、ランヴァルドは苦笑するしかない。
ここまで強い生き物相手には、嫉妬も羨望も、最早抱けない。ただ……美しいな、と思うばかりである。
そうしてゴーレムはバラバラになった。
床に落ちた最後の石片は、ゴーレムの首であったらしい。真っ二つに割れたそれが降ってきて、ずん、と重い音を立て、地面を震わせる。
……そしてその上にひらりと舞い降りてきたのが、ネールである。ネールは黄金色の光にふわふわと髪を輝かせ、肩で息をついていたが……はっ、としたようにランヴァルドの方を見ると、ぱっ、と表情を明るくした。
ランヴァルドは軽く手を挙げてネールに応えてやりつつ、駆け寄ってくるネールに『おいおいおい、今のお前が全力で走って突っ込んで来たら俺は死ぬんじゃないか?』と若干恐怖しつつ……。
……ネールはちゃんと、ランヴァルドの目の前で停止した。そして、くるくるとランヴァルドの周りを回り始めた。……恐らく、ランヴァルドに怪我が無いかを見ている。恐らくは。恐らくは、だが。
「ああ、大丈夫だ。怪我は無いぞ。お前のおかげだな」
ランヴァルドがそう言ってやると、ネールはようやく安心したらしい。くるくる回るのをやめて、ほっとした顔でランヴァルドを見上げてくる。
「ありがとう、ネール。助かった」
少々躊躇われたが、結局、ランヴァルドはネールの頭に手を伸ばした。そして、柔らかな金髪の頭をそっと撫でてやれば、ネールはとろけるような笑みを浮かべて嬉しそうにするのである。
ランヴァルドは苦笑する。金銭を要求するでもなく、ただ撫でられただけで嬉しそうに笑うのだから、つくづく無欲な生き物だ。
「……ネール?」
そうして嬉しそうにしていたネールであったが、唐突に、へにょ、とへたり込む。
力の抜けた体を慌てて抱きかかえると、ネールはまた、ふや、と柔い笑みを浮かべた。
「お、おい、ネール!大丈夫か!」
ランヴァルドは背筋が凍るような思いをしたが……ネールはそのまま、ランヴァルドの腕の中で、すや、と眠り始めてしまったのであった!
「……寝ていやがる」
自分の腕の中、柔く温い重みを抱えながら、ランヴァルドは深々とため息を吐いた。
肝が冷えた。『こいつまさか力を使い果たして死ぬんじゃないだろうな』と過ぎった考えは、未だ、ランヴァルドの心臓をばくばくと強く鳴らしている。
「まあ……初めて使う魔法で、あれだけ大暴れすりゃあな……」
……ネールは恐らく、魔力不足の類だ。初めての魔法を、覚えた途端にあれだけ使って、無茶をしたのだ。魔力の調節も上手くできずに、魔力を使い過ぎてしまったものと思われる。
ランヴァルドはネールの体を抱きかかえると、すかさず足元にぽてぽてと寄ってきた岩石竜の子ドラゴンを見つけ、『お前、生きてたんだな……』と何とも言えない顔をし……さて、帰路でも探すか、と一歩踏み出す。
だが、その時。
「……ん?」
ひやり、と、ランヴァルドに冷気が触れる。
本能が『気づくな』『すぐにここを離れろ』と叫ぶのに従い損ねたランヴァルドは、そっと、後ろを振り返り……。
……薄青い魔石が冷気を放って、白く霜を纏わせながら、宙に浮かび上がるのを見つけた。
「……おいおい、嘘だろ?」
空気中の水分を集めて凍らせて、再びゴーレムの体が生まれていく。
ぱき、ぱき、と体の表面を凍り付かせながら、ゴーレムは石片を凍らせ、繋ぎ合わせ……遂には腕を、再生させていく。
……どうやらこのゴーレム。
氷を用いて、再生するらしい。
「そんなことってあるか?」
ありえないだろう、とランヴァルドは魔石を見上げる。
魔石は今も尚、冷気を用いて氷と岩の交じり合った手足を生み出しつつある。
一体、どういう技術なのだろうか。ひやり、と漂ってくる冷気に、ランヴァルドは氷晶の洞窟での出来事を思い出す。
……あれは二度と御免だ。ついでに、ゴーレムに叩き潰されるのも、御免である。
ランヴァルドはすぐさま逃げることにした。幸いにして、部屋の奥に通路が見えていた。あそこを通れば、外へ脱出する道に繋がっているかもしれない。
ネールを抱きかかえ、ついでに、いつのまにやらネールにしがみ付いていた子ドラゴンごと持ち上げて、ランヴァルドは走り出す。あのゴーレムが完全に復活してしまう前に、と。
……だが。
ランヴァルドは運が悪い。とことん、運が悪い。
「お、おい……何だ?この揺れは……」
ずん、ずん、と強く重い揺れが近づいてくる。それはまるで、巨体を持つ魔物が闊歩しているかのような。
……ランヴァルドはつい最近、こんな音を聞いたことがあったような気がするのだ。
ランヴァルドが『まずい』と感じ取ってすぐさま通路の正面から逃げ出すと同時、出口であろう通路から、のそり、と巨体が現れた。
岩石のような鱗を持ち、鋼めいた牙と爪とを持つ……岩を食らうドラゴン。
岩石竜の成体が、のそのそとやってきて、ぎろり、と、ランヴァルドを睥睨した。
万事休すとはこのことである。ランヴァルドは気が遠くなるような感覚を味わいながらも、それでも意地汚く生にしがみつくべく、目を見開いて周囲の状況を把握し始める。
……ゴーレムは相変わらずだ。冷気を発しながら周囲を凍り付かせて、バキバキと氷と岩の混ざりあった手足を生み出しつつある。その魔力が僅かながらランヴァルドへ向いているのは、間違いなく、ランヴァルドを仕留めるべき敵と認識しているからなのだろう。
そして、出口からやってくるのは岩石竜の成体。あの、毒茸を探しに入った廃坑の中、ネールのナイフが通らず、仕方なく宝石で目を逸らして縦穴へ落とした……あの魔物である。そいつもまた、ランヴァルドを見ている。こちらは敵意は無いのかもしれないが、あれはランヴァルド程度、簡単に殺せる生き物である。
……ゴーレムと、岩石竜。当然ながら、どちらも戦って勝ち目は無い。何故ならネールは未だ、目覚める気配が無いからだ。魔力を使い果たして、そして疲れ切って、眠ってしまってそれきりであった。
そして当然ながらランヴァルドは剣すら持っておらず……持っていたとしても同じことだっただろう。先ほどのネールのように、伝説の英雄めいた戦い方ができるわけでもないランヴァルドは、只々、この場を『逃げる』ことだけに集中することになる。
……前には岩石竜。後ろには古代遺跡のゴーレム。
どう足掻いても勝てない相手が2体。
こうなってしまっては……ランヴァルドにできることなど、ただ1つのみだ。
ランヴァルドは、懐に入れてあったなけなしの宝石を勢いよくゴーレムの方に向かって投擲した。
からん、からん、と音を立てて石の床に落ちた宝石は、その音も合わせて、大いに目立つ。
……そして、宝石であれば食べようと考える岩石竜がここに居るのだ。
岩石竜は、宝石を見つけて一瞬、そちらに気を取られた。岩石竜がゴーレムに向かって一歩を踏み出す。
……すると、ゴーレムは岩石竜を敵だと認識したらしい。
ゴーレムの氷と岩でできた腕が、岩石竜を打ち据えんと振り下ろされる。
そうなれば、岩石竜もまた、ゴーレムを敵と認識する。ぐぎゃあ、と岩石竜の怒りの声が響くや否や、岩石竜はゴーレムへ食らいつき、その腕の、未だ再生しきっていなかった腕を、バギン、と咬み折ってしまう。
続いてゴーレムが足で岩石竜を勢いよく踏みつければ、岩石竜もその尾を振り回してゴーレムを打ち据える。
……そうして、強大なゴーレムと、強大な岩石竜の争いが始まった。
「……上手く同士討ちしてくれ」
祈るように囁きつつ、ランヴァルドは瓦礫の影に隠れた。
……他力本願極まりないが、仕方がない。これより他に、今のランヴァルドに取れる手段など無いのである!