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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第二章:替え玉令嬢
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地下にて*5

 マティアスがここに居ることは、いい。想定内だった。マティアスはこうできる算段も無しに落下するほど愚かな男ではない。

 ついでにランヴァルドが地底湖で多少手間取ったこともそうだ。少々溺れかけていた間に、マティアスは悠々と水を泳ぎ、躊躇うことなく門を抜けてここへ辿り着いたのだろう。

 ……だが、そのマティアスが、何かを起動しようとしていることについては……『どうかこうならないでほしかった』と思わされる。

 何せ……魔石の祭壇を取り囲むように設置された太い柱には、それぞれ白亜の部品パーツが留め置かれている。腕に、脚に、胴に、頭に。

 これを見てしまえば……ランヴァルドには目の前の魔石が何のためのものなのか、なんとなく、分かってしまうのだ。




「……それは、ゴーレムか?」

「ああそうさ。良く知っているね。流石、貴族として生まれ育ち、教養を身に付けただけのことはある、ということかな」

 ランヴァルドの問いを笑って肯定しつつ、マティアスは目を細める。

「これはステンティールに伝わる最大の武力だよ。人間の兵士なんてどうでもよくなるくらいの……素晴らしい力だ」

 マティアスがうっとりと見つめる魔石は、確かにランヴァルドがかつて学んだ古代魔法の産物……『ゴーレム』にまつわるものであろうと思われた。

 ハイゼル領の氷晶の洞窟でも水晶のゴーレムを見たが、あれに似た魔法が刻まれている。ただし、あれよりずっと大きい。

「なあ、マティアス。なんでお前が、こんなことを知っている?」

「あの奥様が知っていることは全て話してくれたさ。まあ、その前からある程度の見当はついていたけれどね」

 ……情報の出所は気になるが、マティアスは口を割らないだろう。『これから死ぬ奴』が相手であっても、奴は口が堅い。

「これがあれば北部はものにできるかもしれないな。どんな武器を持ったって、人間は人間だ。古代魔法の産物には敵うまい」

「お前……ステンティールを滅ぼすつもりか」

「まあ、その方がいいね。勿論、このゴーレムはその後に有効利用してこそのものだと思うけれどね。少なくとも、ドラゴン除けだの、落盤の撤去だの、そんなことに使うべきものじゃないってことくらいは分かってもらえるだろう?」

 マティアスは恐らく、ゴーレムを『武器』として利用しようとしている。

 ランヴァルドにだって、『人間の兵士なんてどうでもよくなるくらいの武器』があるなら、それの利用方法は幾らでも思いつく。ステンティールを潰せば、国一番の武具の供給元が消える。武具は値上がりする一方だ。そしてそんな情勢を生み出したなら、いよいよ、このゴーレムを利用しての傭兵稼業が捗るだろう。

 何なら、ゴーレムが領地1つを滅ぼせるくらいの武力を有するのだというのなら……北部のいくつかの領地を潰して、自分のものにしたっていいのだ。

 だが……。

 ランヴァルドは、只々、嫌な予感がしている。


「何も分かっていない貴族に持たせておくのは勿体ない宝だ。……さあ、いこうか」

 マティアスが何か、祭壇の中央にある装置に触れると……魔石を中心に、祭壇の周りの柱から、白亜の石でできた腕が、脚が、胴が、頭が……ゴーレムの部品パーツと思しきそれらが浮かび上がり、魔石へと集まっていく。

「くそっ」

 ランヴァルドはそこへ、石を投げた。だが、その石をも取り込んで、ゴーレムが形作られていく。

 腕に、脚に、胴に、頭に。

 ……そうして出来上がったゴーレムは、只々大きい。

 氷晶の洞窟で見た水晶のゴーレムよりも遥かに大きく、その拳だけでもランヴァルドの背丈ほどもあるのだ。

 白亜の石材を磨き上げて作られた体はつるりと白く、無機的である。そしてその体の部品に刻まれているのは……氷晶の洞窟でも見た紋章である。

 ……いよいよ、嫌な予感がする。


 そうしてゴーレムが動き出す。魔石の魔力が十分に体に行き渡ったと思しきゴーレムから、かちり、と音がした次の瞬間……その白亜の腕がマティアスを打ちのめした。




 やっぱりか、と思ったものの、それどころではない。マティアスが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるのを横目に、ランヴァルドはゴーレムの次の標的にならないよう、身を低くした。

 ぶん、とランヴァルドの頭上を通り過ぎていくゴーレムの腕にひやりとさせられつつ、ランヴァルドはマティアスの様子を確認するべく叫ぶ。

「おいマティアス!まさかお前、アレを起動したくせに制御できないのか!?」

 ……返事は無い。先程の一撃で意識を失ったか、はたまた、死んだか。

「馬鹿か!?おい馬鹿!起きろ!死ぬ前にせめて囮くらいはやってから死ね!」

 ランヴァルドは遠慮なく悪態を吐きながら、ゴーレムを見上げる。

 マティアスがアレを起動できたのは、まあ、分かる。多少魔法を使えるならば古代魔法の装置を騙すことだってできる。ランヴァルドが氷晶の洞窟でやったように。

 だが魔法とは当然、繊細なものである。……『正当なる』ステンティールの後継者ではないマティアスには、あれを制御することができないのだろう。ゴーレムは自らが賊に利用されないように、きちんと罠を仕掛けていたというわけだ。

 ……ゴーレムはあまりにも、大きかった。それこそ、ネールが戦って勝てない程に。

「くそ……あんなデカい岩の塊相手にネールのナイフじゃ、あまりにも……」

 そう。ゴーレムの巨体、それも岩でできたその体は……ネールのナイフで、如何ともし難い様子であった。


 +


 ネールは困っていた。

 子ドラゴンを部屋の隅っこに放り投げてすぐに戦い始めたものの、未だ、ネールは獲物を仕留められていない。

 ……大きすぎるのだ。それでいて、硬すぎる!

 先程からずっと、大きなゴーレムにナイフを突き立てているものの、ナイフの刃はまるで通らない。少しずつ、岩が欠けたり罅割れたりはしているが、それだけだ。少しずつ表面が削れて割れて剥がれ落ちていったとして、それだけ。ゴーレムの攻撃は、止まらない。

 もしかしたら、これは岩ではないのかもしれない。岩ならもっと割りやすいのだ。ネールはそれを知っている。岩には一点に衝撃を加えれば、案外簡単にぱかりと割ることができるのだ。

 だがこれは、もっと粘り強くて、割れ砕けにくい。何か、変な素材でできているのだろうか。


 ネールは、ランヴァルドに向かって繰り出されたゴーレムの拳を見て、ぎょっとする。

 さっき、最初の一撃でマティアスが吹き飛ばされたのが見えた。マティアスのことはどうでもいいが……もし、ランヴァルドがああなってしまったら、と思うと、ネールは呼吸ができなくなりそうになる。

 だからネールは、ゴーレムの目の前に飛び出す。

 どこが目かは分からないが……ゴーレムの頭の真正面へ飛び出してみれば、ゴーレムの注意はネールへ向いたように思う。

 さあ、来い。

 ……ネールは、ランヴァルドへ向いていたゴーレムの攻撃が、自分へ向くのを感じる。ぞわり、と緊張と集中がネールの中を駆け抜ける。

 ゴーレムが繰り出した拳を避けて、ネールは迷わずゴーレムの腕へと向かい……ゴーレムの腕へ、ひらりと飛び乗った。

 やり方は分かる。難しいけれど、できる。やってみせる。

 あの冷たい洞窟でランヴァルドと一緒に戦った、水晶のゴーレム。あれとは大きさも材質も違うけれど……きっと、本質は同じはず。

 何なら、生き物とだって同じだと言っていいかもしれない。だってこれには、腕があり、脚があり、首がある。

 ……ネールはゴーレムの腕に着地すると、すぐさま腕の上を走り抜け……ゴーレムの肩へと迫り、その関節へと、勢いよくナイフを突き立てた。


 だが。

 ネールが繰り出したナイフは、あまりにも小さかった。

 或いは、ゴーレムがあまりにも大きすぎたのだ。

 ……関節に突き立てたナイフは、ゴーレムの関節のごく表層を剥離させるのみだった。




 ネールは一旦、ゴーレムの肩から離脱する。

 ネールがゴーレムの肩を蹴って宙に跳んだ直後にはネールが居た場所をゴーレムの手が払い、更に、ネールが着地してすぐ飛び退けば、ネールがついさっき足をついていたそこにゴーレムの拳が叩き込まれる。全く隙が無い。

 ……一撃で仕留められない獲物。大きな岩石竜と戦った時以来だ。ネールは薄らと恐怖し、混乱し、緊張し……しかしそれらの中でも、強く、強く、思う。


 強くなりたい。守ってもらうのではなく、守れるように。

 今度こそ、失わなくていいように。


 +


 ネールが苦戦している。

 その光景を目の当たりにして、ランヴァルドは必死に考える。

 なんとか、この状況を打破しなければならない。マティアスはあてにならない。やるならランヴァルドが何とかしなければならないだろう。

 幸い、ゴーレムの注意は、ネールが引いている。だからランヴァルドが何かできるとするなら、今のうちだろう。ネールだって、あの様子ではいつまで保つか分からない。

 やはり、祭壇のあの装置だろうか。あれを調べれば状況をどうにかする方法が見つかるのでは。

 ……それしかない。そう考えたランヴァルドは、即座に走る。走って、祭壇の上、何か古代魔法の装置であろうそれに辿り着く。

 ハイゼルの氷晶の洞窟の最奥にあったものと似たような、それでいて異なる装置だ。これならば……なんとか、なるのではないだろうか。

 ランヴァルドは必死に魔法を読み解く。『なんだってこんな短期間に2回もこんな目に遭わなきゃならないんだ、くそったれ』という気持ちであるが、そんなことを思っている余裕も碌にない状況である。

 何せ、ゴーレムはまだ生きている。

 ……今も、ネールを追いかけてか、床に振り下ろされた拳が大きく床を割り砕いていた。ネールは飛び退いただろうが、攻撃もできていないだろう。あのままではネールが危ない。そしてネールがやられれば、いよいよランヴァルドも死ぬだろう、というわけだ。

 或いは……。


「あ」

 ……やはりネールより先にランヴァルドを、と、ゴーレムが考えないとも限らない。

 今、ランヴァルドの頭上に、ゴーレムの手が。




 ぱん、と何かが弾けるような音がした。同時に、ランヴァルドの頭上で大きく空気が揺れる。

 何事かと思って顔を上げれば、ランヴァルドに向けて振り下ろされていたはずのゴーレムの手が砕け散っていた。

「……ネール?」

 ランヴァルドの目に飛び込んでくるのは、豊穣の麦畑か太陽か、というような黄金色。

 強く温かな黄金色の光を纏ってナイフを繰り出す、ネールの姿であった。


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― 新着の感想 ―
>これがあれば北部は制定できるかもしれないな ここは「制圧」もしくは「平定」でしょうか にしても可哀想なゴーレム 長き眠りからようやく目覚めたと思ったら瞬殺とは…
誰でも使えたら大変じゃん! マティアスのアホ!
ネールの輝きにドラゴンちゃんもウットリしてそう
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