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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第二章:替え玉令嬢
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地下にて*4

 さて。

 ランヴァルドは無事、ネールと合流できたが……ネールと『合流できた』というよりは、『合流してしまった』という方が正しいかもしれない。ネールは床の崩落に巻き込まれたのではなく、自ら飛び込んできてしまったらしいので。

「……あのな、ネール。来てくれて助かったが……そもそもお前は、俺を追いかけてこなくてもよかったんだぞ」

 一応、そう告げてみるが、ネールは首をぶんぶんと横に振るばかりである。

「いくら、俺を雇っているからって言ってもな。お前が俺の命に責任を負わなきゃいけないだとか、そういうことは無いんだぞ、ネール」

 更に続けてみたが、ネールは分かっているのかいないのか。ランヴァルドは濡れた髪を掻き上げつつ、深くため息を吐くしかない。

 ……まあ、ランヴァルドの都合だけ考えるのならば、ネールが来てくれて助かった、というところではある。武器や道具を持っていないどころか、体力も魔力も消耗しており、治りきっていない傷を抱えているランヴァルド1人では、マティアス相手に殺されていた可能性もある。ついでに……。

「冷えるな……」

 ぶる、と身震いして、ランヴァルドはまたため息を吐く。

 何せ、寒い。濡れた体に張り付く衣類は、ランヴァルドから着実に体温を奪っているのだ。岩盤ではなく地底湖に落ちたために生き延びたが、そのせいで今、凍死しかけているのである!


「火くらい熾したいもんだが……ネール、何か燃やせそうなものは持ってるか?」

 一応聞いてみたが、ネールは首を横に振った。……それから少し考えて、ドレスの裾からナイフを取り出した。成程、武器はあるらしい。大した奴である。

「……そういえば、そいつも連れてきたんだな」

 ついでにネールはもう1つ……岩石竜の子ドラゴンを抱いていた。どうやらこいつも連れてきてしまったらしい。まあ、山に放すならここに置いていってもいいか、とランヴァルドは考えた。

「で、俺の持ち物は……碌に無いな、くそ……」

 ランヴァルドはランヴァルドで、自分の持ち物を確認してみるが……岩石竜の子に食われる前に再回収していた宝石がいくつかあるだけであった。まあ、こんなところに薪など持ってきている訳もないので仕方がないが。

「薪……は、もしかすると床が壊れた時に骨組みの木材くらい落ちてきているかもしれないからな。少し探してみるか……」

 仕方なく、ランヴァルドは身震いしながら立ち上がる。このままだと死にそうだ!




 ランヴァルドは『何か燃やせそうなもの、燃やせそうなもの……』と探し回りつつ、ついでにマティアスを探した。

 マティアスもこの地底湖へ落ちてきていたはずだ。だが、マティアスの姿は見当たらない。水に沈んでそれっきり、ということならそれはそれでいい。死んでくれたならそれ以上は望まない。だが……生きていて、ランヴァルドやネールより先に湖を出て先へ進んでいた、となると厄介である。

 ……そして、どうもその可能性はそれなりにありそうだ。何せランヴァルドは、水泳が然程得意ではない。それはそうだ。北部では水に入って泳げる期間が非常に短い。訓練を積む機会が少ないのだから、泳ぎが上達するはずもないのである。

 一方のマティアスは、まあ、器用に何でもこなす。もし彼が『落ちた先に地底湖がある』という情報を知っていたのなら、間違いなく水泳の準備はしておいて落ちたものと思われる。当然、ランヴァルドより先に落ち、ランヴァルドよりさっさと泳ぎ切ってしまえるはずだ。

 ランヴァルドは只々、『ああ、嫌な予感がする……』とぼやきつつ、震える肩を抱くようにして、なんとか探索を続けることにした。




 探索の結果、地底湖がある大きな洞穴めいた空間からは、道が一本伸びているだけであることが判明した。

 尚、薪の類は全く落ちていなかった。ランヴァルドはつくづく自分の運の悪さにげんなりさせられている。

 ……が、悪態を吐くランヴァルドも黙らざるを得ない仕掛けもまた、ここにはあったのだ。


 地底湖から伸びる唯一の道へと進んでいくと……そこには、古代魔法の産物であるらしい、奇妙な雰囲気を纏った門があった。

 白亜の石に彫刻が施されたものである。だが、その美しさの裏には確かに魔法の気配があり……同時に、奇妙な点があった。

「足跡がここで途切れてるな」

 ……ランヴァルドが指先に灯した火の魔法を翳して見てみると、門までの間の地面には濡れた足跡や落ちた水滴が染みを作っていた。が、それらは間違いなく門へと向かっているのに、門を潜った向こうには、それら水の痕跡が一切無いのである。

「……ま、行くしかねえな」

 絶対に何かある。絶対に何かあるのだが、ここを通らないと出口にすら辿り着けない。

 ランヴァルドは諦めて、そっと、門に向かって足を踏み出した。

 すると。

「お……なんだこれ。ありがたい」

 ふわ、と体が浮くような感覚があり、同時に、ふわ、と濡れた体が乾いていく。

 そうして門を通り抜けたランヴァルドの体はすっかり乾いて、寒気もすっかり消えていた。

「ネール。特に問題は無さそうだ。おいで」

 ついでにネールも呼び寄せれば、ネールもぱたぱたと駆けて門を通って……きょとん、とした顔をしている。何か、ふわ、と魔法を通り抜けたような感覚だけはあったのだろう。

 この門の仕組みは分からないが、まあ、古代の魔法の産物だ、ということだろう。そして……。

「……ま、つまり、ここは古代遺跡の類、ってことだな……」

 ハイゼル領でそうであったように、今回もまた、古代遺跡に突入する羽目になった、ということである。




 地底湖があった空間は天然のものを利用したような具合だったが、門を抜け、奥に進めば進むほど人工物の様相を呈してくる。

「……こいつはいよいよ、ハイゼルで見たような具合になってきたな、おい」

 精緻な彫刻が施された柱も、床に敷かれた石のタイルも、全てがどこか、魔法の産物であるように思われる。それと同時に、奥から強く、古い魔法の気配が漂ってくるようになるのだ。もう嫌な予感しかしない。

「一体、何を封印してたってんだ……?」

 ステンティールの土地柄だ。封印、というならば精々魔物の類だろうと思っていた。それこそ、岩石竜のような。

 だが……もしかすると、ステンティールの尊い血を以てして封印しているそれは、人間が生み出した何か、なのかもしれない。


「なあ、ネール。ここは恐らく、『封印』の先だ」

 ランヴァルドは歩きながら、ネールに話して聞かせる。ネールは注意深く周囲へ警戒を払いながら、ランヴァルドの言葉にこくんと頷く。ちゃんと相槌を打ちたいらしい。健気なことである。

「エヴェリーナお嬢様が言ってたの、覚えてるか?ステンティールの血が、山に災いを封じている、ってのは」

 ネールがまたこくこくと頷くのを見ながら、ランヴァルドはランヴァルドで、自分の知識にある情報をひたすら参照していく。

 ……貴族がその土地の何等かの魔術にかかわっているだとか、古代遺跡の管理を行っているだとか、そういう話はまあ、貴族であれば色々と聞くものだ。ランヴァルド自身、ファルクエークに居た頃に、あちこちからそんな話を少しずつ、聞いていたのである。

「ま、言い伝えの全てが今も残っているブツだってこともないんだけどな。だが……ステンティールのそれについては、どうも、何かありそうなんだよな。実際、こうして遺跡がある訳だし……」

 今、ランヴァルド達がこの地下に居るという時点で、『何かある』のは間違いない。何せ、あの地下通路で領主が血を吐いたことをきっかけに床が崩落している。文字通り、『領主の一族が引く血』にこそ、封印とやらの鍵が潜んでいたのだろう。まあ、そういう魔法はあるので、納得はいく。

「問題は、この先に何が封印されてるのか、ってことだよな。あの話を聞いた限りじゃ、エヴェリーナお嬢様自身も何が眠ってんだか知らなかったんだろうと思うが……」

 何はともあれ、『何か』が封印されていることは間違いなく、そしてその封印は今、領主の血によって解けかけている、と考えられる。

 封印しておかなければならないような何かがこの先にあるのだろうから、ランヴァルドは只々、顔を顰めるしかない。

「着地地点が湖になってる時点で、『上から人が落ちてくる』ってことを想定した造りになってる。ついでにあの門がある以上、地底湖に一旦落ちるのが正解ってことなんだろうな。こういう風に人が来ることを想定されてる、ってのは……くそ、安心すりゃいいのか、却って不安に思えばいいのか……」

 ……せめて、ハイゼルで見たような、冷気を生み出す古代の魔導装置の類であれ、と祈る。そしてあの類であれば、まあ、この地下空間についても納得がいくのだ。道具の類が封印されているのなら、定期的な管理のために人が通ってくることを想定して地底湖を用意してある、とも考えられるので。

 だが……どうも、ランヴァルドは嫌な予感ばかり、感じ取っているのである。

「……危険なブツより先に出口が見つかってくれりゃいいんだが」

 それでも確かめないわけにはいくまい。地底湖がある以上、脱出経路もきっとどこかに用意されていて……それを探し出さねばならない。だが、それらを見つけるより先に、厄介ごとに見つけられる方が先なのだろう、とも思われた。




 やがて、通路に終点が現れる。正面には白亜の石を削って形作った大扉が立ちはだかり、そしてその先から強く強く、魔法の気配が漏れ出してきているのだ。

「……この扉を開けずに地上へ戻れる道がありゃ、そうしたいんだがな」

 ランヴァルドは悪態混じりに苦い顔をするが、残念なことにそんな道はどこにも無い。あの地底湖からここまで一本道で、分岐も何も無かったのである。いよいよ、この扉の先にある何かを越えてその先にしか、ランヴァルドとネールが助かる道が無さそうなのである。

「よし……ネール、覚悟はいいな?俺は剣を持ってきていない。お前だけが頼りだ」

 ランヴァルドが声を掛ければ、ネールは嬉しそうにこくこくと頷いて胸を張った。……頼りにされて嬉しいらしい。体よく利用されているだけ、という風には思わないようだ。

「じゃ、いくぞ……」

 なんとも利用しやすいことこの上ないネールに若干の申し訳なさを覚えつつ、ランヴァルドはそっと、重い扉を押した。




 石造りの扉は重く、ランヴァルドは半ば体当たりするようにして、なんとかかんとか、扉を開けた。

 扉を開けると同時、ひやり、と冷たい空気が流れ出してくる。同時に、静謐な古い魔法もまた、そこに混じっているように感じられた。

 ランヴァルドがそっと扉の向こうを覗く間に、ネールがランヴァルドの足元からもそもそと扉の隙間を通り抜けて、さっさと部屋に入ってしまう。……先陣を切る覚悟らしい。なんとも健気なことである。

 ネールが入ってしまった以上、仕方がない。ランヴァルドもまた、部屋の中に入り……そこで、奇妙なものを見た。


 部屋は、扉と同じような白亜の石で造られている。床も壁も白く、長い柱も、高い天井も白い。

 ……だが、そこにある色は、白というよりは、薄青であった。

 ウルリカの瞳を思わせるような、氷の青。……そんな色の光が、部屋をぼんやりと照らしているのである。

「これは……なんだ?」

 薄青の光を放っているのは、部屋の中央……祭壇のようになった石造りの台の上に浮かぶ、薄青の石である。

 魔石の類だろうか。強い魔力を持っているように見える。そして大きい。赤子の頭ほどはある、立派なものだ。

 そして……。


「これこそが、ステンティール一番の宝だ。まさか、知らなかったのかな?」

 祭壇の上、薄青の魔石の隣に立っているマティアスが、ランヴァルドを見下ろしている。


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― 新着の感想 ―
>何せ、あの地下通路で領主が血を吐いたことをきっかけに床が崩落している。 領主はあの場では脛を斬りつけられただけでしたし、そこから更に通路の奥に走って逃げたのを追った後での崩落なので、あの時点では血を…
マティアス、お前寒くないのか…?そんな待ち構えて……
ネールに、追い掛けて来てもらえて助かってるんだし、雇い主はそうあるべきと、都合のいいように教えてもいいものを、これだから根がいい悪徳商人は……(好き) 赤子の頭ほどの大きさ……? 最近見た覚えのある…
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