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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第二章:替え玉令嬢
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探り合い*2

 ランヴァルドは堂々とマティアスへ近づき、にやりと笑ってみせた。するとマティアスは表情を強張らせたものの、すぐさま柔和な微笑み……或いは薄笑いへと顔を作り替える。

「……また会えて嬉しいよ、ランヴァルド」

「そうだな。俺もまた生きてお前に会えてよかった。死んでからじゃ、言いたいことも言えやしないからな」

 ランヴァルドは、自分より少しばかり背の高いマティアスの目を下から存分に見上げてやる。それが、相手の嫌がることだと知っているから。

「ところで、僕はお嬢様にお聞きしたいことが……」

「おっと。だがお嬢様の方にはお前と話したいことなんて何も無いだろうよ。……お嬢様。お部屋へお戻りください。入浴の準備ができたようですから」

 そしてひとまず、ネールは逃がす。……マティアスは『エヴェリーナお嬢様』の正体を疑っているのだろうから。

 ネールは笑ってこくりと頷くと、立ち去り際、マティアスを一睨みしてから去っていった。

 ……いい。実にいい。ウルリカが演技指導したのだろうか。『愛するステンティールに巣食う害虫』へ向ける視線として、満点である。使命感の強いエヴェリーナを真似るならば、確かに、マティアスには怯えではなく敵意を向けるべきだ!

「お前、お嬢様に嫌われたみたいだな?え?」

「……やれやれ。そのようだ。特に何かしたわけでもないんだが……」

 そしてマティアスは、明確に敵意を向けられて困惑している。同時に、自分の悪事がどこまで露見しているのか、少しばかり慎重になってもいるのだろう。

 いい傾向だ。慎重になればなるほど、人間は守りに入る。守りに入ってくれていれば、エヴェリーナお嬢様が浮浪児にすり替わっていることになど意識がいかなくなるだろう。


 さて。ネールは逃がせたので、ここで戻ってもいい。だが……ランヴァルドは、もう少しばかり、マティアスを揶揄っていくことにした。

「さて、マティアス。久しぶりに会えたお前に俺が言いたいことはただ1つだ。『ツケは払ってもらう』。……分かるだろ?」

「……何のことやら」

 マティアスはあくまでもとぼけるつもりのようだが、ランヴァルドが察していないとは思っていないのだろう。……だからこそ、今、マティアスはランヴァルドを警戒している。

「折角、血だまりの底から帰ってきたんだ。……ただでやられてくれるなよ、マティアス」

 回廊に差し込む陽光は2人分の影を長く長く、白大理石の石畳に落としていく。陰影が強くなっていく景色の中マティアスはただ微笑んでいたが、その微笑の裏では何を考えているのやら。


「そういえば……お嬢様は、ダンスはお得意なのかな?」

「は?」

 ……そうして数拍分の間を置いた後、いよいよ、マティアスは『何を考えているのやら』をそのまま言葉にしたようなことを言い出した。

 ダンス、とはいったい何のことか。ランヴァルドが警戒していると……。

「パーティーを開くよう、領主夫人に進言したんだ。近隣の鉱山の権利者や町の代表者……ステンティールの結束が今こそ必要だからね。彼らを招いてパーティーを開こう、と」

 唐突な報告であったが、ランヴァルドは薄々、マティアスのやりたいことが分かってくる。ついでに、『マティアスはエヴェリーナのすり替えを疑っている』ということも。

「大勢が来る。この屋敷の人間達の比じゃないくらいの。彼らの中には貴族も居る。そうなると当然、お嬢様が表に出ないわけにはいかないだろうが……」

 マティアスは少しばかり笑みを深めて、ランヴァルドの目を見つめ返してくる。まるで、『お互い様だろう』とでも言うかのように。

「それで……あのお嬢様は踊れるのかな?」

 感情の読めない薄笑いを見つめて、ランヴァルドは瞬時に判断した。

 ……これは、エヴェリーナお嬢様の正体を探るための騙し合いだ、と。




 マティアスはネールが本物のエヴェリーナではないことを疑っている。

 だがあくまでも、『疑い』なのだろう。マティアスはどうやらまだ、『エヴェリーナお嬢様』の正体に気づいていないらしい。

 恐らく、パーティーを開くという真意もそこにある。来客があれば、貴族として見せねばならない礼節の数々は日常生活の比ではない程に膨れ上がる。それに『偽物』のお嬢様が耐えられるはずが無い。

 つまり……マティアスは、ネールを試すために、パーティーとやらを開こうとしているのだ。

 逆に言えば、まだ、マティアスはネールとエヴェリーナのすり替えに、確信を持てていない!


「……当たり前だろう。エヴェリーナ様は既に淑女たる教養を身に付けておいでだと聞いている。ダンスも一通りは学んでおられるはずだが。……何が言いたい?」

 ランヴァルドは至って真面目な顔をしてそう返すと、少々凄んで見せてやる。

「まさか……お嬢様に危害を加えるつもりか、マティアス」

「なんてことを言うんだ。そんなつもりは無いよ、ランヴァルド」

 マティアスは相変わらず薄笑いを浮かべているが、その目は探るようにランヴァルドへ向けられている。

 だからこそ、ランヴァルドは愚直なふりをする。

「脅しには屈しない。お嬢様は死なせないさ。俺が生き残ったように、な。……それで?他に言いたいことはあるか?」

 まるで、高潔な騎士かなにかのように。ランヴァルド自身には剣の腕など然程無いということは、マティアスも知っているが。それでも。……こういう態度が一番、マティアスの気に障るだろうと知っているので。

「……何か勘違いされているようだが、僕は脅しなんてしていない。ただ、お嬢様の心配をしているだけだよ。何か不安に思わせてしまったならすまなかった」

 マティアスはそう言って笑みを深める。相変わらず感情は読めないが……その表情の中に、多少の安堵と『ああ、つまらないな』とでもいうかのような諦念とを見出して、ランヴァルドはさっさと踵を返す。

 そしてそのまま言葉を交わすことなく、マティアスの前から立ち去った。

 ……内心で、『騙し合いは俺の勝ちだな』と高笑いしつつ。




「さーて、困ったことになったぞ、ネール」

 ランヴァルドはエヴェリーナの部屋へ戻って、マティアスから聞いた内容を早速ネールとウルリカに報告する。

「どうやらマティアスはお前の正体を疑っているらしい。だが、まだ確信は持てていないみたいだ。上手い振る舞い方だったぞ、ネール。よくやった」

 ランヴァルドがネールを褒めてやると、ネールはなんとも嬉しそうに、ふや、と笑う。ウルリカはそんなネールを見て少しばかり口元を緩めていた。

 だが、この後に続くのは悪いお知らせである。

「そして……お前、ダンスを覚えなきゃならなくなったらしい」

 ……これについてウルリカは既に知っていたのか苦い顔で頷いており、そして、ネールは……ぽかん、としたまま首を傾げているばかりである!


 ということで、回廊でマティアスから聞いた内容をウルリカに伝えると、ウルリカはまた少し、眉根を寄せた。

 ウルリカも他の使用人達から、『なんでもパーティーを開催するみたいで……急遽、その準備に追われているんですよ』という話を聞いてきたばかりであったらしいが、それがマティアスの発案だということが分かっただけでも、ランヴァルドが先程出ていった意味があったというものだ。

「そうですね……パーティーを開こうとしている以上、相手はエヴェリーナお嬢様のすり替えを露見させるつもりなのでしょう。そして『こちら側』の使用人をお嬢様の誘拐犯にでも仕立て上げて追放できれば『間に合う』と思っているのではないでしょうか」

「だからこそこんなに急いでパーティーを開くことになった、ってわけですか。ったく……」

 ……マティアスは、パーティーとやらを開催して、時間を稼ぐつもりなのだろう。

 奴も愚かではない。こちらがマティアスの悪事に気づいていないとは思っていないはずだ。だからこそ、告発される前にこちらの手を煩わせて時間を稼ぎ、そして、パーティー会場でネールの正体を明かさせるなり、他の手段を用いるなりして……自分を告発しそうな者を『お嬢様の誘拐犯』として追放するつもりでいる。

 実際、効果的ではある。何せこちらは実際にご令嬢をすり替えているのだし、それが避難か誘拐かなど、傍目には分からない。既にマティアスの手がステンティールの人々に及んでいることを考えると……マティアスが先に大きな声で罵れば、それだけで向こうが勝ちそうではある。

「まあ、アイツはネールより先に俺を排除したいのかもしれない。……俺は、マティアスにとって目障りな相手なんだ。下手すりゃ自分の犯罪の生き証人になっちまうんだからな。だから……マティアスが狙うとしたら、お前じゃなくて俺かもしれない。ま、好都合だな。相手の注意を分散できるっていうんだから……」

 だが、幸いにして、こちらもマティアスを煩わせる手段には事欠かない。

 ネールが本物のお嬢様とすり替わっているし、ウルリカ達、屋敷の密偵がマティアスの不正の証拠を着々と集めて告発の準備を進めているし……何より、ランヴァルドはマティアスにとって最も生きていてほしくなかった人間の内の1人だろう。

 ネールは、自分ではなくランヴァルドが標的にされるかもしれない、と聞いたからか、心配そうな顔でランヴァルドを見上げてくる。健気なことである。

「ああ、大丈夫だネール。そんな顔をするな。俺なら大丈夫だ。お前にばかり危険が向くくらいなら、俺が半分引き受けた方がいい」

 半ば本心、半ば薄っぺらい嘘である言葉を吐き出してやれば、ネールは申し訳なさそうにもじもじしている。

 ……ネールはどうも、ランヴァルドを危険な目に遭わせたくないらしい。実に健気なことであるが……ランヴァルドは善人ではない。『騙されやすいのはどうにかしなきゃなあ』と苦笑しつつ、ランヴァルドはネールに合わせて身を屈めた。

「さて、ネール。マティアスの告発については、お前にできることは無い。今のお前にできることは、ダンスの練習をしておくことくらいだが……早速、やるか?」

 ネールにもできることを提示してやれば、ネールは力強くこくこくと頷いた。結構なことである。ランヴァルドはにやりと笑って、ネールに手を差し出した。

「ではお手をどうぞ、お嬢様」


 +


「そうだ。しっかり相手の動きを見て動け。音楽は常に意識しろ。音楽と相手のことだけ考えていても動けるように、ステップに慣れるんだぞ」

 ネールは、ランヴァルドに手を取られて、部屋の真ん中で踊っている。

 ……そう!踊っているのだ!まるで、物語の中の、お姫様みたいに!

 メイドのウルリカが小さなリュートを持ってきて、音楽を演奏してくれている。聞きなれない綺麗な音楽を聴きながら、さっき教えてもらったばかりのステップを踏んで、それから、目の前のランヴァルドのこともちゃんと見て……。

「……ああ、そこは右足だ。左足を出したら相手の足を踏むからな。今みたいに」

 ……ネールは、ランヴァルドの足を踏んづけた。ぴゃっ、と飛び退いたネールを見て、ランヴァルドは苦笑している。

 ああ、ああ……ダンスとは、かくも大変なものなのだ!あちこち気にすることが沢山あって、ネールの頭はいっぱいいっぱいなのである!

 それに加えて……ランヴァルドが、ネールをお姫様のように扱うものだから。

 差し出された手に手を重ねれば、柔らかく、丁寧に、壊れ物でも扱うようにそっと握られて、そのまま手を引かれて踊り出すことになる。

 ランヴァルドはずっとネールの動きを見ていて、おかしなところがあれば教えてくれるし、ネールが慣れない動きに足を縺れさせればすぐに支えてくれる。

 そう。ランヴァルドが……まるで、物語の王子様みたいなのだ!

「……おい、ネール。大丈夫か?少し休憩するか?」

 今も、頭がいっぱいいっぱいになってしまったネールに対して、ランヴァルドは気を遣ってくれている。ネールはそれが申し訳なくて……同時に、嬉しい!むずむずする!どうしていいか分からない!だから余計に、頭がいっぱいになってしまうのである!

「おいおい、無理はするな。急に覚えることが増えたんだ。無理をしても空回りするだけだぞ。少し休憩してから続きだな」

 ランヴァルドは、ひょい、とネールを運んで、椅子の上にぽすん、と座らせた。座った椅子も、綺麗な絹張りのものだ。ふわふわしていて、少し落ち着かない気分になる。だってネールは今まで、地面や床、森の切り株や倒木、石の上に座るばかりだったのだから。


 メイドのウルリカが飲み物を持ってきてくれて、それを飲んで休憩する。

 飲み物は、果物の味がしてとても美味しかった。ネールはこれが、蜂蜜を入れたミルクの次に好きになった!

 ちびちび、と飲み物を飲んでいると、ランヴァルドはウルリカと何か相談し始めた。ネールにはよく分からない言葉がいくつか飛び交い……そして。

「……そうだな。ネール。お前、ダンスってものを見たことが無いだろう?だから、想像がつかない。違うか?」

 ランヴァルドの言葉を聞いて、ネールはすとん、と納得した。

 そうだ。ネールは、こんな生活を知らない。ダンスだって知らない。ネールが知っているダンスは、かつてネールが居た村で、お祭りの時に皆で踊っていたものだけだ。

 だから、ランヴァルドと踊る時も、どうするのが正しいのか、よく分からないのだ!

 ……ということに気づいたネールは、同時に、気づいてくれたランヴァルドをすごいなあ、と思う。そう。やはり、ランヴァルドはすごい人なのだ。ネールのことをよく見てくれていて、ネールよりネールのことが分かっているみたいなのだ。

「じゃあ、ちょっと手本を見せてやる。俺とウルリカさんとで踊ってみせるから、お前は一度、見て覚えてみろ。……では、どうぞよろしく」

 ランヴァルドはウルリカに手を差し出すと、ウルリカはそこに手を重ねる。とても綺麗だ。動作1つで、こんなにも。


 ……それから、ウルリカとランヴァルドが口ずさむ音楽に合わせて、2人が踊った。

 とても綺麗だった。

 ネールの知らない世界が、そこにあった。

 見つめ合い、微笑み合いながら、お互いにお互いの動きが分かっているみたいに動く。

 ランヴァルドが支えながら、ウルリカがくるりと回転する。エプロンの裾が、ふわ、と広がって、まるで花のように見える。

 とても綺麗で、楽しそうな2人の様子を、ネールはじっと、真剣に見つめた。

 ……ネールも、ウルリカのようになれるだろうか。

 なりたい。ネールも、ランヴァルドと踊っていてもおかしくないくらいに、ちゃんとした人になりたい。

 だからそのために、知らないことを知りたい。学んで、練習して……そうすれば、ランヴァルドの役に立てるだろうか。


「……真剣だな、ネール。まあ、あまり根を詰めすぎるなよ」

 ランヴァルドの言葉に大きく頷いて、ネールはまた真剣にランヴァルドとウルリカを観察する。

 いつか、自分もああなるために。


 +


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― 新着の感想 ―
小説的にダンスの見取り稽古が早い事や見せ場ほしいので パーティー&ダンス参加イベントが欲しいのは異論ないのですが、 やはり襲撃されて怯えている状態でお披露目?に参加せずとも 「体調不良」で押し通せる状…
毒物盛ってる証拠を既に見つけてて、危険を感じて影武者に入れ替わってお嬢様は別の貴族のとこに避難してるのを領主にも伝えてる状態でネールの正体バレて困ることあります? ぶっちゃけわざわざ証拠探す必要すらな…
ダンスはアサシンお嬢様なら見ただけで再現できちゃうんだろうけど、口利けない問題はどうするんだろう。某高貴な方同様、ヒステリーにしちゃう?
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