毒薬探し*2
……そして、半刻後。
「ああ……うん、くそ、確かに、これは……うん……」
そこには、ぐでぐでに酔ったランヴァルドの姿があった!
ここまで酔ったのは久しぶりだ。それこそ、ちょっとばかり『危ない橋』で色々と盛られた時以来だろうか。
暑い。意識がぼやけてきた。ランヴァルドは襟元を寛げつつ、『ああ、これ、あともう少しすると悪寒と吐き気に変わるな』と判断して、ぐでぐでとしながらもなんとか準備を始める。……流石に、吐瀉物の処理までウルリカにやらせたくはない。
「……マグナスさん。あなた、相当にお酒に弱いのですか?」
「いや、人並みですよ……本来はね……。ま、『そういう』薬、なんですよ。酔いも、毒も、回りやすくなる、というか……解毒が、遅くなる、というか……いや、酒、弱くなった、か……?ここ最近、碌に飲んでなかった、もんで……」
ウルリカに聞かれた以上のことを朦朧としながら返しつつ、『吐くならここ』とタライをしっかり抱え込む。だが、吐くより先に意識を失うかもしれない。眠い。只々、眠い。暑い。眠い。
「……これが、領主様に盛られてる、なら……この通り、毒の排出が、遅くなる、から……少量の毒でも、効きますし、回復も遅い、かと……。多分、茸の類、だ。魔力の多い鉱山とかに、よく、生えてる……」
「成程、分かりました。では、その茸とやらが生えていそうな場所に目星を付けておきます。そこに敵の拠点がある可能性が高いかと」
「うん、ありがとう……」
ウルリカは元気であったが、ランヴァルドはいよいよ駄目になってきた。ぽやぽや、と意識がまろみを帯びてきてしまって、もうどうにも目を開けているのが億劫だ。
「おやすみ……」
「え、床でお休みになるのですか?……ああ、駄目だわ、もう寝てしまった……」
……結局、ランヴァルドはそのまま床で眠った。ウルリカが呆れ半分、感心半分くらいの顔でランヴァルドに毛布を掛けてため息を吐いた。
「……頭いてえ」
翌朝。ランヴァルドは二日酔いになっていた!
「おはようございま……マグナスさん。もしや、二日酔いですか」
「そのようです。……二日酔いなんざ、いよいよ久しぶりだな」
頭痛と吐き気で酷いことになっているランヴァルドであったが、ひとまず起き上がった。ウルリカは案ずるような目を向けてきていたが、寝ている訳にも行かない。
「まあ、毒が毒である証明はできましたんでね……領主様にご報告を、と思いまして」
「成程。そういうことでしたら私も同席致しましょう。昨日お伺いした『茸』について、領主様が確かなところをご存じかと。あの方はよく鉱山へも視察に赴いておられたので」
「へえ、領主様が直々に。それは鉱山労働者からも喜ばれたことでしょうね」
「ええ。領民に慕われる、善い領主様です。……多少、人に騙されやすい点は玉に瑕ですが」
領民に近しいところで活動している領主は、領民に慕われる。そして、慕われているとそれだけで、領地経営はやりやすくなる。ランヴァルドの父もそんなことを言っていたことがある。
……無論、それを実践するためには、領民のところへ顔を出せる程度には時間を作る必要があり、時間を作るために雑務を素早くこなす能力か、優秀な家臣かを持っておかなければならないのだが。ランヴァルドの父は前者だったが、ステンティール領主は後者なのではないかと思われる。
「領主様は、多くの者に慕われています。しかし、慕っていない者までもを庇護しようとしてしまわれることもまた、瑕の1つかもしれません。……そんなお方ですから、我々家臣がお守りしなければ……」
まあ、ステンティール領主も、決して無能ではない。むしろ、善政を行う能力のある、優秀な領主だと言える。
だからこそ……死なせてはならない。ステンティールの安定と、その先にあるランヴァルドの儲け話のためにも。
……そして、まあ、この領地の、より多くの人々のためにも。
「こっちも毒か!はっはっは、もう一周回って天晴よ!」
「笑いごとではありませんよ領主様」
そうしてランヴァルドとウルリカは、ステンティール領主へ報告に向かった。
処方されていた薬の効能と、その材料となる茸は恐らくどこかの鉱山にあるものでは、というところまで。
……銀食器に鉛が多少入っていただけならば、『事故』と言い逃れができる。そして、この薬についてもこれ一つならいくらでも言い逃れできるだろう。そう。『これは不幸な事故だった』と。
随分と手の込んだことをする犯人だ。まあ、これも……マティアスが一枚噛んでいるのならば『当たり前』の内だろう。彼は、こういう小細工が得意だから。
「ああ……では、これは今後、飲まずに捨てるかぁ」
「そうなさってください。捨てる時は、そうとは分からないように……花瓶の中にでも」
「うむ。そうしよう」
領主とウルリカが頷き合うのを見て、ランヴァルドはいよいよ、領主に聞かなければならないことを聞く。
「して、領主様。この毒の材料となるであろう茸の生育地に、お心当たりは?」
「領主様のお心当たりのある地点は3か所でしたが、その内、賊に占拠されたと報告があったのはここだけです」
「成程。なら、ここを探れば何か出てくる可能性が高い、と」
そうして半刻後。ランヴァルドとウルリカ、そして、朝の身支度を終えて今日も可愛らしいドレス姿になっているネールとの3者で、地図を見ながら頷き合った。まあ、ネールは頷いてはいるものの、意味は分かっていないだろう。恐らくは。
「賊が占拠した坑道内で茸の栽培が行われているのなら、そこに何らかの証文があってもおかしくはありません。或いは、横流しされた備品の一部がそれと分かる状態で保管されていれば、疑いを掛けるには十分です」
「成程。それくらいならまあ、見つけられる見込みはありそうだ」
マティアスといえども、操れる人間の数には限りがある。賊を雇っているらしいことは察せられるものの、それ以上のこととなると……毒茸の取引だとか、鉛入りの銀食器の取引だとか、そういった部分は自分でやっている可能性が高い。
だからこそ、ここで尻尾を掴めそうだと、ランヴァルドは踏んでいる。そして……掴んだ尻尾を放さない覚悟もまた、確かに。
「明日には奥様とマティアスが戻ってくる予定です。それまでに発ちましょう」
「そうですね。その方が良さそうだ」
マティアスや領主夫人との接触を避ける意味でも、急いだ方がいい。出発は明日の早朝となるだろう。
「……ということで、マグナスさんは今日はもうお休みになっていてください。二日酔いを治しましょう」
「あー……はい。まあ、そうします。少し休んで……いや、でも、ネールの作法の練習には付き合わないとな……」
ランヴァルドがぼやくと、ネールは心配そうな顔でランヴァルドを覗き込んできた。だが、ランヴァルドは『心配するな』と手をひらひらやって答えてやる。ネールは少々不服そうな顔をしていたが、やがて納得したのか、こくん、と頷いたのだった。
ランヴァルドの二日酔いは、しっかり水を飲み、しっかり眠っていたらなんとか治った。午後からはそれなりに動くことができるようになり……翌朝には、すっかり元通りの体調に戻った。
まあ、元々毒の類に耐性が付いていたことでなんとかなったのだろうが、これが他の人間であったならばもう1日は寝込んでいたかもしれない。
さて。そうして早朝の内から、『エヴェリーナお嬢様の御一行』が出発した。面子は、ランヴァルドとネール。ウルリカと、護衛の兵が6名だ。
そして名目は、領主の名代として、ステンティール内の鉱山をいくつか見て回り、領民の話を聞く……というものである。
当然ながら、これがネールではなく本物のエヴェリーナであったとしても、少女が1人で領民の話を聞いて回るわけではない。あくまでも側近達が話を聞くことになる。よって、『エヴェリーナお嬢様は相変わらず体調が優れない様子だが、それでも気丈に頑張っておられる』として連れ出すことはできた。
……そして、まあ、何より今朝の内に動くならば領主夫人もマティアスも居ない。領主の許可1つあれば動けるので、後々不審に思われたとしても今の内に動いておくべきなのである。
勿論、屋敷には監視役が居るのだろうが……報告でもなんでもすればいい、とランヴァルドは開き直っている。
こちらが動いたことをマティアスが知っても、もう遅い。
ランヴァルド達が戻る時には既に、粗方、マティアスの悪事の尻尾は掴めているはずなのだから。
そうして出発した一行は、予定通りステンティール内の鉱山を巡っていく。
実際にいくらかは領民の声を聞き、『あっちの鉱山では魔物が出たらしい』だの『そっちの鉱山は賊に占拠された』だの、物騒な話をいくつか記録し……。
「さて……いよいよですね」
夕暮れ少し前、といった時刻。ようやく目的地に到着した。
「では参りましょう。中は賊が居るものと思われます。ご注意を」
「ええ。……ネール。遠慮なくやっていいからな」
ウルリカは近くの兵数名とランヴァルドに、そしてランヴァルドはネールに確認して、それぞれが頷き合うと……一行は、鉱山の中へと突入していった。
……だが。
「……これは」
鉱山に入って、坑道を進んで……奥へと向かっていったところ。
……賊と思しき者達の、死体があった。