悪徳商人と野良の英雄*4
……そうして。
「じゃ、これで契約成立だな。このランヴァルド・マグナス、確かにあんたに雇われよう」
ランヴァルドは金貨を少女から受け取った。先程の『仲介料』と合わせて、金貨2枚の儲けである。
少女はというと、ぼったくりから守ってくれるぼったくりを雇って、にこにこと満面の笑みであった。
まあ、少女がいいならそれでいいのだ。世間知らずの子供を騙す罪悪感が無い訳ではなかったが、それはそれ、である。お互いに幸せなら文句はあるまい。たとえ、片側の幸せが無知からくるものであったとしても。
「まあ、当面は一緒に居てやるよ。魔獣の森に行くときには最初の何度か、俺も連れていってくれ。お前は何が価値のあるものなのかもよく分かっていないらしいからな。教えてやる」
ランヴァルドがそう言えば、少女は嬉しそうににこにこと頷いた。
……だが。
「うわっ、バケモノ!」
「バケモノだ!」
子供の声が聞こえた。そちらを見てみれば、丁度、家に帰るところなのだろう悪ガキが二人、こちらを……少女を見て、好奇と嫌悪の目を向けていた。
「町から出てけ!」
更に、悪ガキ2人は石を拾って投げ始めた。幸い、石は見当違いの方向へ飛んで行ったが、少女は立ち竦んでいるばかりである。
……流石にこれは見過ごせない。
それは勿論、正義感からなどではなく……金蔓をより強固に捕まえるための好機だから、である。
「おいおい、バケモノってのは俺のことか?」
ランヴァルドが早速前へ出れば、悪ガキ二人は、怯んだ。子供というものは、見知らぬ大人から凄まれれば、当然、怯えて竦むものである。
悪ガキは何やらもごもごと口ごもりながら、『こんなはずでは』というように不服気にランヴァルドを見上げ、そして、すぐさま逃げていく。
流石に追いかけることはしない。ただため息を吐いて、ランヴァルドは少女の元へ戻る。
少女は、おず、とランヴァルドを見上げていた。……まあ、バケモノかバケモノじゃないか、と言われれば、バケモノ、と言うべきかもしれない。何せあの強さだ。大方、この少女が魔獣の森から獲物を引きずってきた様子でも見た誰かが噂したか、はたまた今のように魔物の返り血に汚れているから『バケモノ』呼ばわりされているのか。
「怪我は無いな?ああ、気にするな。お前は俺の雇い主だろ?堂々としてりゃあいいんだ」
ランヴァルドがそう言ってやると、少女は戸惑いながらも、こく、と頷いた。……そして、硬いながらも、少しばかり、笑みを浮かべた。助けてもらった恩でも感じているのかもしれない。
ランヴァルドもそれに笑みを返す。……悪ガキを脅かすだけで信頼を得られたのだから、ぼろ儲けだ。笑顔にもなるというものである。
ランヴァルドは少女を伴って、カルカウッドの町の中を歩く。
夕暮れ時であることもあり、人通りは然程多くない。とはいえ、一仕事終えてこれから酒場へ向かうのであろう者や露店を畳む者、そして家に帰る者達が居ないわけではない。
そして、そうした者達から向けられる視線は決して好意的ではない。『あの子供、時々町に来るけれど誰なのかしら』『森の近くでうろうろしてるのよく見るわ。魔物なんじゃない?』と囁く声が聞こえることもあれば、すれ違いざま、睨んでくる者さえ居る。
……さっきの悪ガキ2人の様子からも十分推察できることだったかもしれない。あの悪ガキ2人はランヴァルドの姿が目に入っていなかったわけはないだろうに、それでも少女に石を投げた。
つまり、あの悪ガキ2人の周りの大人達は、そうした悪ガキの行いを咎めたことが無かったのだろう。
……どうやらこの少女はこのカルカウッドで、随分と肩身の狭い思いをしているらしい。
親は居ないようだし、家も無いのだろう。『森の近くでうろうろしてる』というよりは『森に住んでいる』に近いのかもしれない。そして当然、こんな少女が優れた狩人であることは、森の中に入って偶々少女の狩りを目撃しでもしない限り、分かりっこない。
……ついでに、この少女は、まあ、泥や返り血に汚れている状態だ。おまけに、喋らない。言葉を持たない以上、侮られ、蔑まれるには十分だろう。だからさっきの買取の店でも、この少女相手にあれだけ舐めた真似をしていた。
「……まずは、宿を取るか。そろそろ日が暮れるしな。食事は宿でいいだろう?」
このまま少女を連れ回すのは得策ではない。ランヴァルドがそう提案すれば、少女は、ぽかん、とし、それから、意を決したように、うん、と力強く頷いた。
「……ん?おい、どこへ行く?」
それから少女は、ずんずん、と、歩いていく。ランヴァルドはそれを追いかけつつ、何やら嫌な予感を抱え……。
「待て待て待て待て!なんで川に飛び込んだ!?」
そして数分後。
町の外れを流れる川に突入していった少女に、ランヴァルドは度肝を抜かれたのであった!
「こ、こら!何してる!冷えるだろうが!風邪ひくぞ!?」
ランヴァルドは急いで少女を川から引き揚げた。南部とはいえ、秋の川の水は冷たい。そこに浸かった少女は、ぶるぶると震えているのである!当然だ!
「一体、何だって突然……」
これは思っていた以上に厄介か、と思ったランヴァルドだったが……少女は、首を傾げつつ、川のほとりに戻っていき、そして。
「……ああ、血を落としていたのか」
しゃぷしゃぷ、と顔を洗い、ざぶざぶ、と髪を洗って、泥や埃、ついでに返り血の類を落としていた。
……成程。
少女のこの行動を見て、そして何より、先程の町の人々の様子から考えて……ランヴァルドにも大凡、少女の行動の理由が分かった。
「なんだ。町の方で、『小汚い奴は店に入れない』とでも言われたことがあったか」
しゃがんで目線を合わせてやりつつそう問えば、少女はさも当然、というように頷いた。
……ランヴァルドは、天を仰いだ。『だからって、川に飛び込む奴があるか?』と……。
魔獣の森に居た時も少女はランヴァルドの命綱であったが、今はまた別の意味で命綱……もとい、金蔓である。この少女に風邪でもひかれたらたまったものではない。
ということで、ランヴァルドは少女を小脇に抱えて、町の宿へと急いだ。
「いらっしゃい。何にする?」
宿に入ると途端に、暖かな空気がランヴァルドと少女を包み込んだ。ホールの中央にある炉には火が入っている。濡れネズミの少女を抱えているランヴァルドとしてはありがたい。
ランヴァルドは少女を炉の傍に下ろすと、『ちょっと待ってろ』と伝え置いてから、宿の主人らしい女の元へと向かった。
「部屋を借りたい。ベッドが2つあると嬉しいんだが」
「ああ、はいはい。それなら銅貨4枚でいいよ。えーと、馬は?飼葉は銅貨5枚だけど」
「馬は居ない。金は……2人分の食事代と込みで銀貨1枚で足りるか?」
「いいわよ。食事はパンとスープ。他に頼みたいものがあったら適当にそこの厨房担当に頼んでちょうだいね」
宿の主人は笑って、ランヴァルドから銀貨を受け取った。銀貨を確かめて、『よし、上等』とにっこり笑って……それから、ふと、眉を顰めた。
「……で、お兄さん。あの小汚いの、お兄さんのツレなの?」
「……ああ、まあ、一応は」
ああ、『小汚いの』ときたか、と、ランヴァルドは内心で頭を抱えた。まあ、『バケモノ』や『魔物』よりは幾分マシだろうが。仕方ないといえば仕方ない。泥や血の汚れを川で落としたからといって、そうそう身なりが変わるものでもない。川の冷水で洗った程度では、垢や脂はよく落ちないのだから。
「ならアレになんとか言ってやってよ。ああいうのにうろつかれたんじゃ、こっちだってやりづらくってしょうがないんだからさ」
「あ、ああ。すまない」
「あんまりにも寒い日には、ホールの隅っこに丸まってるのを見逃してやってるけどね……歓迎したい相手でもないんだよ。分かってくれる?」
「勿論。えーと、アレは俺が責任を持って綺麗にしておこう……」
ランヴァルドは店の女主人に頭を下げつつ、すごすごと少女の元へ戻る。少女は炉の炎をぽーっと見つめていたが、ランヴァルドが近づけばすぐに顔を上げて表情を輝かせた。
「よし。じゃあ部屋に行くぞ。……で、まずは身なりをもう少し、まともにするぞ。これじゃあ確かに、表通りの店には入れられないからな……」
ランヴァルドは、『こいつを拾ってきたのは間違いだっただろうか……』と若干の後悔を感じつつも、しかし、『ガキのおもりだけで毎日金貨1枚の稼ぎが得られるんだ。このくらい、安いもんだろ』と気持ちを奮い立たせて、少女を連れて部屋へと向かうのだった。