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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第二章:替え玉令嬢
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演技*2

 正面玄関の階段をゆっくりと降りてくる貴婦人。ドレスの裾を靡かせてやってくる様子は優雅で美しいのだが、『今一番出くわしたくない相手』であるからか、どうも、美しさよりも恐ろしさが勝る。

 兵士達もメイドも、皆が傅く。ランヴァルドもそれに倣って頭を垂れていると、ネールがおろおろとするのが分かった。……が、そちらはメイドのウルリカが『あなたはお嬢様なのでそのままでいてください』と指示を出していた。ありがたい。

 ……それでもやはり、テオドーラ夫人の目はこちらに向く。ネールを見て、それからランヴァルドを見て……はて、というように首を傾げるのだ。

『これはバレたか?』とランヴァルドは内心で焦る。何せ、令嬢エヴェリーナの実母だ。自分の娘が他人にすり替えてあったら、気づく可能性が高い。

 そして。

「そこの、黒髪の方。あなたの名は?」

 テオドーラ夫人の目は、ネールではなくランヴァルドへ向く。

 これはこれで痛いが、ネールのことを疑われるよりはマシだろう。そんな気持ちで、ランヴァルドは……どう振る舞うべきかを一瞬で考え、実行する。

「ランヴァルド・マグナスと申します。この度、エヴェリーナお嬢様の家庭教師としてこちらに参りました。その、奥様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

 ……ランヴァルドは、『少々冴えない幸薄そうな貧乏貴族の次男』あたりを想定して振る舞うことにした。

 というのも、家庭教師になることが多いのはそのあたりの身分の者なのだ。家が傾いた貴族の次男三男は余裕の無くなった家を追い出される、というようなことはままある。

 まあつまり、ランヴァルドは非常に『それらしく』振る舞ったのだ。……だが。

「家庭教師?私は聞いていませんけれど……」

 まず、そこからであったらしい。ランヴァルドが家庭教師であることは疑われなかったが……家庭教師という存在自体に、疑いを持たれている!

「私は家庭教師を新しく雇った覚えはありません。エヴェリーナの家庭教師は既に決まっているはずよ?どういうことかしら?」

 ……否。家庭教師という存在自体に疑いを持っている、というよりは、自分を通さずに物事が決まったことに反感を覚えている、といったところだろうか。

 今、この領主夫人がステンティールを治めているはず。急に自分の権力が増した奥様としては、家の中のこと1つに至るまで、きっちりと把握して、自分の思った通りにしておきたいのだろう。

「奥様……その」

 だが、こういう時こそ、ランヴァルドの腕の見せ所である。

 ランヴァルドは『さて、ここから上手く奥様好みの男に化けてやるか』と覚悟を決める。

 ……ランヴァルドは過去に何度か、貴婦人を誑かして金を貢がせたことがあるのだ。まあ、禍根が残らない程度に、だが。




 だが、ランヴァルドの覚悟はひとまず、使わずに済みそうであった。

「あああ、待ちなさい」

 というのも、そんなのんびりした声が正面玄関の奥から響いてきて……。

「その家庭教師の先生は、私が頼んだのだ」

 ……痩せた男がゆっくりと現れて、にこにこと笑いながらそう言ったからである。


「……あなた」

『あなた』と呼ぶからには、この男がステンティール領主その人なのだろう。だがテオドーラ夫人は、領主を見て明らかに気を悪くした様子であった。

「体調が優れないのでしょう?寝ていなくては。ああ、侍従は何をしているの?早くこの人を寝室へ戻して!」

「いや、いや、愛しのテオドーラ。いくら体調が優れないからといって、全く動かずに居たらいよいよ、死へ向かっていくばかりだよ。少しは動かねば」

 テオドーラ夫人は領主をなんとかこの場から去らせたかったのだろうが、それよりも領主の方が強い。……あれは、面の皮が厚いのか、はたまた天然のものなのか。若干、判断に困る。

 更に。

「お前に相談無く決めてしまって悪かったね、テオドーラ。あの家庭教師の先生はな、実は、以前お世話になったことがあったのだ。仕事を探しておいでだというから、ならば是非、とお願いしたのだ。優秀な方だよ。何も心配は要らない」

 領主はそんなことを言ってにこにこしているのだ。

 ……当然だが、そんな事実は一切、無い。そして領主に『エヴェリーナのすり替え』の作戦を伝達する時間も無かったはずである。

 つまり領主は……特に理由なく、しかし、ランヴァルドに味方している、ということになる。


 どういうことだ、とランヴァルドは困惑した。ちら、とウルリカの様子を見てみるが、鉄面皮のメイドの表情は読めない。が……ウルリカとしても予想していなかったように見える。

「……困りますわ。大事なことをお一人で決められては」

 テオドーラ夫人もまた、困惑している様子であった。自分の思い通りにいかない苛立ちを滲ませて、領主を睨む。

「ああ、すまなかった、すまなかった。どうか機嫌を直しておくれ、テオドーラ」

 ……が、領主は終始、穏やかににこにこしているものだから、テオドーラ夫人も手が出せないようだ。

 やはり領主のあれは、狙ってやっているのかもしれない。あれが天然のものだとすると……いや、やはり、それはそれでありそうな気もする。偶に居るのだ。ああいう、貴族らしからぬ性格で、しかしそれ故に領民の信頼が厚く、領地経営が上手くいく性質の者が……。

「それに、テオドーラ。ほら。エヴェリーナはもう、あの先生に慣れたようだよ。……今、あの子は周りの人のことは怖がっているが、あの先生のことは怖くないようだよ」

 そして領主はそう言って、にこ、とネールとランヴァルドに向かって笑いかけた。

 ……ネールは、びく、としたものの、おずおず、と、ランヴァルドの服の裾を控えめに掴む。その様子を見た領主は、『よしよし』とばかり、にこにこと頷いた。

「ささ、エヴェリーナをもう休ませてやろう。怖い目に遭ったのだろう?ならば温かい飲み物と甘いお菓子と、ふわふわのベッドが必要なはずだ。……さ、エヴェリーナを連れていってやってくれ」

 領主はにこにこと、しかし、覆されぬほどにはっきりと周囲にそう命じた。ウルリカはこれ幸いとばかりにネールを連れて、エヴェリーナお嬢様の部屋へと向かっていった。なのでランヴァルドも慌てて、その後を追う。

「では先生、エヴェリーナを頼みましたよ」

 事情を知らないはずの領主は、優しい目でランヴァルドを見ていた。ランヴァルドはどうしたらいいものやら少々迷ったが、結局は、深く一礼した。

「……はい。寛大なる領主様の御心に感謝いたします」

 事情はどうであれ、ランヴァルドはこの、やたらと人の良さそうな領主に救われたのだ。まあ、感謝はしている。……警戒もしているが。




「……なんとかなりましたね」

 そうしてランヴァルドとネール、そしてメイドのウルリカは、エヴェリーナの部屋へ逃げ込むことに成功した。

「あそこで領主様がおいでにならなかったら、家庭教師はクビでしたか」

「まあ、そうなっていたと思います」

「成程。なら領主様には感謝しなければ」

 色々と、危ないところだった。領主夫人にも領主にも見つかってしまったのだから。

 だが、ネールとエヴェリーナお嬢様が入れ替わっていることには気づかれずに済んだようであったし、ランヴァルドが家庭教師をクビになることもなかったのだから、まあ、成功した、とは言えるだろう。

 だが、気になることはある。

「しかし……何故、領主様はあそこに?」

 そう。あまりにも、領主の言動が不可解だった。あまりにも、こちらにとって都合のいい言動だったので。

 だが。

「さあ……騒がしかったのをお聞きになって、おいでになったのだとは思います。領主様はとても聡明な方ですので。……そして領主様は、エヴェリーナ様を心から愛しておいでですから」

 ……鉄面皮のメイドの鉄面皮が、ほんの少し、笑みの形に崩れた。

 おや、と思ったランヴァルドであったが、まあ、この様子を見ると……あの領主、相当に臣下からの信頼が厚いようである。

「それで、ネールが懐いていたから、見ず知らずの『家庭教師』を庇った、と?」

「ええ。領主様はそういうお方です。事情が分からずとも、人の顔を見て、その人の事情を察し、そしてその場が丸く収まるように動いてくださるのです。その分、ご自分が損をなさることが多かったり、何より、人を信用しすぎるきらいはありますが……」

「……成程。善政のステンティール、と名高かっただけのことはありますね」

 どうやらあの領主、相当に善人であるらしい。しかも、ただの善人ではなく、人を見る目がある善人だ。これは領主として、かなりの傑物だと言える。

 だが……今、彼は病床に臥せっていると聞く。あの傑物が病によって早逝するのであれば、それはあまりに惜しい。ランヴァルドは心から、そう思う。




 それから、部屋には茶と菓子がメイド達によって供された。ランヴァルドはありがたく茶を頂き、菓子をつまむ。ネールもランヴァルドに倣って菓子をつまみ、そして、ぱっ、と表情を輝かせていた。美味しかったらしい。

「さて……ウルリカさん。1つ2つ、確認しておきたいことがあります」

 そんなネールに『よかったな』と言ってやりつつ、ランヴァルドは早速、メイドのウルリカに聞かねばならない。

「ダルスタルへ到着する前に襲ってきた賊。あいつらに心当たりは?」

「……特には。一応、賊の顔は確認しましたが、知っている顔はありませんでした」

「成程。では、武器はどうでしたか?」

「武器?」

 やはり、ウルリカはそこまで目が行っていなかったらしい。ランヴァルドは少し笑って、自分の背嚢をごそごそと漁る。

「ええ。かなり、質が良かった。……剣や槍をこの背嚢に入れてくるわけにはいかなかったので、短剣だけ拝借してきたんですがね。ほら」

「いつの間に……」

 背嚢から取り出した短剣は、ダルスタル到着目前で襲ってきた賊の1人が持っていたものである。

 これも非常に質が良く、それ故に、不審だった。『そこらにある武器ではない』と、ランヴァルドの商人としての目が判断した代物だ。

 そして。

「これは……やはり横流し……」

 ウルリカの表情が少々、嫌悪と憎悪に歪む。

「横流し?」

 やっぱりか、と思いながら聞いてみると、ウルリカは頭の痛そうな顔をしながら頷いた。

「ええ。最近、屋敷の兵の武装を一新する、として無理な発注を掛けたところでした。そして廃棄される予定だった装備がそのまま、賊に……」

 ……成程。

 やはり、あの賊。どうも、厭な繋がりがありそうである。……この屋敷の中に敵が居る、という説が、いよいよ裏付けられてきてしまった。

「その無理な発注は、例の補佐官殿が?」

「……恐らくは。或いは、領主夫人自ら、となりますが……いえ、あの補佐官の方でしょう。物品の流通などには詳しいはずです。何せ彼は、元々商人だったと聞きますから」

 更に、随分と厭なことを聞いた気がして、ランヴァルドはぎょっとする。

「商人?その補佐官というのは……」


 だが。

「失礼します。お嬢様のご入浴の準備が整いました」

 丁度そこで、時間切れであった。ウルリカは立ち上がり、そしてネールに『エヴェリーナお嬢様。参りましょう』と声を掛け、ネールを連れていく。

「……お嬢様。しっかり綺麗になって来てくださいね?」

 ランヴァルドが声を掛けてやると、ネールは使命感と、それ以上に緊張に満ちた顔で、こくん、と頷いた。

 ……ランヴァルドとしては、只々、心配である!


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― 新着の感想 ―
面白い 買うので3巻以降も出版してください アニメ化も頑張ってくださち
ランヴァルドさん、貴婦人をたぶらかしてたのか! ふと、物語の始まりが結婚詐欺師だった20世紀ラノベの極貧金貸魔術士を思い出しましたよ。
切れ者そうなお父様だ…!!!
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