山賊退治*2
鉱山内部は、薄暗い。ランヴァルドは内心で『これはちゃんとした明かりを持ってくるべきだったか』と反省しつつ、早速、入口付近でまたもう1人うろついていた山賊を殺して、そいつが持っていたランプを奪って使うことにする。
ランプに火を灯してみれば、坑道の様子がよく分かる。
元々、カパーストンの人々によって大切に使われてきた場所なのだろう。坑道自体もよく手入れされており、また、坑道の脇の方にはよく手入れされた道具がまとめて置いてあった。
……尤も、山賊に占拠されてからは手入れが止まっているので、このままでは坑道も道具も、朽ちていくだけなのだろうが。
だがそんな未来は来ない。何故ならば……ネールがここに来てしまったからである。
「ああ!?誰だてめえら!」
「不本意ながら正義の味方だよ畜生が!」
今もまた1人、やってきた山賊が慌てながら武器を手にしたが……ランヴァルドに目を向けている時点でもう、死を受け入れたようなものだ。天井から降ってきたネールのナイフで首筋を切り裂かれ、そいつは永遠に黙ることになった。
……そしてネールが1人やる度に、ランヴァルドはキッチリ、そいつらの荷物を漁っていった。
今のところ、銀貨は8枚になった。まあぼちぼち、といったところだろうか。そしてやはり、持っている剣が中々良い品だ。ランヴァルドは『はて』と思いつつも、それらを後で持ち帰るために脇へ避けておくのだった。
坑道の中を進んでいくと、次々に山賊が現れてはネールに殺された。坑道内部に棲みついているらしい彼らは、1人ずつネールに発見され、即座に殺されるために仲間を呼ぶ余裕も無い。おかげで随分と簡単に、山賊討伐が進んでいた。
……とはいえ、奥の方へ進めば、元々鉱山労働者達が休憩場所か何かとして使っていたのであろう一画があり、そこの椅子に座り、卓の上でカードゲームに興じていた数名の山賊達と一気に出会うことになる。
「なんだぁ……?おいおい、お前ら、ここがどこか分かってんのか?」
「鉱山の中だな。そしてお前らの墓場でもある」
ランヴァルドは剣を構えつつ、同じく剣を抜いて近づいてくる山賊達の数を数える。
……6人。3人、手前に固まっていて、奥に2人。一番奥に1人だ。一番奥に居る奴が、山賊の頭なのだろう。一番いい服を身に着けているように見える。まあ、山賊なので似たり寄ったりではあるが。
ランヴァルドはすぐ『これは、1人か2人は俺がやる羽目になるな、くそ』と判断した。流石のネールも、一瞬で6人を片付けるのは無理だ。
だが……まあ、相手は山賊。真面目に剣の訓練を受けて来たような連中でもない。特に、手前にいるのはそうだろう。ならば、そんな素人1人2人を相手に、死なないように立ち回るくらいならできるはずだ。
「ネール!やっちまえ!」
……ということで、ランヴァルドはネールに声を掛けつつ、自分もまた、動き出すのである。
ランヴァルドは真っ先に、自分へ襲い掛かって来た奴らの動きを見て、回避に移る。流石に2人同時に相手する腕は無い。あくまでも1対1で、素人相手なら勝てる、という程度なのがランヴァルドなのだ。
「おいおい、その剣は飾りかァ!?」
「ああその通りだ!」
山賊相手に舌打ちしつつ、ランヴァルドはそれでも、無傷で生き残った。それで十分。その間にネールが、ランヴァルドへ剣を振りかぶった奴を1人、片付けてくれる。
山賊達には、ネールが唐突に現れたように見えたのだろう。ぎょっとして一瞬竦んだ。そしてその一瞬を見逃さないのがランヴァルドである。
ランヴァルドは『飾り』の剣を腰だめに構えると、容赦なく突きを食らわせて1人、愚かな山賊を片付けた。
……そうしている間に、ネールは次々に山賊を片付けていく。駆けつけてきた2人、残った1人、合わせて3人を相手に、すっ、と身を屈め、地面に近い位置をするんと抜けていく。その間に、1人2人の膝の裏やふくらはぎを切り裂いていくのである。
脚を切られた人間は、流石に動き回ることができなくなる。ネールはそうやって、回避ついでに山賊の足止めをしていった。何故ならば……彼らがランヴァルドに襲い掛かることが無いように、ということなのだろう。
おかげでランヴァルドは最初のように襲い掛かられることも無く、ただ、ネールが3人を順番に片付けていくのを見守るだけで済んだ。なんとも楽なことである。
……さて。
そうしてネールは、山賊の頭と思しき男の元へ飛ぶように迫っていった。
「ま、待て!降参する!もう悪さもしねえ!」
……だが、山賊の頭はそう言って武器を手放した。途端、ネールは『どうしたものか』というように、突撃を止めてしまった。まあ、魔獣の森の魔物達は命乞いなどしてこなかっただろうから、経験が足りていないのだ。
ネールが『どうしよう』とばかり、ランヴァルドを振り返って困った顔をしているので……ランヴァルドはため息交じりに、構えていた弓から矢を放った。
……すると、ネールの後ろから襲い掛かろうとしていた山賊の頭の腹に矢が命中し、山賊の頭は無事、倒れる。
「ネール。こういう時はな、容赦するもんじゃない。相手は油断させておいて殺しにかかってくるからな」
ほら見たことか、とばかり、ランヴァルドがそう言ってやれば、ネールは『なるほど』と言うようにこくんと頷き……そして、腹に突き刺さった矢を青ざめた顔で見下ろしていた山賊の頭へ、いよいよ、ナイフを繰り出したのであった。
「ということで、ネール。お前はあまりにも、人間に対する戦闘経験が無いからな。魔物と違って、人間は策を弄してくるんだ。油断せずにいくんだぞ。いいな?」
さて。
粗方、死体漁りも終わったところで、ランヴァルドはネールに説教していた。
先程の山賊の頭の時もそうだが、ネールは人間相手に戦う時、しばしば危なっかしいのだ。
ネールは安易に人を信じすぎる。ランヴァルドを信じて着いてきてしまっているのがその筆頭だが……土壇場で山賊が発した『降参する!』という言葉すら信じてしまうのだから、これは教育してやらねばならないだろう。
「まあ、お前が人を騙せるようになれ、とまでは言わないが……人間は嘘を吐く。言葉でも、行動でも、だ。斬りかかると見せかけて突きにくることもある。俺だって、剣を見せびらかしておきながら最後は弓を使った。そういうもんだ。気を付けるんだぞ」
ネールはランヴァルドの言葉を如何にも大切そうに聞いて、ふんふん、と頷いた。分かっているのかいないのか、若干不安だが仕方がない。ランヴァルドはネールへの説教はここまでにして、収穫を確認する。
銀貨にして12枚。金貨は無かったが、金の指輪が2つと紅玉の首飾りが見つかった。山賊相手なら上々だろう。
それから、近隣から奪ったのであろう錫の食器や宝石類もいくらか見つかった。これらは……売らずに返却、ということになってしまいそうだが……。
「……ま、それなりの収穫にはなったか。ネールの対人戦闘訓練だった、と思えば、まあ、悪くない」
収穫はそれなりだ。特に、ネールに与えるべき経験を与えられたのは大きい。
……ネールは、魔物相手なら無敗の戦士であろうが、人間相手となると勝手が違うようだ。特に、言葉を使われると、弱い。今回だって、ランヴァルドが居なかったらネールが死んでいた可能性は十分にある。
今後、その辺りを教えていかなければならない。ネールを利用して金稼ぎをしていく以上、ネールにはそれなりに、人間の常識を身に着けてもらわなければ困るのだ。
+
ネールがランヴァルドと一緒にカパーストンへ戻ると、すぐ、大勢の人が出迎えてくれた。
「あんた達、やってくれたのか!」
「ああ。一応、10人はやってきた。首は持ってこなかったが……奴らが使っていた剣は持ち帰って来た。ここで売れるか」
ランヴァルドが告げると、早速、人々が動き出す。喜ぶ人も、『早速確認してくる!』と飛び出していく人も居るし、ランヴァルドが背負ってきた10本もの剣を受け取って、『おお、中々業物だな。研ぎ直すだけで売れそうだ』と目を輝かせる人も居る。
「よし、これなら金貨1枚……いや、鉱山を取り戻してもらった礼も兼ねて、金貨3枚で買い取ろう。どうだ?」
「ありがとう。助かる」
ランヴァルドは少し疲れた様子だったが、それでも笑顔で鍛冶屋さんと握手していた。……ランヴァルドが人と握手する時は、何かが決まった時だ。笑顔で居るということは、多分、ランヴァルドにとって良い条件で決まったのだろう。ランヴァルドにとって良いことなら、よかった。ネールはついつい、にこにこしてしまう。
「剣を売ってもらえるのは助かるぜ。何せな、ダルスタルの方から買い付けに来る奴らが居るんだよ。前金を貰っちまってるから、新しく作った分はそっちに流さなきゃならねえ」
そして、ランヴァルドだけでなく、鍛冶屋さんもまた、にこにこしている。双方にとって良いなら、益々いい!ネールはますます、にこにこする。
「へえ……随分と大規模にやる奴が居るんだな」
「そうだな……なあ、お兄さん。あんた、ダルスタルの方へ向かうってんなら、気を付けた方がいいぜ。あっちの方は商売でもちょいとキナ臭い」
「分かった。気を付けよう。ありがとう」
ランヴァルドが何やら話しているのを眺めていると、ふと、ネールの肩がぽふぽふ、と叩かれる。
振り向けば、そこではご婦人方がにこにこしていた。そしてネールは、『お嬢ちゃん!これを持ってお行きなさいな!あのお兄さんと食べるんだよ』と焼き立てのパンを貰ったり、『かわいいお嬢ちゃんだねえ。ほら、こいつも持っていきな』と林檎を貰ったり、色々と忙しくなる。
ネールはお礼を言えない代わりに、笑顔を返しておいた。……これは、最近ランヴァルドに教わったことだ。『喋れないならその分、自分が何を思っているかちゃんと顔に出せ。人は何より、何考えてるのか分からない奴を嫌うからな』と。
だからネールは、『嬉しい』と顔に出す。……カルカウッドでは『もうそのツラ見せるんじゃないよ』とよく言われていたから俯いていたけれど、今のネールは顔を上げて、焼き立てパンと瑞々しい林檎のお礼として、ちゃんと笑って見せるのである。
……ネールはランヴァルドのおかげで、随分と変わったと思う。
ランヴァルドはネールに、人間達の中で生きていくやり方を教えてくれる。町での振る舞いもそうだし、どうすれば人に嫌われにくいか、どうすれば人にお願い事を聞いてもらいやすいか……そして人間相手の戦い方なんかも、教えてくれる。
ランヴァルドに出会ってから、ネールは……大分、『人間』になった。
ネールを『人間』にしてくれるランヴァルドは……色々教えてくれるし、導いてくれるし、面倒を見てくれるし、一緒に居てくれるし……でも、父、とは違うと思う。母ではない。ランヴァルドは男の人だ!
だから……もし、『兄』が居たら、こんなかんじなのだろうか、と、ネールは思う。それともまた、別?
ネールがちょっと考えていると、話が終わったらしいランヴァルドが振り返り……ネールの腕の中に焼き立てパンと林檎があるのを見て、『おお……お前、本当に得な性分だな……』と呆れたように笑った。
その笑顔が優しくて大好きだから、ネールはさっき以上ににこにこする。ランヴァルドと一緒で嬉しいんだ、とちゃんと伝えられるように。
「さて、宿に戻るか。……昼飯はそれだな。パンと林檎。あと、背嚢に干し肉か何か入ってただろ。あれで済ませよう。いいな?」
ネールはランヴァルドの言葉に頷いて、ランヴァルドと一緒にお宿までの道をてくてく歩く。ああ、今日もいい日だ!
……だが、ネールはふと、気配を感じて振り返る。
「どうした、ネール」
振り返ってみたものの……よく分からない。
誰かが、こっちを見ていたような気がしたのだが、振り返ってみたら、ただ、町の人々が居るばかりだ。特に誰も、こっちを見ていない。
結局ネールは、『なんでもない』と首を横に振って、また歩き出すことになる。
なんだか……ちょっぴり変な気はしたのだけれど。でも、きっと、別の人を誰かが見ていたんだろうな、と思い直して。
+
宿に戻ったランヴァルドは、ネールがいつの間にやらちゃっかり貰っていたパンと林檎とで昼食を摂る。飲み物だけは宿の食堂で購入した。ランヴァルドは水で薄めた蜂蜜酒、ネールは蜂蜜入りのミルクである。……ここでもちゃっかりオマケを貰ったネールは、注文した訳でもないビスケットを与えられて、さくさく嬉しそうに齧っている。
「さて、ネール。明日こそはここを発つからな。で、朝の内から歩き始めて西へ向かえば、途中で宿場に辿り着く。で、明後日にはダルスタルだ。いいな?」
ランヴァルドの言葉を聞きながら、ネールは頷いている。頷いているが……うっかり人助けの機会を見つけてしまったら、ネールはきっとそっちへ行ってしまうのだろう。ランヴァルドにできることは、できる限りネールを人に出会わせないことと、祈ることのみである!
「剣はさっき売ってきた。が、金銀の指輪だの首飾りだのは売ってない。宝飾品の類は大きい町での方が良く売れるからな。ダルスタルに到着してから売り捌くぞ。前に拾った柘榴石の指輪もそこで一緒に捌くか」
ランヴァルドは金勘定しながら、自分の財布の中身を確認する。
……現在、ランヴァルドの資金は金貨35枚ほどである。今日新たに手に入れた金貨3枚の内、1枚はネールの取り分としたが、それも翌朝になれば『雇用料』として返ってくる。実質、金貨3枚は丸ごとランヴァルドのものなのだ。金貨500枚分には遠く及ばないが、まあ、仕方がない。少しでも多くの武器を手に入れて、ランヴァルドは北部へ向かいたい。
「ま、これに宝石を売った金も合わせれば、それなりには武器を仕入れられると思うんだが……」
……唯一、気になることがあるとすれば……先程聞いた話だ。
どうも、ダルスタルでは武器の買い占めか何かが、既に起きているらしい。