山賊退治*1
「なあ、ネール。確かに人を助けるのは素晴らしいことだ。人間っていうのは助け合うことで生きている生き物だからな」
ランヴァルドは心にもないことを言いながら、膝をつき、ネールと視線の高さを合わせてじっとネールの目を見つめる。
「けど限度ってもんがあるんだぞ、ネール。いいか?俺達は先を急いでる。で、この町はカパーストン。まだステンティール中心地のダルスタルまでは宿場を経由して2日かかる。ついでにここから宿場まではかなり遠いんだ。どう足掻いても、今出なかったら間に合わない」
ネールはこくんと頷いた。分かってはいるらしい。分かってはいるらしいが……。
『もういちにち とまる』
……ネールはこのように、つい最近書けるようになったばかりの文字で訴えてくるようになったので、ランヴァルドとしては非常にやりづらい。文字なんざ教えてやるんじゃなかった!
ランヴァルドは天を仰いで、それから、ちら、と周囲の様子を見る。
……この町、カパーストンにお住まいの鍛冶師や鉱山労働者など……『お困りの皆様方』が、期待と不安をない交ぜにした目でこちらを見ている。
彼らは、『この町の最寄りの鉱山が賊に占拠されて使えなくなってしまった』というお悩みをお持ちのようだ。それを話していたところを、ネールが聞きつけてしまった。
ランヴァルドは内心では、彼らに大いに文句を言ってやりたいところである。『お前ら、ネールになんてもん聞かせやがった!』と。だが、表ではため息を吐くのみに留めた。
そして、改めて、ネールに問う。
「……行きたいのか。どーうしても、行きたいのか、山賊退治」
ネールは神妙な顔で、こくん、と深々頷いた。これは折れないだろう。今まで同様に。
「……せめて謝礼がそれなりに出ることを期待しよう……」
なので、ランヴァルドが折れるしかない。今まで同様に!
「……その鉱山を占拠した賊退治とやら、引き受けよう。ただし、そのせいで俺達はもう一泊する羽目になる。宿と食事代くらいは持ってもらうからな」
そうしてランヴァルドがそう申し出れば、人々は、わっ、と歓声を上げ、口々に感謝の言葉を述べる。
ネールは嬉しそうににこにこしていたが、ランヴァルドは深々とため息を吐く。『ああくそ!どうしてこうなった!』と。
……こんな具合に、『人助けの旅』になってしまった旅路は、旅程を大幅に遅れつつ、かれこれ10日以上続いている。
そうだ。10日だ。ハイゼル領のハイゼオーサからここまでは、本来3日もあれば辿り着くはずなのに!
ランヴァルドとしては、大して金になる訳でもない人助けなどしたくないのだが!ネールは、人助けが趣味であるらしいので!
……そして、ランヴァルドは小さな『雇い主様』に逆らえないのであった!
クズに金貨と花冠を
第二章:替え玉令嬢
現在、ランヴァルドとネールが滞在しているステンティール領は、国の中央、西部に位置する領地である。
領地の特徴を述べるとすると……南北に長い地形をしており、面積が広い。東はハイゼル領に面しており、北は北部、南は南部にそれぞれ突っ込んでいるような形だ。
……だが、領地の大半は山であり、人が住んだり畑を作ったりするのに向かない。
それでも、領地の南の方は平地であるし、何より、領地の北から西にかけてを埋め尽くすような山にこそ、このステンティールの価値があるのだ。
ステンティール領の一番の特徴。それは、鉱山資源が豊かなことである。
おかげでステンティールでは鍛冶が盛んだ。質の良い金属製品を買い付けたかったらステンティール。商人らの間でも常識である。
……そして、このご時世ではその『質の良い金属製品』を求める者が多いという訳だ。
つまり……治安の悪化を辿るこの国で、武具の需要は増している、という事である。かくいうランヴァルドもまた、ステンティールで大量の武具を買い付けて、北部で売り捌きたい商人の1人なのだ。
……ということで、ランヴァルドはさっさとダルスタルへ向かって、さっさと武具を買い付けて、さっさと北部へ向かいたい。
のだが……それをさせてくれないのがネールなのである!
「今度は山賊退治か……。まあ、まだ山賊の蓄えを頂ける分、マシだな……」
ランヴァルドはぼやきながら、先程依頼を受けてしまった町……カパーストンの北部へ向かう。
カパーストンもまた、ダルスタルほどではないが鍛冶で栄える町である。というよりは……ステンティール領内の町や村は、ほとんどが鉱山の近くにできた集落が大きくなったものなのである。各地の鉱山と、それらを繋ぐ流通の拠点がそのまま町になったようなものなのだ。
そんなカパーストンの主要産業である鍛冶の大本、鉱山が山賊に占拠されたともなれば、町の経済が立ち行かなくなる大事件だ。
……ということで、『誰か腕の立つ旅人が訪れ次第、山賊退治を依頼してみよう』とカパーストンの人々が考えていたところへ、丁度、業物に見える剣を携えたランヴァルドが現れてしまった、という訳である。
ランヴァルド一人なら、当然、この話は断る。何せ、旨味が無い。
鉱山労働者や鍛冶屋が集まって金を出してくれたところで所詮は端金だ。或いは、鉱山の所有者か権利者でも居れば話は別なのだが……生憎、カパーストンは鉱山労働者の組合があって、皆で鉱山を管理している、という非常に平和な素晴らしい体制を築き上げているため、本当に旨味が無い!
だったらさっさと、目的地であるダルスタルへ到着して、そこで武器を可能な限り買い付けて……北部へ渡って、武器を売り捌きたい。
「ハイゼルを出るまでにも大分かかったが、ステンティール領に入っても足止めを食らうとはな……おいネール。お前のせいだぞお前の」
既に、カパーストンでは『武具の類はすっかり品薄でね。ダルスタルに行かなきゃ買えないぜ』とのことである。他の商人が動き始めているのだろう。
武器を仕入れて売るなら今しかない。だから、急ぎたいのだが!急ぎたいのだが!
「……ネール。お前がやるって決めたんだからな。決めたからには、旅程が1日遅れる分くらいは稼ぐんだぞ。分かったな?」
ネールは目を輝かせて、ふんふん、と何度も頷いた。
……人助けが趣味の、この素晴らしい雇い主様は、このように旅先で出会ってしまった全ての厄介ごとを解決しようとする。
『病気の妻の為に川の上流から薬草を採ってきてほしい』だとか、『反対方向の宿場まで護衛をお願いしたい』だとか、『近くに魔物が出るようになったので退治してほしい』だとか……頼まれてしまって引き受けてしまった厄介ごとは、既に片手の指では足りなくなっている。
おかげで旅程は遅れに遅れていた。本来なら、もうとっくにステンティール領の中心、ダルスタルへ到着しているはずだったのに!
そして今日、ダルスタル1つ手前の宿場へ到着する予定が、今回もまた、厄介ごとを引き受けてしまったのでこうなっている!今日一日を山賊退治に費やす羽目になるとは!
……だが、まだマシだ。
少なくとも、金を持っていない奴の護衛任務などよりは、マシだ。
何せ、相手は山賊だ。どうせ多少だろうが、金や金目の物を多少は蓄えているのだろう。それらを手に入れれば、多少、ダルスタルで武具を買い求める時の資金が多くなる。より多くの武具を買い付けることができれば、より多くの武具を売れる。それはランヴァルドとしては喜ばしいことだ。一応は。
……無論、ランヴァルドとしては、量より早さを優先したいのだが。とにかく急いで武器を仕入れて、さっさと北部に売りに行かないと商機を逃すため、こんなことをしている場合じゃあないと思っているのだが。
だが……どうも、ネールは人助けをしたいらしいので。
ありとあらゆる人助けを、したいらしいので。
……そしてそれを、ランヴァルドに切々と、拙い書き文字で訴えてくるようになってしまったので!
仕方なく、ランヴァルドはこのように旅程を遅らせている。遅れることで何かいいことがある訳でも無し、むしろその逆であるが故に、只々気が急くのだが……だが、ネールはやはり、人助けしたいらしいので!嗚呼!
……そうして、ランヴァルドがげんなりしながら歩く間も、ネールは元気いっぱいに歩いていく。
目的の鉱山までは、そう遠くない。だが、如何せん、山道だ。貨車を通すために道が整備されているのが救いだが、上り坂が続くのでランヴァルドは大分、疲弊してきている。
そして、そんなところに現れるのが、山賊というものなのである。
「よお。こんなところにガキ連れで来るべきじゃなかったな」
ランヴァルドが暗い顔をどんよりと上げると、山の斜面から下りてくる賊が道を塞ぐように立ち塞がっていた。『ご苦労なこった』と益々げんなりしつつ、ランヴァルドは隣のネールを見る。
ネールはランヴァルドと目を合わせると、元気いっぱい、こくん、と頷いて……。
「だが金を置いていくなら見逃してやっても……うわぁ!?」
……そして、山賊は早速、ネールのナイフによってあっさりと死んだ。ランヴァルドは内心で『お前らこそ、こんなところに来るべきじゃなかったな』と思った。
ネールの通り道に居た悪い奴は全員こうなる運命である。何せ人助けが大好きなネールなので。
まるで危なげのない様子で山賊を3人ほど倒したネールは、にこにこしながらランヴァルドの元へ戻ってくる。ランヴァルドは『怪我は無いな?よし』と確認してから、早速、山賊の死体を漁っていくことにした。
……山賊は大したものは持っていなかったが、それでも銀の指輪が2つ、銀貨5枚、そして紫水晶の首飾りが1つ手に入った。まあ、山賊の下っ端の方にしてはかなりいいものを持っていた、と言えるだろう。
そしてもう1つ気になるのが……。
「……いい剣だな」
山賊の下っ端が持っているにしては、その剣が……ランヴァルドもネールも傷つけることなく持ち主を失ったその剣が、妙に、よい品なのだ。
拾い上げて確認してみるが、刃は薄青く輝くようだ。質の良い鋼を腕のいい鍛冶師が打ったのだろう、と分かる。
まあ、鍛冶で栄えるステンティール領内のことなので、然程珍しいことではないのかもしれないが……。ランヴァルドは剣を山賊の数、3本拾い上げて、上手く束ねて近くの茂みに隠す。坑道の中の山賊を退治し終えたら、帰路で背負って帰るつもりだ。
「下手すると、この剣だけでお釣りがくるかもな」
時間を無駄にする山賊退治だと思ったが、まあ、悪くないかもしれない。
剣は重いが、それなりに金になる。銀の指輪なんかよりはずっといい。特に、武具は品薄だというのだから、猶更良いではないか。
ランヴァルドは先程より幾分明るい顔で、早速歩き出したネールの後を追いかけていく。
……そして数分後には坑道へ到着し、その入り口を守っていた山賊1名をあっさりと倒し、悠々と坑道内部へ侵入することになったのであった。