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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
30/209

旅の続きを*2

 案の定、兵士達はざわめいた。

『この遺跡の存在を元々知っていて、古代装置へ真っ先に駆け寄っていき、そして、操作盤に触れていた冒険者』。その存在は、ハイゼルの安寧を根本から揺るがしかねないものである。

 まあ、そんなものは存在しないのだが。ランヴァルドの嘘八百なのだが。

 だが……そんな嘘に踊らされて、警戒をそれらに割いてくれるなら、今後ランヴァルドがハイゼルで追われる可能性は低くなるだろう。

 ……自分が追われたくなかったら、自分以外の誰かも追わせればいい。そういうものである。




 そうしていると、ネールがひょっこり戻ってきた。ポケットに水晶をめいっぱい詰め込んで帰ってきたようだ。

 ……流石にここまで詰めて戻ってくるとは思わなかったので、ランヴァルドは呆気にとられるばかりである。どうやら、前回のあの時は遠慮していたらしい。今回はランヴァルドからの命令とあって、堂々と水晶を採集してきたのだろう。

 膨らんだポケットはなんとも微笑ましいものだが、流石に兵士達に気づかれたらまずい。ランヴァルドはネールのポケットからいくらか水晶を抜き出して、自分の懐に隠しておいた。

 ……『返してきなさい』とは言わないあたり、流石はがめつく図太い悪徳商人である。




 古代魔法装置の部屋へ入ると、そこは以前とは異なる様相であった。

 魔力の気配は無く、冷気も無い。冷気によって霜が降りているでもなく、吹雪が渦巻いているでもなく……まあ、つまり、静まり返ったただの遺跡、であった。

「……もう動かせなさそうだな」

 操作盤を少し見て、ランヴァルドは首を傾げた。

 ……少々、おかしいように思える。あの時、何の知識も無いであろう冒険者崩れが操作盤を訳も分からず触った結果、この遺跡の装置が動き出したわけだが……あの時は動いたのに、今はもう、動きそうにない、とは。

「これが動いたのか?」

「ええ。……今思うと、あの冒険者二人が……ほら、あそこで死んでいる、あの二人ですね。彼らが何かしたからこそ、この装置が起動したのかもしれません」

 思っても居ないことを如何にもそれらしく言ってやれば、兵士達は神妙な顔で記録を付け始めた。

 ……大方、洞窟の水晶の魔力を使って、誰でも起動だけはできるようにできていたのだろう。今も動かそうと思えば動くのかもしれないが、流石にそれも怖い。触らぬ神になんとやら、である。

 ランヴァルドはさっさと制御盤の傍を離れ、背嚢を探すべく、視線をやった。

「ああ、もう見つけたのか」

 だが、ランヴァルドが何かするまでもなく、ネールが嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねて戻ってきていた。その手にはランヴァルドとネール、二人分の背嚢がある。

 中を確認してみたが、中身はそのままであったようだ。兵士達は一度、この部屋に入っているのだろうから、わざわざ背嚢はそのままにしておいてくれたのだろう。

 ……或いは、そもそもパイプとパイプの間に隠れて、背嚢が見つかっていなかったのかもしれないが。




 それからランヴァルドはもう少々、古代魔法装置について話した。

 ハイゼルの兵士達は、ランヴァルドの説明をつぶさに記録し、そして、自分達が調べた限りの情報と照らし合わせ、なんとも健気に働いていた。

 ランヴァルドはそれに協力する誠実な商人のふりをして兵士達に付き合ってやった。

 古代魔法装置についてはほとんど正直に話したので、これについて彼らが困ることは無いだろう。まあ、居もしない『元々古代魔法装置の存在を知っていて、これを起動させることを目的としていた者達』を追いかける羽目にはなるだろうが……。




 そうしてランヴァルドとネールは、ハイゼオーサへ戻る。兵士達はこちらを警戒していたが、それは仕方ない。ランヴァルドは兵士達の警戒に気づいていないふりをしつつ、町で兵士達と別れて『林檎の庭』へと入っていった。……そして明日の朝、日の出ない内に出発するつもりである。


「ちょっと!しばらく見なかったけれど大丈夫なの!?」

『林檎の庭』へ入るや否や、ヘルガが心配そうに駆け寄ってきた。

「ああ、まあ、色々あったんだ。色々……」

「ま、また何かやったの!?ああ、なんだか見ない間に傷が増えたんじゃないの?」

「これでも治したんだ」

 ランヴァルドは、早速の質問攻めに少々げんなりしつつ、しかし、このヘルガを利用しない手はない。ヘルガは良くも悪くもお喋り好きだ。情報源としても貴重だが……『情報を発信する手段』としても、有用なのである。




「……ということだったんだ」

「うわあ……」

 ……食事の席でヘルガに事の顛末をざっと語ったランヴァルドは、ヘルガを唖然とさせた。

 勿論、ヘルガが聞いても問題ない部分だけしか語っていない。ただ、『働き損だった上に少々厄介なことになって、口封じに殺されるかもしれない』というような説明をしただけだ。

「そういう訳で、俺の行方を追おうとしている兵士が居たら俺の居場所は教えないでくれ。当面、ハイゼオーサにも戻らない」

「本当にあなた、何をしたのよ……」

「それを聞いたらお前の首が飛ぶかもな」

 半ば自棄になってせせら笑いつつ『首が飛ぶ』の仕草をして見せれば、ヘルガは口を閉じた。ヘルガはお喋り好きだが、線を引くべき箇所はしっかり線を引く。まあ、つまり、賢いのである。

「ま、そういうことなら分かったわ。『ランヴァルド・マグナスは領主様に貸しが一つできたらしいが、それを妬む者に狙われることになった』ってところでいいのね?」

「ああその通りだ。実に話が早くて助かる」

 更に、賢いヘルガは笑って片目を閉じて見せた。これだから、ランヴァルドはこの『林檎の庭』を好んで使っているのだ!




 さて。ひとまず、今後のハイゼオーサでのランヴァルドの評判と名誉を守ることには成功しただろう。ヘルガが情報発信に一役買ってくれれば、妙な誤解を受けることも、ランヴァルドが命を狙われることも、ぐんと減るはずだ。

 そんなところで、ランヴァルドは水で割った葡萄酒を飲んでいたのだが……。

「それから……ネールちゃんのことは、どうするの?」

 ヘルガは、ネールのことが気がかりらしい。『ね』などと言いつつ、ネールの頬を、ふに、と指先でつついている。

 ネールはヘルガにつつかれるのは然程嫌ではないと見えて、ふに、ふに、とつつかれるがまま、しかしその海色の目をランヴァルドに向けて、ふや、と笑いかけてきた。

「こいつは連れていく。了承も得た」

 ランヴァルドがそう説明すれば、ネールも『そうだそうだ』というように何度も頷いてみせた。するとヘルガは苦笑しつつ、ランヴァルドを小突く。

「全く……ネールちゃんも居るんだから、あんまり危険なところに首突っ込まないでよね」

「むしろ俺よりこいつの方がそういうのは得意なんだがなあ」

 ランヴァルドは半分冗談、そして半分本気でそう言うと、ネールに片眉を上げて笑ってみせた。

「頼りにしてるぜ、ネール」

 ……するとネールは、それはそれは嬉しそうな顔で、うんうんと何度も頷いて、そしてランヴァルドの腕に、きゅ、とくっついてくるのだった。




 翌朝。まだ日も出ない内に、ランヴァルドはネールと共にハイゼオーサを発つことにした。

 ハイゼオーサの北西にはパキナという小さな町がある。そこを経由して、そのまま西に突き抜けていく予定である。

「ったく、次こそはまともに稼ぎたいもんだな……」

 ランヴァルドとしては、次こそは稼ぎたい。

 魔獣の森で置き去りにされたあの一件では金貨五百枚以上の損失を出しているし、今回、氷晶の洞窟とその奥の古代遺跡では、期待した儲けが出なかったどころか、非が無いにもかかわらずハイゼル領で危険視されることになってしまった。

 次こそは。次こそは金か、はたまた勲章かは賜りたいものである。そして、貴族位を買いたい。貴族になって、自分を殺そうとした生家に一矢報いてやりたい。……だがそれも、いつになることやら。ランヴァルドは深々とため息を吐く。

「……ま、ネールが居るからな。何とでもなるか」

 だからせめて、ネールだけは、手放さないようにしなければならない。ネールさえ居れば、稼げる。ネールさえ居れば、武功だって立て放題だろう。

 ……そうだ。ネールが居る。ネールが居る以上、もしかすると、この一連の不運があっても、赤字ではなくむしろ黒字だったのでは。そう考えることにして、ランヴァルドはまた歩みを進める。こうとでも考えなければやっていられない。全く……。


 少し歩いたところで、ランヴァルドは休憩を摂ることにした。

 どうも、病み上がりの体には体力が戻り切っていないようである。丸々二日寝込んだ挙句、更に翌日も碌に動かずに居たのだから、体が鈍りに鈍るのは当然であった。

 道の脇、赤や橙色に色づき始めた楓の木の下で、『林檎の庭』から貰ってきたパンとチーズ、それから水で薄めたワインとを腹に納めていく。ヘルガの計らいで、パンには甘い蜂蜜が染み込ませてあった。ネールが目を輝かせて食べるのを見て、ランヴァルドは『次の町で蜂蜜を一瓶買ってやるか……』と検討する。

 パンとチーズを食べ終わった後も、少しばかりのんびりと木漏れ日の下に居ることにした。何せ、体が重い。『これは体が戻るまでにまだかかるか』と、ランヴァルドは少々苦い思いでため息を吐いた。氷晶の洞窟での損益に『体力』も含めなければならない。


 ……そうしてランヴァルドが少し休んでいると、ふと、ランヴァルドの目の前にネールがやってきた。

「ん?どうした」

 そろそろ出発を促されるか、とランヴァルドが顔を上げれば……。

 ふさ。

 ……ランヴァルドの頭の上に、ふさ、とした何かが載った。それから、ふわり、と草花の香りがする。手で触れてみれば……それは、花冠だった。

 改めて頭から退かしたそれを見てみれば、どこからいつの間に集めてきたのやら、赤い実の実る枝を編み、間にヒースや野菊の花をたっぷりと編み込んだ立派なものであった。

「花冠……作ったのか」

 ネールはこくりと頷くと、再びランヴァルドの頭に花冠を載せて、ぱちぱち、と拍手をした。

 一瞬、呆気にとられた。だが、ネールがにこにこと満足げにしているのを見つけて、はた、とこの花冠の意味に気づく。

「ああ……『栄光を讃える』ってか?」

 ランヴァルドが聞いてみると、ネールはそうだそうだとばかりに何度も頷いた。どうやら、以前『花冠』の説明をしてやった時に教えてやったことを覚えていたらしい。

 ……花冠でささやかに讃えられる栄光など、銅貨一枚の価値すら無い。全く金にならず、今後の足掛かりになるでもない。二人きりの表彰式には、何の意味もない。

「ま、今回のところはこれでよしって事にしとくか」

 だが……にこにこしているネールを見ていたら、『まあ、仕方ないな』と諦めがついた。

 勲章でもなく、金貨でもなく。ただ素朴な花冠が頭の上でふさふさ揺れるのを感じながら、ランヴァルドは嬉しそうなネールの頭を撫でてやるのだった。


 それからまた、二人は西へ歩き出す。花冠は『讃えるっていうならお前の功労も讃えなくちゃな』と理由を付けて、ランヴァルドではなくネールの頭に載ることになったが。……流石に、成人した男が花冠を頭に載せているわけにもいかないので。

「これから向かうのはステンティール領だ。あそこも中々いい土地だぞ。何せ、魔鋼が採れる鉱山があるからな」

 ランヴァルドがこれから向かう地方について教えてやれば、ネールは、ふんふん、と興味深げに頷いた。

「鍛冶が主な産業だ。多分、今は丁度、北部からの注文が相次いでるところだろうしな。まあ、困っている人が居れば助けてやろう」

 ネールは、ぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして同意を示して、またうきうきとランヴァルドの隣をてくてく歩く。

 ……まあ、ランヴァルドの言う『困っている人が居れば助けてやろう』は、『困っている奴が居たらそれに付け込んで稼げるだけ稼いでやる』というような意味なのだが。

 実際、ステンティール領では、稼げる算段がある。魔鋼が採れるとはいえ、そんな場所には当然、魔物も出るのだ。ならば魔物狩りで稼げるだろうし、魔物が増えている鉱山を見つけたら魔物退治で鉱山の所有者から金をせしめてもいい。或いは、ほとんど人が入らないような鉱山に潜って、魔鋼そのものをどこかの鍛冶屋にでも売ってやってもいいし、そこで武器を作らせることができれば、それを持って次は北部へ行けばいい。ボロ儲けだ。

「楽しみだな。お前が居れば何とでもなる気がするよ」

 ……色々あったが、まあ、金貨五百枚を取り戻すのは簡単だ。何せ、ネールが居るのだから。ランヴァルドがにやりと呟けば、ネールもまた、にこにこと楽し気に頷いた。

 ランヴァルドとネール、それぞれが想像しているものは恐らく、大分ずれているのだが……まあ、二人とも、楽し気であることには、変わりがない。


 冬の気配が近づく、秋のことだった。




 ~




「ああ。金貨五百枚分の武具を金貨百枚足らずで買えたんだから、随分な儲けだったよ」

 大量の武器を倉庫に納め終えて、男はにこりと笑う。いい商売だ。やはり、根が甘い奴は騙しやすい。簡単に人を信じて、信用できない護衛を信用してしまう。

「ランヴァルドは死んだからな。もう遠慮してやる必要も無い」

 魔獣の森の真ん中で死んだはずの、目障りな旅商人のことを思い出す。まあ、死んでしまえばそれで終わりだ。不快なことはもう何も無い。

 男は如何にも人のよさそうな笑みを浮かべて、部下に告げた。

「さて。そろそろステンティールも終わりだ。武具の生産元を潰せば、もっと値が吊り上がるからね」


一章終了です。二章開始は11月15日(金)22時20分を予定しております。

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― 新着の感想 ―
>……そうだ。ネールが居る。ネールが居る以上、もしかすると、この一連の不運があっても、赤字ではなくむしろ黒字だったのでは。 なんだか彼が美少女に依存するヒモの図を幻視した。
良いやつは早く死ぬとは言いますが、人との出会い次第では話は変わってくるんですよね
やっぱ本物の下衆には人の良さが見えてしまうんだろうな
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