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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
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氷晶の洞窟*5

 壁中、そして壁から少し離れた位置まで侵食するように、金属管が張り巡らされている。金属管の一本一本の太さはまちまちで、細いものはランヴァルドの太腿程度だが、中には、人間が二人か三人入れるほどの太さのものもあった。

 同時に、その壁の前では小さな机ほどの装置が一つ、光り輝いている。恐らく、アレが壁の装置全体の操作に関するものなのだろうが……。

「おい馬鹿野郎!それに触るな!」

 丁度、その装置の前で、逃げ出した冒険者二人が何かやっていた。魔法の意味など分かっていないだろうに、『化け物』から逃れるために藁をも掴むような気持ちで装置を動かそうとしていたらしい。

 ランヴァルドが叫べば、冒険者二人はびくりと身を竦ませ、後退ろうとする。だが背後にあるのは当然、古代魔法の装置と壁である。後退る隙間など、あるはずもない。

 そしてネールはまるで容赦がない。ナイフを抜いて、じりじりと冒険者二人へと距離を詰めていく。それにいよいよ追い詰められた冒険者達は……。

「くそぉ……!こうなったらぁあああ!」

 遂に、武器を抜いて立ち向かってきたのだった!




 最初に突っ込んできた一人の攻撃は、ネールに届かなかった。ひらり、と一歩分身を引いて相手の剣を躱したネールは、相手が次の攻撃に移る前にすぐさま距離を詰め、一人目を殺した。

 ……足場になるものがあまり無い、広い空間ではネールの戦い方は地味なものになる。壁や天井を蹴って跳び回ることなく、ただ、最小限の動きで敵と対峙するのみなのだ。

 武芸の達人めいた動きであるが、これが野生児もどきの独学によるものなのだから、天才というものは本当に存在するものなのだろう。


 続いて、ネールへと二人目が挑む。こちらは一人目より賢く立ち回った。じりじりと距離を詰めたり、慎重にネールと距離を取ったり、と繰り返して、ネールを壁際へと追い込んでいく。

 ……だが、奴はもっと考えるべきだったのだ。ネールに壁を……『足場』を与えたらどうなるか、ということを。

「これで逃げられねえぞ!」

 冒険者は半狂乱になって、ネールへと剣を振り下ろす。だが、ネールは壁に向けて跳躍すると、続いて壁に巡らされた金属管を蹴って更に跳び、ひらり、と冒険者の背後へ着地していた。

 冒険者の剣はネールを捉えることなく壁および古代魔法の仕掛けや金属管にぶつかることになった。冒険者は余程その一撃に自信があったのか、ネールを見失って辺りを見回すその表情には絶望が満ち満ちていた。

 愚かな、とランヴァルドは思う。愚かであることを、少々哀れにも思った。だが、愚かであることが罪を赦される理由になるわけではない。

 ……そして結局ネールが、冒険者の首筋目掛けてナイフを繰り出せば、二人目も死んだ。




 これで厄介者は片付いた。愚かな冒険者達の末路を見届けたランヴァルドは、少しばかり苦い思いを『まあ、仕方なかった』と割り切ることにした。

 襲ってきた相手を殺すこと程度、割り切らねば悪徳商人などやっていられない。

 だから、殺したことはどうでもよかった。どうでもいいのだと思うことにした。……だが。

「……ん?」

 ランヴァルドは、先程まで冒険者二人が触っていた古代魔法装置の制御盤を見て、首を傾げた。

 制御盤の上には、水晶を磨いて作った板のようなものが嵌めこまれている。そして、その板の中には、光の線で古代語の文字列があったのだ。

 ……『起動』と。




 まずい、と思った時にはもう、遅かった。

 魔法が動く。ランヴァルドは咄嗟に身を伏せたが、ネールは今、何かが起ころうとしていることを咄嗟に理解できなかったらしい。

 ネールはランヴァルドがそうしていたように、自分が殺した冒険者の服の裾でナイフの血を拭っていた。つまり、冒険者を殺したその場……壁際の、装置を繋ぐ太い金属管に囲まれた空間に居たのだ。


 魔法が動く。

 そして、金属管の傷ついた箇所を吹き飛ばすようにして、そこから液体が吹き出した。吹き出した液体は……瞬時に凍り付いていく。

 そう。凍り付いたのだ。それもそのはず……動いた魔法は、部屋の温度を一気に下げていたのだ。

「ネール!」

 そうしてランヴァルドの声が届く前に、金属管と金属管の間を埋めるようにして氷の分厚い壁ができていた。

 中に、ネールを閉じ込めて。




「おい!ネール!ネール!大丈夫か!」

 すぐさま、ランヴァルドはネールの元へと駆け寄った。だが、分厚い氷の壁に阻まれて、ネールがどうしているのか分からない。

 ……一瞬だ。一瞬で、こんなにも分厚く氷の壁ができてしまった。これが古代魔法か、とぞっとする。

「ネール!しっかりしろ!ネール!」

 返事は無い。氷の壁を叩けども、分厚く張った氷はびくともしない。剣で突いても、欠片が飛び散るばかりで中々砕けてくれない。それどころか、部屋中に吹き荒れるようになった冷気がますます氷の壁を分厚くしていくようにも思えた。

「くそ……なんだ、これは……」

 ランヴァルドは部屋の中を見回して、恐怖を感じていた。

 床の上には霜が降り、うっすらと白くなっている。うっかり金属管に触れでもしたら手の皮膚が凍って貼りついて、そのまま千切れるだろうと思われた。

 ごうごうと渦巻く魔法は吹雪めいて、視界を白く染めている。

 ……まるで、北部の冬のようだった。


「ネール!大丈夫か!?ネール!返事をしろ!」

 再度声を掛けてみても、返事は無い。

 ……ネールはもう、氷壁の向こうで息絶えているかもしれない。返事も無い。氷の壁の向こうの様子など分からない。あれだけの魔法に巻き込まれて、まだ生きている保証など無いのだ。

 そしてここに留まり続けることは、ランヴァルドの命もまた危険に晒すことに他ならない。

 今、この部屋は真冬の北部もかくやという寒さであった。全てが凍り付く気温の中に居れば、人間だっていずれ凍り付く。そうして死んだ人間を、ランヴァルドは何人も見てきた。

 ランヴァルドが身に纏っている服は当然この気温には適していなかった。対策も何も無しにこんな気温の中に居ては、本当に死ぬ。今も既に手足はかじかんで碌に動かない。脱出の見込みがまだある内に、すぐさまここを出るべきだ。

 そうだ。撤退した方がいい。自分の命が惜しいなら、すぐにでも。全てを放り出して。

 そして洞窟を出て、外の枯れ木でも集めて、焚火を熾して暖まるべきなのだ。そして町に戻って、温かい蜂蜜酒かワインかで体を温めて、ゆっくり眠って休むべきだ。間違いない。

 ……だが。

 ランヴァルドは、ちら、と氷の壁へと目をやった。

 もし、あの奥で、まだ、ネールが生きているのなら。


 北部の冬の夜、吹雪の中、一人孤独に寒さを耐え忍ぶ心地を、ランヴァルドは知っている。




 一瞬、迷った。このまま剣で氷を砕くべく挑戦し続けるかどうか。

 だが、ランヴァルドはすぐさま『望みが薄すぎる』とその案を切って捨てた。そして代わりに、古代魔法の制御装置を検分し始める。

 ……おかしなものである。悪徳商人らしく損得を考えるならば、すぐにでも、ランヴァルドはこの遺跡を脱出すべきであるのに。

 ネールが生きている保証はなく、生きていたとしても今後使い物になるか分からないというのに。

 ……なのにランヴァルドは諦めの悪いことにここに残っている。

 古代魔法の装置など初めて見たばかりで、そもそもランヴァルド自身には魔法の才覚はほとんど無い。だが、必死に目を見開き、魔法を読み解いていけば……多少、読める。

「ああ……案外、いけるかもしれないな」

 自らを鼓舞するように笑みを浮かべて、ランヴァルドは制御装置を見つめる。

 ……検分し始めた制御装置には、古代文字で何事か刻まれていた。そしてランヴァルドはそれを、『このまま頑張れば読み解けるのではないか』という程度には、理解できたのである。

「ああ……『昔握った剣の柄』とはよく言ったもんだな。案外、覚えてる」

 古代語など、ずっと触れていなかった。かつて学び、必死に身に着けた教養などほとんど消え失せたと思っていた。そして二度と使うことはないだろう、とも。

 だが……こういう時に役立つのだから、妙なものである。

 ランヴァルドがかつて学んでいたことは、無駄ではなかったのかもしれない。


 ランヴァルドは命を削るような寒さに身を震わせつつ、必死に、古代文字を読み解き、制御装置を調べ続ける。

 とうに指先の感覚は消え失せている。髪の先は白く凍っていき、睫毛も、目の表面を覆う涙すらも凍り付いていく。

 だがそれでいて体の奥は妙に熱いように感じられた。人間は限界を超える寒さに晒された時、むしろ暑いように感じるらしい。かつて父が生きていた頃、そう教えてくれたのをランヴァルドは覚えている。

 ……要は、限界が近いのだ。ランヴァルド自身の体が、これ以上は耐えきれないと訴えている。

 寒さに霞む目も、制御盤を動かす指も、何もかもが碌に働いていない。滴る汗がすぐさま凍り付き、自らを氷漬けにしていくようですらあった。

 だがランヴァルドは古代魔法の解読を止めなかった。古代文字を読み、魔力の流れから推察して、自らの持ち得る全てを……命すらも使い捨てる勢いで。


 そしていよいよ、読み解けるものは全て読み解いた。その頃にはランヴァルドの靴底は床に凍り付いてしまっていて、もう逃げ出すことすらできなくなっていた。

「ここに……魔力……」

 制御盤の一部に、手を置くための場所がある。……酷く冷えたそこに手を置けばどうなるかなど、よく分かっていた。だがランヴァルドが躊躇ったのは一瞬だ。すぐさまそこへ手を置いた。

 制御盤に手を置いてすぐ、皮膚が凍り付いて貼りつくような感覚があった。だが『この後』のことなど考えず、ランヴァルドはただ必死に、自らの魔力を流し込む。

 ランヴァルドの魔力が制御盤へと流れていく。それはまるで、溶かした金属を鋳型に流し込んでいくかのようだった。魔力が制御盤によって形作られ、魔法へと変わっていく。

 ランヴァルドは自らの内から何かが抜け出していく感覚に耐えながらひたすら魔力を注ぎ続けた。そうしていれば、ぽう、と制御盤の上に光が灯る。その光は古代文字で『停止』を意味する形になり、装置は徐々に止まって……。

「あ」

 そして、光が消えた。

 ……ランヴァルドの魔力が、足りなかったのである。




 分かり切っていたことではあった。当たり前に魔法を使っていたらしい古代人とは違い、ランヴァルドは魔力も少なく武芸に秀でたところもない、多少口と頭が回るだけの極々平凡な男でしかない。

 古代装置を一人で動かすには、能力も魔力も、全てが不足していた。ついでに時間と気力と体力がもう少しあればまだよかったが、それらも尽き果てて久しい。

 ……能力が足りなかった。準備も足りなかった。そして、逃げるべきところで判断を誤った。だから、ランヴァルドは死ぬ。


 ふっ、と光が消え失せてすぐ、部屋に吹雪が渦巻いた。容赦なくランヴァルドの気力と体力を削り取っていく。

 限りなく弱まった生命を吹き消さんと吹き荒ぶ冷気に、いよいよこれはダメか、とランヴァルドは天を仰いだ。

 より一層激しく渦巻く冷気は、その渦の中に氷の粒を無数に生み出していた。それらの氷は刃めいて鋭く、ランヴァルドを切り裂いて尚も渦巻く。

 最早、精根尽き果てたランヴァルドは、最早寒さの感覚も無く、現実味も無く、どこかぼんやりとそれを見上げていた。

 自らを死に至らしめる氷の刃が水晶のようにきらめいて、美しかった。


 ……そしてそれを見て、ランヴァルドは急激に思い出す。我に返る。この期に及んでまだ生きることにしがみつこうと、足掻く。

「これ……だ!」

 凍りかけている目を見開いて、ランヴァルドは背嚢の奥を探った。制御盤の上に固定されてしまった右手は使えない。左手も寒さで碌に動かない。だが、幸いにして、『それ』をなんとか掴み取る。

 そして。

「これで足りるだろ!」

 ネールがくれた水晶を、自らの右手越し、制御盤に叩きつける。


 ごうん、と、古代装置が大きな音を立てた。


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― 新着の感想 ―
ここで逃げずにやってくれると信じてたよ
そしてまたネールちゃんの誤解は加速するw
なるほど……ここ、氷室……冷凍庫、だった、と。スイッチ入れて稼働させたら、そりゃ、凍りますね。ただ……停止にも魔力いるのかな。稼働に魔力が必要だったようにも思えないし……残存魔力、かな? 見捨てられな…
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