しっぽ
ネールは自分の仕事をやり終えて、にっこりした。
今日のおリボンは、淡い桃色のものだ。うっすらと雪を被った花のような、そんな儚げな色合いのリボンがよく似合う。
そして、今日はちょうちょ結びが上手にできた。左右のリボンの余りが、綺麗に同じくらいになったのだ!ネールは心の中で、自分自身の仕事を大いに褒め称えた!
「……ネール」
……だが、そんなネールの前でランヴァルドは1人、何とも言えない顔をしていた。
「リボンを結ぶなら、お前の髪にしておきなさい。俺に……それも、尻尾に結ばれたら、リボンが流石に可哀想だろう……」
そう。
不思議なことに……ランヴァルドはどうも、自分のしっぽの可愛さを分かっていないようなのである!
ランヴァルドのしっぽは、かわいい。ネールは強く、そう思う。
まず、ランヴァルドのしっぽだが……トカゲやドラゴンのしっぽに似ている。根元が太くて、先っぽに行くにつれて細くなっている。毛は生えていなくて、鱗がある。
上の面には融けない氷のような、薄っすらと透き通る白の美しい鱗が並んでいる。すべすべで、しっとりつやつやとした手触りで、とても綺麗だ。
しかし、そんなしっぽを持ち上げて、下の面……裏側、とでも言うべきそこを見てみれば、そこは、ほやん、と白く、ぷに、としていて……とてもかわいいのだ!
ぷに、ぷに、とランヴァルドのしっぽの裏側をつつきながら、ネールは深く頷いた。やはり、ランヴァルドのしっぽは大変かわいい。
以前、ステンティールでちょっとだけ一緒だった……あの、岩石竜の子のお腹も、こういう感触だった。ぷにぷにしていて、かわいかった!
勿論、あんまりつつきすぎると、『ネール。そろそろ勘弁してくれ。くすぐったい……』と止められてしまうので、つつきすぎはよくないが。
だが……ランヴァルドのしっぽは、ちょっと、あったかいのだ!
ここにはちゃんと、血が通っているらしい。感覚があるのだから、そういうものらしい。
だから、血行が良い時には、ちょっとぬくい。暑い時など、白さの中にほんのりと赤みが差して、ちょっとピンク色になることもある。それがまた、殊更にかわいい!
今日の淡いピンク色のリボンは、そんなランヴァルドのしっぽにぴったりである!上面の白く儚げなすべすべの鱗にもよく合うし、裏側の、ぷにぷにしたかわいい部分にもよく合う。ネールは自分の仕事に大いに満足している。
……ランヴァルドには、元々は、しっぽが生えていなかった。ランヴァルドのしっぽは、ネールをお迎えに来るためにランヴァルドが無理をして、その結果、生えてしまったものらしい。
しっぽだけではない。ランヴァルドの肌には鱗が生じてしまっていて、この間までは、それが顔にまであった!今は、胸やお腹、お尻や太腿あたりに残っているだけになったが、顔の半分が鱗に覆われてしまっているランヴァルドは、鱗の色合いも相まって、まるで氷に覆われてしまったようにも見えて、少し、痛々しかった。
更に……オルヴァー曰く、ランヴァルドには一時期、角まで生えていたらしい!オルヴァーが部屋に飾っているのを見せてもらったので、どういう角が生えていたのかはネールも知っている。
角は白くて、つやつやで、すべすべで……とても綺麗だった。そんな角を貰えたオルヴァーがちょっぴり……否、とても羨ましいネールである。
……そういうわけで、ネールは、ランヴァルドを元の姿に戻したい。ネールのために頑張って、それで、こうなってしまったランヴァルドを戻したいのだ。
そして、ランヴァルドの鱗や尻尾を治すためには、ネールがくっついていればよいらしい。なのでネールは、毎晩ちゃんと、ランヴァルドのしっぽを抱き枕にして寝ている。ぷにぷにでかわいい手触りなので、抱いて寝るのに丁度いいのだ。
ネールはランヴァルドのしっぽが取れたら、しっぽを貰おうと思っている。角はオルヴァーが貰ったのだから、しっぽはネールが貰ってもよいはずである!
そういうわけで、ネールは一生懸命、日々、ランヴァルドのしっぽに抱き着き、しっぽを撫で、しっぽを可愛がっていたのだが……これが、ランヴァルドには不評であった!
ランヴァルドは言った。『こういう、気味の悪いものにあんまり近づくもんじゃない』と。
……ネールはこれに憤慨した。だって、ランヴァルドのしっぽは『気味の悪いもの』ではないのだ!
勿論、ネールだって、分かってはいる。ランヴァルドの顔に鱗がある時、ランヴァルドが会う人はごく限られた少数だけだったが……そんな彼らも、『中々に……その、すごいお顔になっていますね……』という反応だった。
分かる。ランヴァルドは、顔に鱗がある状態を公にするわけにはいかない、と言っていた。だから、顔の鱗が完全になくなるまで、お祭りも無しだった。
あんまり室内に閉じこもっていては具合が悪くなってしまいそうで、ネールはランヴァルドを連れてお外へ出ようとしたが、ランヴァルドは、『1人で行ってきなさい』とネールを送り出すだけだった。本当に時々、夜の間に、ちょこっとだけお散歩したけれど、それだけ。
……ランヴァルドは、人の目が怖かったのかもしれない。さも気にしていないように、飄々と、ちょっと厚かましく振る舞っていたランヴァルドだけれど……。
だから、分かっているのだ。ネールだって。ランヴァルドの鱗、そしてしっぽなんてものは殊更に、『気味の悪いもの』なのだと……世間ではそういう扱いのものなのだと、分かっては、いるのだ。
だがネールは諦めない。
ランヴァルドが諦めてしまっているそれを、諦めない。
ランヴァルドがネールを諦めないでくれたのだから、ネールだって、諦めない。
諦めずに、ランヴァルドにくっついて……撫でて、抱き着いて、温めて、そして、鱗もしっぽも、ネールが戻すのだ!
……そして、とれたしっぽはネールが貰うのだ!だって、かわいいから!
ということで、ネールは頑張っている。『ランヴァルドのしっぽは気味が悪いものではない!かわいいのだ!』ということをランヴァルドにも自覚してもらうべく、頑張っている。『だから、ネールがくっついていても何も問題は無いのだ!』と、伝えるために、頑張っている。
……そのために、ランヴァルドのしっぽにリボンを結んでかわいくしている!
ほら、かわいい!リボンを結ばれて、少し困惑気味にふらふら揺れているしっぽは、今日もかわいい!ネールは大いにご機嫌である!
……そして、ネールが大いにご機嫌であるからか、ランヴァルドも、最近では諦めてくれているようであった。少なくとも、『あまり、ネールが俺と一緒に居るとよくないんじゃないか』などと言うことは無くなってきた。結構なことである。ネールはこれからもランヴァルドと一緒に居る所存である。
だが……一方で、やはり、困惑はしている様子では、あった。ネールに押し切られまい、とする努力が、ランヴァルド側にも見て取れる。
「その……リボンを結ばれちまうと、ズボンの中にしまいにくくなるんだが」
なのでネールは、『しまわなくてもいい』と書いて見せた。だってしっぽはかわいい。隠してしまうなんて、とんでもない!
……尚、ランヴァルドは人前に出る時にはしっぽをおズボンの中にしまっておくのだが、それはそれで、窮屈で居心地が悪いらしい。なので、ランヴァルドのおズボンのお尻のところは、尻尾を出せるように、上手に穴が開けてあるのだ!
これをやってくれたのは、以前、様子を見に来てくれたウルリカだ。彼女は、『隠しになっておりますので、ここの内側からボタンを留めておけば穴は見えません。後は、少し丈の長い上着をお召しになれば違和感は無いかと』と言っていた。ネールは大いにウルリカを褒め称えた!
「そもそもな、ネール。その、尻尾は、尻から生えているんだ」
ネールは頷いた。尻尾とは、そういうものである。尻から生えていなかったら、頭尾とか、腕尾とかになってしまうはずである。
「それで、尻っていうものはな、その、そんなに綺麗なもんじゃないんだぞ……?」
ネールは首を傾げた。ランヴァルドは頑なにお尻を見せたがらないので、ちら、としか見たことは無いが、別に汚くはないと思う。
「いや、綺麗か汚いかの話じゃなくてな、ネール。そもそもお前も年頃なんだから、他人に、それも男にべたべたくっつくのはよくない」
ランヴァルドは時々これを言うが、そんなことを言われたらネールはランヴァルドの鱗もしっぽも、治せなくなってしまうのでそれは困る。
ということで、ネールは、『ちゃんと しっぽ なおす』と書いて見せた。ランヴァルドは天を仰いだ。何だろうか。そんなに困ることなのだろうか。
……と、ネールが首を傾げていたところ。
「なんか……その、俺にも、恥という概念はあるんだぞ、ネール」
ランヴァルドは、何やらそんなことを言い……そして。
「つまり、その、だな……恥ずかしいから、勘弁してくれ……」
……なんと!ランヴァルドは、恥ずかしがっているのだ!ネールは、大変驚いた!
恥ずかしがるランヴァルドは、とても珍しい気がする。ネールは、ランヴァルドの周りをくるくる回って、この実に珍しいランヴァルドを観察した。
「……いや、確かに、『恥知らず』だのなんだの、言われてきた俺だがな。それでも恥ずかしいものはあるんだぞ、ネール」
ネールはなんだか不思議な気分でランヴァルドを見上げた。ランヴァルドは、『なんだ、悪いか』と言わんばかりの様子である。……ネールはまたちょっと、首を傾げた。前、ランヴァルドの髪にリボンを結んだ時には、恥ずかしがったけれど、開き直っていた。しっぽだと開き直れない、ということだろうか。不思議!
「……化け物の一部だぞ。流石に、その、恥だろう。こんなものは。みっともない」
……成程。
ネールはようやく、理解した。
やっぱりランヴァルドは、どうも……しっぽのかわいさを、理解していないようなのである!
ということで、ネールはランヴァルド相手に力説した。
『しっぽはかわいい』と書いて見せ、それから、『ぷにぷに かわいい』と見せ、『ふらふら ゆれる かわいい』とも見せ、そして、『さわりごこち いい』と書いて見せた!
そして、『おりぼん かわいい!』と書いて見せれば……ランヴァルドはようやく、ネールがどうしてランヴァルドのしっぽにリボンを結ぶのか、分かったらしい!遅い!
「……あー、分かった。分かったぞ、ネール。つまり……その、アレだな?お前がいうところは、『尻尾はかわいいので、恥ずかしくない。気にせず出しなさい』ということか?そういうことなのか?」
ネールは頷いた。そういうことである!
「……いや、ネール。その、そう思うのはお前くらいなものだ。あのな、世間では……」
ランヴァルドが何か言いそうだったので、ネールは『オルヴァー』と書いて見せた。ランヴァルドは黙った。
更にネールは、『イサクさん』と書いて見せた。ランヴァルドは天を仰いだ。
そしてとどめに、ネールは『ウルリカ! ヘルガも!』と書いて見せた。ヘルガはランヴァルドのしっぽを見て、『あらやだ、かわいいじゃない!』と言っていた。ウルリカも、ランヴァルドのしっぽに興味があるようだった。なので今度『一緒にランヴァルドのしっぽをつつきませんか』とお誘いするつもりである。
勿論、その時はエヴェリーナも一緒だ。ティナもきっと、一緒に来る。……楽しみ!
……そうしてランヴァルドは、しばらく考えていた。尻尾が迷うように、ふらふら揺れていた。ネールがつつくと、しっぽはくすぐったがるようにふるんと震えて、『やめなさい』と言うように、ネールの手を、ぴたんと軽く叩いた。……かわいい!
ネールがしばらく、ランヴァルドのしっぽを満喫していると……やがて、ランヴァルドは深々とため息を吐いて、言った。
「こういうのは、俺とお前だけの時にしてくれ……」
……ということで、ネールは時々、2人きりの時にだけ、ランヴァルドのしっぽをリボンで飾ることにした。
また、時々、花冠の小さいのを編んで、しっぽに引っかけておくこともある。これもまた、かわいいのだ。リボンを結んで、その結び目に花を挿しておくのもかわいい。しっぽには無限のかわいさがある!
……ランヴァルドは、『お前、よくこんなのを可愛がれるよなあ……』と言っているのだが、実際かわいいのだからしょうがない。
ネールは、いかにランヴァルドのしっぽが可愛いのかを日々、力説している。言葉で伝えるのがまだ上手じゃないネールは、行動で……しっぽをつついて、眺めて、リボンを結んだり花を飾ったりして、そして抱きしめて、『あなたはかわいい!』と伝えている。
……多分、ランヴァルドはかわいがられるのに慣れていないのだと思う。前は、ネールも慣れていなかった。今はランヴァルドをはじめとした大人達がかわいがってくれるので、すっかり慣れてしまったけれど……。
まあ、つまり……ランヴァルドもきっと、慣れるはずなのだ。
ネールがランヴァルドを大事にして、かわいい、かわいい、と毎日やっていれば……自然と、『こんなの気味が悪いだろう』なんて思わないように、なっていくんじゃないかと、ネールは思っている。
そういうことで、ネールは相変わらず、ランヴァルドのしっぽを抱いて寝ている。ぷにぷにしてかわいい手触りである。とてもよい。
……これについてランヴァルドは、『ああ、いっそ尻尾がさっさと取れた方がよさそうだからな……尻尾が消えるまでの辛抱だ……』とぶつぶつ言っていた。
なのでネールは……ちょっとだけ、ランヴァルドのしっぽがこのままだったらいいなあ、と、思った。
そうしたらその間ずっと、ネールはランヴァルドに『かわいい』と伝えられるので。
そうやって、ランヴァルドには、慣れてもらわなきゃ、困るので。……だって、ネールはずっとずっと、ランヴァルドと一緒に居るつもりなので!
……いや、でもしっぽが取れないのは困る。ランヴァルドはしっぽを嫌がっているのだから、取れた方がいいのだろうし……それにやっぱり、オルヴァーが角をもらったのは、ずるいので。
ネールも、ランヴァルドのしっぽを貰いたいので……ランヴァルドのしっぽには、ランヴァルドのお尻から外れてもらわなければ、困るのだ!
きゅ、と尻尾を抱きしめ直して、ネールはそんなことを考えるのだった。
そんなお布団の中は、大層ぬくぬくで……幸せいっぱいであった!




