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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
後日談、或いは昔の話
218/218

帰宅後、来客

「へえ。まるきり化け物じゃないか」

 マティアスが会うなりそう言ってくるので、ランヴァルドは苦笑した。

 まあ、『まるきり化け物』と言うには大分人間の形をしているとランヴァルドは自負しているのだが、それでも、未だ体のあちこちには鱗が残り、ついでに尻には尻尾もある。

 この状態で『完全に人間』とは言えないので、まあ確かに、『化け物』だな、とランヴァルドはため息を吐いた。

「これでもかなり人間に戻ってきたんだぞ。一番酷い時には角が生えてた」

「角?珍獣の角だって言えば高く売れそうだな。保管してあるかい?」

「悪いが弟が欲しがったんでそのままやっちまったよ」

「物好きな弟も居たもんだね」

 マティアスが何とも言えない顔をしているが、ランヴァルドも何とも言えない顔をしている。……オルヴァーが物好きであるところには同意せざるを得ないので。


「ところで、お前がこっちに来るなんてどういう風の吹き回しだ?」

「暇なんだ。分かれよ」

 さて。

 ランヴァルドは首を傾げつつ、一応、茶を淹れてやることにする。

 ……というのも、マティアスは別に、ネールに連れてこられたわけではなく、ランヴァルドが呼んだわけでもないのだ。

 ただ、ランヴァルドとネールがジレネロストに帰還した後、『そっちに行く。数日泊まる』と、マティアスからの手紙が届いたのである!

 あまりに唐突であったため、ランヴァルドは何かの間違いだろうと思ったのだが、こうしてマティアスが本当に来てしまうと、いよいよ不思議に思うしかない。

「暇だからって、わざわざこんなところまで来なくてもいいだろ」

「ここになら、来る時に監視の目が緩いんだ」

 ……が、まあ、一応理由はあるらしい。それもそのはず、本来マティアスはブラブローマに軟禁中であるはずなので。

「ブラブローマの者達としても、救国の英雄サマと大賢者サマとの縁があるのは喜ばしい、とでも思ってるんだろうよ」

 ランヴァルドは『大賢者か……』と何とも言えない顔をしつつ、ため息を吐いた。

 ……ネールが帰還して、ファルクエークでの療養を終えた後、ネールとランヴァルドは王城に招かれて表彰されている。その時には、ランヴァルドは顔や腕の鱗をなんとか包帯で隠して謁見したのだが、ずっとコレというわけにはいかない。

 そして、一か月後に祝賀会を開く、と王が宣言してしまっているので、ランヴァルドはそれまでになんとか、顔の鱗と尻尾くらいはなんとかしておきたいところである。

 まあ、その辺りは全て、ネール頼みなのだが……。


「……まあ、今のジレネロストには王城の人もボチボチ居るしな。お前の監視の目には事欠かないか」

「そうだね。全く、良い待遇じゃないか」

 さて、鱗のある顔面で人前に出るわけにはいかないランヴァルドだが、そうなるとジレネロストの運営が滞る。

 ……ということで、今、ジレネロストにはイサクとアンネリエが直々にやってきて、諸々の政務をこなしてくれている。

 彼らが信頼する少数の文官達、そして、ネールやランヴァルドが好奇の目に晒されないよう警戒する騎士達もやってきており、まあ、ジレネロストには王城の者がそれなりに居る状況なのだ。

「彼らにずっと居てもらうわけにはいかないけどな。はあ、さっさと顔だけでも治ればいいんだが……」

「そうだな、ランヴァルド。角はなくても、せめてこの鱗は剥いで売っちまったらどうだい?中々悪くない。まるで融けない氷みたいじゃないか。見た目は悪くないよ」

「ああ、悪いな、マティアス。こっちは全部、ネールに売約済みなもんで……」

「……物好きな英雄様だな」

 ……まあ、どのみち、今のランヴァルドにできることと言ったら、療養。それだけなのである。

 幸いなことに、イサクとアンネリエにも『休暇は必要です!これだけの働きをした後なのですから1年くらい休まれては!?』『皆を率いる領主と言えども、体も精神も傷ついた状態で進み続けることはできないでしょう?お休みになった方がよろしいかと』と言われてしまっている。

 ランヴァルドはその言葉に甘えて、『じゃあ、祝賀会頃までは休みます』と宣言してしまった。イサクもアンネリエも、そしてネールも満足そうであった。


 ……が。

「で、お前は何をしてるんだい?休暇中なんだろう?」

「ああ。帳簿の整理だけしておきたくてな」

 淹れたばかりの茶のカップをマティアスに渡し、自分の分を飲みつつ……ランヴァルドはマティアスの来訪によって中断したそれを再開した。

 帳簿の確認である。つまり、働いている。否、これはランヴァルドにとっては労働ではない。労働ではないのだ。決して。

「……マティアス。お前だって暇になりすぎて、ブラブローマの執政に携わってるだろうが」

「……成程。暇つぶしってことか」

 マティアスはげんなりした顔で、ランヴァルドの執務机の端に座った。行儀が悪いが、今更咎める気にもならないのでランヴァルドはそのまま帳簿を捲り続ける。

「やれやれ。全く、他に娯楽も無い、悲しい境遇だね。お互いに」

「いや、俺はそうでもないぞ。お前には悪いが」

「は?」

「おっ、噂をすれば……ネール!お帰り!」

 そして、マティアスがげんなりした顔をする一方、ランヴァルドは自分でも分かる程に表情を綻ばせてしまいつつ、彼女の帰還を出迎えた。

 ……ネールは、『何故分かってしまったのだろう……』という顔で、ひょこ、と執務室の入口から顔を出した。気配を消して頑張っていたのは分かったのだが、まだまだ甘い。

 どうもネールは、ランヴァルドが居るとなると、そわそわ嬉しそうな気配を隠すのが下手になるようである。そしてランヴァルドは、どうも、ネールの気配だけには敏感であるらしい。こうなってしまうと、救国の英雄といえども、簡単に見つかってしまうのだ。

「外は寒かったか?」

 てててて、と駆けてきたネールを抱きとめてやれば、ネールは嬉しそうに、すりすり、とランヴァルドの胸にすり寄ってくる。すりすりやってくる頭が、ほやり、と温かい。

「温いな。……太陽の光をたくさん浴びてきたってわけか」

 太陽に温められてきたらしい髪を撫でてやれば、ネールはこくこくと頷いて、それから、ランヴァルドの頬にすりすりやり始めた。

「あーこらこらこら、お前は何度言ったらそれをやめるんだ。危ないだろうが。鱗でまた切ったらどうするんだ!もうあんなのは二度とごめんだぞ!」

 が、ネールがランヴァルドの鱗にまで頬擦りし始めたので、ランヴァルドは慌ててネールを抱えて離す。

 ……ネールは既に一度、ランヴァルドの鱗に頬擦りするあまり、自分の頬を鱗で切ってしまったことがあるのだ。ネールの柔い頬に赤い線が一筋走って血が流れてきたのを見た時の、ランヴァルドの心境といったら!

 だが、ネールはそんなランヴァルドを、むう、と何やら不満気に見つめると……ランヴァルドの手を引っ張ってきて握り、もう片方の手の指で、ランヴァルドの掌に文字を書いてくる。

 そうしてネールは、『またなおしてもらう』と書いて、ランヴァルドをじっと見つめてきた。

 ……ネールは、ランヴァルドの治癒の魔法をアテにしているのである!ランヴァルドは『育て方を間違えたかもしれない』と深くため息を吐いた。そして、ネールがランヴァルドの腕を越えて、またすりすりやり始めたので、またそっと引き剥がすことにする。

「……成程ね」

 そんなランヴァルドとネールを見ていたマティアスは、何やら呆れたような、面白がるような顔をしていた。

「これは確かに、退屈しないだろうね」

「ああ。本当に。……で、ネール。お前、今度は何を持ち帰ってきたんだ?え?……おお、いい水晶だな」

 ネールは『おみやげ!』とばかり、ランヴァルドに水晶の結晶をいくつか渡してくれたのだが、それら全てが最上級の代物である。

 ネールは外出できないランヴァルドの分まで、と意気込むように、あちこちへ遊びに行っては、お土産を持ち帰ってくれる。それが中々楽しいので、まあ、待っているランヴァルドとしても、退屈しない。

「ところでこれ、どこにあった?は?『はいぜる』……お前、いや、やっぱりなんでもない……」

 ……遺跡から遺跡へ飛び回っているらしいネールは、時々、こういったこともやらかすのだが。まあ、ランヴァルドは『俺は何も知らなかったということにしよう』と心に決めながら、けらけら笑うマティアスを放っておいて、ネールが持ち帰った水晶を飾り棚にそっと置くのだった。




 ネールはそれから、ランヴァルドの執務室の奥にある棚に向かっていき、そこにしまってある缶の中から焼き菓子をいくつか取り出すと、皿に載せて、ランヴァルドのところまで運んできた。

 どうやら、『おやつにしよう!』ということらしいので、ランヴァルドはネールの分のお茶を淹れてやることにする。

 ネールは焼き菓子をつまみ、お茶を飲んで、にこにこと幸せそうな顔をしているものだから、ランヴァルドは『こんなので笑顔になっちまうんだから、随分と安上がりな英雄様だな』と、少々おかしく思う。

「……貴族のご令嬢、ってかんじではないね」

 そんなネールを見ていたマティアスは、唐突にそんなことを言って、それからランヴァルドの方を見て言った。

「てっきり、養子にして、どこぞの貴族と政略結婚の道具ってことにするのかと思ったけど」

「そんなこと望んでない」

「じゃあ、自分で娶るつもりかい?」

「お、おい。冗談は止せ。全く……」

 こいつは一体何を言い出すんだ、という気持ちでマティアスを見つめ返してやれば、マティアスは『ああ、そう?』と肩を竦めて笑った。

「……あのな、ネールは叙勲してるが、貴族じゃない。そういう立場に上手いこと収まったんだし、ネールのやりたいようにやるのが一番だ。俺が決めることじゃないさ。そもそも、こいつはまだ小さいんだぞ。結婚だ何だって齢でもないだろ」

 ランヴァルドは少しばかり考えて、『うん、そうだな。それがいい』とやはり思う。

 ……ネールは今や、救国の英雄だ。この国で最も強い人間の1人だろう。たった1人で武力のバランスを大きく揺るがしかねないその英雄が、このような少女だというのだから……ランヴァルドがそうしなくとも、政略結婚を望む貴族達が手を伸ばしてくることだろう。

 だからこそ、ネールは自由で居た方がいい。誰の手にも捕まらず、自由に、立場も何も考えずに、自分で相手を選ぶべきだ。

 ……少なくとも、ランヴァルドが関与すべきことではない。ネールにはネールの人生があるのだから。


 ということで。

「ネール。お前の結婚相手について、俺はとやかく言わないし、関与もしない。平民でも貴族でも、お前が好きな相手を選べばいい。ただし、ちゃんとお前のことを幸せにできる奴にしておけ。いいな?」

 ランヴァルドがそう言うと、さっきまで少々心配そうにしていたネールは、ランヴァルドを見つめて、嬉しそうににこにこと頷いた。

「勿論、斡旋が欲しいなら言ってくれ。心当たりはある……あ、要らないか。そうか。そうだよな」

 ついでに申し出てみたら、ネールは『むっ!』とした顔で、首をぶんぶんと横に振った。どうやら、婿探しは自分でやりたいようである。まあ、頼もしいことだ、とランヴァルドは笑った。




「で、マティアス。お前はどうなんだ?え?」

 さて。折角なら、より『政略結婚』になりそうな者の話でもしてやるか、と話を振れば、案の定、マティアスは嫌そうな顔をした。

「知ったことか。僕を管理する連中は、僕なんかの血筋を残したくはないだろうからね。だがそうなると、ステンティール領主に妾でもあてがって、もう1人子供を作れ、ってことになる。……あいつがそれをやるとは思えない。となると、僕にその役割が回ってくるのか。やれやれ」

「だろうな」

 ランヴァルドとしては対岸の火事なので、にこやかに眺めることにする。

 ……何と言っても、マティアスは血を残す必要がある訳だが、ランヴァルドにはそれが無い。アンネリエか彼女の子がジレネロストを継いでくれれば丁度いい。或いは、ネールがその気になるならネールに継いだっていいのだ。

「お前はどうなんだ?お前だって、大賢者ともなれば引く手数多だろうに」

「まあ、縁談はいくつか来てるが……特に惹かれるものも無いんでね。当分は療養とジレネロストの活性化に尽力することにするさ」

 ランヴァルドが涼しい顔でそう答えれば、ネールが『縁談来てるの!?』とばかりに驚いた顔をするので、『来ちゃ悪いか……?』と、ランヴァルドはなんとも複雑な気分になってきた。

「それもそうか。その顔じゃあ、政略結婚どころじゃないね」

「そうだな。せめて人前に出られる顔にさっさと戻ればいいんだが……」

 ランヴァルドはため息を吐きつつ、自分の頬に触れる。そこにある硬い鱗の感触に、またため息が出てきそうだ。




「僕がここに滞在している間にどこまで回復するか、見ものだね」

「ところでマティアス。お前、数日滞在するのか?本当に?」

「悪いかい?こっちも暇なんだよ。ああ、何も手厚くもてなせなんて言わないよ。寝床はそこの客間でいい」

「相変わらず厚かましいな、お前……」

 マティアスはもうすっかり滞在する気になっているらしいので、客間はしばらく、マティアスのものになるだろう。

 まあ、別に構わない。ランヴァルドとしても、暇つぶしの相手が増えるのはそう悪いことではない。それに……まあ、マティアスも恐らく、ランヴァルドとネールの様子を心配して、わざわざ来たのだろうから。

 ……ということで、『マティアスが滞在している間に、鱗がもうちょっと減ればいいんだが』と、ぼんやり思うランヴァルドなのであった。

 そして一方で、ネールがまたランヴァルドにすりすりやり始めたので、ランヴァルドはまたネールを剥がす羽目になったのだが……。

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― 新着の感想 ―
感無量とはこの事…!
お前がお婿さんになるんだよ!
あーあ…… 悪徳商人なら空手形をほいほい売ったらだめでしょう。 結婚相手は好きにしろなんて!
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