ただいま
……あの日。
ランヴァルドはティナに対して、ねちっこく……本当に、ティナが困惑する程度にはねちっこく、あらゆることを細部まで聞いていた。
『こっちの100日と向こうの100日は同じか?』『向こうから門を開く方法は本当に無……あ、そうか。それが既にあったら古代人達はとっくに押し寄せてるよな……』『こちらから門を開く方法は俺にも行使できるか?』『向こうで溶け残った古代人が溶けきったら、門を開けっ放しにしておくことはできるんだよな?』と。
……ティナは、それはもう、困惑していた。困惑していたが……ランヴァルドが鼻血を出しながら質問を重ね、紙にペンで文字を書きつけながら、時々インクではなく鼻血で文字を綴り、物騒な紙面を作り上げ……そうして必死の形相で居るのを見て何やら思うところがあったのか、丁寧に、根気強く答えてくれた。
尚、途中から『流石にそろそろあなたが限界』と、ティナは筆談に切り替えてくれた。
……古代人が書く古代語を解読するのは、これはこれで辛かったのだが、身体への負担は大分減ったので大変ありがたかった。また、現代に古代人が書いた古代語の貴重な資料ができたので、王城の研究機関に高く売りつけよう、とランヴァルドは心に決めた。
……さて。
そうしてティナから得られた情報を元に、ランヴァルドは覚悟を決めた。
……結局、ネールを『死者の国』へ送り込まなければならない、と。
更に、ネールがその結果……『死者の国』で、溶けて消えてしまうことも、十分にあり得る、と。
ネールを『死者の国』へ送り込む以外に、『死者の国』の溶け残った古代人達を鎮める方法は無かった。
それどころか、ネールに帰路を用意することすら、難しいのだということが分かってしまった。
……『死者の国』は、時間も空間も曖昧であるがために、待ち合わせの時間を決めたとしてもそれは機能せず、更に、『門』を開くにしても、一度閉めて、もう一度開いた『門』は、また別の場所に開いてしまうのだという。
それでいて、当然、古代人や『死者の国』の魔力が流れ込んできてしまう以上、『門』を開きっぱなしにすることもできない。
よって、ネールが帰ってこられるように用意しておく方法が、無いのだ。
……だが、逆に言えば。
『門を開きっぱなしにしておく』ことさえできれば……つまり、ネールが古代人達を鎮め終えた後、再度、『門』を開き、開きっぱなしにしたまま、誰かがネールを探しに行ったならば……ネールを連れて、開きっぱなしの『門』から戻ってくることが、可能なのである。
さて。
『門』を開きっぱなしにするためには、3つの難関が待ち構えている。
1つは、魔物だ。
……『門』を開きっぱなしにしておくと、当然だが、『死者の国』の魔力がこちらに垂れ流しになる。となると、古代遺跡を起動している状態のままになってしまうのだ。
当然、魔物が湧く。……それこそ、ジレネロストの大災害や、ファルクエークでの実験の時のようなことが……或いは、アレよりも更に酷いことが、起こるのだ。
もう1つは、ネールの生存だ。
ネールがそもそも、『死者の国』で溶け残って生き残っているかも分からない。こればかりは、ネール次第となるが……。
……そして最後は、ネールをどのようにして迎えに行くか、という問題である。
ネールが生きているかも分からない状態でネールを探すとなると……どれ程の時間がかかるかも分からない。
そして、『死者の国』に長時間滞在していれば、当然、溶けて消える可能性が高い。ネール以外には、『死者の国』で生き残れるほどの魔力を持った者が居ないのだから。
……つまり。
魔物さえなんとかする算段を付けて、ネールが運よく生き残っていてくれて……そして、ランヴァルドが己を作り変えることができれば、いける。
ランヴァルドはそう、結論づけたのである。
……そう。
ランヴァルドは、愚かしいほど分の悪い賭けに身を投じることにしたのだ。
魔物については、対処が最も簡単だ。
まあ、つまり……また、ファルクエークの協力を仰ぐことになるだろう。無論、長期戦になる。となると、ドラクスローガの傭兵を借りてくるのが良いだろうか。
武具はステンティールからまた提供してもらうことにになるだろう。食料は、ハイゼルと王都、ブラブローマあたりから調達すればいい。既に一度、ファルクエークで実験したものを長期化するだけだ。十分に勝算がある。
ネールの生存については……ネール自身が頑張るしかない。
だがこちらについても望みはある。ティナ曰く、『皆が溶けるまでに100日以上かかったとしたら、今度はネールが溶けた後に混ざって残りを溶かしてくれるはず』とのことだった。
……つまり、100日程度なら、ネールは溶け残っていられるようである。
ティナの感覚を根拠にするのも不安だが、どのみち、ランヴァルドはネールを諦められない。この情報に縋るしかない。
そして。
……ネールを迎えに行く方法については。
……その日も、ランヴァルドはファルクエークの遺跡に居た。
ここ最近、ファルクエークでは古代魔法装置を利用して魔物を出現させ、それを狩って資源とする……というとんでもない事業が行われている。
『今週の狩り』ということで、兵士達も毎週のこの狩りを楽しみにしているのだそうだ。ランヴァルドには分からない感覚であるが……北部の血が騒ぐ!ということらしい。彼らにとっては、出現が分かっている魔物との戦いは、最早娯楽であるようだ。
ついでに、ランヴァルドが滞在していることによって『まあ、いざとなったら治してもらえるし!』と安心してもいるそうだ。オルヴァーからそう聞いた。ランヴァルドは『勘弁してくれ』と思った。
さて。
そんな『今週の狩り』に合わせてお邪魔しているランヴァルドは……遺跡最深部で古代魔法装置を動かし、外に魔物を出現させる。相変わらず、古代魔法装置の操作は賢者であるランヴァルドが行うことになっているのだ。
そしてランヴァルドの目的は……。
「……冷たい、んだよな。多分」
氷である。
……そしていつぞやのように、それでいていつぞやより余程慣れた調子で、ランヴァルドは氷を拾い上げ……ガリガリと氷を食い始めた。
そう。
ランヴァルドはこうして、『死者の国』の魔力を取り込んでいるのだ。
……『死者の国』へネールを探しに行っても溶けて消えないように!
さて。
古代遺跡の濾過装置によって取り除かれるものを摂取するとどうなるのかについては、古代人達が残してきた手記によって判明している。
……まあ、発狂する、とあった。寒さを感じなくなり、そして次第に、と。そういう事であるらしい。
同時に、魔力を過剰に摂取した生き物がどうなるのかについては、ジレネロストで既に研究されていた。
概ね、強大な力を得て、魔物と化す。……人間についても、同様だ。ネールは正に、その手順によってあの強さを手に入れたものと思われる。
では……この2つを同時に行った時、どうなるのだろうか。
濾過していない魔力を摂取することで、人間はどのように変化していくのか。
ランヴァルドはそれを、自らの体で確かめつつ、自分が正気を失っていくことを十分に鑑みて、イサクやオルヴァーの監視を受けながら、それでも生き急ぐように氷を噛み砕き、噛み砕き続け……。
……そして。
「さーて……これで契約終了だな。俺はあの家で留守番していてやる必要が無くなった」
いよいよ、この日がやってきた。
……101日目の朝である。
+
ネールは風に髪を靡かせて、ふと空を見上げた。
厳密に言えば、それは空ではない。多分、『空っぽい何か』なのだろう。
青い色をしているわけではなく、まるで夢の中のように、色々な色が滲んで、光って、揺らいで、溶け合っていくのだ。
……オーロラ、というものに似ているのかもしれない。ネールは生憎、それを見たことは無いのだけれど……寒い寒い北部の方では、冬の夜空に光の帳が揺らめくのだと聞いたことがある。
ここ『死者の国』はとっても寒いので……もしかしたら、本当にオーロラなのかも。ここに降り積もるものは雪ではなく、極々軽い光の粒だけれど……。
……きれいだなあ、と思う。
ネールはこの『死者の国』がそんなに嫌いではない。最初は、大変だったけれど。
ネールはこっちへ来てからずっと、『死者の国』を旅している。
……とはいえ、同じところをぐるぐる回っているような気もするし、いきなり違う場所に飛んでいるような時もある。不思議なのだ。この『死者の国』は、空間が不思議なのだ!
まあ、何はともあれ、ネールが移動していることには変わりない。多分。……そしてネールはその度に、違う人達と出会って、彼らをネールの魔力で温めて、ちょっとお喋りして……そうして、彼らが還りたくなるまで、傍に居るのだ。
皆、ネールが一緒に居てあげて、そうしている内にとろけて、段々と昔のことを思い出してきて……そして、皆のところへ還りたくなってくるらしい。
彼らは、そんなに多くはお喋りしない。でも、ネールには分かる。彼らが還っていく時、なんとなく、幸せそうなのが分かる。
だからネールは、ここへ来てよかったのだなあ、と思う。最初は荒れ狂っていたものが、落ち着いて、還っていく。こうして、ランヴァルド達がいる世界が……ネールの大好きな世界が、守られる。
よかった。本当に。
……ネールは『死者の国』に来てから、ランヴァルドに教えてもらったことを繰り返している。
文字を忘れないように、書く練習をする時は、買ってもらった手帳を使う。藍色の表紙はやっぱりお気に入りだ。
ひたすら、皆へのお手紙を書いている。手帳の一ページ一ページに、今まで出会った人達へのお手紙を書いている。
ヘルガ、エヴェリーナ、ウルリカ、アンネリエ、イサクさん、オルヴァー。あと、ティナへも。……時間が余ったのでマティアスにも書いた。あと、読めないかもしれないけれどエリクとハンスにも書いた。お祭りに来てくれていたので……。
……届かないお手紙だと分かってはいるので、ランヴァルドへは書かなかった。なんとなく、悲しくなってしまいそうだったから。
それから、ご飯も食べる。
……これが意外と難しい。ここでは時間の流れも曖昧で、お腹が空いているのか空いていないのか、よく分からないのである!ネールはここへ来てから一度も、『お腹空いた』と思ったことが無い!
なので、『多分、1日くらい経っちゃった……』となったら、お腹が空いていなくてもご飯をちょっぴり食べることにしている。
ランヴァルドが買ってくれた食料も、ちびちびと、ほんの一口ずつ食べているのだけれど、もうそろそろ無くなってしまう。
でも、ランヴァルドがそうしていたようにお湯を沸かして、そこらへんの草……多分、食べられるやつを探してきて、お茶にしてみると、ちょっと楽しい。
ご飯が全部無くなっちゃったら、お茶を飲んで、それでももしお腹が空くことがあったらその時は、かつて魔獣の森でそうしていたように草や木の根っこを食べればいいや、とネールは思っている。
そして、ネールは美しい草原に座って花冠を編む。これも、ランヴァルドに教えてもらったものだ。
……ここの花は、本当に綺麗だ。水晶で作った細工物みたいな花があったり、銀細工みたいな花があったり。
何度も花冠を編んで、ネールは最初より花冠を編むのが上手になった。まだ、ランヴァルドよりはへたっぴだと思うけれど。
編んだ花冠は時々、溶け残った人にあげることもある。ネールが頭に載せていることもある。
……花冠は、栄光を讃えるためのものだ。そう、教えてもらった。だから、ネールは自分自身の栄光を讃えるために、花冠を被る。
頑張ったな、って、ランヴァルドなら言ってくれる気がするから。だから、ランヴァルドの代わりに、ネールが自分で花冠を編んで、被るのだ。
ネールは、『救国の英雄』なのだから。胸を張って、誇らなくては。
そうして今日もネールは、花冠を編んだ。
『死者の国』のお花は、不思議なお花だ。雪のように積もる光の粒の下で、まるで作り物みたいな不思議なお花が、今日も綺麗に咲いている。
今日編んだ花冠は、金細工と、水晶と……素敵な藍色の花の、花冠だ。上手にできた。ネールは満足である。
ネールは編み上げた花冠を頭に載せて、それから、胸元のペンダントに触れる。
……思い出して、少し寂しくなる。けれど、大丈夫。ネールは、大丈夫だ。ネールはまだ頑張れる。頑張って、ここの人達が、生きている人達のことを好きになってくれるように……生きている人達のことを思い出してくれるように、旅を続けるのだ。
……けれど、ネールはふと、眠くなってきた。
最近、眠くなることが多い。つまり……多分、そろそろ、なんだと思う。
ネールは知っている。ネールはもう帰れないし、ここで溶けて消えてしまうのだ。
でも、しょうがない。ランヴァルドが凍えて死んでしまうよりは、ずっといい。それに……。
ネールは、空を見上げる。今日も、空はきらきらして、とってもきれい。
……いつか、ランヴァルドもここに来るから。だから、その時にまた、会えるから……寂しくない。
大丈夫だ。ネールは、大丈夫。まだ頑張れる。まだ……。
「よお、ネール。久しぶりだな」
……眠い目を擦っていたら、ふと、そんな声が聞こえてネールは振り向く。
「元気そうで何よりだ。……ん?少し痩せたか?ちゃんと飯は食ってるんだろうな?」
ネールは、ぽかん、とした。だって……だって、ここに居るはずの無い姿が見える!
ランヴァルドみたいなそれは、ランヴァルドみたいなことを言っているのだ!ネールはぽかんとするしかない!
……だが多分、これは幻なのだ。『死者の国』の魔力が、ネールに夢を見せている。きっとそうに違いない。
だって、よく見たらランヴァルドじゃない。ランヴァルドにとても良く似ているけれど……今、目の前に居るランヴァルドは、左手が丸ごと、水晶みたいな鱗に覆われている。歩き方もちょっと、変だ。脚もそうなのかも。それから、その顔の半分程度にも、水晶の鱗めいたものが見える。
……否。水晶じゃない。
氷だ。溶けない氷が、ランヴァルドの半身を包んでいる。
「ん?ああ、この格好か?まあ、色々あってな。ちょっとばっかり、魔物になっちまったらしい。ま、別にいいさ。多少強面になっちまったが、ま、元々大した面構えじゃないし、今更どこかのご令嬢と結ばれたいってことも無いし……」
魔物、になってしまったらしいランヴァルドを見上げて、ネールは只々、ぽかん、とする。
……とても、きれい。氷の鱗が、きらきらして……ああ、なんて幻だろう!ネールはいよいよ、もうおしまいらしい。最後の最後に、こんなに綺麗な幻を見るなんて!
「まあいい。お前、どうせ帰り方も分からなくなって、困ってたんだろ?全く、心配だな。……そこで提案なんだが……」
だが、ランヴァルドの幻は構わず話を続ける。
「どうだ、ネール。俺を雇わないか?俺は帰り道を知ってるんだ。案内してやれるぞ」
差し出された右手は、ネールの記憶にある通りだった。
大きくて、ペンだこがあって……きっと、握ればあったかいのだ。
「ま、俺とお前の仲だ。謝礼金は……そうだな。この花冠ってことでいいぞ」
ついでに、ランヴァルドはそう言うと、ひょい、とネールの頭から花冠を取り上げて、にや、と笑った。
その笑顔が、あまりにも記憶の中のそれにそっくりだから……ネールは、つい、差し出された右手を握ってしまう。
どうせ幻なのに。どうせ、触れれば消えてしまうだろうに。それでも……。
「よし。これで契約成立だな。このランヴァルド・マグナス・イスブライターレ……確かにお前に雇われよう」
……ネールは、握った手を見つめて、それからもう一度、ランヴァルドを見上げる。
消えてない。
握った手が、温かい。
……幻じゃ、ない?
「ほら、帰るぞ、ネール。もう契約の100日は終わってるんだからな。またお前には働いてもらわなきゃならん」
ランヴァルドは笑って、ひょい、とネールを抱き上げた。そのまま、ぎゅ、と抱きしめられて、ネールはその温もりを思い出す。
とく、とく、と静かに動く心臓の、その音を。温もりを……自分以外に、随分と久しぶりに感じた。
途端、ネールは寒くなってくる。きゅ、と身を縮めれば、ランヴァルドは『うわ、急に冷えてきやがったな』とぼやいて、ネールを自分の外套の中にすっぽり収めるようにしてくれた。おかげでネールは随分とあったかい!
「なあ、ネール。俺は中々頑張ったぞ。で、お前もよく頑張ったな」
そうしてランヴァルドは、堂々と歩き出す。まるで、凱旋する勇者様か何かのように。頭に戴いた花冠に、相応しい姿で。
「帰ったら休暇を取ろう。7日なんてケチなことは言わず、一月くらいは一気に休もう。それがいい。俺もお前も、働きすぎだからな」
……夢だと、思う。
こんなに幸せなこと、あるはずがない。
こんなに我儘なこと、叶っちゃいけない。
ランヴァルドが、半分くらい魔物になっちゃいながら、ネールを迎えに来てくれて……それで、帰れる、だなんて。その後には、休暇があって、のんびりぬくぬく、一緒に過ごして……ああ、夢に決まってるのに!
……と、そう逡巡するネールの頬に、ぱたり、と雨が落ちてきた。
ネールは頬を拭って、首を傾げた。この『死者の国』では、雨なんて降ったことが無かったのに、と。
そう、不思議に思って顔を上げてみて……ネールはぎょっとする。
「……何だ。あんまりこっち見るなよ」
ランヴァルドが、泣いていた。足取りは確かなのに。ネールを抱える腕は力強いのに。なのに……その声は震えて、そして、涙がまた、ネールの頬に落ちてくる。
「ほら、前向いてろ。寝ててもいいぞ」
ランヴァルドが気まずげにそう言うのを聞きながら、ネールはなんだか、胸がいっぱいになってしまって……ああ、ネールの視界までもが、じわり、と滲んでしまう!
嬉しくて、温かくて、幸せで……ネールはランヴァルドの腕の中、背伸びする。
「えっ」
そして、ランヴァルドの頬に口づけた。
ランヴァルドが、ぽかん、として足を止める。ネールは未だ滲む視界にランヴァルドの様子を収めて、にこ、と笑う。笑っちゃうに決まってる。だってこんなに幸せなんだから!
「……こいつめ。驚かせやがって」
ランヴァルドもまた、涙が残る目で笑って、それからネールのおでこに口づけを落として、また歩き出す。
「ったく、余計に寒くなってきたような……急いだ方がいいな」
足早なランヴァルドの腕の中、身じろぎして『歩けるよ』と伝えたいのだけれど、ランヴァルドは『温いから離さん』と、頑なにネールを離さない。
……なので、ネールはもう一度背伸びして、ランヴァルドの頬に口づけた。そうしてしまってからなんだか恥ずかしくなってきちゃったので、ランヴァルドの胸にもそもそと顔を埋めてしまう。
すると。
「うわ」
ぽと、と、ネールの頭に何か、冷たいものが落ちてくる。なんだろう、と慌てて頭を触ってみると……それは、透明で水晶めいた……美しい氷の欠片だった。
……見上げると、ランヴァルドの顔の半分程度を覆っていた鱗の一枚が、溶けて、剥がれ落ちてきたようである。
もしかして、ランヴァルド、ちょっぴり魔物になっちゃった分が、戻ってきた、のだろうか。
……と、期待したのも束の間!
「……まずい!溶ける!そうだった!お前にあっためられたら溶けるんだったな!?」
それに気づいたランヴァルドは、いよいよ大慌てで走り出す。ネールも、ぎゅ、とランヴァルドにしがみついて、そのまま、死者の国を運ばれていくのであった!
……そうして、ネールはランヴァルドに運ばれて、『門』を潜り抜けた。
オルヴァーの歓声を聞いて、ティナの魔法の声を何か聞いて……ランヴァルドの顔を見上げて、目が合って、笑い合って……そこでネールはすっかり安心しきって、眠ってしまったらしい。
こうしてネールは、世界で一番幸せな眠りへと、ゆるゆる落ちていったのだった。
……ネールが目を覚ますと、ベッドの中だった。多分、ファルクエークのお城の、ランヴァルドのお部屋のベッドだ。
そして、隣にランヴァルドが居た。ネールはびっくりした。久しぶりのランヴァルドは、心臓に悪い。
すう、すう、と規則的な寝息も、とく、とく、と動く心臓の音も、ベッドの中のぬくぬくも……当たり前に、ここに存在している。
当たり前で、穏やかで……そんな最高の幸せが、ここに存在しているのだ!
やがて、ふる、とランヴァルドの睫毛が震えて、瞼がゆるりと持ち上がる。
そこに藍色の瞳が覗いて……ネールと、目が合った。
「……なんだ、ネール。もう起きてたのか……」
ランヴァルドは、寝起きのふにゃふにゃした笑みを浮かべると、今にも眠ってしまいそうなとろけた顔のまま、ネールを抱きしめる。
「悪いが、俺はまだ眠い。二度寝するからな。付き合え」
ネールは、ネールは……ただ、こっくり頷いて、ランヴァルドの胸にすり寄る。
……ああ、ただいま!
完結しました。後書きは活動報告をご覧ください。
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