最後の休暇*8
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ジレネロストのお祭りは、朝から大変に盛況であった。
あちこちに花が飾られ、通りには屋台が準備を始めていて、広場には楽し気な人達の姿が既に見られる。
……急に、人が増えた!
ネールが驚いていると、ランヴァルドがにやりと笑う。
「ああ、既にハイゼルと王都ではジレネロストの祭りが話題になってたはずだからな。……実は、ヘルガとイサクさんに宣伝を頼んだんだ。ハイゼルや王都からジレネロストへの馬車は既に格安で運行してることだしな。ここへも遊びに来やすいだろ?」
なんと、ランヴァルドはネールが知らない内に、本当に色々な仕事をしていたらしい。ネールは只々、感心するしかない!
「さて……じゃ、早速、ステンティールの面々をお迎えに行くか。その後は王都とファルクエークとドラクスローガだな。忙しくなるぞ」
ネールはこくこくと頷いて、早速、ランヴァルドと共に遺跡へと駆けていく。
……お祭りが始まるのだ!
そうしてネールは各地の遺跡を巡り、そこで待っていてくれた人達を連れて、一緒にジレネロストへ戻り……といったお仕事を何度か繰り返した。
ステンティールの面々にはきゅうきゅう抱き着いて、王都ではイサクとアンネリエにきちんとしたお作法で挨拶してみせて、ファルクエークではオルヴァーに抱き上げられてくるくる回って、使用人の人達も沢山連れて帰って、そして……。
「……ドラクスローガの連中が、思ったより多かったな……」
……ドラクスローガでは、いっぱいの人を運ぶことになった。ネールは別に疲れないのでいいのだけれど、人を並べたり『こっちへ移動しろ!順番だ!』と誘導したりするランヴァルドは疲れていた。
「そりゃあ、マグナスの旦那。遺跡の未知なる魔法で瞬時に南部まで一飛びできる機会なんざ、今回を逃したら二度と来ないかもしれないだろ?」
どうも、ドラクスローガでは領主のおじいちゃんがお祭りを宣伝してくれたらしいのだけれど……ドラクスローガの人達は、多分、暇なのだ!ランヴァルドが思う以上に!
「いや、そりゃあそうかもしれないが……祭りの数日前に宣伝しただけで、ここまで人が集まるとは思わなかった……」
「ま、いいだろ。北部の連中は皆、祭り好きだしな!」
……多少困惑しているランヴァルドの肩を、大きな手がばしばし叩く。
エリクとハンスは、『時間が来たらここからジレネロストに移動できます』という案内で遺跡に並ぶ最前列に居た。本当にお祭り好きなんだなあ、とネールはいっそ感心する気持ちである!
「それに、あの英雄ネレイアを讃える祭りなんだろ?なら、英雄ネレイアと縁の深いこのドラクスローガの民として、参加しない手は無いってこった!」
「そうそう。ドラクスローガの民は、自分達を救ってくれた英雄のことを忘れない。ま、恩返しって訳にはいかないだろうが、あんた達に協力できることがあるなら、是非したいって皆思ってるんだ」
……それから、ここの人達は……ネールとランヴァルドのことを、好きで居てくれているらしい。
ネールはそれを嬉しく思った。自分がここに居たことは無駄じゃなかったんだな、と思って、ますます嬉しくなってきた!
……そうして、ジレネロストには多くの人達が集まった。
ハイゼルや王都から来た人や、ドラクスローガの人がたくさん。それに加えて、向こうの方ではエヴェリーナと領主アレクシスがはしゃいでいるのをウルリカが見守っているし、そっちの方にはイサクとアンネリエが『視察の名目でお祭りに来られるとは!』とにこにこしている。
エリクとハンスはもうお酒を飲み始めているらしい。お昼なのに!まだお昼なのに!
……そしてマティアスは、木陰のベンチに座って、のんびり通りを眺めていた。後でちょっかいをかけにいこう、とネールは心に決めた。
それから。
「ネールちゃん!来たわよ!」
ヘルガがやってきて、ネールをむきゅ、と抱きしめた!
「ヘルガ。お前、宿はいいのか?」
「臨時休業よ。だって、ネールちゃんのお祭りなんでしょ?当然、参加しないわけにはいかないじゃない?」
ヘルガはどうやら、『林檎の庭』のお仕事を休んでこっちに来てくれたらしい。ネールは嬉しい!
……ところで。
ネールは、首を傾げる。エリクとハンスも言っていたけれど、『ネールのお祭り』って、どういうことだろうか。ネールは聞いていない。聞いていないのだが……。
「ああ、そういや言い忘れてたが、ネール。この祭りの名前は『ジレネユース祭』だ」
……ネールのお祭りだ!なんてこった!このお祭り、ネールのお名前が付けられているらしい!いつの間に!どうせなら、『イスブライターレ祭』にすればよかったのに!
「折角だし、毎年開催するぞ。ジレネロストの名物として、金を稼ぐ機会にしよう。領民達としても、祭りは娯楽になるだろうし……」
ランヴァルドの言葉を聞いて、ネールは『毎年……』と、ちょっと不思議な気分になってきた。
ネールがこのお祭りに参加するのは、最初で最後だ。
『来年』は、ネールにはもう、来ない。
「な?悪くないだろ?」
……けれど、ランヴァルドの言葉に、こく、と頷いて、ネールは笑った。
ネールは、もう参加できないお祭りだけれど。
でも……ネールが貰った名前のお祭りが毎年開催されていたら、皆がネールのことを時々思い出してくれるかもしれないから。
ネールが居なくなった後も、ネールの名前がちょっぴり残るかもしれないから。
だから、嬉しい。ネールはヘルガをくっつけたまま、ランヴァルドに、きゅ、と抱き着いた!
それからヘルガが『折角だし、うちの宿で出せそうなお菓子でもないか見てくるわ!視察よ!』と屋台に突撃していったのを見送り……ネールは、ランヴァルドと2人でお祭りを堪能した。
上等な革細工の屋台を見るのは楽しかったし、薬草が沢山並んでいるお店は魔女のお店みたいで興味深かった。尚、革も薬草も、ジレネロストの特産品である!
他にも、石や木の彫り物があったり、お菓子が並んでいたり、干したお花や煮た果物や綺麗なナイフや……色々なものが売っていたり。とにかく、見ていて楽しいのである!
……そうして、ネールがそれらを興味深く眺めていると、ランヴァルドが『気になる物があるなら買うぞ』と声を掛けてくれる。なのでネールは、『これはちょっと欲しい』『見てるだけ』とその都度知らせて、ランヴァルドと一緒にお店を見て回って楽しんだ。
ちなみに、大変なことに……ネールはここに来て、未だにお金を出していない!
今までの7日間もそうだったが、全て、ランヴァルドがいつの間にかお支払いしているのだ!ネールだって、王様から金貨500枚貰ったのに!
……と、ランヴァルドに伝えてみたのだが、ランヴァルドは『これはお前が戻って来てからでも、のんびり使えばいいさ』と言うものだから、ネールは『そういうことなら別のことにお金を使う』と、納得した。
あっさりと引き下がったネールに、ランヴァルドは少し拍子抜けしたような顔をしていたが……ネールはもう、残りのお金の使い道を決めているのである。
昼を過ぎ、夕方になって、お祭りはいよいよ盛り上がりを見せている。
広場には音楽を演奏する人達が現れて、それに合わせて踊る人達が出てくるようになった。
ふと見たら、イサクとアンネリエが踊っている。あれはジレネロストの元々の踊りなんじゃないだろうか、とネールは思った。かつて、お家の窓から見た踊りがあんなかんじだった気がする!
「お前も踊ってみるか?」
……ネールは、ランヴァルドが差し出してくれた手を握って、ぴょこ、と踊る。踊り方はアンネリエの見様見真似だけれど、見て覚えればなんとかなる、というのはステンティールでお勉強したとおりである。
ランヴァルドの方も、なんとなくそれらしく踊っているので、もしかしたらファルクエークにもこういう踊りがあるのかもしれない。……いや、ランヴァルドは器用で頭が良いので、今、イサクを見て真似しているだけかもしれない!ランヴァルドは侮れないのだ!
そうしてネールは、たくさん踊って、沢山笑って、疲れたらベンチに座ってランヴァルドとのんびりお喋りをして……気づけば、空には星が出ていた。
「今日も星が流れるかもな」
空を見上げて、ランヴァルドが笑う。その横顔を見ながら、ネールは『幸せだなあ』と思う。
隣に置いた紙袋から、赤いベリーのジャムが載ったクッキーを1つ取り出して、さく、と食べる。さくさくのクッキーと、甘酸っぱいジャムが合わさって中々美味しい。これもランヴァルドが買ってくれたものなので、ネールは1つ、クッキーをランヴァルドの口に入れた。ランヴァルドは『美味いな』と笑ってくれた。
しばらくそのまま、クッキーをさくさくやって、ランヴァルドを見つめて、『楽しいか?』と聞かれては頷き、ランヴァルドにもたれてみて、それからお祭りの音楽に耳を傾けて、同時に、ランヴァルドの心音を聞いて……。
……幸せだなあ、と思う。
十分に幸せだった、と、思う。
ネールは確かに、幸せだった。今までの人生で一番長くて、一番幸せな1年だった。
でも……それでも、もっと、と思ってしまうのは、何故だろう。
ネールは欲張りになってしまった。この時がずっと続けば、と思ってしまう。いつ終わりになったって同じだったはずのネールが、『まだ』と思うようになってしまった。
……だからネールは、ランヴァルドに言うことを決めている。
「なあ、ネール」
ランヴァルドが何か話そうとしたところだったのだけれど、ネールは手帳を差し出す。
『けいやく おわりにする』
ネールはランヴァルドに、手帳を見せた。昨日の内に、もう書いていた言葉だ。
……王様から貰った金貨500枚。それの使い道を、ネールはもう、考えていたのだ。
『あたらしく けいやく する。 1日に きんか2まいで やとう』
『だから250日だけ まっててほしい』
「いや、1日金貨5枚だ。それならいいぞ」
……ネールは、まさか値上げ交渉をされるとは思っていなかったのでびっくりした!
が、ランヴァルドがちょっと寂しそうな顔をしているのを見て、『ああ、その方がいい』とネールも納得した。
1日金貨5枚なら、100日。
100日だけ、待っていてもらおう。ランヴァルドの時間を無駄にするのは、短い方がいいに決まってる。
だって……ランヴァルドは、こんなに寂しそうにしてくれるから。
だから、ネールはこれでもう、満足なのだ。
「よし……契約成立だな」
ネールは契約書にサインした。ランヴァルドに教えてもらった文字で。ランヴァルドと旅に出てから貰った、自分の名前を。
「100日、だ。100日は、お前は俺を雇ってるんだから……100日は、絶対に死ぬなよ」
……ランヴァルドはそう言って、じっとネールの目を見つめた。
世界一大好きな色の瞳を見つめ返して、ネールは頷いた。
……100日なら、がんばれるかもしれない。
がんばるから……がんばるから、100日だけ。100日だけ……ランヴァルドに、覚えててほしいな、と、ネールは思った。
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