最後の休暇*5
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ステンティールに到着したネールとランヴァルドは、一旦遺跡を出て、山道を通って、ステンティールのお城へ向かう。ネール1人ならまた縦穴を通ってお城の内部へ向かうところだが、ランヴァルドも一緒だと、流石にそういうわけにもいかないのだ。
ネールは『ランヴァルドを抱っこして跳べるくらい大きかったらよかったのに』と、自分の体躯を少々不満に思った。
「ネール!ネール!会いたかった!」
……そうしてステンティール城に到着したネールは、早速、エヴェリーナの歓待を受けることになった。
エヴェリーナは玄関からぱたぱたと駆けてきて、ぎゅ、とネールに飛びついた。ネールはエヴェリーナを受け止めて、きゅう、とやり返す。
……そのまましばらく2人できゅうきゅうむぎゅむぎゅやっていると、後からランヴァルドが追い付いて、向こうからはウルリカが追い付いてきた。
「あら。お嬢様、そのようにされてはネールさんが潰れてしまいますよ」
ウルリカがくすくす笑ってそう言うので、ネールとエヴェリーナはようやく離れて……。
「……やっぱり嬉しいんだもの!」
エヴェリーナはまた、むぎゅう!とくっついてきた!なのでネールも、むぎゅう!とやり返す!
「あらあら……」
「……まあ、仲がいいことは良いことか……」
ウルリカとランヴァルドには呆れられてしまったが、ネールは折角会えた友達との再会を、もうちょっと喜んでいたいのである!むぎゅう!
たくさんむぎゅむぎゅやっていたら、少し疲れた。でも楽しい疲れだ。よってネールはまだまだ元気である。
「今日、ネールが来るって聞いていたから、楽しみにしていたの。来てくれて嬉しいわ」
ネールはエヴェリーナの言葉にこくこく頷いて、『わたしも!』と伝わるように笑う。エヴェリーナにはそれで伝わったらしくて、エヴェリーナも笑い返してくれた。
「まずはお食事にしましょう?それで、ネールのお話、沢山聞かせてね」
……ということで、ネールは、さっ、と懐から手帳とペンを取り出した。この日の為に事前に用意しておいたものである。
エヴェリーナとお喋りする準備は万端なのだ!
ステンティールのお城のご飯も美味しかった。そして、食後に出た梨のケーキを頂きながら、ネールは筆談で、エヴェリーナは口頭でお喋りする。
「……そうなのね!じゃあ今は休暇中だったの?」
『王さまに 7日 もらった』
「7日?そうなの?……その内の1日を私のために割いてくれたこと、とても嬉しく思うわ」
『わたしも おしゃべりできて うれしい』
「……本当に?ネールもそう思ってくれてる?」
ネールとエヴェリーナのお喋りは、一見してエヴェリーナばかりが喋っているように聞こえるだろう。でも、ネールもちゃんと、喋っている。
ネールの筆談は、随分早くなったと思う。字も、綺麗になった……と思う。まだ、ランヴァルドみたいに綺麗には、できないけれど。
……ティナは、喋れなくても、文字を書く必要が無い。彼女は魔法でお喋りできる。
でも、ネールがそうしてしまったら、エヴェリーナはちょっと困ると思う。ランヴァルドはもっと困るはずだから……やっぱり、ネールの言葉はこの紙とペンによって生み出されるのだ。
……思えば、ネールに言葉をくれたのはランヴァルドだった。
カルカウッドで誰にも何も伝えられないまま1人ぼっちでいたネールに、ランヴァルドが言葉をくれた。ランヴァルドが、ネールに言葉をくれたのだ。
「……あら?ネール、嬉しそうね。何かあったの?」
『こうやって しゃべれなくても おしゃべり できる とてもうれしいこと』
「そうね、文字は偉大だわ……」
エヴェリーナと話す傍ら、ランヴァルドの方をちらり、と見る。
ランヴァルドはウルリカと何か話している様子だったが、ネールが見つめると、視線に気づいたらしく、ちら、とやはりネールの方を見てきた。
なのでネールは、ちょっとだけ手を振る。ランヴァルドもちょっと笑って、ちょっと手を振って見せてくれた。
……よくよく思い返してみると、こういう、言葉も文字も使わないやり取りだって1年前のネールには難しかった。だって、ネールは1人ぼっちだったから。
でも、今は違う。ネールはひとりぼっちじゃない。
……それを心の底から嬉しく思うし、同時に、ちょっとだけ、寂しくも思う。本当に、ちょっとだけ。
食後もエヴェリーナと沢山お喋りして、お庭を散策して、夏の花が咲き乱れる様子を楽しんで、またお喋りして、お喋りして……。
……ネールはエヴェリーナと、たくさんたくさん、お喋りした。
エヴェリーナはネールが知らないことを沢山知っている。ネールはエヴェリーナが知らないことを沢山知っている。だから、お喋りしていて楽しい。
「時々ね、知らなければよかった、と思うことがあるわ」
……そんな折、エヴェリーナがそう、言った。
「最近は……私に生まれつきお母様が居なかったらよかったのかしら、って思ってるわ」
エヴェリーナの言葉を、ネールは真剣に聞く。……同じことを、ネールもちょっとだけ、思うから。
「知っているから、悲しいのよね。最初から知らないままなら、きっと、悲しくないのに」
エヴェリーナがそう言うのを聞いて、ネールも頷く。……あの子も、『温かさを知ってしまったら、寒さを思い出す』と言っていた。
ネールにも、分かる。多分ネールはもう、ランヴァルド無しでは生きていけない。ランヴァルドと出会う前は、ランヴァルドが居なくても平気だったはずなのに。
「ネールもそう思うの?……そう、そうよね。ネールも、お父様とお母様が……その、あまりよくない人達でしょう?」
エヴェリーナの言葉に、ネールはこっくりと頷いた。
……優しかった頃のお父さんもお母さんも、覚えているけれど。でも、『家族が大事だから』とネールを置いていった彼らのこともまた、覚えている。
でも、同時に……そんな状態のネールを落石から庇って、一生懸命抱きしめてくれたランヴァルドのことも、覚えている。
「……私ね。ウルリカが居てよかったわ」
ネールと同じようなことを、エヴェリーナも考えているらしい。ネールは思わず、にっこりした。
「お父様も。……私を大切に思ってくれる人がちゃんと居るんだ、ってわかるのって、良いことね」
ネールはこくこくと頷いて、思う。
……やっぱりネールは、ランヴァルドと出会ってよかったなあ、と。
温かさを知らないままだったら、寒さに気づかないままだったら……やっぱり、寂しいと思うから。
そうしてネールはエヴェリーナとお喋りして、お花を見て、踊って、お喋りして、お茶を楽しんで、お喋りして……1日を楽しく過ごした。
思えば、エヴェリーナはネールに初めてできたお友達なのだ。彼女が居てよかったなあ、と思う。
……その日は、ステンティールにお泊りせず、ジレネロストに帰った。
というのも、明日は朝が早いからである。ステンティールでお泊りできなかったのはちょっとだけ寂しかったけれど、その分、ネールはランヴァルドと寝るからいいのである。
さて。
翌朝、ネールはジレネロストの自分のお家のランヴァルドの部屋の中、ベッドのぬくぬくに包まれて目を覚ました。
……そして目覚めて最初にランヴァルドを見つけて満足する。よし。そのままネールは暫し、ランヴァルドを眺めてにこにこする。
「ん……ネール、起きてたのか?なら起こせ……ふわ」
そうしていたら、ランヴァルドも起きてしまった。もう少し見ていたかったのだけれど。残念。……でも、ランヴァルドが目を覚ましてくれないと、ネールの大好きな藍色が見えない。なのでこれはこれでよいのである。
「なんだ、朝からご機嫌だな、ネール」
ネールはこくこくと頷いて、早速、朝の支度を始めることにする。
……今日は、朝早くからお出かけだ。
今日は……お花とランヴァルドを見に行くので!
「で、わざわざここに来なくてもいいだろ?なんで来たんだい?」
「ネールがお前のツラを見ておきたいって言うもんだからな。一応見にきた」
「……僕のことを観光名所かなにかだと勘違いしているのか?」
さて。
ネールは今、ランヴァルドがマティアス相手ににやにやしているのを見て、にやにやしている。
そう。やってきたのはブラブローマ。お花がいっぱいの、観光地である。ネールは一度、ちゃんとお花が咲いている季節にここへ来てみたかったのだ。
……ついでに。
「それで、調子はどうだ?儲かってそうだが」
「まあ、多少はね。少なくともあの無能領主が治めてた時よりは、利益が上がっているよ」
「商品開発は順調みたいだな。俺のところにまで『ブラブローマの香水は質がいい』って評判が聞こえてくる。あと、やっぱり道は重要だな。勉強になる」
「そうだね。後は馬車だな。乗合馬車をどれくらい回し続けられるかが観光の鍵になる。人は動かしてやらないと、金を落とさないからね」
……ネールは、ランヴァルドがマティアスと楽しそうに話している様子を見て、にこにこした。
どうも、ランヴァルドには、マティアスの前でだけ見せてくれる一面があるようなので……ネールはそれも観に、ブラブローマへ来たのである!
そのまま、ネールはしばらくの間、ランヴァルドとマティアスのお喋りを眺めた。
退屈はしない。2人の話は難しくてよく分からないけれど、どちらも楽しそうだし……。そう、マティアスも、楽しそうにしているのだ。ネールとしては、それがちょっぴり面白い。
……そうしてのんびり2人を眺めつつ、メイドさんが『大人の長話は退屈でしょう?よかったらどうぞ』と持ってきてくれたグラスの中身をくぴくぴと飲む。……きりりと冷やした果汁だ。甘酸っぱくて、いい香りで、きゅっと冷えていて……とても美味しい!
そうして。
「ま、そういうわけで、お前も視察に行くべきだな。現地からしか得られない情報もあるだろ?」
「おいランヴァルド。さっきから一体、何を言っているんだ?」
「『一緒に行こう』ってことだ。ついでに馬車とか色々、融通してくれ」
「……おい、本当に何を言っているんだ?」
……マティアスが困惑している横で、ランヴァルドはマティアスの肩に腕を回して……そのままマティアスを引きずるようにして連れて行く!
ネールも反対側に回って、マティアスの手を引っ張って連れて行くお手伝いだ!
「お、おい、何のつもりだ?」
マティアスは只々困惑していたけれど……まあ、仕方がないのだ。
「悪いがお前には今日一日、ネールの観光に付き合ってもらうぞ」
……ランヴァルドがそう言えば、マティアスはいよいよ、『訳が分からない』というような顔をするのだった。ネールはそんなマティアスを見ながら、ブラブローマ観光がますます楽しみになってくるのだった!
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