最後の休暇*4
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その日の夕食は、またイサクおすすめのご飯屋さんで食べた。やっぱり美味しかった!
特に、お肉と玉ねぎをとろとろに煮込んだシチューが美味しかった。ランヴァルドも『味がいいな』と喜んでいたので、ネールは二倍美味しい気分になった!
寝る時は、王都のお宿を取った。
王城に行けば客間を貸してもらえたのだろうけれど、ランヴァルドが『折角の休暇だ。高級な宿に泊まってみるってのも悪くないだろ』と提案してくれたのだ。
無駄遣いかなあ、と思ったのだが、ランヴァルドがちょっと楽しそうだったので、ネールも思い切って楽しむことにしたのだ。人生、思い切りは大事である。ヘルガとお喋りした時、彼女はそんな話もしてくれたことがあった。ネールは心の中でヘルガに『思い切るね』と話しかけてみた……。
……そうして、ランヴァルドと一緒にふかふかのベッドで寝た。ふかふかだった。あまりにもふかふかでちょっと落ち着かなかった。ランヴァルドに『ベッドはふかふかならいいというものではない』と伝えてみたところ、ランヴァルドは『お前も一つ学んだな』と言って貰えた。ネールは学んだのである!
翌日。
ネールとランヴァルドはもう少しばかり、王都を観光した。
広場の噴水はとても綺麗だったし、大きな鐘のある塔は雄大だった。それから、ネールは改めて、王城をちゃんと外から見た。……今まで、緊張していてよく見ていなかったり、急いでいたり、そもそも王城内部に直接移動してしまったりしていたので、あんまりきちんと王城を見たことが無かったのである!
そうして昼前に、王都からハイゼルへ向かうことになった。移動は勿論、古代遺跡を使う。王城の地下からハイゼルの氷晶の洞窟までをひとっとびに移動すれば、氷晶の洞窟からハイゼオーサまでは案外すぐなのだ。
そうしてその日の夕方には無事、ハイゼオーサの『林檎の庭』に到着することができ……。
「いらっしゃいま……あら、ネールちゃん!」
からん、とドアベルを鳴らして入店すれば、すぐにヘルガがネールを見つけてくれた。駆け寄ってきてくれたヘルガに、ひし、と抱きしめられて、ネールはちょっぴり苦しくて、いっぱい幸せな気分になる。ネールはヘルガにこうしてきゅうきゅう抱きしめられるのが好きなのだ!
「ふふ、丁度よかった!今日のケーキは自信作なの!折角なら食べていってね!」
……そして、ヘルガが作るケーキも大好きである!ネールはにっこりした!
「へー。それで、7日間の休暇、って訳なのね」
そうして。
ランヴァルドとネールは食堂のいつものお席に座り、美味しいごはんを食べて……そこにヘルガも合流して、今までの話を簡単にランヴァルドが説明し終えた。
……ランヴァルドは説明が上手だ。古代遺跡やティナのこと、これから世界が危ういかもしれないことを上手に隠した上で、ヘルガに色々なことを説明していた。
ヘルガは普通の人なので、あんまり色々教えちゃいけないそうだ。……ネールとしても、ヘルガが怖がったり心配したりするのは嬉しくないので、これでいいと思う。
「じゃ、ネールちゃんは思いっきり我儘言わなきゃね。今までどうせ、ランヴァルドに振り回されて来たんでしょ?ならその分くらいはお返ししとかないと」
ヘルガはそんなことをネールに言って、ネールの頬をつっつく。ぷに、とつつかれたネールの頬が、ちょっぴりくすぐったくて、なんだか漠然と幸せな気持ち。多分、『愛されている』ってこういうことなんだと思う。
「……振り回す云々については、どっちもどっちだぞ」
「そう?本当に?ネールちゃん、どう思う?」
ネールは『どっちもどっち』と自信たっぷりに書いて書いてヘルガに見せる。ヘルガはころころと笑って、『よかったわね、ランヴァルド!』とランヴァルドの背を叩いていた。ランヴァルドは『まあ、お前もそう思うってんならよかったよ』と苦笑いしていた。
そうして、色々な話をしながらご飯を食べ進めた頃。
「ああ、そうだ、ヘルガ。悪いがお前に頼みがある」
「え?何?」
「後で読んでおいてくれ」
ランヴァルドが、ヘルガにお手紙を渡した。……何のお手紙だろう。
ランヴァルドはウルリカ達にも、イサクにも、お手紙を出しているのだけれど……。ネールは不思議に思って首を傾げたが、ランヴァルドはそんなネールの頭をもそもそ撫でて、『まあ、業務連絡ってやつだ』と言った。
ぎょーむれんらく。……難しい言葉である。ネールはまた一つ、この世には知らないものがあることを知った……。
その日の夜。ランヴァルドが『俺は少しばかり食堂で仕事をしていくから、お前は先に身支度してろ』とネールを部屋へやってしまったので、ネールはお湯を沸かして、ほこほこと体を拭いて、ほこほこの状態でベッドに入り……そこで、ドアがノックされた。
ランヴァルドが戻ってきたんだろうか、と思いながらネールがドアを開けてみると、そこに居たのはヘルガであった。
「あ、よかった。まだ起きてたのね」
ヘルガはほっとして笑っていたけれど、多分、ネールは寝ていたとしてもノックの音で起きたと思う。だって、ドアの向こうからなんとなく好きな気配がしていたから!
「ちょっと、お喋りしない?」
……そして、ヘルガはその手に持ったお盆を見せてくれた。
お盆の上には、温かなミルクのカップが載っている。……蜂蜜入りのやつであろう!
ベッドの縁に腰掛けて、ネールとヘルガはのんびりお喋りする。ネールはヘルガとのお喋りが好きである。だってヘルガは、ネールが筆談でも構わずお喋りしてくれるから!
「明日はステンティールに行くんですって?」
ネールはこくこくと頷いた。そうである。ネールは明日、ステンティールに行って、今度はエヴェリーナとお喋りするのである!
……ふと、ネールは思った。もし、ティナも連れて行ったら、そっくりさんが3人集まることになるんだなあ、と。
まあ、古代人を連れてきてしまうとステンティールが大変なことになってしまいそうなので、やっぱりやめておいた方がいいだろうなあ、とも思った。
「ランヴァルドがチラッと言ってたけれど、ネールちゃん、今、あちこちにすぐ移動できるんですってね。すごいなあ」
ヘルガに褒められて、ネールは胸を張った。褒められると嬉しい。誰かの役に立つのも、嬉しい。ランヴァルドの役に立っていて、ランヴァルドに褒めてもらえるのが一番嬉しい!
「あっちこっち行って、沢山ランヴァルドのこと振り回したらいいわよ。ほら、ファルクエークではネールちゃんがランヴァルドを助けてたじゃない?その分だと思ってさ」
ヘルガがにこにこしているのを見て、ネールはちょっと首を傾げつつ……『そのまえは ジレネロストで ランヴァルドがたすけてくれた』と書いて見せた。
……そうしながら、ネールは思い出す。ランヴァルドがネールを振り回したことはあんまり無かったなあ、と。
ファルクエークでランヴァルドにご飯を食べさせたのは、ヘルガにお願いされたからだし、ネールがそうしたかったからだ。逆に、ネールがランヴァルドを振り回したことは、ある。……多分、いっぱいある。特に、ハイゼルからステンティールへ向かう旅路では、ものすごく振り回したと思う。でも後悔はしていません。
「そっかぁ……多分ね。ネールちゃんが思ってるより、ネールちゃんはランヴァルドに振り回されてるのよ。多分、ネールちゃんが勲章貰ったのだって、ランヴァルドがそういう風に仕向けたからなんでしょ?」
が、ヘルガにそう言われて、『そう言われてみればそうだったかもしれない』という気がしてきた。確かに、ネールはネール1人では絶対に来られないところまで来てしまった。
……でもそれは、悪いことじゃ、なかったのだ。
振り回されたんじゃなくて、連れて行ってくれた。そういう風に、ネールは思っている。
「ねえ……ネールちゃん。ネールちゃんは、ランヴァルドに拾われたことに、後悔は、ない?」
だからネールは、ヘルガの言葉にはっきりと頷く。
……後悔なんて、してない。
出会ってたった1年足らずだけれど……ランヴァルドと過ごした日々は、ネールにとってかけがえのないものだった。人生で最も素晴らしい日々だった。
それは、疑いようのない事実だ。
ネールは、ランヴァルドに出会えて、よかった。
「ま、ネールちゃんがいいんなら、いいけれどね。でも、ネールちゃんが思ってる以上に、ランヴァルドがネールちゃんに救われてるっていうのは間違いないと思うのよ」
……救い、になっているのだろうか。ネールが。
無論、ネールはランヴァルドを救うつもりでいる。『死者の国』の人達の手から、この世界ごと……ランヴァルドを救ってみせる。
そう考えると、ネールはやっぱり、ランヴァルドに振り回されている、のかも。だってネールが1人のままだったら、ネールは絶対に、『世界を救おう』だなんて、考えなかった。
……これも、振り回されている、ということなのかもしれない。全く嫌じゃないし、ランヴァルドを大好きになれたことは、ネールの人生で最も輝かしいことなのだけれど。
「ね?思い当たる節、あるでしょ」
ネールはこっくりと頷いて、手に包んだカップの中身をちびりと飲む。
あったかくて甘くていい香りのするミルクは、今日もやっぱり美味しかった。
そのままヘルガとお喋りしていたら、やがてランヴァルドが戻ってきた。ヘルガと『お邪魔してるわよ』『なんだ、ヘルガも一緒だったとはな』などと笑いながらやり取りして、ヘルガはホールへ戻っていって、ランヴァルドは寝る前の身支度を始めて……。
……その様子をぼんやり見ている内にネールは眠くなってきてしまった。でも、寝てしまうのはなんだか勿体ない気がするのだ。ネールはなんとか、睡魔に抗うべく戦い……しかし、いつの間にやら、意識を手放してしまった。
……ちょっぴり悔しい気持ちである。
でも、うとうととろとろ、浅い眠りの中で……隣にそっと潜り込んでくるランヴァルドの気配がしたのも、ランヴァルドが頭を撫でてくれたのも、ぼんやりとしか覚えていないけれど……なんだか幸せだなあ、贅沢だなあ、とも、思うのだ。
翌朝。ランヴァルドとネールは食堂で朝ごはんを食べて、ヘルガにご挨拶をしたら、早速ステンティールへと向かう。
氷晶の洞窟までは馬で行く。……どうも、『氷晶の洞窟前に馬を停めておくから後で回収してくれ』という風に契約して馬を借りたらしい。その分お金をかけることになってしまっているのだけれど、ランヴァルドが『アレクシス様にも早くお会いしたいしな』と笑っていたので、ネールも『そういうものだ』と思うことにした。
「このあたりもすっかり夏だな」
……氷晶の洞窟までの平原を馬で駆けながら、景色を眺める。
氷晶の洞窟がある、低い山が見えてくる。西の方に遠く遠く見えているのは、ステンティールの山なのだろう。
そして、近景を埋め尽くすのは……沢山の花だ。
花は風に揺れ、陽の光に輝く。素朴な野の花は、その1輪1輪が生命力にあふれていて、とっても綺麗。ネールは、ほう、とため息を吐いた。
「もうじき秋になっちまう訳だが、ま、それまでにしっかり楽しんでおかなきゃな」
ランヴァルドの言葉に、こく、と頷いてネールは景色をまた眺める。
……この国の、短い夏の、この時に。2人で見た景色を、2人で浴びた風を、忘れない。
ずっと。ネールが溶けちゃったとしても。ずっと。
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