最後の休暇*3
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お店を出たネールは大変に満足した。
……美味しかったのである。ご飯が。とても、とても、美味しかったのである!
「流石、イサクさんのおすすめの店だったな……」
ランヴァルドも分かりにくいながら、幸せそうな顔をしている。それはそうだ。美味しいごはんは人を幸せにするのだ!ネールはランヴァルドに拾って貰ってから、それに気づいたのである!『美味しいごはんで幸せ』はこの世の真理であろう!
「さて……腹もいっぱいになったところだが、早速、行くか」
ふわふわ幸せな気分のネールの手を、ランヴァルドが握る。
「夕方までミッチリ王都観光するからな。覚悟しておけよ?」
……ランヴァルドはにやりと笑って、そう言った。
ネールは頷きつつ、目を輝かせる。……イサクのおすすめのお店のご飯は美味しかったし、ランヴァルドが手を引いて連れ回してくれる王都観光はさぞかし楽しいのだろう、と……。
「まずはここだな。ここが王都の一番街だ」
ランヴァルドが最初に連れて行ってくれたのは……大きな通りである!
ちら、と見たことはあったのだが、ちゃんと通ったことは無かった。というのも、人通りも多いし、ここを通って王城へ行くのはちょっと目立つので。
「王城の真正面の通りだからな。当然、ここに並ぶ店は全てが一流のものだ」
ランヴァルドが教えてくれる通り、通りに並ぶお店は……なんというか、敷居が高そうである。金で装飾された看板に、ドレスや宝石の絵が描いてあったり。剣や鎧の絵が描いてあったり。お肉の絵の看板も、薬瓶の絵の看板もある。……ネールはちょっぴり、緊張してきた!
「で、用事があるのはこの店だな」
……緊張するネールの手を引いて、ランヴァルドはまるで緊張なんてしていない様子で、宝石の絵が描いてある看板のお店へ入っていく。ネールはランヴァルドの手を、きゅ、と握り直した。
からん、とドアの鈴が鳴って、お店の中に入ると……お店の中は蝋燭じゃなくて、魔法で光るランプの灯りが灯っていて、それで明るく照らされている。太陽の光は入ってこない作りになっているみたいだ。
……ランヴァルドは後で、『宝石の中には、あまり強い日光を浴びると品質が損なわれてしまうものもあるからな』と教えてくれた。
「いらっしゃいませ……おや、マグナス殿ではありませんか!お久しぶりですね」
「ああ。久しぶりだな。いつぶりだろう……もう、2年近くになるのか?」
ランヴァルドは、お店の奥から出てきた人と話している。……多分、ランヴァルドの商売に関わったことがある人なんだろうな、とネールは推測した。
「して、本日は買い付けですか?」
「ん?まあ、買いに来たんだが……」
そこでランヴァルドはネールの方を見て、笑った。ネールも笑い返した。
「こいつが気に入る宝石を探しに来たんだ」
……ということで、お店の奥にあった応接室のような場所で……ネールは山ほどの宝石に囲まれている!
ネールは最初に、『あいいろの ほうせきがいい』と書いて主張したのだ。するとお店の人が、『でしたらいくつかお持ちしましょう』と、奥へ引っ込んでいって……そして、今、ネールの目の前にあるように、宝石がどんどん運んでこられて、この状態だ!
「ネール。どれか、気に入ったのはあるか?」
ランヴァルドはそう聞いてくれるけれど……多すぎて、何が何やら分からないのだ!
「この瑠璃はどうだ?色も鮮やかで濃いし、金の線の入り方がいい。お前にも似合うと思うぞ」
ランヴァルドが1つ、宝石を選りすぐってくれたのだけれど、ネールはその宝石とランヴァルドの目とを見比べて……『ちょっと ちがう』と書いて示した。
この、瑠璃と言うらしい宝石は、ちょっと紫みが強いのだ。それに、透き通ったかんじがある方がいい。
「そうか?ならこっちの藍玉はどうだ?鮮やかな色がお前の目みたいで中々いいだろ?」
続いて見せてもらった石は、ランヴァルドの、というよりはネールの目に似ている色だ。これはこれで綺麗だけれど、ネールが欲しいのはこれじゃないのだ。
「ならこれは……」
上等な青玉も見せてもらったけれど、ランヴァルドの目と見比べてみて、やっぱりちょっと違うのだ。ネールは困ってしまうが、ランヴァルドとお店の人はもっと困っているだろう。
なので、ネールは改めて、もっと気合を入れて宝石を探すことにした。
集中して、全力で宝石と向き合う。宝石はきらきら煌めいて、とっても綺麗。けれど、その煌めきの1つ1つをつぶさに観察していけば……見つかるのである!
「ん?ネール、どうした?……それか?」
それは、テーブルの端の方にあった。あまり飾り気のない意匠の首飾りで、素朴にも見えるくらいの品だ。多分、『ちょっと質が良くないから』ということで脇に避けられたものなんだと思う。
……だが、ネールはそれがいいと思った。これが一番綺麗な色だと思ったのだ。飾り気がないのも、ランヴァルドっぽくてとてもいい!
「その青玉は……ちょっと色が暗いぞ?最高品質ってわけじゃない。最高の青玉は、こういう風に……色が鮮やかで、矢車菊みたいな色をしているもんだ」
ランヴァルドは説明してくれるし、綺麗な青玉を見せてもくれる。そっちも綺麗な石だ。でも、ネールが好きなのはやっぱり……この、少し暗い色をした青の……藍色の、ランヴァルドの目みたいな石なのだ。
……どう説明したものか、とネールが考えていると。
「だが、まあ……お前が気に入ったっていうなら、それにしようか」
ランヴァルドは苦笑しながら、そう言ってくれた。
……ネールは、嬉しくなった。
ランヴァルドはこうやって、ネールの気持ちを大事にしてくれるから、大好き!
「だがこっちも買うぞ。主人。こっちの藍玉のブローチも頼む。ああ、それからそっちの藍玉もいいな。首飾りか……ネールの首には少々重すぎるかもしれないが、お前が大人になった頃に丁度いいだろ。揃いの髪飾りもあるのか?ならそれも買おう。ああ、それなら今のネールにも丁度いいな」
ついでに、ランヴァルドはここぞとばかり、どんどんとお買い物していく。
……ネールはぽかんとしてしまった。ランヴァルドがこういう風に、沢山お金を使ってしまうのは、なんだか……ものすごく珍しい気がするのだ!
ネールが『ぽかん』の顔でランヴァルドを見つめていると、ランヴァルドはふとネールの視線に気付いて、そして、なんだか気まずそうな顔をする。
「……あー、その、まあ、偶にはいいだろ。もう、貴族位は手に入っちまったんだ。節制して財を蓄えておく意味も無いことだし、お前だって『救国の英雄』だなんて御大層な二つ名を頂いちまったんだから、その分、一級品で着飾れるように準備はしておくべきだし……」
ランヴァルドは説明してくれるのだが……なんだか、言い訳っぽい。
ネールは『こういうこともあるんだなあ』と思いながら、ランヴァルドがお店の人に『ではこちらのラペルピンはいかがですか?こちらもお嬢様の瞳のような美しい藍玉ですよ』と勧められて、それも買ってしまうのを見て、また首を傾げた。
……変なランヴァルド!
宝石のお買い物が終わって、ネールはご機嫌であった。
「よっぽどお気に召したと見える」
ランヴァルドの言葉ににこにこと頷いて、ネールは自分の胸元にぶら下がった青玉に触れる。
……ランヴァルドの瞳みたいな色の……世界一綺麗な色の、宝石!ネールはこれがすっかりお気に入りだ!それを身に付けているのだから、当然、すっかりご機嫌なのである!
「ま、お前が楽しそうで何よりだ。だが……まだまだ、買い物は続くぞ?」
ランヴァルドはネールの手を引いて、そんなことを言う。
「次はドレスだな。数着、仕立てておいてもいいだろ」
……だから、ネールは少し、困ってしまう。
多分、ネールにドレスはそんなにいっぱい必要ない。だってネールは……多分、帰ってこられない。
『死者の国』がどういう所なのか、ネールはもう、知っている。ランヴァルドは知らないけれど……ネールは知っているのだ。
多分、『死者の国』に足を踏み入れたら、ネールはもう、帰ってこられない。だからネールは、7日間のお休みを貰った。
最後に、ランヴァルドと一緒に居る時間を貰ったのだ。
だから、高価なドレスは必要ない。必要ないのに……。
「……ま、少しでも気に入ったものがあればすぐに買うぞ。お前の部屋がいっぱいになるくらいはな。いざとなったら遺跡を倉庫にしよう」
ランヴァルドの言葉に、ネールは乗り気じゃない。綺麗なドレスは好きだけれど、身の丈に合わないことは分かっている。無駄遣いになってしまうだろうことも。
……でも。
「ついでに俺の服も新調するか……」
……ランヴァルドの服は、必要だと思う。ネールは深く頷いた。是非、ランヴァルドの服を買うべきだ。
「折角だ。お前に見立ててもらうかな」
……更に、ネールがランヴァルドの服を選べることになりそうである。ネールは俄然、興味とやる気が湧いてきた!
「まあ、そういう訳でお前にはちょいと面倒を掛けるが……ん?なんだ、妙に元気になったな……?」
ランヴァルドの言葉に頷いて、ネールはランヴァルドの手を引っ張って歩き出す。
ランヴァルドの服選び!
絶対に!楽しい!
……そうして。
「……まさか、お前の服と同じくらい俺の服も買う羽目になるとはな……」
ネールは、大満足であった。
ランヴァルドに色々な服をとっかえひっかえ試着してみてもらうのは、それだけでも楽しかった。ランヴァルドはやっぱりかっこいいのである。ネールはそれを再確認した。
……それと同時に、『もしかすると、ランヴァルドもネールにとっかえひっかえドレスを着せるのが楽しいのかもしれない』と気づいた。
なら、それに付き合えてよかったな、とネールは思う。
……ランヴァルドが楽しいと、ネールは楽しい。ランヴァルドが幸せでいてくれれば、ネールは幸せなのだ。
「あと、最後に試着したアレだが……その、やっぱり俺が着るには少し派手じゃないか?なあ、ネール」
……いや、やっぱり、ランヴァルドがちょっと恥ずかしそうにしていても、ネールは幸せである。
ネールは『人間ってふしぎ……』と思いながら、しみじみと頷くのだった!




