最後の休暇*2
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朝。
ネールは目を覚ますと、ランヴァルドを見つめ……ようとして、気づいた。
「ん?起きたんだな、ネール」
……ランヴァルドが先に、起きていた!ランヴァルドはもうベッドから出て、何か机に向かっていた!お仕事だろうか!
「ああ、これか?これはイサクさんとアンネリエさんと、それからまあ、仲間の商人にいくらか、手紙を出そうと思ってな」
ランヴァルドはそう言って、書いていたものを見せてくれた。
……どうやら、封筒の宛名を書いていたらしい。綺麗な字だ。ネールもランヴァルドみたいに綺麗な字を書いてみたいものである。
「さて、封緘したらさっさと出るか。……いや、朝食はここで摂っていってやらないと、オルヴァーが泣くか……?」
ランヴァルドは『流石に泣きはしないよな、今回は……』などと言いながら、手早く封蝋を垂らし、指輪をそこに圧しつけて、模様をつけていく。これがランヴァルドの紋章だということは、ネールも知っている。そして、こうやって封蝋に模様を付ける様子は見ていて楽しいので、ネールも大好きである!
……ところでランヴァルドは、オルヴァーのことを泣かせたことがあるのだろうか。ネールはちょっと訝しみつつランヴァルドを見つめた。
ネールの視線に気づいたランヴァルドは、『ん?どうした?』と、涼しい顔をしているが……ネールは、『オルヴァーを泣かせるのはよくない』という気持ちを込めて、ランヴァルドの脇腹をつんつんつついておくことにした。
それから美味しい朝食を頂いて、ネールはすっかりご機嫌でファルクエークを出発することにした。
オルヴァーに手を振って別れを告げて、ネールはランヴァルドと共に馬に乗り、ファルクエークの野原を駆けていく。
……よく晴れた空の下、朝日に照らされた草花が、穏やかに影を落としている。北部のファルクエークであっても、晩夏ともなれば草花が生い茂るのだ。これが、冬の間には全て雪の下に埋もれてしまうのだから、すごい。
草原を吹き渡る風は爽やかで、なんだか微かにいい匂いがする。ネールは胸いっぱいに息を吸って、『いいきもち!』とにこにこした。
……この穏やかな日和を、ネールは大変に気に入った。
ずっとこんな調子ならいいのになあ、とも、思った。
「さーて、ネール。悪いが、遺跡に着いたら王都より先に、まず一度ドラクスローガに寄ってくれるか?ついでにステンティールだ。ステンティールにはお前の手で手紙を届けてほしいんだが……」
……が、ランヴァルドがそんなことを言い出したので、ネールはきょとん、とする。
今日は一日、王都巡りの予定である。ネールたっての希望なのだ。ランヴァルドもそれは、知っているはずなのだが……。
「ま、俺に任せておけ。お前の7日間の休暇を、必ずや実りあるものにしてみせよう。そのために、ま、ちょっと協力してもらうけどな」
……まあ、ランヴァルドがそう言うなら、そうなのだろう。多分、ネールには想像もできないくらい素晴らしいことが起こる。それは間違いない。
ということで、ネールは『ドラクスローガにランヴァルドを置いて、ステンティールに行って、お手紙を渡したら、ドラクスローガに戻ってランヴァルドと一緒に王都……』としっかり確認して、頷いてみせるのだった。
遺跡に到着したら、早速、ネールはドラクスローガへと移動する。
「おっ。ドラクスローガだな。……また領主様を驚かす羽目になりそうだが……まあいいか。じゃあネール。俺は謁見の間に居ると思うから、お前も手紙を届けたら合流してくれ」
ランヴァルドが手をひらりと振って遺跡から出ていくのを見送ると、ネールはネールでステンティールへと移動する。
……ステンティールの遺跡は、ステンティールのお城の地下深くにある。
だから、この遺跡から出て、外のお山の間に出て、そこから馬車でステンティール城に向かう、というのが今までの道筋だが……今、ネールは1人だ。そっちの道は使わない。
ということで、ネールはかつてランヴァルドと自分……と、あと、岩石竜の子とマティアスが落ちたことのある縦穴の前に到着していた。
以前見たのと同じように、美しく静かな地底湖があり、ネールはちょっとだけ、あの頃のことを思い出して懐かしくなる。
……もう、1年近く前になるのだ。ランヴァルドと出会ったのが、去年の秋のはじめだったから……もうじき、ランヴァルドと出会って1年になる。
早い1年だった。でも、ネールの人生で一番幸せな1年だったことは間違いない。
ネールはそこまでで思考を打ち切ると、地底湖に向かい……跳ぶ。
地底湖の向こう側の壁に向かって跳んで、壁を蹴って、また跳ぶ。
そうしてネールは、縦穴の壁面を蹴りながら飛び上がっていって、ぐんぐんと上昇していき……そして。
「……ネールさん!?」
ぽん、と縦穴を抜けたネールは、そこで、何やら道具の片付けをしていたらしいウルリカを見つけて、満面の笑みを浮かべるのだった!
「驚きました。まさか、地下から跳んでいらっしゃるとは。流石、救国の英雄ですね」
ウルリカがそう言ってくれるので、ネールは胸を張った。どんなもんだい!
「して、本日はマグナスさんはご一緒ではないのですね?……あら?それは?」
ネールはしっかり使命を果たす。持ってきた手紙をウルリカに見せると、ウルリカは『失礼しますね』と手紙を受け取って、封筒の宛名を見て、『ああ、アレクシス様とお嬢様と……私宛、ですか?』と首を傾げた。
ウルリカにお手紙を渡せたので、ネールは帰ることにする。ランヴァルドがきっと待っているのだ!急がねば!
「あら?ネールさん、もう行ってしまわれるのですか?」
ウルリカが少々残念そうな顔をしていたので、ネールは壁を指でなぞって『また あさって』と見せた。ウルリカは『明後日、またいらっしゃるのですね?』と首を傾げていたが、ネールは手を振って、早速、ぴょこん、と縦穴へ身を投じた。
さあ、ランヴァルドを迎えに行こう!
ドラクスローガに戻って、遺跡の通路を通って行けば、すぐ、ドラクスローガのお城の謁見の間に到着する。
ひょこ、とネールが顔を出すと、『やっぱりそこから来るのか……』という顔のおじいちゃんと、何か話していたらしいランヴァルドがネールの方を向いた。
「おお、ネール。速かったな。流石だ」
ランヴァルドはネールを褒めてくれた。……多分、ランヴァルドはネールが縦穴からステンティールのお城の中に入ることを予想していたと思う。そしてネールは、そんなランヴァルドの予想通りに動けたことを誇らしく思う!
「では、トールビョルン様。よろしくお願いします」
「うむ、確かに。……しかし、その、そこから出てくるのは毎度、なんとかならんのか……?」
「ははは、申し訳ありませんが……」
……ランヴァルドはこのおじいちゃん領主と、何の相談をしていたんだろう。ネールはちょっと首を傾げつつ、まあいいか、と、ランヴァルドの手を握る。
「よし、行くか。次こそ王都だな」
ランヴァルドがそう言うのを聞いて、ネールはこくこくと頷く。……とっても楽しみである!
ランヴァルドと手を繋いで、仲良くドラクスローガの遺跡の奥へと戻って、そこから王都に移動する。
王城の地下にあるこの遺跡から王城へ直接出ることもできる。普段は『それだと怪しまれるだろ』と言うランヴァルドの方針で、一度王都の外に出てから戻ってくる形でやっているのだが……。
「……もう昼だし、今日のところは直接王城にお邪魔するか」
なんと!ランヴァルドは『怪しまれてもいいや』と思っているらしい!びっくりである!
「あ、勿論、遺跡を出る時には細心の注意を払うぞ?下手に怪しまれるのは御免だからな……」
と思ったら、やっぱり怪しまれたくはなかったらしい!まあそうだよね、とネールは納得した!
ということで、遺跡から王城へ直接出る。
……出た先は、王城の隠し部屋の1つである。ネールは『こんな場所があったとは』と感心した。
「ここは……どこらへんなんだろうな……まあ、とりあえず外の様子を窺ってから出ることとしよう」
ランヴァルドは、壁の一部をちょっとコンコンやって、そこに隠し扉があることを見抜いた。向こう側に何の気配もないことをネールが確認して、そっと、外に出る。
外に出ても隠し通路だったので、ネールの勘で進んでいく。そのまま更に進んで、隠し扉を抜けて、隠し通路を抜けて、進んで、進んで……。
「……おやっ!?マグナス殿!?」
「あ、イサクさん……よかった、ここに居たのがイサクさんで……」
最後の引き戸だと思ったものは、どうやら本棚の裏側だったらしい。本棚をずらして外に出たら、その本棚で調べ物をしていたらしいイサクが目を丸くしていた!
さて。
イサクが『いやあ、びっくりしましたよ!』とからから笑うところで、ネールは『勘に間違いは無かった!』と胸を張ったし、ランヴァルドは『お騒がせしております』となんだかちょっと申し訳なさそうだった。……ネールも申し訳なさそうにした方がいいだろうか。
「して、王城にいらっしゃったということは……本日は休暇を王都でお過ごしになるわけですかな?」
「ええ。そのつもりです」
イサクの問いにランヴァルドが答えて、ネールも頷く。そうだ。今日のネールは、王都で過ごすのだ。忙しい、忙しい。
「成程。是非、楽しんできてくださいね。ところでお二人とも、昼食はお済ですかな?」
「いえ、これからです」
「ならば、お勧めの店がございます。是非、ご参考までに……」
イサクは懐から取り出した紙にさらさらとお店の名前をいくつか書いて、ランヴァルドに渡した。ランヴァルドは『イサクさんのおすすめなら間違いないだろうな』とにこにこした。ネールもそう思う!
「ああ、そうだ。イサクさん……こちらを」
そのやり取りで思い出したように、ランヴァルドはイサクにお手紙を渡した。イサクの分と、アンネリエの分だ。
「ほほう、お手紙、ですか」
「ええ。後で中をご確認ください」
ランヴァルドは笑うと、ネールの手を握る。ネールはにこにこしてしまう。だってネールはランヴァルドと手を繋ぐと、なんだかふわふわ、どこまでも歩いていけるような気分になるのだ!
「では。……よし、ネール。早速飯だな。イサクさんがおススメしてくださった店にするか?」
ネールはこくこく頷いて、ランヴァルドと一緒に歩き出す。
……楽しみである!
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