最後の休暇*1
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ネールがぱちりと目を覚ますと、隣にランヴァルドが居なかった。
……どうしたんだろう、と思ってネールはランヴァルドを探しに行く。
お水を飲みに行ったのかな、と思って居間を探したが、ランヴァルドは居ない。
まさか、と思ってネールの寝室を見たが、やっぱり居ない。
……どこへ行ってしまったんだろう。ランヴァルドは、どこへ。
やっぱり、ネールと7日間過ごすのが嫌で、どこかへ行ってしまったんだろうか。
嫌われて、しまっただろうか。
……心配になったネールは、走り出す。
走って、走って、金色の光を纏いながら、まっすぐ目指すのは古代遺跡だ。
ランヴァルドの仕事場があそこにはあるから。あそこで、お仕事をしているだけかもしれないから。だから……。
「ん?ネール。ああ、すまないな。放り出していた仕事をちょっとばかり片付けてから寝ようと思ってな」
……そうしてネールが古代遺跡に到着すると、そこでは何事もなく、ただ、ランヴァルドが仕事をしていた。
「だが……ああ、うん、そうだな。俺も少し疲れた。とりあえず、7日放り出す準備と覚悟はできたから、ここまでで切り上げるとしよう」
ランヴァルドは顔色が悪い。これは、頑張ってお仕事を片付けていたからなのだろうな、とネールは思った。
……ランヴァルドは、頑張ってくれたのだ。ネールとの7日間を確保するために!
「よし、帰るか。……あー、やっぱりお前の手、ぬくいな」
ランヴァルドはネールの手を握って、歩き出す。少しふらついていたけれど、その分、ネールがランヴァルドを支えるようにして歩く。
ランヴァルドと一緒にベッドに帰ったら、そのまま朝までゆっくり眠ろう。ちょっぴりお寝坊しちゃってもいい。
そうしてランヴァルドが元気になったら……一緒に起きて、一緒にご飯を食べて……ああ、何をしよう!
ネールの、最後の7日間が始まるのだ!
翌朝。
ネールが目を覚ますと、今度はちゃんと、ランヴァルドが居た。
ランヴァルドの寝顔をじっと見つめて、ネールは笑う。……やっぱり今日もかっこいい。ネールは満足である。
「ん……朝か?いや、少し寝過ごしたか……?」
ランヴァルドものそのそと起きてきて、ふわ、と欠伸をする。昨夜は遅くまで仕事をしていたわけだから、疲れているのだろうけれど……。
「……よし。ひとまず飯にするか。で、食いながら何をするか、考えようじゃないか」
疲れなんて無いかのように、ランヴァルドはそう言って、にやりと笑った。
「折角、7日も休暇があるんだからな」
……なのでネールも、満面の笑みを浮かべる。
ああ……やっぱり、大好き!
ネールの休暇1日目は、ファルクエークへ行くことにした。
ファルクエークのお城に到着したのはお昼過ぎだったけれど、到着したらオルヴァーが早速来てくれた。
……オルヴァーは、ネールを見つけてすぐ、ネールを抱っこして、くるくる回って、それから下ろしてくれた。ランヴァルドもこれをやることがあるけれど、こういうところまで兄弟って似るのだろうか。ネールはなんだか不思議な気分になった!
「そうかあ……7日間の休暇、か。逆に言うと、それまで休暇らしい休暇が無かったんだろ?ネールも兄上同様、忙しいんだな」
そうしてネールとランヴァルドは、オルヴァーと一緒にお茶を飲むことになる。
……ネールは、ファルクエークのお菓子が結構好きである。王城のお菓子もハイゼルのお菓子もステンティールのお菓子も好きだけれど……ここのお菓子は、ネールやランヴァルドやオルヴァーのために、と作ってくれた人が居るのだ。その分、美味しいのだと思う。
「そして兄上は7日間、貰われている、と」
「ああ、うん……突然何を言い出すのかと思ったんだが、まあ、王命になっちまったからな……」
ついでにオルヴァーは、ネールが王様に『ランヴァルドもください』したことについて、感心してくれた。『策士だな、ネール』と何やら嬉しそうである。
……オルヴァーは、ネールにとって友達……みたいなものである。生憎、ネールは生まれてこの方、お友達らしいお友達が居たことが無いのでよく分からないが……多分、オルヴァーは友達、だと思う。齢はちょっと離れているけれど、でも、友達。同じものが好きな、仲間同士でもある!
「まあ、休暇ってことなら、是非ゆっくりしていってくれ。何日居てくれてもいいんだぞ、ネール」
オルヴァーはネールににこにこしながらそう言ってくれたのだけれど、生憎、ネールは忙しいのである。まだまだ、行かなきゃいけないところが沢山あるのだ。
ということで、『一日だけ とまる』と書いて見せると、オルヴァーは『そっかあー』と残念そうな顔をした。ネールはちょっと申し訳ない気分になってきた。
でも、この7日間は思い切り欲張りさんになると決めたのである。
オルヴァーには、7日後にもランヴァルドと会う機会があるので……この7日だけは我慢してもらおう、とネールは思った。
お茶を飲んだら、それからオルヴァーとお喋りする。ランヴァルドは『ちょっと席を外すぞ』とどこかへ行ってしまったのだが、まあ、それはしょうがない。ランヴァルドはランヴァルドで忙しいのだ。ネールの我儘で、7日間は付き合わせてしまうけれど、本当はやらなきゃいけないことがたくさんあるはずなので……。
「ああ、そうだ、ネール。倉庫に兄上の古い肖像画が残っていたんだ。見るかい?」
そしてネールは、オルヴァーの提案に夢中である!
だって、ランヴァルドの!ランヴァルドの、肖像画!……見たい!
ランヴァルドは小さい頃、どんな子だったのだろう。ネールはわくわく、そわそわ、としながら、オルヴァーと一緒に倉庫へ向かう。
「ほら、こっちだ」
向かったお部屋は、倉庫、とは言っても整頓されて、綺麗な場所だった。使っていない古い道具……黒っぽくなった銀の燭台や、綺麗な細工の額縁、金で模様が入った白い焼き物の花瓶や、細かな織り模様の入ったタペストリー……色々なものが沢山あって、とても興味深い。ネールは『わくわくする場所だ』と思った。
「これこれ。俺が生まれるより前に描かれた肖像画らしい」
……そして、ネールはその肖像画を見せてもらう。
そこには、若い日のアデラの姿と、知らない男性の姿……そして、利発そうな少年の姿が描かれている。
……この少年は、ランヴァルドだ!
「どうだ?今のネールより少し年下くらいの頃の兄上だよ」
ネールは、『ほわあ』とため息を吐きながら、穴が空くほど肖像画を見つめる。
……ネールより幼い頃のランヴァルドの姿は、成程、確かに……確かに、とてもよいものだ!
「伯父上……ええと、兄上の御父上についても、中々の美男だろ?」
それから、ランヴァルドのお父さん。もうお亡くなりになってしまったというその人の姿も見て、ネールは『確かにランヴァルドに似ている』と納得した。
ランヴァルドより大柄な印象のあるその男性は、鳶色の髪と藍色の瞳を持つ、如何にも理知的な雰囲気の人だった。……まあ、つまり、ランヴァルドと似ている。
「こっちの肖像画は、俺が生まれた頃のだな。……俺には覚えが無いけど」
続いて、オルヴァーが見せてくれた肖像画は……もう、ランヴァルドのお父さんが死んでしまった後の時代のものだ。
赤ちゃんを抱いて座るアデラと、アルビン。それに、今のネールと同じくらいの齢頃のランヴァルドが描かれた大きな肖像画だ。
自分と同い年くらいの頃のランヴァルドの姿を見ていると、なんとも不思議な気分になる。ネールはなんとなく頷きつつ、じっくりと肖像画を見つめた。
「で、こっちがもう少し年上になった兄上だな。……もしかすると、成人の記念かもしれない。この頃の姿は俺にも覚えがあるよ」
続いて、今のオルヴァーと同じくらいの齢頃のランヴァルドの肖像画も見せてもらう。……かっこいい。ネールは深々と頷いた。
「……これらの肖像画は、長らく倉庫の奥の方にしまわれっぱなしでね。恐らく、適当な頃合いに善い家臣がそっと隠しておいたんだろう。さもなくば、捨てられてしまっていたかもしれない」
それから、オルヴァーはそう言って少し悲しそうな顔をした。
「俺が生まれてしまってから……兄上が描かれることはほとんど無かった。俺自身の肖像画は、事あるごとに描かれているんだが。兄上のは、俺が生まれた時の『家族の肖像画』と、さっきの成人祝いのくらいだったわけだ。……それすらも、兄上が出奔なさった後には全て城から片付けられた」
オルヴァーの表情には、どうにも複雑なものが見て取れる。
……気まずいんだろうなあ、とネールは思う。オルヴァーは、自分がランヴァルドの居場所を奪ってしまったことを、申し訳なく思っているのだと思う。もしかしたら、『自分さえ生まれてこなければ』と思っているかも。
「ま、片付けられていなかったら燃やされたり捨てられたりしていたかもしれないから……それで、よかったんだが」
気を取り直したように笑うオルヴァーを見て、ネールは思うのだ。
オルヴァーは気にしているのだろうし、ランヴァルドも気まずく思っているのだろうし……けれど、これから何かするとして、遅すぎるということは、ないんじゃないかな、と。
なのでネールは、『今から飾ればよいのでは』と書いて見せた。するとオルヴァーはきょとん、として……笑い出す。
「それもそうだ!……うん、そうしよう!何なら、新しく描いてもいいな。家族の肖像画というと、俺と兄上と、2人の肖像画になってしまうが……」
オルヴァーが『そうだよな、これからだって、遅くはない』と笑うのを見て、ネールは頷く。
「なら、ネール。是非、君も描かれてほしい」
だが、オルヴァーがそう言い始めたのには、驚いた。ネールはびっくりして、咄嗟に何も頭が回らない。
「ほら、その……僕は君のことを妹のように思っているし、兄上もそんなかんじだろ?いや、兄上は娘だと思ってるのか……?いや、どちらでもない、というのは分かっているんだが」
ネールは、ぱち、と目を瞬かせた。
……ネール入りの肖像画、なんて、考えたことも無かった。
ましてや、ネールが……『家族の』肖像画に入る、だなんて。
「まあ、君は兄上の家族みたいなものだろ?ならまあ、折角なら君が一緒に描かれていたら、良いかな、と思って……男2人で肖像画、というのも華が無いことだし」
オルヴァーの言葉を聞いて、ネールはじんわりと嬉しくなってくる。
……ネールは、ランヴァルドの、家族。
だからついでにオルヴァーも家族だし、家族の肖像画に入れてもらえる。……それは、とても嬉しいことだ!
……けれど、叶わない夢だ。
ネールは『とてもいいとおもう』と書いて見せて、オルヴァーに笑いかけた。
オルヴァーは、『いい絵師を探しておこう』とにこにこしていたけれど……ネールは申し訳なく思う。
ネールはもうじき、居なくなる。だから、家族の肖像画が完成する日は、きっと来ない。
……だからネールは、『でも オルヴァーとランヴァルドの2人のもいい』と書いて見せておいた。
ネールが居なくなっても、この兄弟が仲良くあれ、と祈って。
その日の夜。
ファルクエークの晩御飯は美味しかった。お魚のスープにパンを浸して食べるのがこんなにおいしいだなんて、ネールは初めて知った!
更に、蜂蜜入りのミルクも貰って、ネールは益々幸せになって……お腹いっぱい、幸せいっぱいの中、夢見心地でベッドに潜り込むことになる。
……当然のように、ランヴァルドのベッドに!
「寒いか?もうちょっとこっち寄ってもいいぞ」
ランヴァルドはもうすっかり、ネールがベッドにもぐりこんでくることに慣れてしまったらしい。ネールはちょっぴり嬉しい。ランヴァルドがこうなっちゃったのは、ネールのせいなので!
「よし、おやすみ、ネール。……明日は王都だな」
ネールはベッドの中、ランヴァルドに抱きしめられつつこくこく頷く。
明日は、王都観光をする。……今まで、王都をちゃんと見たことがあんまり無かったので。そして何より……ランヴァルドと一緒だったら、きっと楽しいだろうと思うので!
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