欲張る*2
さて。
「……貰われた」
ランヴァルドがぼやく横で、ネールが『貰っちゃった!』とばかり、胸を張っている。
……ネールの『7日お休みを下さい。あとランヴァルドも下さい。』という、謙虚なのか強欲なのかよく分からない要求は、見事、国王に受理されてしまった。
国王から直々に『古代人に返答をした後の7日間は救国の英雄ネレイアに付き従え。その分、ジレネロストの行政が滞るであろうが、それは補填する』と命じられてしまえば、最早ランヴァルドにはどうすることもできない。
「……あー、ネール。お前、俺で何かしたいことがあるのか……?」
恐る恐る、そう尋ねてみると、ネールは少し考えて……。
『まずはだっこ』
「うん」
それだけ書いて、ネールは満足気に頷いた。……『まずは抱っこ』より先は、未定であるらしい。
「やれやれ……どうなることやら」
ランヴァルドが溜息を吐く間も、ネールはにこにこと満足気である。
まるで、『これでよかったのだ』というかのように。
……ランヴァルドはまだ、『このままじゃ駄目だな』と思っているのだが。
翌日。
ランヴァルドはイサクとアンネリエ、そしてネールと共に、ファルクエークの古代遺跡へと移動した。
……すると、そこには既に、例の古代人が待っていた。
古代人が、じっ、とネールを見つめる。するとネールは何やら古代人に魔法で話しかけた。
ふわ、と何かが広がっていくのだが、何の言葉を乗せているのかは、ランヴァルドにはよく分からない。イサクやアンネリエには、ネールの声が聞こえるのだろうか。
……続いて、わん、と耳鳴りのような音が鋭く通り過ぎていき、古代人が何かを喋る。続いてまた、ネールのふわふわ、が飛んでいき、古代人の魔法も返っていき……そうして両者はしばらく、魔法で会話していた。
「マグナス殿、マグナス殿。あれは一体、何を……?」
「あー……魔法で会話しているようです。生憎、俺には中身がさっぱり読み取れませんが」
「成程……ちなみに私にもサッパリです」
速度と指向性を上げているのであろう2人の魔法は、2人にしか伝わらず、2人にしか読み取れない。おかげで、傍に居るランヴァルドには魔力の余波が然程来ないので、魔力酔いはせずに済んでいる。
……が、話の中身が分からないというのは、いただけない。
「あー……ちょっといいか?」
魔法が止まって、ネールと古代人が握手し始めたところで、ランヴァルドは割って入った。
「ネール。それにあんたも。悪いが、こっちにも分かるように説明してくれ」
……すると、古代人とネールは顔を見合わせ、何やらまた、魔法でやり取りをして……。
『8日後に迎えに来る』
『7日おやすみしたあと おむかえ きてもらう』
古代人は魔法で、そしてネールは筆談で、ランヴァルドに伝えようとしてくる!が、古代人の魔法は相変わらず少々強すぎであり、ネールの筆談にまで気を回す余裕が無い!
「あーあーあーあー!悪いが片っぽずつにしてくれ!まずは古代人のあんたから!」
……ということで、ランヴァルドは古代人とやり取りをする羽目になったのだった。
……そうして。
「分かった。うん。つまり、ネールが7日休暇を取ることは古代人のあんたも納得済みで、明日から7日間の休暇が終わったところでここに来てくれる、ってことでいいんだな……?」
ランヴァルドがそうまとめると、古代人はこくりと頷いた。
「で、ネールは『死者の国』へ行く、と……そういうことだな?」
ネールもこくこくと頷いてみせた。まあ、ひとまずネールと古代人との間で交わされた話については、そういうことらしい。
「じゃあ、そういうことでよろしく頼む」
……まあ、そうと話が決まったなら、ランヴァルドはここに首を突っ込むことはできない。
その代わりに、ランヴァルドは懐から取りだしたものを、そっと古代人に差し出した。
「それから、これはあんたへの個人的な礼だ」
紙に包んだものを、古代人に握らせる。古代人はその紙をかさかさと開いて……目を瞬かせた。
……紙に包まれていたそれは、銀剣勲章である。
古代人は勲章と、包み紙とを見て首を傾げている。なのでランヴァルドは、『まあ、それはこっちの世界での勲章だ』と説明し、包み紙は古代人の懐にしまわせ、その胸元に銀剣勲章を飾ってやった。
銀の剣が2本交差した意匠の勲章は、古代人の胸できらりと光る。それを見たネールは、ぱちぱちと拍手した。
「一応、俺も領主になったんでな。下位の勲章なら、こうして独断で授与することができるってわけだ。あんたにはネールが世話になる。ネールはこの世界を救うわけで……その礼だと思ってくれ」
ランヴァルドが説明すると、古代人は『そういうものか』とばかり、首を傾げ、それからこくりと頷いた。『いらない』と突っ返されることも覚悟していたので、ランヴァルドとしては少々嬉しい。
「ついでに、あんた、名前が無いんだったな。折角だ。名前も授与しようか」
更に、もう少々調子に乗ってみるか、と思ったランヴァルドはそう申し出てみたが……途端、古代人の表情が、動く。
「……案外乗り気だな、あんた」
……古代人は、目を輝かせていた。
ウルリカより表情の動かないこの古代人が、こんな顔をすることがあるとは。ランヴァルドは少々……否、かなり、驚いている!
「じゃあ……よし。一つ、お前に名を授けよう」
ランヴァルドは『この古代人、間違いなくネールの影響を受けてるよな……』と思いつつ、思考を全力で巡らせる。
この古代人に与える名だ。真っ当なものでなければなるまい。下手を打ったら……殺されかねない!
ということで、暫しの間……ランヴァルドにとっては無限にも思えるほどの時間、考えて考えた結果。
「よし。では、あんたに授ける名は……『ティナ』。つまり、『雪解け』だ」
目の前で古代人……たった今、『ティナ』と名付けられたそれが、目を瞬かせる。そして、ほわあ、と、幾分頬を紅潮させて、感嘆の息を吐いた。……やはりどことなく、仕草がネールっぽい。
「あんたが居たから、俺達は俺達の世界の危機に立ち向かえる。氷に閉ざされる運命を変えたあんたは、間違いなく『雪解け』だ」
ティナは、こく、と小さく頷き……そこへ、ネールが飛びつきに行く。
ネールはティナにぴょこん、とくっつくと、そのままぴょこぴょこ飛び跳ね始めた。
……すると、ティナもネールに合わせて、控え目ながら、ぴょこ、と飛び跳ねる。
満面の笑みのネールにつられるようにして、ティナもまた、ほこ、と僅かに表情を綻ばせていた。
「そういうわけで、8日後。よろしく頼むぞ……ティナ」
ランヴァルドがそう言えば、ティナはこくりと頷いた。
……その手は、銀剣勲章に置かれていた。
そしてその下、懐にしまい込まれた、包み紙にも、きっと。
その日、イサクとアンネリエは報告の為王城へ戻り、ランヴァルドとネールはジレネロストの自宅へと帰った。
そうしてその夜、ネールがすやすやと眠っているのを確認して、ランヴァルドはそっと、寝室を抜け出す。
……向かう先は、家の裏手の古代遺跡だ。
古代遺跡の中に入れば、すぐ、気配がした。そしてそこには……。
「……来てくれたこと、感謝する」
昼間に別れたばかりのティナが、立っていた。
ティナがここに居るのは、ランヴァルドが呼び出したからだ。
ランヴァルドは銀剣勲章を包み紙ごとティナに渡したが、その紙の内側には、『聞きたいことがある。ネール無しで話したい。今晩、ジレネロストの古代遺跡に来てほしい』と古代文字で書いておいたのだ。
その手紙を読んだティナは、律儀にここへ来てくれたらしい。ランヴァルドは心底感謝しながら……早速、ティナに切り出す。
「死者の国について、教えてくれ。あんたがネールに教えたことを、全部」
……ネールは何か、知っているはずだ。そしてそれをランヴァルド達に知らせないまま、自ら『死者の国』へ行くことを決定してしまった。
だからランヴァルドは、これを知る必要がある。
「魔法を使って話してくれて構わない。筆談じゃ、夜が明けちまいそうだからな。それはあんたにとっても煩わしいだろ?」
ランヴァルドがそう申し出れば、ティナは少しばかり不思議そうに首を傾げ……彼女なりに、精一杯出力を落としたのであろう魔法で、語り掛けてくる。
『あなたは私の魔力に耐えられないのでは?』
……たったそれだけでも、ランヴァルドは脳髄が揺さぶられるように感じた。
だが、それだけだ。
「なんとか耐えるさ」
ランヴァルドは笑って、ティナに向き直る。
「それくらいは……せめて、それくらいは……させてもらわないことには……」
……そうして漏らした言葉は、ティナではなく、ネールに……否、自分に向けたものだったが。
だがランヴァルドは、その目に確かな決意を漲らせて笑ってみせた。
「よし。やってくれ。よろしく頼む」




