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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第七章:金貨500枚分の契約
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対話*3

 古代人は去っていった。『三日後、また来る』と言い残して。

「……とりあえず、遺跡を止めるか」

 考えることは山のようにあるが、それはひとまず置いておくしかない。

 ランヴァルドはネールを連れて、遺跡最奥の部屋へと向かうのだった。




 そうして古代遺跡は稼働を止めた。

 ……驚くほど、作業は簡単だった。ランヴァルドが前回、氷を喰らい、傷だらけになりながらなんとか止めた古代魔法装置であったが、ネールが居ればあまりにも簡単に作業が進んだのだ。

 ネールは黄金色の光をふんわりと広げ、ネール自身のみならずランヴァルドをも守った。ランヴァルドは『おお、ぬくい』と少々喜びつつ、黄金色の光にぶつかった氷の刃がするりと溶けていくのを見て、『おお……』と感心したような、恐ろしいような、そんな気分になりもした。

 そして古代魔法装置の制御についても、ネールが居れば実に容易い。ランヴァルドがちょっとばかり操作して、ネールが魔力をするりと流せば、それで終わりだ。ネールが居れば魔力が足りないということは無いし、吹雪と氷の刃に心身を削られるような状況でさえなければ、ランヴァルドの作業も早いのである。

「よし……とりあえず、オルヴァーに報告してくるか。一応遺跡は止めたが、あと3日はここに滞在する羽目になるしな……」

 何はともあれ、まずは報告である。ランヴァルドはネールをひょいと抱き上げて、一緒に遺跡を出ることにした。




「兄上!遺跡が静まりましたが、もしかして……?」

「ああ。古代人との接触に成功して、遺跡はひとまず稼働を止めた」

 遺跡を出てすぐ、オルヴァーが駆け寄ってきたので状況を伝える。するとオルヴァーは『予想していたより早かったですね……』と驚いていた。

 まあ、例の古代人がそれだけ他の遺跡の情報に敏感だった、ということか、はたまた、イサクをはじめとした王城の面子が噂を流す速度が凄まじく速かった、ということか……いずれにせよ、今回のことが上手くいって、本当によかった。ランヴァルドは改めて、今回の成果を噛みしめる。

「3日後、また古代人が来るんでな。ちょっとイサクさんとも相談しなきゃいけないことが出てきちまった。もう何日かはここと王城と行ったり来たりだな」

「ええ!ずっと居てください!」

 ランヴァルドは『いや、ずっとは居ないが……』と律儀に訂正しつつ、まあ、歓迎されているということは良いことだ、と思い直しておくことにして……。

「ところで、兄上……ネールを抱っこしているのは……どうされたのですか?まさか、ネールが怪我を?」

 ……オルヴァーがふと、ランヴァルドとランヴァルドに抱えられたままのネールとを見て首を傾げているので。

「ああ……まあ、古代人と接触したことだし、一応はあの古代遺跡に居たことだし、その……」

 ランヴァルドは何とも歯切れ悪く釈明する。とはいえ、ランヴァルドは半ば無意識にネールを抱き上げて運んできてしまったため、釈明しようにも、随分とあやふやな釈明になる。

 そうして、ランヴァルドに抱き上げられているネールでさえも『どうして抱っこされているのだろうか』と首を傾げ始めたところで……。

「……ぬくいんだよ、こいつ」

 ランヴァルドが正解に辿り着いて我が事ながらげんなりすると、オルヴァーはにっこりと笑って、『それはよかった!』と喜んだ。

 ネールは、にこにことそれはそれは嬉しそうに笑い、きゅうきゅうとランヴァルドにくっついてきた。

 嗚呼……余計にぬくい!




 さて。

 そうしてランヴァルドとネールは、駐屯地へ戻ることになった。尚、オルヴァーは戦場の後始末および、念の為警戒を続ける必要があるとのことで、遺跡周辺に残った。

「おお、マグナス殿!どうやら上手くいったご様子で!」

「ええ、まあ」

 早速、イサクが物見櫓から声を掛けてきた。ランヴァルドが少し待っていると、彼は慌てて櫓から下りてくる。

「して、状況は」

「あー……複雑です。正直なところ、俺もどうしていいものやら、といったところで……」

 ランヴァルドは頭を抱えてため息を吐いた。

 ……古代人との接触によって手に入れてしまった情報は、あまりにも膨大であり……正直なところ、最早、ランヴァルドの手に負えるものではないのである。


 それから駐屯地の中で、温かい茶と軽食が用意され、イサクとネールとランヴァルドの三名による情報共有が行われる運びとなった。

「まず……やはり、『死者の国』でした」

 そうして開口一番にランヴァルドがそう言えば、イサクは『ああー……』とため息とも悲鳴ともつかない情けない声を上げた。

「……古代遺跡が吐き出す魔力の源は、『死者の国』であるそうです。そして、例の古代人は恐らく、古代遺跡から吐き出された魔力から生じた……ある種の魔物のようなものだ、と思われます」

「魔物……」

 イサクは確かめるように呟きつつ、ちら、とネールを見た。だが、彼はそのままネールに笑いかけて、『ネールさん。ところでこちらのお菓子は中々美味しいのですよ。いかがですかな』と菓子を勧めた。……好い人である。

「そして、『死者の国』には、古代人が多く居るそうです。それが『死んだ』ということなのか、それとも、死後の世界に生きながらにして到達したのかは分かりませんが……何にせよ、その死者の国由来の魔力から生まれた彼女は、古代人達の記憶の片鱗を持っているようですし、古代人達に与する行動をとっているようです」

 古代人の言葉を思い出しながら報告していくと、イサクは『ふむ』と唸り、そして、『嫌な予感がする』というような顔をした。正解である。

「うーむ、そういうことでしたか……。して、古代人達に与する行動、というと……」

 そうして恐々、イサクはランヴァルドに問いかけてきたので……ランヴァルドは当然、答えることになる。

「……古代人達は、『死者の国』から、こちらへ出てきたがっている、と……」

「なんと……」

 絶句してしまったイサクを見て、『まあ、そうなるよなあ』とランヴァルドはどこか他人事のように思う。

 まるで現実味の無い話だ。死後の世界から古代人が蘇ってきて、この世界を滅ぼしかねない……などとは!




「そ、それは……止める方法は無いのですかな?」

「古代遺跡を解体していけば、死者の国から魔力を得る手段がひとまず無くなりますから……。しかし、今回対話した古代人が古代人として既にこの世界に存在している以上、どこかからか魔力が漏れて、今後もどこかで勝手に古代人が生まれないとも限らないわけです」

「厄介な!」

 イサクがいよいよ頭を抱え始めたので、ランヴァルドは『この人でもこうなっちまうんだから、俺の現実味が無いのも仕方ないな』と納得した。

「しかし、希望が無いでもありません。どうも例の古代人は『寒さ』を覚えるようになった、とのことでした」

「ほ、ほう?」

「ネールの魔力を浴びて温かさを知った、ということでした。そして、温かさを知ってしまったら、寒さを思い出してしまう、と」

 ……ランヴァルドはふと、思う。『ネールが居て本当によかった』と。

 ネールが居たからこそ、古代人は自分とは感覚の異なるこちらの意見に耳を貸す気になったのかもしれない。情報をこちらに齎したことだって、ネールあってのことだろう。

 ネールが居なかったら、この世界は滅びの運命からは逃れられなかったのだ。

「温かさを知って、寒さを思い出す、ですか……。ということは、彼女にとって『死者の国』は、今や、寒くて居心地が悪い世界……ということなのでしょうかな」

「どうでしょう。彼女自身は……古代人、というよりは、古代人の欠片を内包した魔力の塊、というような生き物であるらしいので……彼女自身もまた、知識としてしか、死者の国を知らないのかもしれません」

 古代人の彼女が実際のところ、どのくらい何を知っているのかは分からない。だが、古代文字を書いて見せたことも、古代遺跡を当たり前に操ったことも踏まえて考えれば、彼女の知識は古代人達と同等のもの、ということになるのだろう。

 古代人の知識、そして記憶を持っているからこそ、彼女はこの世界に古代人達を『取り戻す』べく動いていたのだ。

「そこで……古代人は、こちらに提案してきました」

 だが、そんな古代人が譲歩したのである。やはりつくづく、ネールの力は偉大だ。

「『向こうに行くなら手を貸す』と」

「……おお、それは……」

 現状で唯一、古代人の襲来を防ぐことができるかもしれない手段。手に入らない情報を手に入れる手段。

 それが、今、ランヴァルド達の手の中にある。




「『向こう側』というのは、まあ、『死者の国』ということなのでしょうな」

「ええ。恐らくは。……そこへ行くなら手を貸す、ということでしたが、まあ、検討は慎重に行うべきかと。何せ、『死者の国』ですから」

 さて。

 ……古代人の提案は、実にありがたい。

 この世界を滅ぼさんとしている一団が蠢くという、『死者の国』の様子を知ることができる、ほぼ唯一の機会であると言ってもよいだろう。

 場合によっては、『死者の国』の古代人達に介入する必要があるかもしれない。交渉か、或いはそれこそ……武力によって滅ぼす、というような。

 だが……同時に、考え得る限り最も危険な旅にもなる。

「『死者の国』ですからなあ……その、我々がもし、かの国を訪れる、となったならば……その時、我々の生は終わる、ということなのでしょうかな……?」

「……そのあたりはまるきり分かりませんね。もう少し詳しく聞いてみたいものですが……」

 イサクとランヴァルドは、揃って頭を抱える。『死んだ後に行く場所』へ行く、となれば……当然、死ぬことになるのではないだろうか、と。

 希望的な捉え方をするならば、『死者の国のことを知りながらにしてこの世界で生きている古代人が居るのだから、ランヴァルド達も平気であろう』と言ってしまえるのだが……あの古代人のことだ。『死んでも生きていても同じ』とでも言いかねない。


「そもそも、その、何ですかな?我々が例えば、まあ、死んだとして……まあ、死んで、無事に『死者の国』に辿り着いたとして、ですよ?そこで何かを成す余地はあるのでしょうか」

 続いて、イサクはこれまた頭の痛いことを言い始める。

 高い地位におわす御方が『例えば死んだとして』と言い始めるのは中々に肝が冷えるが、まあ、それはそれとして……。

「……難しいでしょうね。古代人がウヨウヨ居るんだとしたら、相手はこちらなど一瞬で殺せるような連中揃いでしょうし。そんな相手達に、何をどう交渉したらよいものやら」

「こちらの世界にいらっしゃった例の古代人の彼女のことを聞く限り、どうも、こちらとは価値観が大きく異なるようですが……他の古代人の皆さんもそうなんでしょうなあ」

「まあ、古代遺跡の濾過装置の清掃員もそうだったのでしょうが、死者の国の魔力に触れて、気が狂って、自死しているわけですから……そのままの記憶や精神を持って死者の国に居る死者達は、まあ、価値観が異なる、でしょうね……」

 ……死者の国に居て、ランヴァルド達が説得ないしは討伐しなければならない古代人達というものは、まず間違いなく全員気が狂っているはずだ。何せ、発狂して自死した連中である。まともな対話が可能だとも思えない!

「古代遺跡を停止させることを望んでいた古代人も居たはずですが、彼らは死後……どうなったんでしょうね」

「うーん、魔力を少なくしてでも死者の国とのつながりを断つべきだと考えた一派と、死者の国の冷気に触れて死者の国へ行くことを望んだ一派……彼らがどちらも同じ死者の国に居るとしたら、大惨事でしょうなあ……」

 最早、考えてみても嫌な予感しかしない。ランヴァルドは『多分、死者の国で生き残ってる連中は全員、濾過装置無しで魔力をガンガン誘引することに賛成していた奴らなんだろうな……』と思う。

「……そもそも、俺達が死者の国に行ったとして、その時、俺達の価値観は今のままで保たれるんでしょうか」

「……怖いですなあ」

「……怖いですね」

 ……ランヴァルドはイサクと共にため息を吐いた。

 これ以上考えても、どうしようもない。一旦、他の賢者達や国王にも情報を共有した方がいいだろう。




 ……そうしてランヴァルドとイサクが報告書を作り始める横で、ネールは少々、浮かない顔をしていた。

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― 新着の感想 ―
>ネールは少々、浮かない顔をしていた。 ネールちゃんも気付いてしまったか…今の問題を解決したら暖かさが戻ってきて、寒くないからとランヴァルドさんが一緒に寝てくれなくなる事に!
本物の死者の国ならパパヴァルドがいるかもしれないな
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