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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第七章:金貨500枚分の契約
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対話*2

「人が、死んだ後、行く場所……」

 ランヴァルドは呟きながら、今まで得た情報が全て繋がっていくのを感じていた。

 死者の国では寒さを感じなくなるらしい、という話も。古代遺跡の濾過装置を清掃していた者が徐々に寒さを感じなくなり、発狂していったという記録も。

 ……それらが繋がって、ランヴァルドの前に恐ろしい事実となって浮かび上がってくる。

「それで……じゃあ、あんたが『同胞に会えない』っていうのは……死ねないから、ってことか?」

 ランヴァルドが恐々聞けば、古代人がまた強い魔法でぐわんとランヴァルドの脳髄を揺さぶる。……が、少し怒った様子のネールが何やら古代人に伝え、古代人は少しばかりしょんぼりした様子でまたネールとのやり取りを行い……ネールが文字を書いて、ランヴァルドに伝えてくれる。

 ……ブラブローマの時とは、通訳の立場が逆だ。まあ、ありがたいことではあるのだが。


 ネールは、『死んだあとにいくばしょの とびらをくぐらなかった って言ってる』と書いて見せてくれた。

「……死んだ後に行く場所の扉、を……つまり、あんたはまだ死んでない、ってことか?」

 ランヴァルドが問いかければ、古代人はただ首を傾げ……ネールを見つめると、ネールとまた何か、やり取りを始めた。

 ランヴァルドが蚊帳の外でぼんやり待っていると、やがてネールが『死んでないし生きてない?生きものじゃない?まりょくから生まれたみたい?よくわからない』と書いて、なんとも困り果てた顔でランヴァルドを見上げてきた。

 ……ランヴァルドも困る。古代人の思考をそのまま受け渡されたネールにも理解が難しいとなるといよいよ、古代人の考えを理解しきるのは難しそうだ。

「死んでるんだか生きてるんだかもよく分からない、魔力から生まれた……えーと、あんた、魔物の類なのか……?」

 ランヴァルドが半ば自棄になってそう聞いてみれば、古代人は首を傾げ、そしてしばらく考え……『あなた達は私を魔物と分類するかもしれない』と、控えめな魔法で伝えてきた。

 ということは……と、ランヴァルドはファルクエークの戦いで多く見た、純粋な魔力から生まれた魔物達を思い出す。

 あれは魔力から生まれた存在であって、元になった動物が居るわけではなかった。

 ……それで、動物めいた姿になったり、或いはまるきり生き物ではない見た目になったりするのだから、確かに、あそこから人間の姿形をした魔物が生まれてくることだって、あり得るのかもしれない。

「……まあ、こうして意思の疎通ができている以上、俺はあんたのことを人間だと思うが」

 だが結局、ランヴァルドはそう言ってしまうことにする。

 古代人は少しばかり首を傾げていたが、ネールとまた何かやり取りをして、ネールが何やらにこにこと頷き……古代人は何か納得したらしい。


「まあ、いいが……ええと、まあ、それで、あんたは『死者の国』に、行かなかった、ってことだよな?」

 そうしてランヴァルドがそう確認すると、古代人はこくりと頷いて、答えた。

『死者の国から誘引された魔力から、私が生まれた。行かなかったのではなく、来たから』

「つまり……魔力は、死者の国から誘引してたのか」

 ランヴァルドは『まずいぞ』と思いつつも、古代人の話を聞く。

 古代人は薄く笑って、言葉の波を送ってくる。

『私は意思を持った。死者の国を出て、ここに居る。知らないけれど、懐かしい場所。いずれ皆が、こちらへ来る場所』


「……皆?」

 ランヴァルドは、ふと寒気を覚えながらも尋ねる。

「皆、っていうのは……他の古代人、ってことか?」

 古代人は、ランヴァルドの視線を受け止めて頷く。

「死者の国の扉を戻って、こっちに出てくる可能性が、ある……のか?」

 そうしてランヴァルドが続けて尋ねれば……古代人の言葉が、ランヴァルドの脳内に、するり、と入り込んできた。

『私は、そう望んでいる。皆も、そう望んでいる』


『皆、こっちに来たがってる』




 ……死んだ古代人達が、どういう理屈か生き返り、そして、この世界に出てくる可能性がある。

「それ、は……」

 それは、まずい。

 ランヴァルドは、背筋に走る寒気に震える。

 ……ネールくらいしかまともにやり合えないような生き物……否、『生き物』ですらないのかもしれない死者の群れが地上を埋め尽くすとなれば、まず間違いなく国は滅ぶ。

 そもそも、彼女らはやはり、この世界を魔力と冷気で埋め尽くしたいのだろう。

 ……恐らくこの古代人もそうなのだろうが、『死者の国』から来た魔力が凝り固まって、『古代人』として生まれ出でるのだ。

 それは、生き返った、とは言えないかもしれないが……彼女は『懐かしい』と言っている。ランヴァルドには彼女の感覚は分からないが、只々、『まずいぞ』という事だけは、分かる。

「……だから、あんたはあちこちの遺跡を動かそうとしているんだな?他の古代人が、より多く出てきやすい環境を整えるために」

 ランヴァルドはじっとりと額に滲む汗を拭うこともできず、ただ、古代人を凝視する。彼女は事も無げに、こくり、と頷いた。

『皆がそう望むから。世界をよりよくすべきだと』

「……この世界は昔みたいに魔力が多いわけじゃないだろ?それでもわざわざ、こっちの世界に出てきたいのか?」

『元あった場所を想うことは、悪いこと?』

 頭を抱えたい。だが、そうしている訳にもいかない。

 ランヴァルドは『ああ、悪いことだ』と言えばいいのだろうか。『いや、気持ちは分かるよ』と言ってやるべきなのだろうか。

 それとも……。


「……なあ」

 ランヴァルドは、意を決して古代人に向き直る。

「あんたは、古代遺跡を復旧して回ってるわけだが……そんなに寒いのが好きなのか?」

 ……すると、古代人は一瞬、目を細めた。何かを考えるかのように。

『寒くない』

 そして古代人はまた元の表情に戻って、そうとだけ、言葉を発した。

「ああ、そうか。……寒さを感じないんだな?だが、あんた達古代人の日記だの報告書だのを読む限り、寒さを感じないくらいになっちまうと、気が触れるって話だぜ?それについてはどう思う?」

 少々挑発的な言葉にも聞こえるかもしれない、と思いつつもそう言えば、古代人は特に気にした様子も無く、首を傾げた。

『魔物と動物に境目は無い』

「は?」

『どちらが正しいわけでもない』

 ランヴァルドは慎重に、古代人の話の行きつく先を見守る。隣に居るネールのことをちらりと見てみると、ネールは少しばかり緊張した面持ちで古代人の言葉を聞いていた。

 ……ランヴァルドは、ネールは人間だと思っている。

 だが、アンネリエはネールを魔物だと言った。

 どちらが正しい、とも、ランヴァルドには言えない。ネールは脅威であり、希望である。ネールただその人の存在については、正しいか正しくないかなどという話ではない。

 そして、『全人類がネールのようになるべきか』という問いについても……ランヴァルドは答えを持っていない。

 それこそ、『どちらが正しいわけでもない』のだ。

 ランヴァルドとネールの間に明確な境目を設けることはできず、どちらも同じく『人間』だとするのであれば……『どちらが』などと言うことすら、できないはずなのだ。ランヴァルドはそう、気づく。


『魔法を使えるようになるのも、使えないようになるのも、考え方が変わるのも、全部同じこと。何がおかしくて、何がおかしくないのかなんて、分からない』

 ……そして続いた言葉に、ランヴァルドは少々眉根を寄せつつも納得する。

 ランヴァルドには分からないでもない。『何がおかしくて何がおかしくないのかなんて、分からない』。それは紛れもなく、その通りだ。

 濾過装置を清掃していて発狂した古代人というものは、発狂したのではなく、周囲の人間達には知り得ないこの世界の真理のようなものを手にしたのかもしれない。

 古代人達が向かった『死者の国』の在り方こそが、本来あるべき世界の在り方なのかもしれない。

 ……もしかしたら、ランヴァルド達、今を生きる者達が死ぬべきなのかもしれない。

 ただ、正解をランヴァルドが知らず、古代人の彼女が知っているだけなのかもしれないのだ。


 俯瞰して物事を見れば、対立する二者のどちらが正しいのかなど、分からない。

 どちらの主観でも、『自分が正しい』と言えるだろうが……世界を天から見下ろす神の視点で物事を考えてみれば、やはり、どちらがどうということも無いのだろう。

 だから、『魔法を使えるようになるのも、使えないようになるのも、考え方が変わるのも、全部同じこと』だ。

 ただ……『変化する』だけ。

 ……それだけのことだと、彼女は言っている。


 恐らく彼女は、『変わってしまった』この世界を、仕方のないことだと割り切っている。

 その上で、『これから変える』こともまた、ランヴァルド達にとって仕方のないことだと割り切っている。


 だが、つまりそれは……その、俯瞰的なものの見方は、彼女が『変わる』ことへの許容でもある。




『あなたは、あたたかいから』

 古代人は、そう言葉を発する。そして、少し逡巡して……ネールを見つめた。

『あたたかさを知ってしまったら、寒さを思い出すから』

 ネールもまた、彼女を見つめ返した。

『やっぱり今は、少しだけ、寒い』

 ……古代人は、寂しそうに笑った。


「寒い……のか」

 ランヴァルドが問うでもなく呟けば、古代人はこくりと頷いて、手に包んだ茶のカップを、きゅ、と握り直す。

 ……彼女は今、その手に茶のカップの温もりを感じているのだろうか。

 温かさを知ったきっかけは、間違いなくネールだろう。ネールの黄金色の光が、古代人に温かさを教えて……古代人に、寒さを思い出させた。

 当のネールはきょとんとしているが、これは紛れもなく快挙だ。


 ……そして。

『皆が寒さを思い出すことが、正しいことかは分からないけれど……』

 古代人は、ネールを見つめて、言葉を発する。

『あなたが向こう側に行くなら、手を貸す』


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世界の謎が明かされクライマックスへ!
死者の国の人達が寒さを思い出したらどうなるんだろう……? 死者の国は寒いから向こうの世界に行こう!でも向こうは魔力少なくて大変!でも死者の国から魔力引っ張ってきたら寒くなっちゃう!八方塞がり!ジ・エン…
可哀想だけど冷気そのままでこっちに来たらそれはもう帰りたかった故郷ではないんだよな 滅んでから潤沢な魔力でやり直すつもりならあいけども
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