対話*1
「ということで、やっぱりネールの効果だってことになりそうだな、これは」
「そうですか……力及ばず、申し訳ありません」
「いや、お前の力が云々って話じゃないぞ、これは……」
その内起きてきたオルヴァーに実験結果を伝えてやると、オルヴァーはしょんぼりと落ち込んでしまった。自分がランヴァルドの症状を改善できなかったことを悔しく思っているらしい。いじらしいことである。
「どういう理屈なんだかは分からないが……ネールの魔力は遺跡由来だしな。それである種の抗体みたいなもんができてるのかもしれん」
「まあ、ネールはぬくぬくの化身のようなものですからね……。彼女が戦う時の、あの黄金色の光。あれは温かくて、心地よいものです。戦場に居ても思います。まるで太陽のようだと」
「そうか。じゃ、やっぱりネールの魔力が遺跡の冷気には効く、ってことかぁ……」
ランヴァルドはため息を吐いて、そのまま床に座り込む。オルヴァーが『兄上!体を冷やしますよ!』と言ってきたので、慌てて寝袋の上に戻ったが。
「……古代人相手に上回ってみせたのも、それか?だとしたら、ブラブローマの時以来のどこかで、ネールの魔力の質が変わった、ってことか……?」
「魔力は結局のところ、精神に基づくものですから。ネールの気分が変われば、魔法の質も、魔力の作用も変わってくるでしょう」
「そうだな……ってことはやっぱり、ネール本人の申告通りの……『だから強くあったかくなった。寒いのに負けない!』か……?」
考えるべきことは色々とあるが、分からないことばかりである。ランヴァルドはため息を吐きつつ、それでも考えて……。
「では、そろそろ俺が出る時間ですので、出てきます。それで、ネールを呼んできますよ」
オルヴァーがそう言って立ち上がったので、ランヴァルドは首を傾げる。
「え?いや、オルヴァー、お前、まだ時間じゃないだろう」
ランヴァルドの記憶が正しければ、交代にはまだ時間があるはずだ。少なくとも、眠ってそれだけで終わり、という訳にはいくまい。
だが。
「まあ、多少早いですが……それ以上に、早く兄上をネールで温めなければなりませんので!」
オルヴァーはそう言うと、遺跡から駆け出していってしまっていた。ランヴァルドはそれを止めることもできず、ぽかん、として見守った。
「ネールを連れてきました!」
「おお……連れてきたっていうか、運んできたってかんじだな……」
そうして数分後。オルヴァーはネールを小脇に抱えて戻ってきた。ネールは小脇に抱えられながらも使命感に満ちた、きりりとした表情である。
「では兄上はまだ寝袋へ!」
「い、いやいやいや、俺は流石にもう眠れないぞ!?ネールと寝た後お前と寝て、それで起きて今なんだぞ!?」
更に、オルヴァーの手によってランヴァルドは再び寝袋の中へと戻されそうになったので、流石に抵抗した。二度寝はもう十分にした。三度寝はできそうにない程によく寝たのだ!
……ということで。
「ぬくい」
「それはよかった!」
ランヴァルドは、ネールの光に照らされて、座っている。
……ネールは今、遺跡の中を照らし上げるが如くぴかぴかと眩く、それでいて柔らかく、黄金色の光を纏っているのである。
その光を浴びていると、確かに『太陽みたいだ』と思う。心地よい。ぬくい。ランヴァルドはその心地よさに目を細めた。
……そして。
「……ちょっと寒くなってきたな」
「回復傾向ですね!?よかった!」
ランヴァルドはやはり遺跡の床に座り込んでいたのだが、じわり、と寒さを感じて、そそくさと寝袋の上へ戻る。オルヴァーはこれを喜び、ネールは首を傾げている。
「じゃあネール。兄上をよろしく頼んだぞ」
が、ネールはオルヴァーにそう頼まれると、『何かを頼まれたらしい!』ということは理解したと見えて、こくりと力強く頷いた。
……そして、オルヴァーが満足気に見守る中、ネールはぴかぴかとランヴァルドを照らし続けるのであった。
とてもぬくい!
ネールが発する光にぬくぬくと温められたランヴァルドは、やがて、『こりゃ、完全に元に戻ってるな』と分かるほどに寒さを感じるように戻ってしまった。
……『寒さを感じない』ということは、まあ、そう悪いことではないのだ。特にこの北部では、寒さが精神を蝕むこともあり得る。そんな中、多少、発狂する危険があったとしても……そこを上手く御することさえできるならば、古代遺跡の濾過装置で濾過されている何かを前向きに摂取することもやぶさかではない、と思う。
勿論、そう思ったところで、今、まだ情報も少ない内からそれを実践するつもりは無いし、ネールの魔力によって『寒さを感じない』状態が治ったことは喜ばしいことだと思っても居るが。
「なあ、ネール。古代人はお前の魔力を浴びて、ちょっと寒さに弱くなった、ってことか?」
ついでに、ネールに茶を飲ませつつそう聞いてみると、ネールは首を傾げつつも頷いた。……『分からないけど、多分そう』くらいの意味合いだろうか。
「……まあ、これ以上は本人から聞いた方がいいか」
ランヴァルドは苦笑しつつ、自分も茶のカップを傾ける。
茶の温かさが唇に感じられ、それ故に、遺跡の冷え切った温度も分かる。……あの古代人はもしかすると、茶を飲んでも温かいとは思わないのだろうか。
「……これも本人に聞くか」
ランヴァルドがそう言うと、ネールはこくりと頷いて、遺跡の最深部へと目をやる。ランヴァルドはカップをもう1つ出して準備しておくことにした。
そうして2人で遺跡最深部の方を見守っていると……。
ぎい、と扉が開く音がして、それから、小さな足音が聞こえてくる。
「……やっと会えたな」
そうして現れたのは、ネールによく似て、それでいて、もう少し大人びた姿の人間。
「ま、茶でも飲まないか。色々と話したいことがあるんだ」
ランヴァルドが笑いかけると、古代人は困惑した様子で立ち竦んでいた。
鍋からカップに茶を注いで、古代人に手渡す。ついでに、カップを差し出してきたネールにも茶のお代わりを注いでやり、自分のカップにもそうする。
……ランヴァルドから茶のカップを受け取った古代人は、困惑した様子で焚火の傍に座っている。
「折角淹れたんだ。飲んでくれ」
ランヴァルドがそう言えば、古代人はやはり困惑した様子で、カップの中の水面を見つめるばかりである。『まあ、急に出された茶を飲むのは不用心だよな』とランヴァルドは苦笑しつつ、毒見してみせるつもりで自分の分の茶を飲んだ。ネールも同じようにそうして、『ほう』と白い息を吐く。
「……聞きたいことがあるんだ。この遺跡について。それから、あんたの同胞についても」
ランヴァルドがそう切り出せば、古代人は茶のカップを両手で包むように持ったまま、顔を上げた。
続いて、ぶぉん、と何か、強い風が吹き過ぎて行ったような感覚と共に頭痛と吐き気がランヴァルドを揺らす。
「う……すまないが、もう少し弱く、頼む」
呻きつつもそう申告してみれば、古代人は少し申し訳なさそうな顔をしつつ、何やら集中して……今度は、きちんと言葉が通り過ぎて行った。
『遺跡について 何が知りたい?』
……何度やっても慣れない感覚だが、言葉が直接脳内に叩き込まれるようなこの会話も、一歩の前進である。ランヴァルドは笑って、早速古代人とのやり取りを試みる。
「この遺跡で『濾過』しているものは一体何だ?それに触れていると、人は正気を失うようだが」
古代人は少し考えている様子だった。とはいえ、嘘や誤魔化しを考えるためにそうしているのではなく、物事を適切に表現するためにそうしているのであろうことはなんとなく分かる。何せ、ネールが大人しく古代人を待っているので。
……そうしてしばらくの後、古代人はまた、じっとランヴァルドを見つめて、恐らく彼女からしてみればごくごく弱い出力になるように調整したのであろう魔法で、再び言葉を叩きこんでくる。
『適応させるもの』
「適応?……何に?」
『今、皆が居るところ』
……相変わらず、古代人の話はどうにも分かりづらい。互いに知識の基礎となる経験や常識が異なるのだから仕方がないことではあるが。
「皆、というのは?」
『同胞』
「あんたの仲間……つまり、古代人達か。そんなに沢山居るのか」
『皆、まだそこに居る』
ランヴァルドは『そんなに大量に古代人が居たらまずいぞ』と思ったが、ネールは少々寂しそうな顔をしている。……ネールは何か、知っているのだろうか。
「それで……あんたの同胞は、どこに?」
『どこでもあって、どこでもない』
「……謎かけをしたい訳じゃないんだが。あー、魔法的な事象が関係するのか?物質的な場所ではない?」
『そう』
ランヴァルドが辛抱強く質問を続ければ、古代人の答えでなんとか、多少は分かってくる。
「物質的な場所じゃない?となると……魔法的な制約があるのか?」
『そう』
「そうか……ええと、それはあんたにとっても、如何ともし難いもの、ってことか?」
『適応はしている』
……多少しか分からない。ランヴァルドは頭を抱えたくなってくる。それに何より、古代人の言葉に晒されたランヴァルドの精神が、そろそろ悲鳴を上げ始めている。やはり、何度やってもこれは慣れない。
と、そうしていると。
ネールが何か、古代人の目を見て……魔法のようなものを、使った。そんな気配があった。
すると、古代人がまた何か魔法を使ったのだが、それは極力、ランヴァルドに影響しないように指向性を持って放たれている。
つまり……ネールが、古代人と会話をしているのだ。
いつの間に、ネールは古代人の真似ができるようになったのだろうか。
ランヴァルドは驚きつつも、『まあ、遺跡から遺跡へ移動できるようになってるくらいだしな……』と納得した。ネールはネールで、成長しているのだ。
そうして見つめ合ったまま動かず、ただひたすら魔法で会話しているらしい2人のことを、ランヴァルドは暫し、見守った。
魔法で直接意思を伝達している彼女らの情報伝達速度は凄まじく速いのだろう。それこそ、ランヴァルドが1つ1つ質問を重ねてなんとか把握しようとしているものを、あっさりと伝えきれてしまう程に。
……そうして。
ネールが紙とペンを欲しがったのでそっと渡してやると、ネールは早速、そこに文字を書きつけていって……。
『人が死んだあと いくばしょ』
そう、書いてみせたのだった。




